第19話:大きな前進と、不安
一度、真正面に立って、髪や頬などに触れ始めた。
「管理も悪くないですわね。整備もうまくされてらっしゃる、と」
「ええ、けれど最初はゴミ収集場の、旧型のアンドロイドの首だけでしたのよ」
「それは大変だったでしょうね……」
「あそこの神様にボールのように両手で掴んでもらって運ばれる生活は、とても新鮮でしたわ」
「神様というものも分析してみたいですが、貴方のほうも分析したいですわね。幽霊は精神の塊と考えるとして……」
「精神の塊……魂的な?」
「そう、ですわね。魂……としましょう。貴方……ええっと最上下上上右左右右左右下上郁生さん」
「最上下だよ」
なんとも。
記憶力がいいのも考え物だな、そこは憶えるべきじゃないとこだぜ。
「失礼……郁生さんが彼女をアンドロイドへと移した――それは私の研究である『人間の精神をデータへの変換』を経ていたのだとしたら……」
「魂のデータ化とも言えますわね、魂にも質量があり、それがデータ量として換算されていたと考えるとして……」
「しかしそれほどの規模のデータ化となると容易くは出来ないはず」
「それは機怪異のやった事だしのう。出てきて説明してくれれば良いのだが、一度も姿を現さん」
ああそうだ。
忘れがちだが、斜森が幽霊の状態で未来から過去へ戻されたのは機怪異の仕業だ。
データとして拾えたという事は、機怪異が彼女をデータ化したわけなのだが、今思えば誰かに拾ってもらうためにそうしたんだろうな。
それほどまでに彼女に肩入れするのだから、何か斜森とその名も知らぬ機怪異とは深い関係がありそうだが、姿を現さないしどうしたものか。
「どうであれ、大変な事が出来てしまっていたのかもしれませんわ」
「もう魂のデータを別のものに移す事が出来たという時点でも――戻す事も可能なのであれば……」
「研究での最終目標を達成できますわね……。今ある機材でできるかどうかは定かではないですが。ああ、その機怪異というもの自体も調べたいですわね。勿論、貴方も。ナノマシンに取り憑いているのでしたわね。治療用ナノマシンであれば相当数の数、一体くらい……」
「嫌じゃ! 私は一つで全て、分けるのは絶対に嫌じゃ!」
「いいじゃん別に。減るもんじゃないし」
「減っとるやろがい!」
そんな怒る事なの?
「機怪異もそうですが、自分自身を調べてみたいですわね」
「その時は私のネット共有ドライブにデータを転送してくださいませ」
「ええ、約束しますわ。それでは少々お話を戻しましょう……私が貴方であると、打ち明けた理由として先ほども彼から説明がありましたが――」
「誕生日に私が何者かに殺されるというものですわね?」
「そうですわ。室内を調べても構いませぬ? といっても私が私の部屋を調べるのですから許可してくださりますでしょう?」
「ええ、どうぞお好きに」
「じゃあ、早速調べようか」
こういう時はアンドロイドの機能を使えばすぐだが、俺も一応コンセント周りなどを調べるとした。
……けれど、コンセントが見つからないな。
「ねえ、この部屋ってコンセントは?」
「んーっと、机の下に一つだけですわ。実はこの部屋は送電機構を埋め込んでおりまして、磁界を発生させて電力を送っておりますの。貴方達の端末やアンドロイドもこの部屋に入ってから自動で充電されているはずですわ」
「あ、本当だ……」
電池マークのとこに充電中という小さな文字が流れていた。
アンドロイドの斜森も、ラインの色は充電中を示す白。
すごいな、この部屋にいれば自動充電か。
「これも君の開発か?」
「いいえ、数年前にとある大学が試験していたものを斜森重工が出資して現在各研究所で試験運転させていますの。ご家庭に設置するにはまだまだ先の話になるかと」
「そうか、まだ先の話か。これがあれば俺の部屋のたこ足配線も解決するんだがなあ」
しかしこの研究所にいると未来に来たような感覚だな。
廊下には自動掃除機ではなくアンドロイドが掃除をしている、それも新型アンドロイドだ。
そしてこの窓も、壁にはめ込まれているのではなく、壁の機能によるもの。
白い壁に指で四角を作ればそれが窓になる。ナノマシンオフィスだとかいう名目で発表していたっけな、勿論斜森重工製。
触れた部分にナノマシンが反応して指の動作次第で窓を作ったり、映像プレイヤーにしたりもできる。
