第五十五話 お茶会
さて、試験が無事に終わった。今回は前回よりも、手応えを感じている。何より、実技のテストはそれなりに上達していた。合格点ギリギリ、という事は無くなったので、ホッとしてる。
テストの順位を見に行けば、十八位と結構上がっていた。ただ、私の点数が一気に上がったのではなく、他の生徒の点数が少し下がった感じだけど。
皆、アルベルト達が発表した新しい式にばかり意識が向いていて、思ったよりもテスト勉強が進まなかったらしい。おかげで、今回は微妙な点数だったという生徒が続出したのである。
そして、何とジェイクが一位を取っていたのだ。トップになれた事に大喜びのジェイクは、大変可愛らしかった。思わず抱き締めて頭を撫でてしまいたくなるほどに。
満面の笑みで微笑むジェイクを見て、私は胸をキュンと高鳴らせた。この正直で真っ直ぐなところが、本当に素敵だと思う。
因みに、アルベルトは前回と変わらず三位だった。二人共凄い優秀だよね、本当に…。私も、もっと頑張らなくちゃ。
さて、冬の試験が終わってしまえば、後は冬休みに入るのを待つだけだ。休みが始まれば私はアルベルト達とユレイドの町に戻る。そして、温泉旅館の様子を見に行ってまた話し合いをする事になるのだが…。
私には、その前に大事な事が待っていた。
……お茶会だ。
物凄く憂鬱である。出来れば参加したくない。メアリー達が一緒なのは心強いけど、ソレはソレ。コレはコレ。初めてのお茶会に、不安を抱かない訳がない。手土産として私は花を生けたんだけど、普通の花束とかの方が良かったかな?余り大きなものじゃないし、邪魔にはならないと思うんだけど…。
いっその事、プリザーブドフラワーみたいにした方が良かったかな?でも、この世界に専用の液体なんて、あるのかしら…。
ヴァレス祭が終わった後から、お茶会に出る為の特訓もしてもらっていた。基本的な事は家政科の授業で教わっているから大丈夫なんだけど、それ以外の授業に出て居ない処を教えてもらっていた。
今回は着物で、という事で私はあの着物を着ていくんだけど、本来はお茶会用にドレスを仕立てたりするらしい。メアリー達から一緒に仕立てに行ってあげても良いわよ、と言ってもらえたが、私は着物を着ていく事を話すとメアリー達は瞳を輝かせた。
また着物が見れる事に、喜んだらしい。可愛い。
ただ、私としては学友と一緒にお買い物とかに憧れてたので、かなり残念である。
そんなこんなであっと言う間に数日が過ぎ、お茶会当日だ。前回、親交パーティーで着付けてくれた侍女達が、今回も手伝ってくれた。今は冬という事で、本来ならあの夏用の着物は寒くて着れないんだけどね。魔力の籠ったホッカイロみたいなのを張る事で暖かくしてくれてるそうで、薄着でも平気らしい。
後で聞いた話によると、アレ一つで大銀貨五枚もするらしい。貴族のお金の使い方って、恐ろしい…。
「さあ、出来ましたよ、アイシャ殿。」
「あ、ありがとうございます…!」
「何度見ても素敵なお召し物ですわ…。」
「本当に。この様に繊細な模様、他ではありませんもの。」
頭の中で現実逃避のような事を考えていたが、侍女達の言葉にハッと意識を取り戻した。うっとりとした表情で、私の着物をジッと見つめる。
確かに私も凄い綺麗だと思う。前世の世界でこの着物を作ろうとしたら、一体幾ら掛かるんだろうか…。
「それでは、アイシャ殿。どうぞ、こちらへ。」
「ご友人の方も、隣の部屋でお待ちですわ。」
「は、はい!あの、ありがとうございます…!」
