第五十四話 ガールズトーク
ヴァレス祭が終わり、もうすぐ冬の試験だ。コレが終われば、後は冬休みが来るのを待つだけである。冬休みが来れば、またアルベルト達と共にユレイドの町へと帰るのだが…。
アルベルト達から、お茶会についての詳細を聞かされた。
「はぁ…。着物、か…。」
冬休みに入って直ぐ、お茶会が開催される事になった。自分達の町に帰る前に、お茶会を終わらせてしまおうという、向こうの気遣いであるのは分かっている。それでも、気分は憂鬱になってしまうのは、仕方のない事だろう。
貴族の…、しかもかなりの高位貴族のお茶会なんて、粗相をしないか不安で一杯になる。
ついでに、着物を着てきてほしいなんて、二人から言われた。当然断れる訳もなく、返事はイエスしかなかった。
「着物、着ていったらまた何か言われるのだろうか…。」
親交パーティー以降、私はあの着物を着ていなかった。何か、こう…、勿体無いというか…。自室で着たとしても自分で作った部屋着用の浴衣くらいだし、あんなにも立派な着物、早々着れない。
と言うか、あの着物なんて着たら、また何かあるかも知れない。好奇の目に晒されるのも、色々と問い詰められるのも嫌だ。面倒くさい…、私は温泉の為にもっともっと勉強していかなくちゃいけないんだから!
「ううん、憂鬱だ…。」
どうにも、テスト勉強に身が入らない。試験はもう直ぐだというのに…。
「うー…。それでも二人の傍にいられるように、頑張らないと…。」
実技の内容は大分マシになったけど、それでも小さい頃から教育されている貴族の人と比べれば、天と地ほどの差はある。実技が駄目ならせめて座学で点数を稼がないといけないのに…。
「はぁ…。」
今日は土の日だ。アルベルトもジェイクも今日は家の用事で学校には居ない為、私は寮の自室で自習していた。
まあ、殆ど進んでないんだけど…。
「……ん?」
ふいに、コンコン、と扉がノックされた。部屋に来客なんて、初めてだ。一体誰だろう?
「はい、今開けます。」
私は声を掛け、扉を開いた。そこには、メアリーとアンナ、ライラの三人が居た。
「メアリー様?アンナ様とライラ様も、どうかなさいましたか?」
「ああ、アイシャ。お茶会の事で話があるの。少しいいかしら。」
「畏まりました。どうぞ、中へ。」
私は三人を部屋の中に入れると、お茶とお菓子を出した。…仕方ないよね。だって、貴族の方に何も出さないとか、あり得ない事だし…。
メアリー達と友人関係を築いて少しずつ仲良くなってはいるけれど、それでも平民と貴族である事は変わらない。自分の身分を弁え、失礼のないようにしなくちゃいけない。どれだけ仲良くなろうとも、線引きは必要だ。
「あら、このお茶、前に…。」
「確かクッキーに入れてたやつよね。」
「はい、その通りでございます。私のお気に入りのお茶でして…。」
メアリー達に出したのはほうじ茶だ。興味深そうに私が注ぐのをジッと見ている。視線がちょっと気になるけど、一心に見続ける三人はとても可愛らしい。また新たな一面を知れた。
「さあ、どうぞ。ほうじ茶に会うお菓子も用意致しました。」
「緑色ですわね…。」
「所々に黒いモノが…。コレは豆、かしら…?」
「抹茶と小豆のロールケーキです。どうぞ、召し上がってみて下さい。」
初めて見る真緑のケーキを、三人は訝しげに睨み付けていた。いつまでも手を出そうとしないメアリー達は、それでも視線を外さない。
私は持っていた急須を置いて、自分の分のロールケーキを切り分ける。三人は私の方をジッと見て、その様子を窺っていた。皿に置いたロールケーキを一口サイズにフォークで切り、ソレを口に運ぶ。
うん、とても美味しい。この世界で初めて作って食べたけど、中々の出来だと思う。今度はどら焼きでも作ってみようかな、なんて考えていると、思わず顔が緩んでしまった。
「い、頂きますわ。」
「メアリー様…!」
そんな私の考えなど関係なしに、意を決したメアリーがロールケーキを口に入れる。モグモグと食べている様子を見ると、段々と表情が輝いていくように見えた。
直ぐにアンナとライラもケーキを食べ始める。パァ、と効果音が出そうな程、顔を煌めかせていた。
何、この子達、かなり可愛らしい。
「お気に召して頂けたようで、光栄です。」
「ま、まあ、そうね!アイシャにしては、良いお菓子を出すじゃないのっ。」
「ケーキなのに、甘過ぎないわ…。」
「ほんのりとした苦みがアクセントになっていて、とても美味しい…!」
言葉は素直じゃないけど、メアリー達の手は止まらない。モグモグとケーキを食べ続けている。用意していたケーキが、あっという間に無くなってしまった。
本当は明日のおやつだったけど、仕方がない…。
「美味しかったわ…。」
「はい、メアリー様。初めての味でした…。」
「こんなにも美味しいケーキがあるなんて、驚きです。」
三人は惚れ惚れとしたような表情をして、ケーキの余韻に浸っている。そう言えば、お茶会についての話は…?
