第二話 右前のあなたの席
【登場人物】
奥山 美月
主人公。2年2組在籍。
引っ込み思案な文学少女。猫が好き。
神谷 優一
2年2組在籍。
ゲーム好き。誰にでも優しく、オタク事情も詳しい。
橘 優樹菜
2年4組在籍。奥山の親友。1年生のとき奥山と同じクラスだった。
軽音部在籍。ギターボーカル担当。コミュ強。
それは、ある日の休み時間。
高校1年生の私は席から一歩も立たずに、好きなキャラクターの絵を描いていた。
『ブレイズプロジェクト』、通称『ブレプロ』の案内役、ツバキ。
戦乱の日本を舞台に、様々な剣士や刀を装備して敵と戦う、いわゆるソシャゲだ。
私はこのツバキの、端正な顔立ちと美しい剣さばきが好きだ。
生まれ変わったら、ツバキみたいなカッコいい女性になりたい...。
そんなことを思いながら、ツバキを自分のノートの4分の1くらいを使って描いていく。
刀を鞘に入れるときに目を閉じる所作...。あぁ、美しい...。
我ながらうまく描けたイラストを眺めていると、前から男子数名が話しながら歩いてくるのが見えた。
先頭で朗らかな笑みを浮かべているのは...確か、神谷優一君だっけ。
周りの男子たちと談笑しながら、こちらへ向かってくる。
すぐにこのイラストを隠さなきゃ。半ば無理やりその気持ちを思い起こし、ノート端をつまんだ。
気づけば私の席の隣まで来ていた神谷君に気づかれないよう、そっとノートを閉じ......。
「あれ、"巾着"?」
神谷君の声が聞こえ、ハッとする。
...え、巾着って言った?
ツバキのことを「巾着」って?
ツバキはゲーム内のガチャ画面に常在しており、数多のプレイヤーの財布からお金を落としていることから、当時のお金の入った袋に準え、ファンの間では「巾着」と呼ばれている。
神谷君は私のツバキが描かれたイラストを見て、「巾着」と言ったの...?
しかも『ブレプロ』は特に女性人気の高いゲーム。男子でかつ(推定)陽キャの神谷君が、このゲームを知っているはずがない。
...もしかしたら私の聞き間違いかもしれないな。
「巾着」に似たような言葉なんてたくさんあるし。
もしくはただ単純に、話題の中に巾着が出てきただけかもしれない...。
きっとそうだ。そうに違いない。
......。
そう思うことにしたのだが、やはり気になってしまう。
真相は確かめてみたい。神谷君は『ブロプレ』を知っているのだろうか?
でも、私には話しかける勇気も度胸もない。
だから私は次の日から、
彼の話に耳を傾けることにしたのだった。
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『手紙を書くのさ。』
県立時使高校、2年2組。火曜5時間目は現代文。
私は昼休みに優樹菜ちゃんから言われた言葉を反芻していた。
私が手紙を?神谷君に??
なかなか実感が湧かなかった。なにせほとんどしゃべったことがない相手。
接点は「共通のゲームキャラクターを知っているかもしれない」というだけなのだ。
そんな神谷君に、手紙?LINEとかDiscordとかインスタとかを聞くとかじゃなくて、手紙??まあインスタはやってないんですけど。
話したことない相手に話しかけるというのは、なかなかハードルが高い。いきなり主人公が話しかけてくるような、そんなラノベみたいな展開がない限り...。
私は、昼休みに優樹菜ちゃんに言われたアドバイスを思い返した。
『復唱』と『オウム返し』と『リアクション』。コミュ強曰く、これだけで会話はどうにかなるらしい。
私が座っているのは、窓側後ろから3番目。窓の外を見やると、どこかのクラスがグラウンドで準備運動をしている。
そして一瞬、反射する自分の顔に気づき、慌てて現代文のノートに視線を落とす。
「ほんとにできるのかなあ...?」
そんなことを思いながら、会話のテクニックをノートに書き記してみる。
と、「復」の字を書き間違えてしまった。(優樹菜ちゃんが言うには)文学少女である私、不覚。
自分の座っている、たかだか50㎝四方の空間を見渡したところで、私はようやく気が付いた。
机の上に、消しゴムがない。
え!?4時間目まではあったはずだよ!?苦手な証明問題を何度も書き直したもん!!