侍女達に案内されてやって来たのは、控室のような小さめの部屋だった。いや、小さめとは言っても、かなりの広さはあるんだけども。
先に着替え終わっていたメアリー達に待たせた謝罪を済ませると、私達は四人でお茶会の会場へと向かう。
「よく来たわね、アイシャ。」
「ご学友も、ようこそいらっしゃいましたわ。」
「ふふ。どうぞ、こちらの席にお座りになって。」
「は、はい!失礼致します…!」
私達を最初に笑顔で迎えたのは、グレンダル公爵夫人とドリア伯爵夫人の三人だ。彼女達に言われた通り、指定された場所へと腰を落ち着ける。
チラリと周りを見てみれば、彼女達の他にも数人の貴族女性がその場に居た。誰が誰だか全く分からないけれど、少なくとも相当身分の高い人達だというのが分かる。
そう言えば、誰かがグレンダル公爵家の主催するお茶会は珍しいって言ってたなぁ。滅多に開催しない上に、呼ばれるのは極少数だけ、だとか…。
つまり、その狭き門を通っている彼女達は、グレンダル公爵家と遜色ない家柄で、かなり親しい間柄という事だろう。
「先日、公爵様方からちゃんとお話を聞きましたのよ。そしたら、とても興味深いお話をなさるから…。」
「うふふ。アイシャ、今日は沢山お話をしましょうね。」
「はいっ…。わ、私の様な者がこの場に居られる事、大変光栄に存じます。」
「あら、そんなに緊張しなくても良いのよ。この場であった事は、私達だけの秘密ですもの。ねえ、皆様?」
アルベルトの母親であるサリア様が、優しい笑みを浮かべながら人差し指を口に当てた。その様子に、ふとアルベルトが重なる。ああ、親子って姿形だけでなく、仕草までこんなにも似るんだなぁ…。何だか、アルベルトを思い出してしまって、ドキドキする…。
「さあ、それでは始めましょうか。本日は、我が家のお茶会に参加して頂き、感謝致しますわ。どうぞ、楽しんでいって下さいませ。」
第一夫人のエルファレス様が挨拶を始めると、直ぐにお菓子とお茶が運ばれてきた。私達はその際、給仕の侍女に手土産を渡す。
メアリー達のお菓子は可愛らしい花の形に焼き上げられたフィナンシェの様なモノだった。まだ複雑な形で作る事が出来ていないそうで、簡単な形ではあったが、それでも十分に華やかに出来上がっている。
侍女達は私が渡した生け花を見て、少しだけ驚いた様な表情をしていた。やっぱり、ちょっと場違いだったのかな…?
「このクッキー、アイシャから貰った物に似ているわ…。」
「こちらのケーキもですわ、メアリー様。流石、公爵家の方のお茶会ですわね…!」
今回のお茶会に出されたお菓子は、私がアルベルト達に教えたお菓子のレシピで作られていた。ただし、見た目や味はちょっと違う。流石、貴族に召し抱えられるような料理人達だ。素晴らしい出来である。
私も料理には自信があるのだが、やはりソレを職としているプロとは比べ物にならない。見た目も綺麗だし、味も私よりもシッカリとしている。
ちょっと悔しい…。でも、美味しい…。
「ふふ、気に入って貰えて良かったわ。」
「お菓子も良いですが、お話も致しましょう。ねえ、アイシャ。」
「はい…!」
「アイシャが連れて来た子達だもの。聞かれても問題ないと言う事で良いわね?」
夫人達がチラリとメアリー達の方を見た。急に向けられた視線に、三人はピシリと固まってしまう。
「…程々に、ですが。公爵様方は、どこまで話をしても良いと仰られてましたか?」
「アル達が知ってる事は話しても構わないと言質を取って参りましたの。アイシャに任せる、と。」
「ジェイクもアイシャが話すのならそれでいいと言っていたわ。話す内容はアイシャに任せるけど、話せそうな質問には答えて頂戴ね。」
