決戦日2
あれこれ話している間、少しずつ口の中に酸味が広がるような感覚がして、何度も水を飲み込んだ。青春のレモン味とは違う、苦味の感じるそれをそれとなく水で中和する。
暖かな蕎麦を食べたのに、話し始めてからなんだかどこかしらが寒い。
羽織っているカーディガンを深く羽織り直し小さく身震いをする。季節は11月。外は寒いが、この店は暖房も行き渡っている。なんでこんな急に寒さを覚えるのか。
話しながら考えて、結論は出た気がした。
明は俺の話を最後まで黙って聞き、終わったと察知したのか喋り出した。
「それ、よく話せたね。プライド高いのに」
男と男の決してピンク色ではない話しを黙って聞いて、喋った事柄に対して特に気にしない人間が、どれ程いることだろうか。おそらく俺が知っている中で明しかいない。
昔、一緒にバスケをやる友達にシェーンとエルドラドという名前の2人がいた。どちらも男で、「ソウイウ仲」だった。ある日突然カミングアウトされたそれに対し、明は2人と変わらず接した。人の色恋に興味がないのか、はたまた人に興味がないのかはわからない。いや、人に興味がない筈がない。だってそれなら俺とずっと仲よくもしないだろう。
性格の問題。そう結論付けた。
「話せるさ、大体わかってただろ。それに、今話しておかないと今後巻き込まれてどうしようもなくなるんじゃないかと思って、お前がね」
「どうしようも? ってなに」
「的場叶ちゃん。あの子に、俺と明が付き合ってるとか言ったんじゃなかったっけ?」
「……その名前今出すのやめてくれ」
「はは、お互いどんよりしちゃうね」
「全くだ」
思い切り顔を顰め、両手を挙げる。お手上げポーズは慣れたものだな。
なんとなく可笑しくてふふと笑っていると、水を替えにウェイターがやってきた。そのまま空いた丼も下げてもらい、テーブルのスペースも空いた。
「それで、どうするの?」
ちょうど話を切り替えるようにそう聞いてくる。
「俺の今後を憂いていままで話さなかった事話してくれたって事は、何か思いつくとことか、考えてることとかあるんじゃない?」
正解だ。
何て察しが良いんだ明。アイツとは大違いだな。大人だよ。
「壱はどうしたい? 俺はどうすればいい」
「明は何もしなくて良いよ」
「何も? 何もって何も?」
「そう。俺から明にこうしてくれって言うことは何もないよ。自分の好きに動けば良い」
「OK. 壱はどうするの?」
「俺は……どうしたいんだろうなあ」
「久々の弱気じゃん。煮詰まってるねえ。エマにフラれた時とそっくりだ」
エマについてはもう惚れた弱み。今回は惚れてた弱みだ。いや、これはただの言い訳だ。
実際、俺が過去人間らしく悩んで弱ったのは全部惚れた相手だ。巡ってくる過去のあれやそれ。棗も例に漏れない。
忘れて忘れて、完全に無になったと思っていても、再会した途端「無」では無くなった。何と曖昧な人間。
棗は俺と再会しても、真っすぐな目で俺を見つめた。好きだと言って、離れる事を諦めろとも言われた。
正直、ここまで思われて悪い気はしなかった。キモイよ俺。俺は、俺自身が棗をどう思っているか考えるという事から逃げていた。
それは一、人間として。一、男として。一、成人として、どうなんだという話だ。
俺が最も嫌う人間に自らなっていたなんて何と情けないことか。
それは棗に対して大変失礼な話しで。
エマに対しても、同じなのだ。
「俺が自分自身で考える。棗とも話す。ちゃんと考えて、選択するよ」
「そう?」
「うん。今日がその決戦の日だ。その前にカーテン買いに行くぞ。後手帳買ってやるよ、マネージャー」
「わお、プレゼント? うれしいなあ! じゃあすぐ行こう! 今すぐ行こう!」