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温泉物語  作者: 蒼乃みあ
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第三十四話 悲しき現実

 春の季節がやって来て半分ほど過ぎた。学校には大分慣れたし、新しい授業も難なくこなしている。実技もそこそこいい感じだ。


 …ダンス以外は、ね。


「アイシャさん、もう結構です。大変良く出来ましたね。」

「ありがとうございます、モール先生。」


 平民の私にはダンスと同様に音楽など出来ないと思っていたらしい。初めて音楽の実技が始まった時は、周りの生徒達が明らかに馬鹿にしている様な表情で私を見ていた。


 しかし、音楽ならば問題ない。前世の世界ではそれなりに嗜んできたのだから。


 舞踊に使う和楽器は勿論、一般教養としてピアノとも習っていた。この世界、和楽器の様な物は無いが、ピアノやヴァイオリンに近いモノはあった。それに、笛なら和楽器でも色んな笛を吹いていたので、多少は何とかなる。

 まさか私が楽器を扱えるとは考えもしていなかったようで、教室内の生徒はとても驚いた表情をしていた。アルベルトも驚いてはいたのだが、ジェイクは物凄いキラキラとした尊敬の目で見てくるので、ちょっと恥ずかしかった。


「アイシャ殿は楽器を奏でるのがとても上手ですね。素敵な音色でした。」

「そんな、アルベルト様。私なんかはまだまだです。」

「いいえ!アイシャ殿はとても上手です!」

「…ありがとうございます、ジェイク様。何だか、照れてしまいますね。」


 私としては、二人に害が及ばないのなら良いんだけどね。音楽の授業は周りの視線がちょっと痛いくなる。


「それでは、また明日。」

「はい、アルベルト様、ジェイク様。お休みなさいませ。」


 寮に帰ると、私は真っすぐ自分の部屋に入った。平日は学校で勉強をして、休日はアルベルト達と親交パーティーについて相談。春が半分終わったというのに、毎日が忙しくて中々ゆっくりとする時間が取れない。


 温泉に入りたい…。


「そうだ、入ればいいんだ…。」


 折角二人から温泉を保存する魔法道具を借りたのだ。私はワクワクしながらファソルを手に取った。隣の小さな部屋は何も置いてない場所だったので、温泉に入る時はあそこでのんびりと浸かろうと思っていたのだ。

 私は早速ファソルから温泉を流し込もうとして、ハッとする。


「浴槽が無い…!」


 完全に失念していた。毎日が忙しくて考える事も忘れていた。温泉はあるのに入る為の浴槽が無いなんて…!


「あぅぅ…。」


 思わず涙が出そうになった。完全に温泉に入るつもりでいたから、それが出来たにと分かって物凄く落胆した。


「今日はもう駄目だ…。」


 私は気力を失い、何もする気が起きず、トボトボと歩いてベッドへとダイブした。


「温泉…。温泉…。」


 ブツブツと呟きながら眠った私は、次の日になっても落ち込んだままだった。


「……はぁ…。」


 取り敢えず魔法で身なりを整えて、制服に着替える。朝食を食べる気にもなれず、ひたすら部屋でアルベルト達が来るのを待った。

 暫くすると窓から二人の姿が見えたので、私は重い体を動かして下へと降りる。


「おはようございます、アイシャ殿。どうかしましたか?」

「……おはようございます、アルベルト様、ジェイク様。何でもありませんわ。」

「ですが、何だか顔色が…。もしかして、具合でも悪いのですか?」


 二人に朝の挨拶を済ませ、学校への道を歩いていく。しかし、私の顔が暗いせいか二人に余計な心配をさせてしまった。


「いえ、本当に何でもないのです。」

「…私達では、アイシャ殿のお力になれませんか?」

「何かあるなら、相談して下さい!」

「アルベルト様、ジェイク様…。」


 真剣な表情で私の目を真っ直ぐ見る二人に、何だかとても居た堪れない気持ちになった。


「あの、本当に私事ですから…。」

「アイシャ殿。」

「あぅ…。」


 アルベルトが静かに私の名前を呼ぶ。心配してくれてるのは分かるんだけど、そんな風に呼ばれたら喋らない訳にはいかない。

 私は観念して、二人に昨日の事を話した。


「…ヨクソウ、ですか?」

「はい……。」


 ポツリと、アルベルトが呟いて首を傾げた。恥ずかしい…。呆れられてしまったのではないだろうかと、二人の顔を見る事も出来ず私は俯いたままだった。


「無いのなら、買いに行けばいいのではないですか?」

「……!!」


 ジェイクの言葉に、私はハッと顔を上げた。


「アイシャ殿?」


 私が何も言わずにいるのを不思議に感じたのか、二人がこちらを見る。だけど、私は言葉を発さずにふるふると体を震わせた。


 そうだ、浴槽が無いのなら買えばいいだけなのだ。何でそれに気が付かなかったのだろう…!


