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あの夕方を、もう一度  作者: 秋澤 えで
終局開幕最終章
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やり直し革命譚 2

 18時を過ぎた頃だろうか、総統パシフィスト・イネブランラーブルの執務室には常にないほどの緊張と動揺であふれていた。

 総統に始まり、大将フスティシア・マルトーとその副官オリオン、そして1番部隊から13番部隊の中将全員が一同に会している。本来であればこれだけの面子が全員そろうことなど年に数回の定例だけであるが、今日だけは違った。しかも唐突な召集にも関わらず中将全員が揃っている、いや揃わざるを得なかった。それほどの事態であり、誰もがこの本部まで赴きことの子細についての情報を求めたのだ。


 革命軍総長メンテ・エスペランサの捕縛。


 こんなことがあるはずがない、ありえてなるものか。だがしかし総統からの召集、そして大将であるフスティシアの口からその経緯が語られればもはやその事実が疑いようはない。何より、牢に収監されているその人こそが動かぬ証拠なのだ。


 メンテ・エスペランサ。いまだ顔に青年らしい青さを残す、革命軍の最高指導者。

 いまだ年若けれど、傑物であることは想像に難くない。元総長アンタス・フュゼ亡き後一時離散したはずの革命軍構成員をかき集め、再び王国軍の脅威となった男、不安因子。


 そんな彼が、よもやこうも簡単に捕縛されてくれるものだろうか。



 「わしが、秘密裏に計画を持ちかけておったんじゃ。」



 フスティシア・マルトーはそう言った。



 「国を思う気持ちは王国軍であろうと革命軍であろうと皆同じ。今の国を憂い、国民たちの喘ぎに胸を痛めるのも真道理じゃ。ゆえに、手を組まぬか、と。無血での和解を試みておった。」

 「それは、貴殿の独断か。そのような指示を出した覚えはないぞマルトー。」

 「全くその通りで。お叱りもご尤もじゃが、今はとりあえずわしの話を聞いてくれませんか。なんにせよ、今重要なのはわしのことではなく目下革命軍総長のこと。わしの咎は、そののちきっちり受けさせていただきます。」

 「…………続けろ。」



 それはこの会議の主導権をマルトーに投げ渡したと等しい言葉だった。パシフィストは怯んだ様子も悪びれる様子も見せない男にため息をついて目を瞑った。



 「ええ、わしらもあちらさんも、お互いに傷を負いすぎた、人が死にすぎた。終わることができるのであれば、お互いに終わりたいと思っとる。そのことに相違はない。じゃが問題はあちらさんの目的である、王制の打倒もしくは国民を救うことのできる政策。……ここにおるメンバーも、ある程度思うところはあるじゃろう。」



 あえて口を開く者もいなければ、彼自身さして追求はしなかった。



 「王は王、わしらになんとかできるもんでもない。そこで宰相であるリチュエル・オテル殿に協力を頼んだ。オテル殿も思うところあったようで快く協力をした。そしてオテル殿は王とメンテ・エスペランサが直接話し合える場を作ったんじゃ。」

 「っな……!そのような危険なことを大将は独断で行ったのですかっ……!」

 「貴殿の言いたいことは重々承知しておる。じゃがこれが現実じゃ。会談は失敗し、メンテ・エスペランサは捕縛された。」



 それ以上言葉は許さないと言わんばかりに目を細めれば、誰もそれ以上フスティシアの言葉を遮る者はいなかった。



 「王も一度は了承した。じゃが王はいざ会う段階になって考えを翻した。謁見することはないと。それに対してメンテ・エスペランサは剣を向けた。……わしらは奴に対してあくまでも無血・・であることを持ち掛けておった。奴が獲物を手に取った時点でこの和解は完全に決裂した。そこで捕縛し、ここに至った。」



 以上だ、と告げるように一つため息をついた。しかしすかさず総統が口を開く。



 「フスティシア・マルトー。その場で殺さず、あえて捕縛した理由はあるのだろうな。」

 「ええ。あのまま殺せば、確かに確実に殺すことができた。じゃがそれではいけない。それだけではいけない。確実に、今度こそ革命軍に心を折り、その火種を消さねばなりますまい。」

