第二十八話 マッドサイエンティスト
久しぶりの長文投稿です。
空港に着くと既に、麻衣と弥生の父が到着していた。
「お帰りなさい、お父さん」と麻衣は直ぐに彼女の父のもとへ向かい、色々と喋り込んでいた。やはり、メールでのやり取りだけでは、伝えきれない事もあったのだろう。
弥生は僕の横で、自分の父親を眺めていた。
「君は行かないのかい?」
「うん・・・」
彼女は少し眉をしかめる。
「お父さんが帰ってくるのは嬉しいけど・・、なんだか、邪魔になっちゃうかなって・・」
「どうして?」
「男の人って、あんまり、女にあれこれ聞かれたくないじゃない?そう思って・・」
「確かに、そうだね」
「家でゆっくり話すよ・・」彼女がそういってしばらくのあいだ、少し沈黙が続く。
すると、遠くから麻衣の呼ぶ声が聞こえた。
「じゃあ、行ってくるね」
「うん・・・また来週」
麻衣の父は少し痩せ気味で度の厚い眼鏡を掛けたおじさんだった。研究者というよりかは上役のサラリーマンという感じだ。
「初めまして、麻衣の父の 楠木 柾人です」
「宜しくお願いします」
「麻衣から聞いていると思うけど、僕らは自分の研究を丸ごと消してしまおうと計画し、行動してきた。でも、最後は君自身の身体や人生に関わってくる。これから、色々と難しいことを言うけど、しっかり付いてきて欲しい」
「はい」
少し不安だったが、僕はそういうしかなかった。
「流石、麻衣が惚れただけのことはあるな」
彼は少し微笑んで、こう続けた。
「自分のことで手一杯かもしれないが、麻衣の事、宜しくな」
弥生と別れた後、僕らは説明を受けるため彼の研究所に行った。
「散らかっているけど勘弁してくれ・・」
彼がそういって入った部屋には大量の記録と本が散乱している。
彼はその本の隙間にある大きなプラスチックで出来た水槽のような物を取り出すと、
そこに彼の荷物に入っていたマウスを取り出し、水槽に入れた。
水槽には水槽だが、設備が非常に大掛かりな物で底にはいくつものスイッチとバイオハザードのシールが張られていた。
さて、と彼はいって水槽の蓋を取り出す。
蓋もまた大掛かりなもので水密扉のようなハンドルがついている。彼はそのハンドルを締め始める。
「密閉するの?」と麻衣が聞く。
「ああ、あれを使うからね」彼は緊張した顔でそういうと鞄から黒い粉末が入った試験管を取り出して僕に見せる。
「これが、元凶だ」
「名前はまだついてないんだよ、その物質の資料が丸ごと消えちゃったからね」
麻衣が誇らしげにそう付け加える。
「名前も無いまま消してしまうべきなんだ・・」
彼はため息をついて試験管を装置に差し込み水槽のスイッチを入れる。
「このマウスがどうなるか良く見て・・」
黒い粉末が水槽の上から砂時計が落ちるように出始める。
するとマウスの動きが鈍くなり、すぐに倒れた。
「この物質は劇薬だ。だが、少量なら遺伝子を傷つけ、突然変異を誘発させる。」
「私たちで言うと、ホルモンみたいな物だよね」
僕は彼女たちの話を黙って聞く。なにか相槌を打とうかとも考えたが、
それじゃあ教育番組みたいで嫌だった。
すると、柾人さんから質問が飛んできた。
「マッドサイエンティスト・・この言葉を君は聞いた事があるかな」
「はい」
「まあ、だいたい、狂気の科学者って意味だ・・この物質はそういった類の人を生み出してしまうかもしれない、いや、もう既に生み出しているかもしれない」
そういって彼は、埃臭い部屋の中を歩き始めた。
「ちょっと頭を捻ればどんな事にだって使える。医療、農業、兵器。でも、一番優先されて実用化されるのは兵器だ」
「核兵器」
麻衣はそっとつぶやいた。
「なんだこんなもんか? 広島で原爆が使用される数日前の実験である科学者はそういったんだ。だが、その二十年、三十年後はどうだ?コバルト、水爆、ミサイル、果ては、原子力で動く潜水艦が水中でミサイルを発射する。こんな将来をマンハッタン計画に関わった科学者は想像できただろうか?」
彼の足は止まる。
「私はマンハッタン計画や原子力を考案した科学者はマッドサイエンティストだと思うよ・・広島・長崎に原爆を落とし、ソ連、アメリカ、いや、世界市民に核への恐怖を与えた彼らは・・私はそんな科学者にはなりたくないし、世界各国の科学者にはそうなって欲しくないと願っている」
そういって、彼は少し微笑んだ。
「この話をしたのは九条君以来だったから、ついつい熱が入ってしまったよ・・もう遅いから今日はこれで終わりにしよう」
感想などがありましたらどうぞ。