第1章=浮ぶ影-第4話「ぼく」
◆第1章=浮ぶ影-第4話「ぼく」
ぼくは、勉強が得意ではなかった。
人並みにやって、人並みに忘れて、テストの点はいつも中途半端だった。
努力すれば伸びる、という実感もなかったし、そもそも「何かを理解したい」という欲求自体が、どこか薄かった気がする。
周りが当然のように目標を掲げたり、得意科目を語ったりしているときも、ぼくにはそのどれもが自分とは関係のない話のように思えた。
考えることも、好きではなかった。
何かについて深く思い巡らせると、途中で必ず引っかかる。
結論にたどり着く前に、前提の方が気になってしまう。
「そもそもそれって本当に正しいのか?」という疑問が、答えに向かう流れを止めてしまう。
だから考えるのは疲れるし、できれば避けていた。
考え抜いて何かを掴む、という経験がほとんどなかったから、そもそも“考える”という行為に期待を持てなかったのかもしれない。
そんなぼくが哲学科を選んだのは、理由と呼べるほどのものじゃなかった。
行きたい学部があったわけでも、将来の目標があったわけでもない。
周りが受験先を決めていく中で、ぼくだけが取り残されているような感覚があった。
どこを見ても、自分がそこに座っている姿がうまく想像できなかった。
経済も、法も、理工系も、どれも“ちゃんとした人”が向かう場所に見えた。
理解して、積み上げて、正解に近づいていく場所。
そこに自分が混ざる光景が、どうしても浮かばなかった。
哲学科は、その中で唯一、形がはっきりしなかった。
何を学ぶのかも、どこへ向かうのかも、よく分からないままぼんやりしていて、輪郭が曖昧だった。
パンフレットを読んでも、説明会に行っても、結局よく分からないままだったのに、その“分からなさ”が不思議と負担にならなかった。
むしろ、曖昧なまま置かれている感じが、ぼくにはちょうどよかった。
他の学部のように、明確な入口や出口を示されると、それだけで自分が弾かれる気がした。
だから哲学科に向かったのは、選んだというより、他に行く場所が思いつかなかっただけに近い。
何かに惹かれたわけでも、深い関心があったわけでもない。
ただ、そこだけが“立っていても怒られなさそう”に見えた。
そんな曖昧な理由で進路を決めてしまっていいのか、と自分でも思ったけれど、他に確かな選択肢がなかった。
入ってみて、やっぱり浮いていた。
周りの連中は、平然と難しい概念を扱い、過去の思想を引きながら議論を組み立てていく。
ぼくはそれを聞きながら、「存在」「時間」「自己」といった言葉が、日常で使うそれとは別の方向を向いているように感じていた。
その距離感が、どう扱えばいいのか分からなかった。
言葉の意味を追う前に、その言葉がどこに立っているのかが分からなくなる。
そんな状態が続いた。
それでも、完全に間違っていたとも思わなかった。
分からないまま立ち尽くしている自分に、どこか見覚えがあったからだ。
昔から、はっきりした答えのある場所より、曖昧なまま放置されている空白の方に、なぜか落ち着きを感じていた。
誰かが決めた正しさの外側に、そっと置かれているような場所。
そこに立っているときだけ、自分の輪郭が少しだけ許されているような気がした。
哲学科の“分からなさ”は、その延長線上にあったのかもしれない。
哲学を選んだ理由なんて、本当に大したものじゃなかった。
逃げ場所というほどはっきりした意識もなく、ただ流れの端に引っかかっただけだ。
気づいたらそこにいた、という方が近い。
けれど、その曖昧な選択の中に、どこか自分の輪郭に合う“余白”のようなものがあったのも確かだった。