マズい。マズすぎる。すぐに他のクラスメートの周りを探さなきゃ。
何を消しゴムごときで...と思われるかもしれないが、この消しゴムは絶対に他人に見られたくないのだ。
なぜならその消しゴムは、アニメイトで買ってきた、私の好きなゲームのグッズだからだ。
アニメイトとのコラボが発表されてすぐの土日、電車に飛び乗り都会まで買いに行ったことを覚えている。
自分でも分かっている。学校の文房具くらい、ありきたりなものにするべきだと。
しかし私は、オタクなのである。オタクたるもの、好きなコンテンツのグッズは、肌身離さず持っていたいものなのである。
オタクにとって、自分の好きなコンテンツに対して微妙な反応をされるのは、この上ない屈辱だ。冷笑系界隈の皆様へおかれましては、頼むからこの消しゴムを見つけないでください。
すぐに探さないと、と前を向き、首を5°ほど右にひねったところで、それは見つかった。
そして、すぐに絶句をもした。
消しゴムが落ちているのは、右前の席のすぐ隣。
そこに座っているのは紛れもない、あの神谷優一なのだ。
...マズくない?非常にマズくない??
もし神谷君が冷笑系界隈だったらどうしよう。いつもの性格からは想像もできないくらい、陰でオタクの悪口を言っていたらどうしよう。
そう青ざめたところで、考え直す。
...いや、これはチャンスなのでは?
神谷君にわざと消しゴムが見えるよう拾い上げたら、何かしら反応をくれるかもしれない。
そこから話が弾んで、何気ない雑談に持っていけるかもしれない!
ゲーム好きな神谷君のことだ。このゲームも名前くらいは知っているだろう...。
...いや、気持ち悪すぎでしょ。
誰が見ず知らずの人がアピールしてきた消しゴムに反応するか。いや、しない。ここは日本だぞ?
それこそ冷笑の標的だ。休み時間に私の悪口が出てきたらたまったものじゃない...。
逡巡すること、5秒。
私は結局、気づかれないようそっと取りに行くことにした。
とはいえ、今は授業中。席を離れるということは、普通に目立ってしまうということだ。
目立ちたくない恥ずかしい気持ち半分、神谷君の近くへ迫るというドキドキ半分で、頬が赤くなるのを感じた。
しかし、周りからしたら、何でこいつ顔赤くしてんのって思われるに違いないので、下を向きながら席を離れることにした。
席に座るのと同じくらいの頭の高さを保ちながら椅子を引き、徐々に下げていく。
一歩。隣の男子がこちらに気づいた様子。気づかないでほしかった。
二歩。ようやくパッケージのイラストが見えた。あれで間違いない。
三歩。踏み込むと同時に、右手を伸ばした。
その刹那。
不意に伸びる、左手。
そして、触れてしまった。
びくりと肩を震わせた。一瞬の出来事で声も出せず、手を引っ込めてしまった。
手の主は、もちろん神谷君。
そのまま、消しゴムを拾い上げてしまった。
どうしていいか分からず固まっていると、頭上から声が聞こえる。
「えっ、【常盤】じゃん。」
「あっ!消しゴムどうぞ。」
神谷君が消しゴムを持った左手をこちらへ向ける。
律儀に、キャラクターの顔をこちらへ向けながら。
「あ、どうも...。」
顔も見れないまま、ぼそぼそと感謝の言葉を絞り出した。感謝の言葉です。私がそうと言ったらそうなんです。
1か月前のグループワークぶりに、神谷君と会話をした気がする。
確かに私は、神谷君に消しゴムを拾ってもらったのだ。
えっと、神谷君、私になんて言ってたっけ...?
消しゴムどうぞ。
じゃなくてその前は...。
確か...
常盤って...
常盤ぁ!?
ハッとして顔を上げたが、神谷君はもうすでに前を向いて授業を聞いていた。
「常盤」とは、消しゴムに描かれたキャラクターの名前である。
今回は聞き間違いでも何でもない。確かに「常盤」と、神谷君は発したのだ。
そして、初めて神谷君と接した日のことが、鮮明に思い出される。
たった今確信した。神谷君と私は、同じゲームキャラクターを「複数人」知っている。
これは「趣味が合う」といっても差し支えないはずだ。
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チャイムが鳴り、私たちに束の間の休息を与えることを知らせてくれる。
ある人は友達のところへ駆け寄り、ある人は教室を出る。ある人は課題に手を付け、ある人は机に伏す。
私は、座ったまま一人、迷っていた。
神谷君に話しかけるべきなのか?それとも、今日は一旦作戦を立てて、明日実行するべきなのか?
