第五十六話 ヤキモチ
ユレイドの町に帰って来てから三日後。今日はラティスと遊ぶ日である。この日の為に、一生懸命あみぐるみを作って来た。ラティスの髪と同じ金色の糸で作ったのは、可愛らしい犬のあみぐるみだ。この世界では、ドルブと言う大人しい魔物である。
ペットや番犬として町の中でもよく見かけるこのドルブは、色々な姿形があった。私が作ったのは、その中でも特にラティスが気に入っている、チワワのように目がパッチリとした小型のドルブだ。
「気に入ってくれるかなぁ…。」
あみぐるみと手土産を持って、私は待ち合わせ場所の広場で待っていた。少し早く来すぎてしまったかもしれない。楽しみだったから仕方ないよね。
ぐるりと周りを見渡すと、マフラーを付けている人がチラホラと見えた。どの人もお金を持ってそうな、富裕層だというのが一目で分かる。そんな中、ただの一市民である私がマフラーをしているのが、目立ってしまうのが気に掛かる。
うーん、外した方が良いかな…?でも、それだとちょっと寒い…。
「アイシャさん、お待たせしました!」
「ラティス、久し振り。元気だった?」
「はい!アイシャさんも、お元気そうで何よりです。」
考えながら少しの間待っていると、遠くの方からラティスが現れた。私を発見すると顔を綻ばせ、満面の笑みでこちらへとやって来る。正直、凄い可愛い。
「ギードさん、お久し振りです。またお見送りですか?」
「やあ、アイシャ。久し振り。」
夏休みの時は居なかったが、今日は去年の冬の様にギードはラティスと共ににやって来ていた。マフラーをしているのがお金持ちばかりだから、当然と言えば当然だけども。
…あの家を出て以降、係わる事は無いだろうと、お互いに思っていた。まあ、見送りに来ても一言二言、言葉を交わして直ぐに帰るので、余り関わってはいないのだけど。
しかし、どうやら今日は違ったらしい。
「…ちょっと、アイシャに話があってね。直ぐ済むから、終わったら帰るよ。」
「私に話し、ですか?」
一体、何の話だろう?多分、ラティスに関係してることだとは思うけど。
「取り敢えず、何か飲み物でも…。ああ、そうだ、ラティス。確か、アイシャに渡す物があったのだろう?カバンに入れて来たんじゃなかったかな?」
「あ、そうでした!私、アイシャさんとお約束した通り、作って来たのです!」
「ここで待ってるから、持っておいで。」
「はい、兄様!」
そう言ってラティスは、少し離れた所で鞄を漁り始めた。私達も、人の少ない所へと場所を変える。すると、ギードが私に近付いて小さな声で話し始めた。
「アイシャ、少しいいか。」
「ギードさん?」
「夏以降、ウチに貴族が訪れるようになった。」
「……!!」
ギードの言葉に、私はドクンと心臓が高鳴った。…嫌な感じがする。チラリとラティスの方を見ながら、ギードは話を続ける。
「アイシャが貴族の通う学園に行っている事は、ラティスから聞いて知ってたんだ。勿論、お父様とお母様には言ってないけど。だけど、貴族が尋ねる様になって、両親ともその事を知ってしまってね。」
「……。」
「アイシャが学園で何をしてるかは知らない。ただ、貴族の関心を集めるような事をしているのだけは、分かったよ。成人の儀式の日に着ていた服についての質問もあったが、料理についての話が一番多かったかな。」
「それで、一体どんな話を…。」
「服についてはアイシャがあの時着ていたのを見ただけだったし、料理に関しては私達は何も知らない。ただし、ラティスは別だ。」
そうだ。私、ラティスには色々とあげた覚えがある。
「ラティスはよく僕に、アイシャのお菓子が美味しいと言っていたし、あの服の着替えも手伝っていた。それに、マフラーについてもそうだ。」
「マフラー…。」
「注文が来たわけではないが、彼等はとても気になっている様だったよ。来年は来るかもしれないね。ただ、そのマフラーについてだが…。つい先日やって来た貴族に、両親がアイシャに教えてもらったと話した。」
「……!!」
私がマフラーを教えたのは、冬籠りの間だ。アルベルト達とちゃんと話し合いをしたのは、もっと後である。もしも、その事を頭の良い貴族に知られてしまえば、今までアルベルト達を盾にしてやって来た事がバレてしまう。
……私が、色々と生み出しているのだ、と。
