第三十六話 中央都 後編
「わぁ、凄い料理…!」
「美味しそうですね。」
テーブルに用意されていくのは、フランス料理っぽいモノだった。前世では余りそういうお店に行った事が無いので詳しくは分からないけど、こう言うフルコースが出てくる料理は何だか緊張する。
「頂きます。」
「私も、頂きます。」
前菜、スープと順番に出されていく料理を四人で次々と食べていく。メイン料理が何かのお肉のステーキだった。塩胡椒のみでシンプルな味付けなのに、とても美味しかった。
一体何のお肉だろう?
「このステーキ、とても美味しいですね…!」
「ええ、本当に。ギューラの中でも良いお肉のようです。」
ギューラって言うのか…。よし、覚えた。今度私も買って作ってみよう。
その後、アルベルト達に聞いたら滅茶苦茶高い高級肉だというのを、私は知る事になった。
「デザートも美味しいですね。」
「ひんやりと冷たくて、食後にはピッタリです。」
出てきたのは果実を使ったゼリーだ。だけど、以前私が彼等に出したものとは、全く違う味がする。私が作ったのは果汁をたっぷり使ったゼリーだったが、このお店で出してるのは控えに抑えられているっぽい。サッパリしてて、コレはコレで美味しいなぁ。
どちらかと言えば濃厚なゼリーの方が私は好きなんだけども。
「甘さ控えめなのも良いですが、アイシャ殿が作ってくれたのも美味しかったですよね。」
「私もアイシャ殿の甘いやつの方が好きです!」
「確かに、普段食べているのとは違い、とても濃厚で驚きました。」
ゼリーも食べ終え、ゆっくり食休みしながらお喋りをする。この後は私の浴槽を探しに行くので、とても楽しみである。もう、今直ぐにでも出発したいくらいだ!
「アイシャ殿。」
「どうかしましたか、アルベルト様?」
急に声を掛けられて、キョトンとしてしまった。一体、どうかしたのだろうか?
「そろそろ、出発しますか?」
「えっ…?」
「ふふふ、表情に出ていますよ。ヨクソウ、あるといいですね。」
「……!!」
どうやら、早く浴槽を探しに行きたいという気持ちが、溢れ出ていたようだ。恥ずかしい、とても恥ずかしい…。よく見れば、チャックがとても微笑ましい感じの表情をしている。
うわぁ…、何ですかあの、子供を見るような温かい目は…!
完全にお子様扱いじゃないですか…、恥ずかしい!
「すみません…。」
「いえ、いいんですよ。ヨクソウを探すのが、今回の目的ですからね。」
「アルベルト様の言う通りです。待ちきれないようですし、出発致しましょうか。」
「あうぅ…。」
注文をする時と同じ様に、チャックがベルを鳴らした。直ぐに給仕がやって来てお会計する事を伝えた。給仕は一旦部屋の外に出ると、伝票の様な物を持って再び部屋に戻って来た。
…そう言えば、幾らぐらいになるんだろう…?
「あ、あの、アルベルト様。私は…。」
幾ら払えばいいのか聞き出そうとしたら、アルベルトはニコリと笑って、人差し指を口に当てた。
「チャック殿。」
「はい、アルベルト様。」
アルベルトに声を掛けられたチャックが、胸ポケットから数枚の硬貨を取り出した。私はソレを見て、思わず目玉が飛び出すかと思った。
あ、あれ、金貨だよね…?小金貨だけど、四枚分って事は、もしかして…。
一人小金貨一枚…!?あのコース料理だけで!?
「アルベルト様、その…!」
「さあ、参りましょうか、アイシャ殿。」
「いいえ、あの、お金を…!」
「アイシャ殿、どうかしましたか?」
待って、何でジェイクはそんなに普通にしてられるの?そもそも、あのお金は誰のだ?アルベルト?それともチャック?
ううぅ、分かんない…!