優樹菜ちゃんのことだ。多分明日やらなくても許してくれる...。
しかし、ふと考える。
今こそが、神谷君に接近する最大の好機なのでは?
このクラスは、テストが終わるたびに席替えをするらしい。1学期期末テストが再来週に控える中、それ以降にこう言ったイベントが起こる確率は極めて低いだろう。
つまり、神谷君の近くに消しゴムを落とすことなんて、未来永劫ないかもしれないわけで...。
逃しはしない、このチャンスだけは。
目立つのは嫌なので、私はそーっと席を立つことにした。
「かっ...神谷君...」
神谷君にだけ聞こえるような声で、後ろから声をかける。
幸い、周りのクラスメートは皆席を離れており、そこには教科書を片付けお茶を飲んでいる神谷君だけがいた。
ついに声をかけてしまった。
ここからは、もう後戻りができない。
まずは、消しゴムの感謝を伝えなきゃ...。
「ん?あれ、奥山さんか」
振り返り、少々驚いた表情のまま、神谷君が答える。
えっと、なんて話せばよかったんだっけ?あそうだ、消しゴムを拾ってくれた感謝を伝えなきゃいけないんですよ。
「消しゴム、あ、ありがとうね...。」
自分でも消え入りそうな声だとは分かっている。目も合わせず、下を向きながら感謝の気持ちを伝える。これはさすがに誰がどう見ても感謝の言葉だと思います。
「あー、全然いいよ~」
神谷君が、朗らかな口調で答えた。口鵜から出たのは、とても便利な言葉である。
...。
しばしの沈黙。どうしたらいい、私!
いや、自分を褒めるべきなのか?なにせ今日私は、神谷君と会話をしたのだから。
...。
いやそうじゃない。これじゃ何の発展もないって!
神谷君が前へ向きなおろうと、前の黒板に顔を向けた...。
「あ、あのさ!」
先ほどとは違い、神谷君の顔を見て、少し大きな声で話しかける。後ろから一瞬視線を感じたが、すぐに興味は失せたようだった。
改めて、こちらへ顔を向ける神谷君。さらさらな髪をちょうど真ん中で分け、目にかかるのを回避している。
話の起点とするべきは、間違いなく消しゴムに描かれた【常盤】。話しかける時が一番勇気がいるって、コミュ強が言っていた。ここを乗り越えろ、私。
「神谷君って、『カラーコード』知ってるの...?」
「え?」
「ほ、ほら、さっき、【常盤】って...!」
言った。言ってしまった。
『カラーコード』とは、ソシャゲの名前だ。色をモチーフにしたキャラクターたちが、その色に対応した属性を駆使して銃撃戦を繰り広げる。
【常盤】、本名、常盤紗江は、【コード:グリーン】に所属する、常盤色の目をしたキャラクター。
遠距離戦を得意とし、スナイパーライフルを所持している。ちなみに【コード:グリーン】は風属性のチームで、常盤は、風を起こしてから引き金を引くことで、より敵に気づかれないような射撃をするのが特徴だ。
「あ~...。」
一瞬、迷ったような表情を見せる神谷君。
あれもしかして、たまたま【常盤】って言っただけ?確かにあの消しゴムのパッケージは常盤色だけど。それ見て【常盤】って言ったの?そんなことある??
