ある王の話
「……なぜ。」
ひねり出した声に不満が乗ってしまったのを目ざとく王は気が付いたようであった。少しだけ跳ねた眉に身を縮めた。思わず息を飲む。こんなくだらないことで目を付けられてはかなわない。少なくとも必死にここまで上り詰め、宮の最奥までの立ち入りを許されたのだ。それはこのたった一回、わずかな気のゆるみの所為で水の泡にさせたくはない。しかし王は苦言を呈すでもなく、怒るでもなく、ただ口の端に愉悦をにじませて言葉をこぼした。
「なぜ?貴様にしては随分と馬鹿馬鹿しい問いをするではないか。切れ者と名高い貴様がよもやわからぬわけではあるまい。」
紫の目が細められ愉快そうに見下した。
この王が国交を断絶させ続ける理由は他国を脅威とみなしているからだ。他国から文化が入れば現在の文化は衰退するだろう。それほどまでにこの国は遅れている。そして文化が流入すれば思想が自然と生まれる。他国と比べてこの国はどうであろう、と考える。そうなれば反逆者が湧く。そして文化とはまるで水のように形を変えて人々の間に浸透していき、取り除くことはできない。いよいよ、この国は崩壊するだろう。その崩壊が、ただ朽ち果てていくだけなのか、それとも新たな形へと生まれ変わるのか。蝶の蛹の中身がブラックボックスであるのと同じように、結果が出なければわからない。成功すれば革命だ。けれど失敗すればただの動乱だ。
「無礼を承知で出過ぎたことを申します。」
「良い、許す。しかしながらつまらぬことを言う出ないぞ。貴様には期待している。あまりがっかりさせてくれるなよ。」
今日の彼は機嫌が良いらしい。本来であれば、否独裁国家であればこのように意見することは許されない。機嫌一つで誰であれば処断できる彼に意見するものはいない。提案はするが少しでも嫌そうな顔をされればみな手を引く。そして王の扱い、躱し方を心得たものだけがこの王宮に、王政府に残っていられるのだ。
「異国の物がこの国に入ることは確かに喜ばしいことではありません。しかしこのままでは反乱軍と徒に戦力を、富を削りあうばかりです。この現状は決して看過することはできません。であればあの反乱軍の者たちもまた国民の意思の一つの形として奏上を許し、形だけでも交わりの場を作るべきではないのではないかと。」
「ふぅん?」
聞いているのか、聞いていないのか、鼻に抜ける返事が香とともに漂い消える。痛いほどの沈黙が部屋に落ちた。伏せていた目をちらりと上げると紫色の目と視線がかち合い一瞬息の仕方を忘れた。
いつの間にか取り出していた煙管からまた濃い香りが漂う。リズムをとるように雁首が煙草盆に打ち付けられる。むなしくなるほど澄んだ金属音と部屋に溢れる香と煙草の匂いにクラリとした。
「……陛下、」
「リチュエルよ。貴様は国とは何だと思っている。そもそも国とは何をもって国とされるか。その核とは何か。」
地雷の多そうな話題だと心の中で眉を顰める。王の思う正解ではなく王の思いに反するものでもない、無難なものを探す。
「国、メタンプシコーズ王国は、陛下の収められる領地、国民、法この三つによって形作られていると考えます。これらのどれか一つでも欠ければこの国はすぐに瓦解してしまうでしょう。」
領地がなくては安定と友になることは許されず、国民がいなければ道化でしかない。人を縛る法がなくては世は荒れ果てる。この三つは、必須だ。このどれか一つ足りなければメタンプシコーズ王国は過去の遺物と化すだろう。
「ほう、そうか、貴様はそう考えるか。」
「陛下はどのようにお考えになられますか。」
「国とは、為政者がいて初めて成り立つ。そしてこのメタンプシコーズ王国は王がいてこそこの国で在り続けることができるのだ。」
ああつまらぬ答えだ。そんな考えはおくびにも出さず王の話に耳を傾けるふりをする。
王とは、所詮多くのうちの一人にすぎない、たくさんいるからこそ頂点に立つ。麦を束ねるのと同じだ。一本の紐は、数十本の麦を一つに束ねることができる。けれど麦がなければその紐はただの紐であり、何の価値もなく床に這うこともある。
