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温泉物語  作者: 蒼乃みあ
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第三十七話 親交パーティー 前編

 ついに、明日は親交パーティーだ。本日、金の日は本来の授業ではなく、明日の為の準備となっている。私達の着物や装飾品は無事に完成し、着付け等も全て教えてある。当日は私の分もしっかりと着飾ってくれるそうなので、お言葉に甘えた。

 別に全部自分でやっても良いのだが、色々と話したい事もあるそうなので、一緒に集まったいた方が良いらしい。


「そうだ、明日は温泉に入ろう!」


 本当は今日入ろうかとも思ったが、どうせなら明日の朝に入って身なりを整えた方が良いだろう。香水の類は苦手だし、石鹸の香りだけ十分だ。


 初めて外出したあの日から、五日が経った金の日。先生達に呼ばれ、私の部屋に浴槽が届いた。早速すぐに準備して、私は温泉に入ったが、それはもう最高だった。


 だって、本当に久しぶりだったから。温泉と家が完成してからは殆ど毎日入っていたのに、この学校に来て全然入れなくなってしまったのだ。こんなにも悲しい事なんて無い。

 この世界で初めて温泉に入れた日の事を思い出し、私は涙を流しながら心行くまで堪能したのだ。



「明日はどの石鹸にしようかなぁ…。」


 以前、ルドルガやアルベルトが良い匂いだといった、アレが良いかもしれない。


「あー、明日が楽しみだなぁ。……温泉と和服だけ。」


 正直、今でも親交パーティーには出たくない。面倒な事には巻き込まれたくないし、出来る事ならずっと温泉に入っていたい。…ああ、本当に温泉さえあればいいのに…。


「はぁ…、貴族の学校って面倒臭いなぁ…。」


 いや、でも、貴族の事は覚えなきゃいけないし…。温泉旅館は開きたい…。


 二年頑張れば夢が近付くのだから、その為の努力は惜しまない。私は温泉旅館の為に生きているのだから、諦めた瞬間に生きる意味が無くなってしまう。

 温泉旅館の為に、頑張って乗り切るか…!


 私は明日の為に早めに寝る事にした。明日は朝から温泉に入れるからね、久し振りのちゃんとした着物もあるしね。

 ワクワクする部分もあるので、大人しく親交パーティーは出ようと思いました、はい。




「ん、朝か…。温泉…、温泉…。」


 目が覚めてまず最初にするのは温泉に入る事だ。世界の常識ですよね。


「あぁ…、朝から温泉なんて、最高…。」


 作ってもらった檜風呂はそこまで大きなものではない。座れはするが足が伸ばせないので、ちょっと残念だが、仕方がない。

 作った石鹸で体を丁寧に洗い、髪が綺麗になる様にトリートメントもどきを付けた。うーん、付けないよりはマシだけど、もっと改良していきたいなぁ…。


 一時間くらいは入っていただろうか。そろそろ出て、準備をし始めなくてはいけない。後二、三時間は入ってたいけど、仕方がない。アルベルト達に迷惑を掛ける訳にもいかないしね。



 私は温泉から出るとお湯を捨てて、綺麗に浴槽を洗った。髪や体を乾かすと、ふわりと石鹸の香りがする。

 落ち着く、良い匂いだなぁ…。


「えっと、私が持って行くものと言えば…これくらいかな。」


 殆どが向こうで準備をしてくれているので、私はラティスと一緒に買ったバレッタを持って行くだけだ。


「…あ、来た。」


 窓からアルベルト達の姿を確認したので、一階に下りて行った。寮の中には殆ど人がおらず、皆今日のパーティーの為に準備しているのだろう。

 二人に挨拶をして、私達も準備の為のホールへと向かった。


「さあ、アイシャ殿。お召変え致しますよ。」

「えっと、宜しくお願い致します。」


 ホールに着いた途端、待っていましたと言わんばかりに、侍女達が私を奥の方へと連れて行った。あれよあれよと服を脱がされ、私は着物を着せてもらう。

 既に何度か練習の為に来ているので、彼女達はバッチリと和服の着付けをマスターしていた。アルベルト達に見せた事は無いし、彼等が着ている所を見た事も無いので、和服を着ての対面はこれが初めてだ。


 ちょっとドキドキするなぁ…。変なとこは無いかな?