 「では、何をするべきだと考える。」

 「処刑を。この国中に伝わるほどの公開処刑を。決して二度と、野蛮なる暴力が立ち上がることのないように。」



 温厚穏やかで知られる大将フスティシア・マルトーはいつにないほどの冷徹さで朗々と言った。鋭く開かれた赤い目から、何を思いそれほどの言葉を口にしているか誰にもうかがい知れない。

 だがそれはここに集う誰にも言えることであった。革命軍と王国軍の戦いはあまりも長く熾烈で、かつ拮抗していた。誰もが友人を、上司を、先輩を、同僚を失ってきた者たちだった。恨みなぞ持たず、公正公平な立場から革命軍を弾劾できる者は、ほとんどいない。



 「……いいだろう。いやそれがおそらく最上。知らしめねばなるまい、この世は決して揺れることはなく、王の力は絶対であることを。この政府こそが正義であると、我々は宣言しなければならない。」



 そしておそらく、誰よりも腹の底が読めないのが総統パシフィスト・イネブランラーブルであった。旧革命軍との戦いで、仲間や同期のほとんどを失い、かつてただ一人続くこの政府の王国軍を率いるためだけに、次代の王国軍の柱として残るため、力を持ちながら前線より外された王国軍幹部。



 「皆、異論はあるまい。」



 確認をとるような言葉でありながらそれは有無を言わせぬ響きを含ませていた。ざわざわとひそやかに言葉が交わされるものの、誰からも反論の言葉は出なかった。

 皆一様に疲れていたのだ。皆一様に揺らいでいたのだ。皆一様に怒っていたのだ。

 ままならない現状に。減り続ける仲間たちに。ざわめき立つ群衆に。行動を起こさない王に。屈することのない革命軍に。

 誰にも、思うところはある。もはや 誰も自らは正義であると、王国軍は正義だといえる者はいなかった。それほどまでに、この国は、軍は疲弊していた。


 正義とは揺らいではいけない。どのような立場になろうとも。どのような世になろうとも。正義とは、決して変わってはいけない。疑ってはいけない。確固たる、普遍的なものとして燦然と輝いていなければならないのだ。



 「……異論はないようだな。」

 「処刑の日取りは、」

 「公開処刑は2週間後とする。それだけの時間があれば反乱軍も日和らず、総長の奪還を試みるだろう。……次は全員だ。一人残らずここで終わらせる。反乱軍にもはや余裕はあるまい。温存など許さん。すべてをもって奴らに来させる。そして我らはその一切を捻りつぶす。」



 総統は笑っていた。口角を上げ歯を見せ笑っていた。しかしその眼には形容しがたい混沌が渦巻いていた。凄惨な表情で告げるその声は怒りを、恨みを押し殺すように震えていて、誰も何も言えなかった。

 そしてここに集う誰もが思った。


 これが王国軍の正義の旗印なのだと。

 この正義のもとに、革命軍というもう一つの正義を殺すのだ。


 王国軍は正義のもとに一蓮托生。互いに命を預け、戦場へと繰り出す。疑ってはいけない。疑念に飲まれてはいけない。自らが真実であると、正義であると信じなければならない。

 そうでなければ、自分が死んだとき、仲間が死んだとき、なぜ死ななければならなかったと考えずにはいられないからだ。



 「……了解した。反乱軍総長、メンテ・エスペランサは2週間王国軍の牢に捕縛しよう。期日まで必ず生かしておかんといかんのう。」

 「ああ……。それと処刑人は、」



 じろりと面々の顔を見回した。

 処刑方法は恐らく斬首となるだろう。確実に殺すために。絞首刑では万が一、ということもあり得る。

 決して蘇生することのない様に、その首と胴体を別れさせなければならない。

 大将であるフスティシア・マルトーが順当であろう、と誰もが思っていた。



 「処刑人は、3番部隊中将アルマ・ベルネット。」



 しかしその口から出た名前は想定外なものであった。



 「そ、総統、お言葉ですがなぜ彼が……、彼よりも大将の方が良いのではありませんか?」

 「本来であればな。だが今回、マルトーは独断で動きすぎた。結果としてメンテ・エスペランサの捕縛に至ったものの、失敗していれば天地がひっくり返っていた。……信用ならんとは言わん。だが絶対にないとは言えんだろう。」