「ジェイク様!」

「は、はい!」


 突然大きな声で呼ばれて、驚いたのだろう。ビクリと肩を上げて、ジェイクはピタリと足を止め、私の方へと体を向けた。


「ありがとうございます!」

「えっ、あ、あの…。」

「そうですよね。無ければ手に入れればいいのですよね!」


 私はジェイクの手を握り、最大級の心を込めて感謝の言葉を口にした。何だかジェイクが焦っている様な気がするけど、今の私にジッと見て考える事は出来なかった。


「ああ、何でそんな簡単な事に気が付かなかったのでしょう…!」

「アイシャ殿、えっと…。」

「落ち着いて下さい、アイシャ殿。ジェイク殿が困っていますよ。」


 未だ興奮の覚めない私に、ジェイクは戸惑ったままだった。アルベルトがクスリと笑って私に声を掛ける。


「そう言えば、アイシャ殿はまだ一度も学校の外に出た事がありませんでしたね。」

「あ、そうでした…!どこに行けば手に入るのでしょう…。」


 アルベルトの言葉で、少しだけ正気に戻った。そうだ、この世界にお風呂なんて無いんだった。浴槽なんてモノが手に入る訳がない。


「あ、あの、アルベルト様!こう…、人が一人入れるくらいのドラム缶…、樽みたいなものってありますか?」

「ドラム缶…?樽…?アイシャ殿、まさか…。」

「私、温泉が入れるのなら別にそれが何でも構わないのです。部屋が汚れなければいいので、私が入れるくらいの大きさで、温泉が漏れない物があればなんだっていいのですが…。」


 ドラム缶風呂だって、立派なお風呂だろう。正直、温泉に入れるのなら本当に何だっていいのだ。


「…流石にそんなモノにアイシャ殿を入れる訳にはいきません。」

「ですが…。」

「折角ですし、今週の日の日は町へと言ってみませんか?」

「町に、ですか?」

「それは良いですね、アルベルト様!」


 確かに私はこの学校に入ってから一度も敷地外に出た事は無い。必要が無いと思ってたし、勉強と親交パーティーの為で一杯いっぱいだったからだ。


「私なんかが行って、大丈夫でしょうか…?」


 中央都はユレイドの町とは比べ物にならない程の大きさだ。真ん中に王族が居る城があり、南の方へと少し離れた所にこの貴族学校がある。

 北側には貴族達の居住区、南側には平民の居住区があり、東西に分かれて商業地区がある。学校が休みの日にはよく町へと出かけている…と、女子寮で誰かが話しているのを聞いた事があった。


「勿論ですよ。私は何度も来た事がありますし、アイシャ殿が望むヨクソウと言うのを見付けられるかもしれません。」

「ほ、本当ですか!」


 アルベルトの言葉に、私は目を輝かせた。優し気な笑みを溢して、アルベルトは返事をする。


「はい。それに、もし無くても作ればいいだけですから。」

「私は数回しか来た事はありませんが、それでもアイシャ殿の欲しいモノが見付かる様に、案内致します!」

「ジェイク様…!」


 温泉、温泉に入れる…!