「あの、それで、お茶会についてというのは…?」
「そ、そうだったわね…。アイシャ、貴方は何を持っていくつもりなのかしら?」
「物が被る事は多いけど、出来れば私達は被らせない方がいいと思って。」
「ええと、私は花を贈ろうと思ってます。」
「花、ね…。アイシャにしては、普通じゃない。」
「私にとって初めてのお茶会ですし、ご迷惑を掛けたら大変ですから。最初は無難な物がいいと思いまして…。」
この世界、招待客としてお茶会に出る場合、何かしらの手土産を持っていくのがマナーらしい。それはお菓子だったり、花だったりと、様々である。
逆に主催者の時は、招待客を喜ばせるために、あれこれと準備を進めなくちゃいけない。持って来られた手土産を、いかに上手くお茶会に出せるかが、貴族女性として手腕の見せ所なのだ。
因みに、その場に合わないような物を持っていけば、その人の品性が疑われる。お茶会を台無しにするために変な物を持って行っても、メリットなどないのだ。
「それなら、私達は当初の予定通り、お菓子に致しましょう。」
「はい、メアリー様。」
「研究の成果を見せる時ですね!」
メアリー達はヴァレス祭で発表したような、見た目の華やかなお菓子を持っていく事にしたらしい。三人は余程研究していたのか、発表時に出てきたお菓子はどれも美しいモノばかりだった。つい、私も楽しみになってしまう。
お互い持参していくモノが決まったので、メアリー達は直ぐに帰っていくのかと思いきや、そのまま部屋へと残っている。どうかしたのかと思ったが、どうやら、私と話をしたいそうだ。
勿論、素直じゃない言葉でだったけど、彼女達の姿は可愛らしかった。
「アイシャはいつもアルベルト様方といるけど、どうやって知り合ったのかしら?」
「えっと、成人の儀式の際に、お声を掛けて頂きました。」
「そこから、どうやって今のように?」
「その、儀式が終わった時にまた話をしたいと仰られて…。それで、その後またお会いさせて頂き、お話しました。」
「どんな話を?」
「私の夢について、ですかね?」
「夢?」
何か、凄い質問攻めにあってる。どこまでなら話しても平気だろうか…。喋り過ぎない様に、気を付けないといけない。
「私、自分の店を持つのが夢でして…。家族に教えてもらった事を、皆の代わりに私が叶えたいのです。」
「何故アイシャが叶えるのかしら?平民は皆そうなの?」
「…その、私は家族が居ないので…。」
「……えっ?」
私のその言葉にメアリー達は驚いたが、その直ぐ後に表情を曇らせた。
「アイシャ、それは…。」
「私の家族は、皆、何年も前に死んでいます。私は少しでも家族が居た証を残したくて、その為にお店を持ちたいのです。アルベルト様達は、その手伝いをして下さっています。」
「そう、なの…。」
「お気を使わせてしまい、申し訳ございません。」
微妙に本当と嘘を混ぜながら、彼女達に話をする。騙している様で悪いような気もするが、本当の事だけを話すわけにもいかない。コレは、誰にも知られてはならないのだから。
そもそも、話したって信じてもらえるとは思えないしね。
「別に、アイシャが謝ることなんて、何も無いじゃない…。」
「そ、そうよ!私こそ、その…。」
「……嫌な事を言ったわ、アイシャ。」
「そんな、メアリー様方がお気にする事ではありませんから。私は少しでも早く、この夢を叶えられるように、頑張りたいのです。その為に、この学園にも来ましたから。」
「…やっぱり、アイシャはあの平民とは違うわね。」
「……?」
あれ、平民って、多分シャーロットの事だよね?何で、急に彼女の話題が?
「…シャーロット様、ですか?」
「ええ、そうよ。ほんと、あの平民ったら、頭に来るんだから…!」
「メアリー様が抑えて下さってるのも知らず、勝手な事を言うあの態度。信じられませんわ!」
「学生は平等、私はレイド様の紹介だ、なんて良い気になって…。」
「今回のお茶会の件だって、レイド様や他の殿方に色々と言っていたそうよ。平民の癖に、分を弁えたらどうなのかしら!」
アンナとライラは、シャーロットの話題になった途端に、ぷりぷりと怒り出した。どうやら、相当言われていたらしい。その度にメアリーが抑えていたそうだが、それも我慢の限界だとか。
確かに、私も彼女の事は好きではない。どちらかと言えば、嫌いな方だ。アルベルト達にあんな言い方をするのだから、当然だろう。
そもそも、彼女の周りにいる男性も苦手だ。彼等は私が着物を着て綺麗に着飾った時、今までの態度が一瞬でひっくり返ったのだ。どう考えても、良い思いはしないだろう。
…何より、あの目線は、ハーベリー夫妻を思い出すから、嫌だった…。
「アイシャ、あの平民のお茶会に誘われても、絶対に出ては駄目よ!」
「彼女、レイド様や他の殿方の権力を使ってお茶会を開いているんですって。下の階級の子は断れないらしいけど、余りいいお茶会じゃないそうよ。」
「そもそも、お茶会に男性を伴って出る事自体が、有り得ないわ!」
それからも、彼女達のシャーロット非難は続く。どこの世界にも、誰かの悪口で話が進むというのはあるらしい。ただ、聞いていててあまり気分の良いモノでは無いのは確かだ。私も似た様な事を思ってはいるが、決して口に出さないように心掛けている。何処で誰の耳に入るか分からないからね。
彼女達の言葉を別の誰かに話すつもりは無いが、それでも、流すように話を聞いているだけだ。
相槌を打ってるだけだから、もしかして貴族に対して不敬だ…何て言われるんじゃないかとドキドキしたけど、そんな事は無かった。メアリー達も、彼女達の言葉を抑えるような事は言わず、ただ黙って聞いてるだけだったのが、少し気に掛かったけど。
今までのメアリーなら、一緒になって言ってたと思ったけど、どうかしたのだろうか?