「本日は、何だか良い香りが致しますね。それに、髪もサラサラでとても艶がございます。」

「あ、石鹸を使ったので…。」

「石鹸、ですか?アイシャ殿は本当に不思議な方ですね。石鹸なんて使う方は中々いらっしゃいませんわ。」

「石鹸なんかでこんな香りや艶が出るなんて…。信じられませんわ…。」

「普通の石鹸とは、ちょっと違いますから…。」


 そりゃ、魔力が豊富な貴族ならわざわざ石鹸使わなくても魔法であっと言う間に綺麗になるもんね。石鹸と言っても私の手作りだし、どこにも売ってない非売品だ。魔法で綺麗にするよりも、石鹸を使った方が私には合っている。

 だって、私は魔力の少ない平民だもん。一々そんな事の為に魔法を使う事の方が、ずっと不思議でしょうがない。


「アイシャ殿が言っていたバレッタはこちらですか?」

「あ、はい。どうしてもこれが良かったんです…。」


 貴族の彼等から見れば安物なのは分かってる。だけど、折角ラティスとお揃いで買ったんだもん。使わなくちゃ勿体無い。


「髪はどの様に結いましょうか?」

「こう、編みこみしてからハーフアップにしたいんですけど…。」

「……?」


 この世界の人達は、余り髪を結ったりしない。簡単に結ぶくらいはあるが編みこみだとか、ピンを使っていじったりとか、巻いたりとか…。

 そもそも、何故だか大体の女性はゆるふわウェーブが多いので、一々巻いたりする必要が無いのが羨ましい。私は今も昔も真っすぐな髪質のせいで、中々そういうのをした事が無い。


 まあ、前世では基本的にお団子にして髪が零れない様にしてたし、今はそこまで髪が長くないからアレコレといじれはしないんだけど。


「まあ、素敵…!」

「こんな感じでお願いします。」


 私はお手本として、侍女の中から一人選んで髪を結わせてもらう。パパっと終わらせると、周りの侍女達が頬を赤らめた。どうやら気に入って貰えたのが、私にも分かった。


「わぁ、本当に美しいですね…!」

「アイシャ殿、鏡で確認して下さい。とても素敵ですわ。」

「……凄い。」


 周りの侍女達が口々に褒めるので、少し照れてしまったが、本当に素敵だった。着付けの仕方も完ぺきだし、うっすらと薄化粧もされている。そう言えば、この世界でお化粧なんて初めてかも。口紅があるのは見たけど、他のは無いのかと思ってた。

 鏡に映っているのが、本当に私なのか怪しんでしまう。自分で言うのもアレだけど、大和撫子みたいだ。


「何度も着付け致しましたが、本当にこの和服というのは素敵ですね…!」

「アイシャ殿の艶のある黒髪が、とても引き立てられていて、一段と美しいです。」

「私、アイシャ殿の様に素敵な方、初めて見ましたわ!」


 決して派手ではない、控えめに彩られた夏の花の周りには、大小様々な扇が散らばっている。肩の水色から裾の白色に向けて綺麗なグラデーションで染められているこの生地は、とてもサラリとしていて、まるで何も着てないかのように軽い。

 帯は濃い青色で無地だが、代わりに飾り紐が付いているのでとても可愛らしい。用意してもらった扇子がシッカリと差し込まれている。

 流石に下駄は無いので、サンダルっぽい感じの履物を作ってもらった。



 ああ…、凄い懐かしい…。


 私は、昔を思い出す。小さい頃に一度だけ、浴衣を着て両親とお祭りに行った事があった。普段は厳しく躾けられていたし、お祭りの時期は忙しいので旅館から出る事が無かったのだ。

 …その年は、たまたま建物の改装をしなくてはいけなくなって、余り沢山のお客さんを受ける事が出来なくなっていた。


 まだまだ元気だったお祖母ちゃん達が旅館を見てくれると言って、私達家族三人をお祭りに行けるようにしてくれたのだ。

 話に聞いたり、テレビや写真やで見たりとしていたが、初めてやって来たのその空間は、とても衝撃的だった。


 道にずらりと並べられた屋台から香る良い匂い、沢山の人で一杯な道。楽しそうに笑い合う家族や恋人達の姿。

 まるで異世界にでも来たのかと思ったくらいに、その光景は私の目に焼き付いたのだ。



 あ、今現在、異世界にいますがこことはちょっと違いますからね。


「アルベルト様、ジェイク様。アイシャ殿の準備が整いました。」

「私達も終わっています。どうぞ、こちらへ。」


 幾重にも並べられた衝立を取り除き、ついに二人と対面する事になった。うわぁ、凄いドキドキする…!