「ありがとうございます、お二人共!私、日の日が楽しみです…!」


 さっきまで憂鬱とした気分だったのに、一気に心が晴れた。学校に向かう為の重かった足取りが、とても軽やかになる。

 今ならルンルン気分なスキップで走り出しそうだ。


「それでは、また朝に迎えに行きますね。」

「外出届はこちらで出しておくので、アイシャ殿はどういう物が欲しいのか、シッカリと決めておいて下さい。」

「はい、分かりました!楽しみに待ってますね!」


 私は一日中ご機嫌で授業を受けていた。気が付けば、あっと言う間に学校は終わっていて、二人に寮へと送ってもらっていた。

 いつもの様に二人が迎えに来てくれるそうなので、私は出掛ける準備だけして部屋で待っていればいいだけである。


 外出届は基本的に本人かその使用人でないといけないのだが、平民に限り紹介した貴族の許可が必要だそうだ。

 色々と騒動を起こさない為…とは言うが、貴族に比べると手続きが幾つかあるので、自分でやるとかなり面倒臭い事になるらしい。


 貴族だったら届け出用紙に名前や外出理由を書いて提出するだけなのに…。



「おはようございます、メアリー様。アンナ様とライラ様も。」

「ええ、おはよう、アイシャ。」


 次の日、私は幾度目かの選択授業の為、一階でメアリー達が来るのを待っていた。何度か共に朝食を取った事で、大体の時間の流れが把握できていた。

 メアリー達は七時前後に食堂へと現れる。そして一時間書けて食事と多少の会話をして、学校へと出発するのだ。教室に就くのは八時半前。何だか、小学校の頃を思い出す。


「アイシャはダンス以外ならそれなりに出来るのね…。」

「今までの積み重ね故のモノでございます。私の様な平民では、初めての事がすんなりと出来る訳ではありませんから…。」


 今日の授業は社交界やお茶会に関するマナーと実技授業だ。午前の授業で学んだ事を、午後の授業できちんと実施出来るかを確認するのだ。

 お茶会は基本的に女性だけだが、社交界は男女共に参加するので、一緒に勉強している。もう直ぐ親交パーティーもあるので、その為の練習だ。


「…そう言えば、もう直ぐ親交パーティーがあるわね。貴方達はちゃんと準備を終えてるかしら。」

「勿論ですわ、メアリー様。私、お母様に頼んで今回の為に、新しいドレスを仕立ててもらいましたの。」

「私もです。初めての学園行事ですもの。メアリー様と共に居て恥ずかしくない様に、出来うる限り最高の物を用意致しましたわ。」

「あら、それは楽しみね。当日に期待しているわ。」


 流石、貴族のお嬢様だ。ただの学校行事に新しいドレスを仕立てるなんて…。きっと、私が考えられない位、高価な物なんだろうな…。


「アイシャは、きちんと準備しているのかしら?」

「あ、はい、メアリー様。私はアルベルト様やジェイク様と共に、親交パーティーの為の物を用意しております。」

「……そう。余り、あの方々に迷惑は掛けるような事は慎みなさい。」

「畏まりました。今回の行事については、お二人がとてもやる気に満ちていたので、殆ど私がお手を煩わせるような事はしておりません。」


 私はただ、口を出してるだけだ。衣装の柄が決まった初日以外は、本当に手は出していない。アレコレとアドバイスをしながら、大分着物が出来ている所なのだ。


「なら良いわ。…そろそろ教室に戻りましょうか。」

「はい、メアリー様。」


 私達はメアリーを先頭に教室へと向かい出した。午後の授業も無事終わり、後は寮に帰って明日の為に早めに寝るだけだ。


「それでは、お休みなさいませ、メアリー様。アンナ様、ライラ様。」

「今日は随分と早く戻るのね。」

「はい。明日は初めて町に出る事になりましたので、少しでも準備をしておこうと思いまして。」

「…学園の外に出るのかしら?」

「アルベルト様が許可を取って頂いてます。」

「まさか、平民が学園の外に出るなんて…。」


 メアリー達に明日の事を話すと、とても驚いていた。話を聞いてみると、どうやらこの学園にやって来た平民は滅多な事では外に出ないそうだ。

 その理由が、中央都の平民と他の町の平民とじゃ、身分があるかららしい。


 まさか、同じ平民にまで身分差があるとは思わなかった。他の町の平民と違い、中央都の平民はこの町に住むのに王族の許可がいるそうだ。

 功績を立てたり、新しいモノを作りだしたりと、何かしらの理由を認められないと住めないのだそうだ。中央都に住むというのは、平民の中では大変誇らしい事みたいだ。


 そして、今までこの学園にやって来た平民は下級貴族の紹介である事が多いのと、余り貴族が表立って動いてくれないので助けてもらう事が出来ず、色々な騒ぎが起こるらしい。

 そのせいで中々学校の外に平民を出そうとする人が居なかったそうだ。


「そうだったのですか…。貴重なお話が聞けて、助かりました。明日はお二人の邪魔にならない様に、気を付けますね。」

「…まあ、アイシャなら大丈夫でしょう。けれど、その心がけを忘れないように。」

「はい。」


 私は出来るだけ面倒事は起こしたくない。だけど、温泉に関する事は別だ。今回の外出によっては、私が学校で過ごす間に温泉に浸かれるかが掛かっている。




 絶対に入るんだ!と、気合を入れて明日が来るのを楽しみに待っていた。

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