「畏まりました。」
アルベルトとジェイクが話しても平気だ、と言ったのなら大丈夫だろう。勿論、全部を話すつもりは無いが、出来るだけ答えていこう。
それに、何かしら宣伝するなら女性の方が効果的だろうしね。
「それでは、早速ですけれどオンセンって何かしら?」
「簡単に説明しますと、温泉とは地中から湧き出た温かいお湯の事でございます。」
「お湯…。それが、アイシャの美容とどういう関係が?」
「温泉の中には、肌を滑らかにしてくれる成分が入ってるモノがございます。また、温泉に浸かる事でリラックスが出来、体中の血行が良くなって健康にも良いのです。」
「オンセンに、浸かる…?」
出来るだけ分かりやすく、丁寧な言葉で説明をしていく。次々と投げ掛けられる質問に答えていくだけだが、夫人達だけでなく、メアリー達や周りの女性までもが一生懸命聞き入っていた。
「それから、石鹸で体中を洗う事で汚れを落とし、肌や髪に潤いが増します。また、お好みの香りで作る事が出来るので、香水を使わなくてもほんのりと匂いが漂います。」
「まあ、石鹸にそんな効果が…。」
「アイシャ、その石鹸はどの様なモノなの?」
「石鹸自体は、そんなに難しいものではありません。ただ、色々と効果を増やしていくと、ちょっと大変になります。」
私にだって作れるのだから、これもちゃんとした職人に作ってもらった方が良いだろう。そう言えば、温泉旅館が開店したら大量に必要になるだろうから、今度相談してみないといけないかな…?
「アイシャのオンセンリョカンでは、食べ物も特別なのよね。」
「私、チャックがコッソリとニホンシュと言うモノを飲んでるの、知ってますのよ。最近は、伯爵様に取られてるようですけど。」
「うふふ。チャック様は、災難ですわね。」
クスクスと笑う彼女達は、それからも色々と私に聞いてきた。お酒や食べ物だけでなく、着物についても。
「アイシャのその着物、本当に素敵だわ。」
「夏のモノなのに冬に着させて悪いわね。どうしても見てみたかったのよ。」
「見た事が無いから目を引くだけで、そこまで派手な装いではないのよね。動き辛そうだけど、アイシャの所作が美しいのはそのせいかしら?」
「ひらりと靡くその姿は、まるで風に舞う花びらのようだわ…。」
着物、大絶賛ですね、皆様。メアリー達だけでなく、まさか大人の貴族女性にまでウットリとした目で見られるとは思いもしなかったです。確かに、私もこの着物はとても素晴らしいと思うけども。
「早くその着物が着られる様になると良いわね…。職人達には、頑張ってもらわないといけませんわ。」
「アイシャのオンセンリョカン、とても楽しみですわね。」
粗方質問が終わったのか、彼女達はゆったりとお茶を飲み始めた。
「…アイシャ、貴方凄い事をしていたのね…。」
「メアリー様?」
「アイシャの言うオンセンリョカン、私達も楽しみだわ。」
「……!」
嬉しい…。まさかメアリー達まで興味を持ってもらえるなんて…!完成した暁には、是非とも入りに来てほしい!温泉が広まって皆が好きに会ってくれれば、これ程嬉しいことは無いのだから!
「はい!是非、完成した暁にはお越しくださいませ!最高のおもてなしをさせて頂きますわ!」
「そ、そう。待ってるわね…。」
「必ずや、皆様にお気に召すように致します!」
ああ、頑張らないと!温泉の良さが伝わる様に、より一層気合を入れて完成させなければ。憂鬱だったお茶会がこんなにも素晴らしいものになるなんて、やっぱり温泉って最高だね!
テンション上がりっぱなしだよ、もう…!興奮が収まらない!