「メタンプシコーズ王国とは、我らメタンプシコーズ家の名を冠した国である。代々我らが一族が治め見守ってきた。メタンプシコーズ王国がメタンプシコーズ王国であるためには我らの一族が治めていることが絶対条件。この国とは我そのもの。我とは国そのもの。貴様は、国土が、国民が、法が国の条件だといったな。確かに異国には民主的共和政というものがあるそうだな。」
「……!」
まさかこの王からそんな言葉で出るとは思わず、目を見開く。すると王はおかしそうに手を振り「まさか我がさした知識もなくただひたすら慢心しておるとでも思うてか。」くすくすと笑う様子に思わず頭を下げる。
愚かである愚かであると人は言う。けれどこの王は果たしてどこまで愚物を演じているのか。しかしなおさらと頭をよぎる。王は外を知っている。ただただ内側に固執しぬくぬくとしていたいわけでもない。ならばなぜこの国の発展に繋がるような異国との交易のすべてを拒絶するのか。
「良い良い、珍しく表情豊かな貴様を見るのは中々悪くもない物だ。……民主的共和政には、絶対的為政者がおらぬ。皆、が平等であり、誰もが選ばれれば首領となれる。学び知識を得、より良き為政を皆で考えるという。たとえ首領となったとしても、その権力は絶対ではなく道を誤ったと判断されれば引き下ろされ、次の首領がまた選ばれる。それを延々繰り返すと。リチュエル、貴様は民主的共和政が王政よりも優れていると思うか?」
紫色の目がゆがむ。答えなどわかりきっているが、王の機嫌を損ねぬ応えをするのが常套というものだ。けれど目の前のこの王はその逡巡をすべて見透かしている。当然だろう。彼の周りには息をするように媚び諂い、美辞麗句を紡ぎだす者しかいないのだから。
機嫌を損ねぬ答えはわかる、けれど今この王が望んでいる答えもまたわかっている。
わかっているだろう。だからこそ唐突に口をつぐみたくなるのだ。この男は果たして私のたくらみのどこまでを見透かしているのかと。
「私は、民主的共和政こそ国の最善、国家のもっとも成熟した形ととらえています。」
「ほう?言うてみよ。」
「はっ、国政とは国民が執り行うことで、その国の民意の反映が正しくなされるのだと考えております。政府とは税をかけている以上国民のための政策を行うべきであると。国民とはこの国が形を成す要素の人柱を担います。であれば政をなす者は公の僕であるべきだと思います。」
にやにやと笑う王は笑っているのに目の奥では冷たい色を宿しており人知れず冷や汗をかく。当然だ。今私が言ったことは謀反の意ととらえられても仕方がない。いくら見え透いた嘘を避けたとはいえ望ましいかと言われれば怪しいところだ。
「なるほどなるほど。貴様は為政者とは国民のために尽くす者であり、国民のための政を行うべきだと。国民その人の手によって。」
「出過ぎたことを申しました。」
「では問おうではないかリチュエル。この国、メタンプシコーズ王国の国民は、我ら王族が姿を消し、この為政を執り行うことになったとき、その者らは正しい政を執れるのか?」
「それは、」
できる、と答えようとして、言葉を止めた。
できるのか。本当に政を行い、この国を治めることが国民によりできるのか。疑念は一気に膨れ上がる
。
この国で政を行う者は幼い折からそれにふさわしい教育を受ける。王族然り、貴族然り。その教育は並大抵のものではなく、一長一短に身に着けられるものではない。付け焼刃であれば簡単にぼろが出る、
それを、無学な者たちが執り行うのか?それはこの広大な土地の者たちを治めるだけのものであれるのか?
そして何より”王”という役割。もし共和政がなったとしたら、それは王政が倒された時。唐突にこの国からトップがいなくなる。そうなればこの国は混乱に陥るだろう。それを収めるだけの圧倒的な何かが、革命軍にはあるのか?
