初代国王(銅像)の憂鬱
私はこの国を愛している。
平和条約を結んでいた隣国が突然襲い掛かってきた。
それは青天の霹靂というもので、昨日までは確実に信用できる隣人だと思ってた。どこか平和に慣れてしまっていた我が国は簡単に蹂躙され、王都は火の海となった。
国を立て直すためにも今はお逃げくださいと、忠臣達に庇われ脱出した。悔しさと、怒りと、己の無力さにぐちゃぐちゃになりながら、この国を立て直して見せると誓った。
脱出した先で情報を仕入れてみれば、なんてことはない。信頼していた隣国の直系の王族が傍系の王族に討たれたのだ。我が国からの攻撃を警戒して、同時に攻め込んできたのだった。
死んでしまった国民を思い、全力で隣国の敵を蹴散らし、己の一生をかけて愛した国を立て直した。初代国王と呼ばれるのは一度地図上から国が消えてしまったからだ。この国を復活させるのには長い年月かかった。
走り続けた人生だった。
ずっとこの国のために走っていたかったが、年はどうしようもなかった。自由のきかなくなった体を寝台に横たえ、まだまだやるべきこととはあると後継者たちに伝え生涯を閉じた。
後継者たちはよく働き、この国を平和で豊かな国に育てた。
そのことにどれだけ感謝していることか。
国を思う心が強かったのか、後継者たちが作った私の銅像に魂を止めおくことができた。夜になれば銅像から離れ、空を漂いながら国を見ることができた。
私の心がこの銅像にある限り、王都を見守り続けよう。
そのことに満足しながら、その日の夜も王都を漂っていた。
王都近郊にある学園を何気なく観察していた。あるものを見つけ、思わず二度見した。
……これは一体どういう事だ?
私はここでこうして夜の王都を見守っているというのに。
目の前で私が全力で無表情で手を振り腿を上げ、不貞を働く男を追い詰めている。全力で走る銅像の私のマントが後ろになびいているのが、なんとも不思議だ。
女性用の学園の寮に忍び込み逢瀬を楽しもうとしていた男は軟弱なことに涙でぐちゃぐちゃにして、走りながらひたすら謝っている。この程度で謝るぐらいなら密会などしなければいいのに。
「お許しください! 初代国王様! つい出来心で……」
走ることも限界が来たのか、足を取られ顔面から派手に転んだ。
出来心ということは本命は婚約者だということか。ついつい男の言い訳に突っ込んでしまう。
「婚約者は可愛いですが、いまいちサイズが心惹かれず……」
サイズ、サイズ、サイズ?
何のサイズだ?
ひれ伏すようにして男はうわごとのように言い訳を繰り返す。
「初代国王様も巨乳の方が好きですよね? 見るのも触るのも顔を埋めるのもいいと思いませんか! これは全男性の願望でもあるはずです!」
サイズはそっちか!
ふと、わたしの命が尽きる時まで伴侶として支えてくれた王妃を思い出す。とても意志の強い女性で、凛とした美しさがあった。女神のように気高く、豊かな金の髪はいつまでも触っていたいほど滑らかで、ふわりと漂う香りが何とも言えない。嫋やかな手で意味ありげに誘われると、心が熱くなったものだ。
サイズは……そうだな。標準を下回っていたような?
ついつい自分の手で形をとってその大きさを思い出す。
「初代王妃様もかなり豊かでしたし、初代国王様もご理解していただけるかと!」
そうきっぱりと言い切ると、顔を上げた。
わかるだろう、男なら! と強い目で訴えかけていた。
いや、わからんな。
私は女性にその価値を見出すことはなかった。女性はその心意気や仕草など沢山素晴らしいものを持っているのだ。
そもそも肖像画の彼女は二倍以上に盛っている。
盛らない画家はことごとく王宮絵師にはなれなかった。そこは徹底していた。美貌は十分であったので特に注文はなかったはずだが、胸は無条件にモリモリしていたはずだ。
ははは、上手い言い方じゃないか。
モリモリだけに盛り盛り。
その誤解、どうにかした方がいいのだろうか。彼女のサイズを理由に不貞をされても不愉快だ。肖像画に描かれているサイズを元に戻すぐらい誰も気がつかないだろう。
そこまで考えてぞくりとしたものを感じた。
え、あ?
私は国を思う気持ちでこうして魂だけになった今も国を見守っている存在。
だから誰も私を認識できないし、干渉することもできないはずだ。
この私が存在することに危機感を覚えるなど、おかしなものだ。
注意を国中にある王妃の肖像画に向ける。一つ一つ探し出しそれを眺めれば、見慣れた美しい顔に皴のようなひびが入っている。どの肖像画も保存状態がよくなかったらしく、絵の具が渇き割れてしまっているのだ。それがちょうど顔の部分と胸に集中している。そこだけ何度も手直しした証拠でもある。顔は女神の美貌を写し取れずに書き直され、胸はまあ、そういうことだ。
その割れている部分もついでに直し、保存の魔法でもかけよう。彼女の存在を後世まで正しく伝えることは私としても喜ばしいことだ。
気分よくすべての愛しい妻の肖像画を修正する。どれもこれも私が愛した彼女だ。この国に住まう者たちも彼女のこの美しさにうっとりとするがいい。本物は私のものだがな。彼女の微笑みぐらいは見せてやろうじゃないか。
「あ、の? 初代国王様?」
不貞男が恐る恐るといった風情で声をかけてきた。不貞男を追い詰めていた銅像の私が何故か体を震わせ後ろを振り返る。
ぎぎぎぎと聞こえてきそうなぐらいぎこちない動きだ。というか、銅像はそんな動き出来ないはずなんだが。
「ギャーーーーーッ」
ギャーーーーーッ。
不貞男と私の悲鳴が無様にも重なった。
そこにいたのは目をギラギラさせた恐ろしいほどの冷ややかな笑みを浮かべた私の愛しい妻だった。
何があったかはこれ以上は語るまい。
魂が砕けて消滅するのではないかと思われるほどの制裁があったとだけ、伝えておこう。
そしてこんな魂だけの存在になってしまった私は同じ存在になった妻に出会えたことも。
人生、何があるか、わからない。
Fin.
幸福の王子風味です。