「うふふ、随分とやる気になった様で良かったですわ。」
「この調子なら、思ったよりも早くに楽しめそうですわね。」
調子に乗ってしまった私は、その後も温泉の良さについて延々と語り始めてしまった。メアリー達は少し驚いた様子だったけど、その内容に興味津々で、口を挟まずに聞いていた。
私は気が付いてなかったけど、他の貴族女性達も目を輝かせながら話を聞いていたらしい。エルファレス様が声を掛けるまで、私の温泉についての話を止まらなかった。
「今日は、とても素敵な話を聞けて有意義な時間でしたわ。」
「ありがとう、アイシャ。またお話しましょうね。」
「うふふ、これからがとても楽しみですわね、皆様。」
あっと言う間にお茶会が終わる。最初の思いはどこへやら、今はお茶会が終わるのが少し名残惜しかった。
だって、温泉についてこんなにも話せるなんて、そうそうないのだから。しかも、同じ女性に、だ。
やはり、アルベルトやジェイクに話すのと、メアリー達や貴族女性に話すのとでは、全然違う。同じ女性目線での話が出来るので、色々と話も弾んでしまうのだ。主に、美容についてが多いけど、私だって女の子だ。こうして話が出来るのは、とても楽しいのだ。
「出来れば、オンセンと言うのに入ってみたいけど…。」
「さ、流石にまだ貴族の方々に見せられるほど出来てませんので…。」
「けど、アル達は入ったのでしょう?」
「あのチャックまで楽しんだと聞いては、私だって気になりますわ。」
「アレは、その、旅館の方ではなく、私の家だったので…。」
幾らなんでも、私の家の温泉に貴族の女性を入れる訳にはいかない。それを言うなら、アルベルト達も同じだけど、友人である彼等とまだ知り合ったばかりの彼女達は違う。出来る事なら私も温泉を進めたいが、流石に不敬すぎるだろう…。
ああ、何でもっと貴族に受けるように作っておかなかったんだ…!そうしたら、此処に居る人達にも温泉の良さを持って分かってもらえたかもしれないのに…!
「…そうね。アイシャを困らせるのは本意では無いもの。大人しく完成を待ちましょうか。」
「仕方ありませんわね。アイシャ、私達、皆楽しみにしてますの。」
「是非、早く完成させて下さいませ。」
「は、はい!勿論でございます…!」
「うふふ、今日のお茶会はこの辺りでお開きにしましょうか。皆様、今回見聞きしたモノは他言無用でお願い致しますわね。」
「はい、エルファレス様。私達も、素敵なお話が聞けて満足ですわ。」
にこやかに微笑む貴族女性達は、シッカリと頷く。私達も、今回の事は決して他の人には知られない様にと、釘を刺される。
そうして、エルファレス様の言葉により、お茶会は無事に終わったのだった。
「…アイシャ、今日はとても楽しかったわ。」
「貴方、本当はあんな風に喋ったりするのね。」
「も、申し訳ありません…。皆様には失礼な事を…。」
アンナにそう言われて、私は申し訳なく頭を下げた。
「べ、別に、咎めてるわけじゃないのよ!」
「アレが本当のアイシャだと、思っただけですわ。」
「…私達しかいないような場だったら、別にもっとくだけても構いませんわ。」
「メアリー様…!」
また少し、メアリー達に近付けたような気がする。平民と貴族の差は大きいけど、決して友人になれない訳じゃないと私は更に嬉しくなった。アルベルト達がいるけれど、それでも女の子の友達っていうのは特別なんだ。
そもそも、彼等の事を友人以上に思ってる時点で、メアリー達とは全然違うモノなんだけどね…。いつか、恋の相談とかできたりするのかな…。
「お帰りさない、アイシャ殿。如何でしたか?」
「疲れてはいませんか?」
「ありがとうございます、アルベルト様。ジェイク様。大丈夫です。」
メアリー達と別れ、私は最初に着ていた服へと着替える。その後は学校まで送ってもらったのだが、門の入口でアルベルト達が出迎えてくれた。
「お茶会、とても楽しかったです。沢山お話が出来て、幸せでした!」
「ふふ、それなら良かったです。後日、母上達から今回の事は聞くことになってますが、アイシャ殿が楽しかったのなら嬉しいですね。」
「どんな話をしたのか、帰る時に教えて下さいね!」
ニコリと微笑む二人に、私は再び頭を下げる。数日後にはユレイドの町に帰るのだ。
「はい!」
そのまま二人と話しながら、女子寮まで送ってもらった。よし、部屋に戻ったらササっと帰る準備をしなくちゃね!