 「そうじゃなあ。さすがにこんなことの後であれば、信じてくれとは口が裂けても言えんのお。ここで辺に食い下がるのも余計な疑心を生みかねん。わしはベルネットで構わんぞ。何よりわしの獲物は大槌。たった一人の細っこい首切り落とすよりも、大人数のところへ切り込んでいく方がはるかに性にあっとる。」



 暗にでもなく直接的に信用を置けないと宣言されたに等しかったがフスティシア・マルトーはまるで気にした風もなく受諾した。



 「アルマ・ベルネットの獲物は太刀。相性は悪くない。年若いが次代の象徴ともなり得る。そして何より討ち損じることは決してないだろう。」



 自らの名前が出てもなお黙りこくっていたアルマ・ベルネットの方をじろりと見る。



 「私怨であろうと、怒りであろうと問わない。必要なのは、確実で冷血な殺意だ。決して心揺るがない、生存を許さないという意思が要る。余計な言葉で惑わされることがない、意思だ。……中将、アルマ・ベルネット、どうだ。」



 執務室に無言が落ちる。その場にいる全員が各々の思いを抱えその返答を待っていた。



 「……ええ、やりましょう。俺でよければ。打ち損じることなどありません。逃がすことなどありません。まして、蘇生するということは。」



 赤い目が真っ直ぐ総統を貫く。その眼には、覚悟があった。



 「妙な噂もあるようですが……死とは、不可逆です。誰にでも訪れることであり、一度下れば覆すことは神の手でもなければ不可能。……必ず、俺があの首を切り落とします。」



 反対の声を上げようとしていた他中将も押し黙った。

 アルマ・ベルネットは後見人であり、恩人である元中将カルムクール・アムをメンテ・エスペランサの手によって殺されている。

 しかし一方でアルマ・ベルネットは一度メンテ・エスペランサを逃がしているという事実があるのだ。いや、表向きは任務を全うしたのだが、言外に含まれていたメンテ・エスペランサの殺害を果たせなかった。

 その怒りは、恨みは、もはや部外者からはその様相を察することができなくなっていた。

 メンテ・エスペランサと交戦をしたという報告は受けているが、取り乱している様子もなく、殺意を持って追うこともなく、ひどく冷静に指示を出し、撤退を選んだ。

 だがその失態の追及を許さない色を、その声は孕んでいた。


 その処刑人・・・になりたいという思いは確固たるものでありながら冷静さは失わず、しかしその冷静さの裏に激しい思いを感じさせた。

 その様子を見て総統は満足げに頷いた。



 「第三中将アルマ・ベルネット、メンテ・エスペランサの処刑の執行人に命じる。詳細は追って連絡する。心しておけ。」 

 「はっ。」



 落ち着いて随分と経つが、いつか狂犬と揶揄されていたことを一同は思い出していた。



 「総統、差し出がましいのですが一つお願いしたいことが、」

 「……良いだろう。」

 「執行の前に、奴、メンテ・エスペランサの顔を拝みたいのです。」



 らしくもなく多く話す、と思えば出てきたその言葉にまたざわつく。

 メンテ・エスペランサのその言葉は人を狂わせることは暗黙の了解事項であった。武力でも、権力でも、金でもない。反乱軍総長はその言葉で人を募り、反乱軍を率いていたのだ。