「……。」


 そこに立っていたのは、とても素敵な二人だった。


 以前に話し合っていた装飾の和服を着たアルベルトとジェイクは、私の中にいた二人の像から一気にかけ離れて行った。

 今まで私の中にあったのは、弟みたいに可愛らしい子供の様な感じが強かった。だけど、今目の前にいる二人は、ピシッと和服を着こなしている、ちゃんとした男性だ。

 …いや、元々成人の儀式は終えているのだから、男性ではあったのだが…。それでも今はまだ十六歳だし、高校生くらいだと思ってたから、私の中にはまだまだ子供、という感覚が大きくてこんな風に意識した事が無かった。


「思っていた通り、アイシャ殿はとても素敵ですね。」

「は、はい…!本当に美しくて、その…、恥ずかしいです…。」


 私の姿を見た瞬間、大きく目を見開いた二人の反応は違うモノだった。頬を赤らめ、照れるように目線を逸らしたジェイクと違い、アルベルトは見開いていた目を直ぐに細め、慈しむ様な表情で私を見る。


「ありがとう、ございます…。お二人も、えっと…、凄く素敵です…。」


 私も直視するのが何だか恥ずかしくて、ジェイクの様に顔を逸らしてしまった。何とも思っていなかった二人が急に格好よく見えるなんて、コレが和服の力か…。


「ありがとうございます。アイシャ殿にそう言ってもらえて、とても嬉しいです。」

「私もです…!何度か袖を通しましたが、こうやってちゃんと着ると、全然違いますね。」


 お互いの姿を確認したところで、私達は親交パーティーでの予定を話し合う。


 まず、和服を着ているのだから、ダンスは無理だ。よって、ダンスの誘いは全て断る事になる。次に挨拶をしてくる相手に対してだが、コレは適当なところで区切りを付けて行くそうだ。私が話す場合は全て二人がこちらに声を掛けてくれるので、それまでは静かに微笑んでいればいいだけ。

 今回のパーティーは親交を深める為の物だから、ダンスやマナーよりも社交が一番大事になる。私は決して前に出ず、二人を立てる様にそっと笑顔で佇むだけだ。平民の私が貴族である彼等に失礼な事をしない様に、気を付けなければいけない。


 軽く食事を挟み、パーティーの時間になるまで話し続けた。途中から普通のお喋りに変わったが、暫くすると馬車が到着したと連絡が入る。

 今回のパーティーが行われるホールは学校内でもかなりの大きさで、そこに行くまでの道のりが長い為馬車で向かうのだ。


「では、アイシャ殿。参りましょうか。」

「はい、アルベルト様、ジェイク様。本日は、宜しくお願い致します。」

「こちらこそ、お願いします!何かあっても私達が居ますから、一緒に楽しみましょうね!」


 アルベルトに差し出された手を取り、微笑むジェイクと共に建物の外へと出て行った。侍女達は入り口付近で立ち止まり、綺麗なお辞儀をしている。化粧直しの為の侍女が数人だけ、後からやって来るそうだ。


 目の前には馬車があり、アレフさんがその場で頭を下げていた。


「お待ちしておりました。これより、会場のホールへとご案内致します。」


 和服なので大きく足を広げる事が出来ない。アルベルト達は初めて和服を着た時、その動きにくさに大変苦労していたが、今はそんな様子が微塵も感じられない。

 たった数回の練習でこうも完ぺきな立ち居振る舞いを身に着けられるなんて…。二人は凄いなぁ…。


 ゆっくりと三人で馬車の中に入り込むと、静かに馬車が動き始めた。


「うぅ…、流石に緊張してきました…。」

「大丈夫ですよ、アイシャ殿。いつも通りで平気ですから。」

「私達と共にお喋りしてるだけですから。気楽に楽しみましょう!」


 初めてのパーティーだし、緊張するのは仕方ない。二人に迷惑を掛けない様に、きちんと話し合った事を守っていれば大丈夫だろう。

 アルベルト達は兎も角、私にまで話し掛けるような人達も、きっといないだろうしね。幾ら珍しいモノでも、彼等も同じものを着ているのだから、話は二人に集中するはずだ。


 あ、でも、メアリー達は私に話し掛けてくるかな?彼女達なら、まだ何とか話せそう…。




 会場に就くまでの短い間、私は緊張と不安と…少しだけ楽しみな気持ちを持ったまま、揺れる馬車の中で過ごしていった。

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