たとえば力。圧倒的な暴力により、国民はひとまず治められるだろう。その恐ろしさに、その苛政に身体を震わせて。
たとえば宗教。絶対的な神の存在は信心深い人々を味方につけ、新政府がたったとき大きな後ろ盾となる。しかし頼みの綱であっただろう星龍会の権威は地に落ち、先の大火炎の戦いにより虫の息と言ってもいいだろう。
この二つ、双方ともに現在の王政府も革命軍も、持ってはいない。しかし王政府はそれ以外に圧倒的なものを持っている。
それが”王”だ。それは役割として王座についている、という意味ではない。
数百年という歴史に裏打ちされた絶対的な権威。他の者では侵すことのできない血筋という特殊性。
他のものとは一線を画した圧倒的な”神聖さ”だ。
「できないであろう?」
王は笑みを深くした。
「たとえどんな善政を敷いたとしても、必ず国民の数パーセントは不満を抱くきっとそ奴らは言うだろう「民意が反映されていない」と。しかしそのすべてを拾うことはできない。しかし民主主義である以上そやつらの声にも耳を傾け検討せねばなるまい。その正しい正しくないにかかわらず。」
「しかし、それも道理でしょう。マジョリティ、最大多数の幸福を追求するためには彼らを優先しますが、数はどうあれ国民は国民、皆等しく政に意見する権利を持っています。」
「権利、権利と言ったな。誰もが権利を持ち、誰もが平等であると。」
また王が笑う。ここ数年で最も楽しそうに笑う。その笑みにはこちらを馬鹿にするようでも、嘲笑するようでもない。
「誰もが意見する権利を持っている。どのような愚か者でも、どれほど学も知識もなく、また得る努力をしなかったものであろうとも、権利だけは一人前ということだ。これは恐ろしいと思わずしてなんと思う。」
「しかし学がない故の視点もございましょう。」
「リチュエル、貴様は少々優しすぎる。いや楽天的すぎるとでもいおうか。この国の民というものは、貴様の思うておるよりはるかに愚かなのだ。」
国民は愚かであると、王は天も地も知る理だとでも言うように言う。いっそ憐れみの色すらも載せて。
「リチュエル、最大多数の幸福を追うということは、マジョリティにとっての幸福が最も良い形ということだな?」
「……ええ、もちろん少数の意見も聞き入れるという前提もありますが。」
「この国にとっての最大多数の国民は、どういう者だ?」
「それは、農民や鉱民、漁師たちでは、」
この国のもっとも多くの割合を占める職、それは第一次産業だ。そして第一次産業従事者たちは判を押したように、
「その者達には学がない。学ぼうと思ったことも、必要だと思ったこともない。そんな者たちが望む政治が、未来が、果たして正しいものであるのか?この国にとっての最善手を取れていると、貴様は本当に思うのか?」
彼らは、プロだ。誰よりも畑の作物や土の状態、気候や海の読み方、土砂崩れや湿度やガスについて敏感であり、独特の学がそこにある。けれど為政においてそれは大半が無用の長物だ。
「公の僕とやらになれば、国民のための政治をしなければならない。だがある程度成熟した国家において必要なのは文化的成長だ。第一次産業は国の礎であり根幹であるが、それだけでは発展はない。……この国のための政治と、国民のための政治は必ずしも成立しない。国のための政治が結果的に国民のための政治になることはあるが、その逆はあり得ない。学のない国民が、国のための政治を提案できるのか?納得できるのか?」
「…………、」
とっさに反論の言葉が浮かばなかった。王の発言は国民のことを軽んじている。国があって、王があるということを忘れている。しかし国民のための王ではなく、国のための王と考えるのであれば、道理でもある。優先すべきはこの国の発展。たとえその時、それが国民のための為政とならずとも、いずれ国民に還元されることもある。そしていつか還元されることに気が付けないこと、それこそが無学故の恐ろしさである。
政治とは特殊な場である。ただただ皆で頭を悩ませればいいというものではない。政治を執り行うためにはそのための視点がある。
そして何より恐ろしいのが、団結した国民が愚かな選択をしたときだ。為政者が公僕であればその愚かなる選択を撥ね退けることはできない。なぜならば、それはみんなで考えた皆の最善なのだ。それがたとえ最悪手であろうとも、本人たちが望み、願っている。なれば、為政者はそれを正すことはできない。それが「民意」なのだから。