どれも大企業だから導入できる事、将来俺が就職する企業には果たしてこれらはあるのかどうか。
少なくとも、このような最先端技術を導入している企業に入りたいのならば今から勉強すべきであるが、それは難しい話だな。
アンドロイド製作が終わったら勉強について少しだけ考えよう。
「何も仕掛けられてはいないようですわね」
「自宅のほうは私が調べてみますわ、貴方達では侵入は難しいでしょうから」
「お願いしますわ、嗚呼……我が家が恋しいですわ」
「入れ替わってみたらどうじゃ?」
「いえ、やめておいたほうがいいですわ。私達の顔や髪型は同じでも、アンドロイドとは身長や骨格がやや違いますから近しい者――執事にはすぐに気付かれるでしょう」
「ですわね、彼は……ものすごく目ざとい方ですから」
斜森の記憶映像で一度見たな。
初老の口ひげが似合う人だった。
まさにセバスチャン的な、感じの。
「マンションや誕生日パーティーの会場では警戒態勢を強めましょう、中止も視野に入れるべきですわ」
「中止したら別の機会を狙うだけでは?」
「ええ、そう……でしょうね」
問題はそこなんだよな。
中止にしても解決にはならないのが。
「捕まえるならやはりパーティーはあえて中止せず犯人を誘い出したほうが良いのではないかしら」
「では、その場で捕らえるのを入場前に金属探知機で調べるのは印象がよろしくないし犯人に悟られるかもしれませんので、ボディスキャナーを入り口に設置して別室で監視の形をとりましょう」
「ですわね。今のうちに執事にお話しておきますわ」
二人の斜森によって話が進められる。
俺達がいる必要はあるのかどうか、悩ましくなってきたな。
つくもに関しては壁で遊んでるし。
「……もし私の殺害が阻止された場合、貴方はどうなるのです?」
「それは……分かりませんわ」
「私もこのような力を及ぼす怪異は初めてだから分からんのう~。そのままかもしれんし、未来が変わってお主に改変が生じるかもしれん。はたまた、お主らの意識が統一するかもしれんし、まあ~やってみないと分からないって感じじゃ!」
「神のみぞ知るといったものですが、神も知らないようですわね」
「どうであれ、貴方が誕生日に殺害されないよう動き、そして貴方を殺害する人物を捕らえるのが今すべき事ですわ」
「けれど手がかりは何も掴めてないのがな……」
彼女を邪魔だと思っている人物は、確かにいる。
けれど命を取るほどとなると、どうだろうか。
「……この際、私を囮にするのはどうでしょう」
「囮に……?」
「ええ、犯人探しをするよりも、私を殺しにくるところを捕らえればいいのではないでしょうか」
「危険では? もしパーティーには参加せず忍び込んできてボディスキャナーをかわした場合、相手は銃を持っていますわよ?」
「私の端末ですぐに警報装置が鳴るように設定しておいて、部屋に戻ったらドレスから着替えて防弾ベストを仕込んで待ち構えますわ。殺傷能力の高い銃の使用か、頭部を狙われたらどうしようもないですけれどね」
防弾ベストなんて普通なら簡単には用意できないであろうが、彼女の場合は執事に軽く伝える程度で手配してもらえるんじゃないだろうか。
キーボードに指を走らせ、カタカタ、ターンッ。
もう手配できました、って感じ? みたいな?
「こちらも多少のリスクは承知で動くべき……っと、失礼」
彼女の端末に誰かが連絡を入れてきたようだ。
もう夜も更けてきたしそろそろ警備員が巡回してくる頃であろうか。
「――ええ、分かりました。私も――はい。では」
通信を終えて、彼女は小さな吐息を吐く。
「ここでの話は一先ず終えるとしましょう、長い間ここにいると妙に思われますし」
「ですわね。端末での通信もできるよう連絡先を交換いたしましょう。自分自身と交換というのも妙な話ですが」
「まったくですわ」
連絡先を交換し、俺達は研究所を後にした。
今日も一日を終える。
誰が彼女を撃つのか、手がかりも掴めぬまま。
だが、斜森同士会って話せたのは、かなりの進展であろう。
命を狙われているという警告、それに対して動き対応するとなれば大きく未来にも影響するはず。
避けられない未来、なんていう見えないルールがあるのだとしたらお手上げだが。