「はあ、スッキリしたわ…。」
「アイシャ、悪かったわね。アレコレ言ってばかりで。」
「いいえ、お気になさらないで下さい。」
シャーロットへの悪口が多かったけど、他の話題もあった。最近町の中に新しいお店が出来た…とか、流行りのドレスが可愛い…とか。貴族女性はこういう話に目敏く、あっと言う間に情報を仕入れている。
特に、オシャレ関係などの流行は、直ぐにでも耳に入ってくるそうだから、驚きだ。私には、全く興味の無い話だけれども。
さて、そんな彼女達の今の目当ては、私の住むユレイドの町にある、新しい衣類。マフラーである。
「何でも、端金で買える割には、シッカリとしていて暖かいそうですわ。」
「色々な模様があって、質も様々だとか。」
「量が少ししかないから、余り売りに出されないんですってね。」
彼女達が言うマフラー。勿論、ラティスが編んでハーベリー夫妻のお店で売っている物だ。去年は確か、二百個ほどしか売ってなかったと思う。今年も頑張って編んで、去年よりは沢山作っていると言っていたし、ニット帽も編んでいる筈だ。
「けれど、所詮、平民が身に着けるモノなのでしょう?貴族である私達が付けるのは、どうなのかしら…。」
「そうなのよね…。もっと質の良いモノで作っているのなら兎も角、平民が着るモノですし…。」
「そう言えば、アイシャ。貴方も持ってたわよね。」
「はい。こちらでございます。とても暖かくて、気持ち良いのです。」
「……そう。うーん、やっぱり問題は質、ね。」
寒くなって来た頃から、私はマフラーを付けて学校に行っていた。最初の内はジロジロと見られたが、マフラー自体は既に知っていたらしい。平民が付けるもの、という意識があるせいか、余りその事について聞いてくることは無かった。
彼等は新しいモノが気にはなっているけど、平民のモノを貴族である自分達が付けるのはちょっと…と、彼女達のように考えているのが殆どだ。まあ、気持ちも分からなくも無いんだけどね。私も貴族というモノが、多少は分かってきているし。
それに、彼女達の言う通り、ラティスが編んでいる毛糸は平民にとっては十分だが、貴族にとっては物足りないモノだ。貴族と平民では、質が違い過ぎるのである。
ならば、特別に作らせたらどうだ…と、考える貴族が居ない訳でもない。きっと、あの夫婦なら貴族からの依頼に喜んで飛びつくだろう。
苦労するのはラティスや、他の従業員だというのに…。
けれど、どうやら今のところそれも無いらしい。まあ、まだ去年出たばかりのモノだし、殆どの人が様子見してるのかな。今年の経過を見て、来年から色々と起こるかもしれない。冬休みに帰ったら、ラティスに貴族の方が関心を持っている…と、教えてあげよう。
「あら、もうこんな時間だわ。」
「本当ですね、メアリー様。」
「時間があっという間に過ぎてしまいましたわ。」
ふと、時計を確認すれば、夕方の五時を過ぎていた。確かに、良い時間だ。
「アイシャ、今日は、その…楽しかったわ。」
「メアリー様…。」
「また機会があれば、話して差し上げても構わないわ。その時を、待っていなさい。」
「…はい、畏まりました。楽しみにしてますね。」
「分かってるなら良いわ。またね、アイシャ!」
「今度は、別の話でもしましょうね。」
三人は珍しい言葉を口にして、部屋を出て行った。私も、今日は楽しかったな…。最初はお茶会の話やシャーロットの悪口で、気はあまり進まなかったけど、途中からは普通の会話だったし。こんな風に女の子の友達と話し合うなんて、久し振りだ…。
これが、ガールズトークってやつなのかしら…!
前世の世界でも、余り経験が無かったのよね…!友達が居なかったわけじゃないけど、私の頭の中は温泉の事で一杯だったし。家の手伝いや習い事が忙しくて、休みの日に誰かと遊ぶ…何てこと、数える程しかなかった。
ふふ、何だか、勉強も捗りそう!
「よし、頑張るぞ!」
私はお茶のおかわりを入れて、テーブルに向かった。アルベルト達の傍に居て恥ずかしくない様に、目指せトップテン入りだ!