「お父様もお母様も、貴族の方に贔屓にしてもらえば、更に店が大きくなると考えている。故に、アイシャについて尋ねられれば何でも話すだろう。大して知っている事が少なくとも、ね。」
「ギードさん、それは…。」
「私だって、貴族の方に尋ねられれば、答えない訳にはいかない。逆らうなんて、出来やしないんだから。」
「そうですよね…。」
「…だけど、恐らくラティスは逆らうだろう。それだけ、あの子はアイシャに懐いている。」
「えっ…?」
幾らラティスでも、貴族の命令に逆らったりはしないと思うんだけど…。
「ラティスはアイシャについて、何も喋ろうとはしなかったよ。知りません、の一点張りだった。誰よりも傍に居たラティスが、私達よりも知らないなんておかしい。両親はしつこくラティスに話すよう言ったが、決して口を開かなかった。」
「ラティス…。」
「その時は、特に何か言われる事無く話は済んだ。だが、もしも気の短い貴族だったら、苛立ちに任せて殺されていたかもしれない。」
ギードのその言葉に、私はゾクリと背筋が震えた。私のせいで、ラティスが殺される…?
「…だから、どうかお願いだ。ラティスに係わるな、とは言わない。アイシャ、あの子に余計な事を教えないでほしい。」
「余計な事…?」
「アイシャがフィルダン工務店の人達と一緒に、貴族の方と何かしようとしているのは知っている。彼等は貴族の方からの庇護があるが、私達には何もない。問われれば答えるしかないし、嘘を吐けば殺されてしまう事もある。ならば、最初から知らないのが一番なんだ。……分かってくれるね?」
「はい…。」
そこまで、考えてはいなかった。直接関係のあるフィルダン工務店の皆を守れれば、何とかなると思ってたんだ。まさか、ラティスやギード、ハーベリー夫妻の元にまで貴族が赴いてるとは思わなかった。
「出来るだけでいい。ラティスが悲しむのは見たくないが、殺されてしまえば元も子もない。だから、どうかあまり深く関わらせないでほしい。」
「分かりました、ギードさん。私だって、ラティスに何かあったら嫌ですもの。」
「…そうか、ありがとう、アイシャ。」
ホッとした様に微笑んだギードからは、先程までの真面目な表情が消えた。私も取り敢えず、ニコリと微笑み返した。
「それにしても、ラティスは遅いですね。」
「ああ、見付からないんだろう。あのカバンには入っていないから、当然だけど。」
「……え?」
「話の内容を聞かれたくはなかったからね。ラティスの探し物は、私のカバンの中にあるんだ。」
「ギードさん、それは…。」
「さあ、ラティスの元に戻ろうか。」
「…はい。」
ギードさんって、結構策士だ。わざわざ聞かれない様に、距離を置くなんて。まあ、ラティスが居ないとギードさんと会う事なんて無いし、かといってラティスに聞かせる内容じゃなかったからね。謀るのも仕方が無いか。
私は小さく返事を返すと、ギードと共にラティスの方へと歩き出した。探すのに一生懸命なラティスは、私達が近付いてくるのにも、全く気が付かない。
何だかその様子が可愛らしくって、私はつい笑ってしまった。声を掛けようとした時、私は強い風に煽られて、道端に落ちていた石に躓いてしまった。
「あっ…!」
「…わっ、と…。」
転ぶかと思ったが、ギリギリの所でギードが抱きとめてくれた。
「す、すみません、ギードさん。」
「大丈夫かい、アイシャ?」
「はい、おかげさまで。直ぐに立ちますね。」
「ああ、待って。今の風で、髪に葉っぱが付いているよ。」
「えっ?」
「取ってあげるから、動かないで。」
ギードに抱きかかえられたまま、彼の手が私の髪に触れた。ちょっとくすぐったい感じがしたが、直ぐに取れたようでパッと彼の手が離れた。
「ありがとうございます、ギードさん。」
「いや、気にしなくていいよ。立てそう?」
「ええ、大丈夫です。スミマセンでし…。」
私の言葉が続きを発する事は無く、急にギードの体から離れた。代わりに訪れたのは、ポスンとした音と共に背中が誰かに寄っ掛かっている感触だった。
「こんにちは、アイシャ殿。」
「アル…ベルト、様?」
「アイシャ殿、奇遇ですね。」
「ジェイク様も…。何故、ここに…?」
私の後ろに居たのは、アルベルトとジェイクの二人だった。いつも一緒のチャックが居ない、という事は、お忍びか何かだろうか?二人は後ろから、私をギュッと抱きしめていた。
……うん?抱き締める…?