「早くヨクソウを見付けたいのでしょう?さあ、行きましょう?」
「アイシャ殿、こちらですよ!」
エスコートするかのように手を差し出すアルベルトに、扉の方で手を振って私を呼ぶジェイク。浴槽を探しに行く…と言われてしまうと、私の気持ちがぐらりと傾いた。
いやいや、待って。流石に自分の分くらいは払わないと…。
「もしも見付からなかったら、アイシャ殿の家にある様な物を作ってもらいましょうね。そうしたら、いつでも寮の部屋で温泉が楽しめます。」
「はい、そうですね!とても楽しみです!」
寮にいてもいつでも温泉に入れる、何て魅惑の言葉には、勝てませんでした。
いいえ、後で、帰りにでも、ちゃんと、彼等にお金は渡しますよ。忘れたりしません。………多分。
「どうもありがとうございました。」
お店の人が入り口で綺麗なお辞儀をして見送ってくれた。流石貴族の方が来るようなお店、ちゃんと教育されている…。
「さあ、本命のヨクソウ探しに参りましょうか。まずはどこから回りますか?」
「そうですね…。木工店、鉄工所、金属加工…。色々ありますが、アイシャ殿はどういうのがお好みですか?」
「うーん、簡単なのは木で出来たモノ、ですかね?水が漏れなければいいので、どれでも良いのですが…。」
「では、取り敢えず木工店から見て回っていきましょうか。」
「はい、お願いします!」
それから三人に連れられて、色々なお店を回ってみた。だけど、何処を見ても人が入れるような大きさのドラム缶の様な物は無かった。
魔法道具なら大きいのもあったが、そもそもの用途が違うので使い物にはならない。
…後、すっごい高かった。温泉に使えないのに、そんなモノにお金を払うなんて、勿体無い。
「コレは、作るしかないですね…。」
「そのようですね。何で作りますか?」
「やっぱり、木…ですかね。一番馴染みがあるので。」
「では、木工店ですね。」
私達は一番最初に行った木工店へと向かった。中に入ると、大きな声でらっしゃい!と、さっきの親方が声を掛けてくる。
「おや、さっきの…。」
「こんにちは。他のとこも探したのですが見付からなかったので、作ってもらう事にしました。」
「そうか、お嬢ちゃん。残念だったね。」
「アイシャ殿、どういうのが欲しいのか、彼と話していて下さい。」
「あ、はい。分かりました。」
私は親方と一緒に奥のテーブルに座って話し合った。排水設備はどうしようかと思ってたけど、どうやら空間と空間を繋げる魔法道具を使えば、大丈夫らしい。
私は自分が入る用の浴槽と、それよりも少し大きめの排水用の浅い桶っぽい物を用意してもらう事にした。
流石に今日は入れないけど、数日後には出来るらしいので、温泉はそれまで我慢だ…。
「それで、幾らくらい掛かりそうですか?」
「まあ、魔法道具の分もあるからな…。木の質も良いもんだし、小金貨一枚ってとこだな。」
「うーん、結構しますね…。でもまあ、仕方がないか。」
温泉の為なら、コレくらいは仕方ないよね、うん。
私は自分の鞄の中から持って来ていた小金貨を一枚差し出そうとして、親方に止められた。
「金ならもう貰ってるよ。」
「えっ?」
「さっきの貴族の方から、既に頂いてるんだ。」
「あ、アルベルト様達に?」
親方の言葉に驚いて、私はアルベルト達の方を見る。視線に気付いた彼等がニコリと笑って、こちらに手を振っていた。
「あの、アルベルト様!お金…!」
「先に払っておきましたよ。これで後は完成するのを待つだけですね。どういうのにしたのですか?」
「あ、えっとですね、まずは木目の綺麗なヒューノの木を…。」
檜の様な気が合ったので、私はソレを使って檜風呂を作ってもらう事にした。木の香りと温もりは、温泉には欠かせない。やっぱり定番だけど、最高だよね。
檜風呂がどれだけ素晴らしいのかを彼等に話していたら、いつの間にか大分時間が経っていたらしい。後ろから親方に声を掛けられるまで、私は延々と話し続けていた。
ハッとした私は、彼等の顔を見る。アルベルトとジェイクは楽しそうに笑顔で聞いていたが、チャックは大分引いている。一見にこやかなその笑顔も、私から見れば引き攣っているのが分かった。
ああ、失敗した…!
「も、申し訳ありません!つい、夢中になってしまい…!」
「いえ!聞いてて、とても楽しかったです!」
「私も興味深い話が聞けました。もっと聞きたいくらいです。」
「アルベルト様、ジェイク様…!」
直ぐに謝罪はしたが、二人は気にしていないと言い、それどころかもっと聞きたいとまで言ってくれた。私は感動して、再び話し始めようとしたところを、チャックに止められてしまった。
「アイシャ殿、大分お時間も遅くなってきましたから。せめて、続きは学園に戻ってからにしたら如何でしょう?」
「あ、そうでしたね。チャック様、ありがとうございます。」
確かに、どうせ話すならゆっくりできる場所の方が良いもんね!私もまだまだ温泉について話足りないし!