 「なぜ、」

 「いえ、もちろん、処刑までの間にうっかり殺してしまうという事態にはしません。決して。」



 鉄面皮なりの冗句なのかと思わせるような軽い口調であったが、その眼は口は欠片も笑っていない。



 「ただ、殺す前に一つ聞いておきたいことがあるのです。……ええまあ、あくまでも私怨以外の何物でもないので、不可能であればそれでも構いませんが。」

 「……わかった。許可しよう。だが奴と会う時は他に誰かを連れていくこと、牢番に獲物を預けておくことが条件だ。」

 「了解しました。ありがとうございます。」



 感情なく儀礼的に頭を下げた。

 アルマ・ベルネットは、誰から見ても得体が知れないと思われていた。

 情を感じさせず、非合理を嫌い、他者に気を許さず、血を浴びることを厭わず、周囲の目も声も気にすることのない、幼少から染み込んだ軍人気質は他者と一線を引いていた。

 ゆえに、王国軍の正義の化身たる総統とも通じるものでもあったのであろうか、と考えながらあえて誰も口にすることはなかった。

 あれは、触ってはいけないものなのだ。




**********




 「ベルネット、よかったのか?」

 「何がだ?」

 「……処刑人。お前には荷が重いんじゃないのか。もし反乱軍が優勢だった場合、真っ先に狙われるのはお前だ。それに処刑台に上るなら飛び道具が集中砲火される。」

 「俺が死んでしまうとでも?」



 会議がひとまず終わり解散してすぐ、動揺の色などまるでないベルネットを追いかけた。



 「じゃあお前がやりたかったのか、クロワール。」

 「俺こそ中将になってぺーぺーなうえにメイスと処刑の相性は最悪だろ。死体がぐちゃぐちゃになって検死もまともにできねえ。」

 「だろうな。……お前が心配することは何もない。」

 「っな!心配してねえし!」

 「ここまで言っておいてまだ否定するのかお前は。」



 相変わらず飄々としているベルネットは動揺も不安も何もなかった。しいて言うなら、傍目から見て機嫌がよかった。いや、傍目と言っても10年近くの付き合いの上で、だ。足取りが軽く、口数も多く語調も心なしか柔らかい。

 ついさっき、公開処刑を命じられた奴とは思えなかった。



 「……機嫌良いな?」

 「ああ。当然だ。」



 珍しく、ベルネットが笑って思わず目を瞠った。

 穏やかで朗らかに奴は言った。



 「総長あいつの処刑台に上れるなんて、これほど嬉しいことはない。」



 初めて見た素の笑顔だった。

 何の柵も複雑な感情もない。ただただ嬉しいといわんばかりの表情。

 笑うとひどく、幼く見えた。 



 「……ああ、他で見たかった。」

 「何の話だ。」

 「ああなんでもねえよ畜生。」



 泣いても笑っても、これで最後。次はないだろう。

 この戦いで必ず決まる。


 メンテ・エスペランサの処刑が執行され、王国軍が勝利しこの世界が続いていく。

 メンテ・エスペランサの処刑が失敗し、革命軍が勝利し、新たな世界が始まる。

 どちらの正義が正しかったのか、証明される。


 「……これで良いのか?」

 「それ、他の奴の前で言うな。タイミングがタイミングだ。お前までソンジュ・ミゼリコルドになるな。」

 「……お前はこれで良いのか。あいつを殺して、自分が正義だって胸張れるか?」



 俺たちは正義だ。

 けれど、俺たちが正義として掲げているのはあの総統だ。

 凄惨な顔つきで笑うその表情は、正義の味方なんて口が裂けても言えやしない。

 この公開処刑だってそうだ。総統はその道が最善であるという。根絶やしにするためというが、俺には軍の面子の回復と、総統の私怨にしか思えなかった。



 「軍の正義は知らん。これが正しいのかなんて知らん。」

 「知らん、で良いのかよ。」

 「いいよ。軍が正義かは知らん。でも俺がやることは間違いなく俺にとっての正義だ。俺は正しい。間違ってなんかないって昔の自分と未来に自分に胸張っているならそれでいいだろうよ。」



 良くも悪くも潔い奴だと呆れのため息とともに頼もしさを感じた。

 こいつは決してぶれることなどないのだろう。

 そして、自身が、少年時代に自分に、未来の自分に、今の選択は正しいかと言えるかと考えると、わからなかった。


 ふと、かつて数度話をしたことのある正義の人を思い出した。

 軍にありながら理想を掲げている、潔白な正義の人だった。正義とはこうあるべきと、手垢が付き使い古されたものを掲げながらも、それが美しく輝いていた。

 あの人の正義をなぞったなら、俺も正義の人になれるだろうか。

 そこまで考えて、思わず笑った。



 「どうしたいきなり。」

 「なんでもねえよ。」



 その正義を最も近くで見続けた奴がこいつなのだ、と思い出した。

 結局は、自分で決めるしかないのだろう。

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