「……!!あ、あの…!」
「アイシャさん、兄様!どうしましょう、見付かりませんでした…って、あれ?」
私が慌ててアルベルト達に離してもらおうと声を上げた時、丁度ラティスがこちらへと戻って来ていた。ポカンとした表情でこちらを見ているラティスは、上手く言葉が出てこないようで固まっていた。ああ、ラティスったら可愛いな…。
現実逃避じゃないですよ、ラティスがとても可愛いだけです。
「えっと、アイシャ。そちらの方々は…?」
「…そ、そうでした!アルベルト様、ジェイク様。あの、一体なぜ、私を抱きとめているのでしょうか…!」
「ああ、すみません。アイシャ殿。つい。」
「ご、ごめんなさい、アイシャ殿!苦しかったですか…?」
アルベルト、ついって何ですか…!それにジェイクも慌てて確認するが、二人は私から離れてくれない。待って、恥ずかしい。絶対、今の私、顔真っ赤だってば…!
「だ、大丈夫です…!寄っ掛かってしまい、申し訳ありません。今、体を起こしますね。」
…何とか噛まずに言えた。私は逃げるように起き上がり、二人から離れた。何だか、背中にまだ感触が残っている感じがする。駄目だ、すっごい恥ずかしい…。
「失礼致しました。アルベルト様、こちらは以前話をしていた子で、ラティスと申します。その隣にいるのが、兄のギードさんです。」
「初めまして、ギードと申します。お会い出来て恐悦至極にございます。」
「ら、ラティスと申します…!」
「ラティス、ギードさん。こちらは、私の友人で、共に学校に通っているアルベルト様とジェイク様です。」
「どうも、初めまして。アルベルト・フィン・グレンダルと申します。」
「私は、ジェイク・フィン・ドリアです。」
間に私を挟んで、四人は挨拶を交わした。アルベルトとジェイクはにこやかな笑顔なのに、心なしか空気が冷たい気がする。
ラティスとギードは緊張が表に出ていて、張り付けた様な笑顔のまま動かない。
「どうか、そんなに緊張しないで下さい。」
「滅相もございません…。」
「アイシャ殿、今日はラティス殿と二人で遊ぶのだと言っていましたが、予定が変わったのですか?」
「え、えっと、ギードさんはラティスの見送りに来てくれただけで…。」
「それにしては、随分と話し込んでいた様に見えましたが?」
「そ、それは…。」
どうしてだろう。アルベルトの笑顔が、こんなにも怖いのは。一見いつもの様に微笑んでるように見えるけど、流れる空気が冷たいのは気のせいではないはず。二人からの質問に、何だか責められてるような感じがして、たじろいでしまう。
「私達には、言えない事なのでしょうか…?」
ジェイクがシュンとしたような表情で、私の目を見つめてくる。私の方が背は低いはずなのに、どうして上目遣いになるんですか…。可愛い、絆されそうになる…!