あ、知らないならごめん!と口にしようとしたところで...。
「そうなんだよね!奥山さん、【常盤】好きなの?」
知っていた。知ってしまっていた。
「知らない」と言われれば、そこで諦めがついたものを。もう突き進むしかなくなっちゃったよ。
しかし、やはりそうだ。神谷君は、私と同じゲームを複数知っている。
つまりそれは、話が広げやすいということだ。
「う、うん...。かっこいいなあ、って...!」
ありきたりな返答をしてしまう。アドバイス、なにも活かせていないぞ。
「うぇーマジか!俺、常盤のフィギュア持ってるんだけどさ、常盤を好きなやつに会ったことがなくて!」
さっきの朗らかな口調ではなく、嬉しそうな口調と表情でこちらを見てくるようだった。私はまた下を向いている。
「え、神谷君、フィギュア持ってる、んだ...?」
ここで優樹菜ちゃんからのアドバイス、『復唱』を実行。
自然に口に出た言葉だった。神谷君はそういうグッズとは無縁だと思っていたから。
「そうそう。え、俺、常盤以外にも結構フィギュア持ってるよ?【ブルー】の【浅葱】は初めて買ったフィギュアで、【ピンク】の【撫子】は アクスタをこないだ買ったし...。」
【浅葱】、本名、浅葱結希は、水属性の【コード:ブルー】に所属する、浅葱色のコートに身を包むキャラクター。波を自在に操り、敵を翻弄するのを得意としている。
【撫子】、本名、東撫子は、恋愛属性の【コード:ピンク】に所属する、薄いピンクの髪をしたキャラクター。回復とヘイト管理を担うタンク的役割だ。
どちらもメインヒロインではないものの、隠れた人気を博しているのは確かだ。神谷君、『カラーコード』ガチ勢だったりするのかな。
「神谷君は、【常盤】が一番お好きで...?」
第二のアドバイス、『オウム返し』を実行。
「いやそうなんだよね。最初は無難に【一色】だったんだけど、やってくうちに【常盤】を見つけちゃってね。ビジュいいし戦闘スタイルが俺に合ってるしで、愛用してるよ。」
【一色】、本名、一色シロは、『カラーコード』の主人公である銀髪の女の子。どの属性も操れる特殊能力の持ち主で、ゲーム内では一色が指揮官となり、ストーリーが進められていく。
知っているだけでなく、まさかちゃんとプレイしていたとは。これはオタクトークが捗りそうだぞ...。
「あ、そうそう!」
ウキウキしていた私の脳内に、脳天を叩き割るような発言が一つ。
「俺、【ブレプロの巾着】めっちゃ好きなんだ!こないだ描いてたよね?」
...。
......。
「は!?!?!?」
第三のアドバイス、『リアクション』が実行されてしまった。
【ブレプロの巾着】って、ツバキのこと!?あのガチャ画面で数多のプレイヤーから金を落とした、私の好きな、あのツバキのこと!?!?
なんか、何人かこちらを向いている気がする。
「"巾着"って、ツバキのこと...?」
「いや他に誰がいるってんだよ」
一蹴。ブレプロの懐を牛耳っているのはツバキである。Q.E.D.。
「あの時は他の奴らと話してたから反応できなかったけど。いやまあ、なんかそういうので声かけられるのって、恥ずいじゃん?だから知らないふりしてスルーしてたんだけどね。」
いや、がっつり反応してましたが?というツッコミは心の中でしておくとして。
...なんでこっちの気持ちがわかるんだ?
今まで私は、神谷君のことを、ゲームが大好きな「あっち側」の人間だと思っていた。
私と違って表情豊かだし、友達も多いし。
でも少し、この会話の中で、それが違ったのではないかと思い知らされる。
「いや~マジか!まさかクラスで、ブレプロとカラーコードの話ができる人がいるとは!」
心底嬉しそうな表情の神谷君。気づけば私も、顔を上げて話していた。
しかし、慣れないことは5分ともたない。私はさすがに疲れを感じてきていた。
「そうだね、また、話そう...!」
続けていたかったけれど、初陣はこれにて閉幕。
「そうね~。オタクトーク、しような!」
神谷君のその一言で、会話は幕を閉じた。
我ながら、善戦したのではなかろうか。私の頬は自然と緩んでいた。
神谷君と、会話ができた。
それだけで、大きな一歩だと思う。
あとは手紙を書くだけ...なんてうまくはいかないと思うけど、昼休みのときより、頑張ろうと思えたのだった。
あの日、神谷君に抱いた「親近感」。
今なら、その理由が少しだけ分かるかもしれない。
元楽曲はこちら→https://www.nicovideo.jp/watch/sm43029604
こんにちは。Lv.0(けけロイドP)です。
1か月ぶりの更新となります。失踪はしていません。
てことで第二話です。初めての執筆なので、すごくベタな展開になってしまったなあと、我ながら思っております。
ちゃんと接近できましたね。優樹菜のアドバイスは、かなり個人的にも意識していることです。これやれば大抵の人とは話せます。マジで。
このシリーズは、全八話(+外伝一話?)の構成で行くつもりです。ある程度書くことも決まっております。
このままいくと来年の完結になりそうですが、気長にお待ちいただけると嬉しいです。
そして、前回も申し上げましたが、私は普段ゲーム実況をしているものです。
基本毎日~二日に一本のペースで投稿していますので、お手すきの際にニコニコ動画のアカウントにお越しいただければと思います。お待ちしております。