チャックが親方に目配せをすると、アルベルトが私に手を差し出してくれた。その手を取って、私達は木工店を出ていく。
アレフさんが待っていた馬車に乗ってガタゴトと揺れながら学校へと向かう。馬車の中でも色々と温泉について話をしていたが、さっきよりは少し抑えめにした。またチャックに引かれたら困る。
暫く経って、行きと同じ場所で馬車を降りた。アレフさんに私は感謝の言葉と挨拶をして、その場を後にする。チャックは正面門まで、着いてきてくれるらしい。
正面門への道をもう少しの所まで歩いていると、途中で見覚えのある顔を見付けた。
「まあ、アルベルト様、ジェイク様。」
「…レイド殿、シャーロット殿。それに皆さんも、こんばんは。」
正面門の近くで、シャーロットが数人の取り巻き達と一緒にいるのを見付けた。あの時から、レイドは少しぎこちない様に接してくるので、未だに仲直りは出来ていないのだろう。
「そちらの方はもしかして…。」
「…チャック・フィン・ドリアと申します。初めまして。」
まるで王子様の様な笑顔でシャーロットに微笑み、挨拶をするチャック。思わず私まで見惚れてしまうようなその笑顔に、シャーロットも頬を赤らめる。
うん、気持ちは分かる。チャックって、本当に好青年、って感じがして格好いいよね。
「貴方が、あのチャック様なのですね。お会い出来て光栄ですわ。私、シャーロットと申します。以後、宜しくお願い致しますわ。」
「ええ。こちらこそ。」
「それにしても、本日はどちらに行かれてたのでしょうか?こんな時間まで外出だなんて、仲が宜しいのですね。」
うーん、いつもながら私は視線に入ってないようですね。一度チラリと私を見た以外は、完全にスルーだ。いつまでも道で止まっていたら居たら邪魔だし、サッサと中に入りたいのだけど、私が声を掛けても良いのだろうか…。
「ああ、シャーロット殿。私達はまだ用があるので先に中に戻りますね。」
「…あら、でしたらご一緒に戻りましょう。正面門までは直ぐですが、少しでもお話していたいのです。」
口元に手を当て、恥ずかしがるような表情で目線を逸らす。本当にシャーロットは可愛らしい振る舞いが上手だなぁ…。私にはとても真似できないと思う。
「アイシャ殿が良いのなら、構いませんよ。」
「……そうですか。アイシャ。別に良いわよね?」
「はい、シャーロット様。」
直ぐに返事をしたのに気を良くしたのか、シャーロットはほんの一瞬だけ、私に向かって勝ち誇っと様な笑みを浮かべた。
「ありがとう、アイシャ。それでは、私、皆様のお話をお聞きしたいですわ。今日は一体…。」
それからは、シャーロットの独壇場だった。今日の予定を細かく聞かる。どこで何をしたのか、何を食べたのか、何を見たのか。
一体何がそんなに気になるのか分からないけど、温泉の事だけは伏せて今日の行動を伝えた。
シャーロットは楽しそうにアルベルト達と話していて、私に話し掛ける事は一切なかった。シャーロットだけでは無く、その取り巻き達もだが、アルベルト達が私に話を振る以外では、決して此方を見ようともしない。
確かに、ちょっとムッとしてしまう。
勿論、それは心の中でだけでだ。シャーロットは兎も角、他の貴族に対して無礼な真似は出来ない。私は大人しく口を挟まない様に、静かに聞いている事にした。
会話は、学校についても終わる事が無かった。正面門でチャックと別れた時は、シャーロットがとても名残惜しそうにしていた。良ければ、どこかホールにでも入ってもっと話をしませんか、とシャーロットが誘う。本当は私達でそうしたかったのだが、シャーロット達が居たのではゆっくり話す事も出来ない。
と言うか、温泉について語れない。それが楽しみだったので、シャーロット達に邪魔された気分になってしまい、心の中がモヤモヤするのだ。
「本日は、少ない時間でしたがお話出来て嬉しかったですわ。是非、またお話して下さいませ。」
「ええ。機会があれば、是非。それでは失礼しますね。お休みなさい。アイシャ殿、また明日。」
「お休みなさい!明日また迎えに来ますね、アイシャ殿!」
「それでは、失礼致します。」
女子寮へと送ってもらった私とシャーロットに、アルベルト達は挨拶をして他の取り巻き達と言一緒に男子寮の方へと戻っていった。
彼等の姿が見えなくなると、シャーロットは直ぐにスタスタと歩き出し、どっかに言ってしまった。
私も、今日はササっと部屋に蹴って休もう。
「ふぅ…、疲れた…。」
彼女達に会うまでは楽しかったのにな…。
「でも、もうちょっとしたら温泉に入れる…。えへへ、凄い楽しみ…!」
早く届かないかなぁ、何て思いながら、今日は魔法で身を清めた。何処にどういう風に置こうかと頭の中で考えていると、ハッと思い出した。
「あ…!」
結局、昼食代も浴槽代も払ってない…!