いや、でも、さっきの話の内容をラティスに聞かれるのは駄目だし…。
「まあ、折角です。立ち話するよりも、どこか落ち着いて話せる場所に行きましょうか。良ければ、向こうのお店にでも参りませんか?」
「は、はい…!」
アルベルトが指したのは、シックな外観のお店。直ぐに返事を返したギードは、ラティスの手を引いて、お店の方へと向かい始める。
向かう先は富豪の方御用達のカフェで、個室がいくつも用意されているお店…。
ああ、逃げられないんですね…。
せめて、ラティスに聞かれたくはなかったんだけど、貴族である彼等に捕まってしまったら、私にはどうしようもない。私が無理なら、ラティスやギードだってこの場から離れる事は出来ない。
「アイシャ殿、どうぞ。」
「…失礼致します。」
差し出されたアルベルトの手を取り、私もお店の方へと歩き出した。先にジェイクが話を通してくれていたから、私達はすんなりと個室の部屋へと案内される。
チラリとラティスとギードの方を見れば、緊張と不安が隠しきれていない。強張った表情でカチコチに固まっていた。
「アイシャ殿、飲み物は何にしますか?」
「えっと…、その…。」
「ここはダージリンがお勧めですよ。」
「では、ソレで…。」
「お二人も、同じで大丈夫ですか?」
「も、勿論でございます!」
幾らギードさんとはいえ、貴族相手じゃあんな風になるんだなぁ…なんて、現実逃避は止めにしよう。この中で一番年上だとしても、身分は平民なのだからアルベルト達に慌てて返事をするのは当然だろう。
少しして、紅茶と一緒にお菓子が運ばれてきた。全員が一口飲んでホッと一息つくと、アルベルト達は再び先程の事について話し始める。
「今日は、アイシャ殿は同性であるラティス殿と遊ぶと聞いていたのですが、まさかもう一人異性が居るとは思いませんでした。」
「あ、あの、アイシャ殿とは一体どのような関係なのですか…?」
二人の質問に、私は何とかラティスに気付かれない様に答えた。
「私が小さい頃に世話になっていたハーベリー夫妻の子供で、ギードさんとラティスです。ラティスとは今でもよく手紙のやり取りをしてますし、こうして会って遊んだりしています。ただ、ギードさんとは滅多に会う事は無く、成人してから会ったのはこれで二度目です。どちらも、ラティスの見送りの為に来ているだけで、正直関係は薄いです。」
「私達の両親とアイシャは関係を断絶しており、幼い頃からの事情もあり私も係わらない様にしております。」
「…そうですか。」
アルベルトとジェイクは少しだけ考えたような表情をしたが、直ぐに笑顔で話し掛けてくれた。何だか、さっきまでの冷たい空気が和らいだような気がする。
「それにしては、先程はとても仲が深そうに見えましたが?」
…気がしただけだった。アルベルトの笑顔は、やっぱりどこか怖い。
「さっきのは、その、私が転びそうになったのをギードさんが助けてくれまして…。ついでに髪に葉っぱが付いていたのを、取ってくれていたのです。」
「……本当ですか、ギード?」
「はい…!アイシャの言う通りでございます…!」
そう言えば、ギードがこんなにも慌ててるところ、初めて見たなぁ。そもそも余り話した事も無かったし、大してギードの事を知ってるわけじゃないんだけども。
「…そうですか。それなら、良いのです。」
「アイシャ殿が怪我をしなくて、良かったですね!」
今度こそ、二人の笑顔がいつも通りに戻った…と、思う。私は内心ホッと息を吐き、ギードも少し落ち着いてきたのか、普段の表情に戻って来ていた。
「それで、アイシャ殿とギードは何を話していたのですか?」
「えっ…?」
「アイシャ殿を見付けた時、何やら真面目な表情で話し合っていましたから。本当は、直ぐに声を掛けようかと思ったのですが、邪魔をしては悪いと思いまして。」
「でも、アイシャ殿がギードにくっついた時、私達は…。」
そこまで言い掛けて、ジェイクはハッとした様に口を閉ざした。心なしか、少し頬が赤くなっている気がするけど、どうかしたのだろうか?
「す、すみません、失礼しました。えっと、その…。アイシャ殿に何かあったのかと思って、駆け寄ったのです。」
「それは、心配をお掛けしました。申し訳ございません…。」
「いえ!何も無い事が分かったので、良かったです。でも、何を話していたのか、教えてもらえないのですか?」
二人とも食い下がらない。出来ればラティスに聞かれたくないから、言いたくはなかったんだけど…。でも、これ以上黙っている訳にもいかないしな…。
私がどうしようかと悩んでいると、ギードが口を開く。まるで観念したかのように、先程の内容を喋り始めた。




