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狂う針

ことの次第はこうだった。


コンケットオペラシオン城での法改正会議、というのは偽りだった。いや、偽りとも言えないが、主題は治安維持法の改正で、その内容は治安の回復のためにスラム街の撤去だった。スラム街に住む住人による犯罪が絶えない。軽犯罪から重犯罪まで行われるスラムにおいて、常識良識法律は体を成さない。実力至上主義であり、弱肉強食が絶対だ。そんなスラムでも最低限のルールや秩序がある。それはスラム街を消されないように暗黙の了解として、スラム街以外では派手な犯罪を起こさない、というものだ。政府に目を付けられればスラム全体の損失となる。スラムの住人は表では生きられなかった者達だ。ほとんどがやむを得ない理由で犯罪に手を染め、それ以外では生きられない。スラムは他から見れば掃き溜めだが底辺を彷徨う者からすれば最後の救いだった。ゆえに暗黙のルールは守られ、表と裏の均衡が保たれてきた。



だが革命軍の復活により、スラムは政府に目を付けられた。



水面下を活動する者の多くがスラムや街の裏の世界で動き回っているからだ。ならば隠す場所をなくしてしまえばいい。それを提案したのは誰だか知らないが、そこに住まざるを得なかった社会的弱者や孤児などの存在を一切無視した短慮な提案だった。しかしスラムの実情を知らない者からすればスラムとは害悪であり、ひどく邪魔なものだったのだろう。


今まで黙認されてきた社会的弱者たちの住処が壊される、そのうえ最たる原因は革命軍。



そうして新生革命軍は立ち上がり、法改正を阻止するためコンケットオペラシオン城を襲撃した。

新生革命軍は二代目総長にメンテ・エスペランサを据え、城に乗り込んだ。

正門で囮が騒ぎを起こし、警備を引き付けている間に壁に空いていた穴から侵入。そして会議室へ突入。明確な殺意はなく、目的は会議をうやむやにすること、革命軍の復活を告げるものであったらしい。


王国軍は政府要人の脱出を最優先事項として応戦した。その甲斐あって会議に参加した政府要人は皆無傷で避難し、王都まで逃れた。王国軍の犠牲者も一人で済んだ。


避難の殿を務めた第三中将一人で済んだのだ。


中将の遺体には複数の弾丸が残り、剣で切り付けられた跡も多くみられたが、執拗に身体が傷つけられた様子はなく、即死ではなかった。胸章などがすべて持ち去られていることから、殿のみを討ち取ったのは新生革命軍の力を示すためであったと思われる。


即死ではなかったにも関わらず、中将がそのまま命を落としたのは政府要人の命令により中将の応急処置よりも脱出を優先し、その場での身体の回収すらも敵わなかったためであると、現場にいたある軍人は言った。



持ち主のいなくなった執務室。第三中将カルムクール・アムの執務室をおれはラパンと片付けていた。


片付けが苦手だった上司の部屋はもので溢れていて、仕事場のはずであるのにやたらと生活感に溢れていた。いつも訪れるのと変わらない部屋だと言うのに、その持ち主はもうすでに冷たい土の下だ。



「計画的にもほどがある。そう思わねぇか。」



カルムクールが居なくなってから取り繕われることのなくなったラパンの口調は荒れており、その顔は得意のアルカイックスマイルなど浮かんでいない。すさんだその眼は手にとる書類ではなく別の場所を見ていた。



「……ああ。」

「裏切り者がいる。」


「いや、裏切り者がいたんだろう。」

「裏切り者がいた。だが裏切り者は今もいる。」



口が回る男だったが、今はひどく端的だ。おれはなぜこうもラパンがカルムクールに入れ込んでいたのかを知らない。知る必要もないと思っていた。



「ソンジュ・ミゼリコルド。」

「……ああ、寝返ったらしいな。」

「それから城にいた見張りが数人いなくなった。どれも12番隊、ミゼリコルドの部下だった。それから情報局にもいる。法改正会議の内容は秘匿されているはずだ。誰かがリークした。」



ソンジュ・ミゼリコルドは、新生革命軍についた。そして革命軍として軍に残してきた部下を使いコンケットオペラシオン城侵入の手引きをさせ、城の内部についても漏洩させた。


時期は違えど、ソンジュは恙なく新生革命軍に身を投じ、華々しく王国軍を裏切ってみせた。


おれの知っている通り、メンテ・エスペランサは革命軍を復活させ、その頭領となり、王国軍中将を引き抜くことに成功し、社会的弱者の生きる場所を傲慢にも奪おうとした政府に一矢報いた。大火炎の戦いでの借りの一部をこうして返して見せた。



アルマ・ベルネットにとってこれは本当に喜ばしいことのはずだった。


敬愛すべき総長は中将を殺すほどの力を身に着け、歴史の表舞台に現れた。国民の代弁者として、悪政を取り払う英雄として。


あとはその日を待ち、処刑台からメンテを連れ出せばいい。未来が変わっているが、処刑されないならそれでいい。


おれはメンテ・エスペランサを生かすために繰り返しているのだから。



「そいつらさえいなけりゃ、カルムさんは今もここに居たんだろうよ。」

「ああ、裏切り者さえいなければ……、」


「なあアルマ。何でカルムさんみたいな人が死ななきゃいけねぇんだ。なんでカルムさんが死んで、政府の屑共が生き残ってんだ。税金を貪って人を人と思わねえ政策をなんでもねえ顔で作って、揚句兵士をものみてえに扱う奴らが、何で。あの人が死んでまで守る価値が、あいつらにあんのか。」

「ないだろう。屑は屑だ。だがその屑を守るのが仕事だと、最初からわかっていただろう。」



以前フスティシアに聞いたようなことをそのままラパンに返す。


任務に関してはシビアなラパンはそんなこと百も承知だろう。納得のいかない任務だろうと、兵がゴミのように扱われたとしてもきっと眉一つ動かさない。その対象がカルムクールでない限り。



「ああ、あの人はわかってただろう。でもそうじゃない……、屑は屑だ。害悪だ。死ぬべきは奴らだ。」



葬儀以来、ラパンに近づく人間はいない。憔悴し荒れているが、目だけがやたらとぎらついている。


ラパン・バヴァールという人間はすでに壊れた。


目に見えない瘴気をまき散らし廃人のように生きている。傍に寄ればそれに当てられることを皆言葉にせずとも感じているのだろう。気遣いと忌避が綯い交ぜになったような反応をしてラパンを避けている。


ラパン・バヴァールという人間はすでに壊れた。

壊れているのにまだ生きようとしているのは、その眼にぎらついた生気を見せているのは憎しみからだろう。


復讐が今彼を生かしている。


事情などは知らない。だが同じ隊に所属していれば嫌でも感じられた。

カルムクール・アムはラパン・バヴァールにとっての箍だったのだ。その箍が失われた今、存在を保つ術がない。


だがおれはこの状態に覚えがあった。

ほんの短い間だけだったが、今のラパンはメンテを失った時のおれそのものだった。


何よりも大切だった友人、同志、リーダーを失い思考を停止させた。いや停止というよりもメンテ以外の事柄全てを意識の外に締め出した。そうでもしなければ、自分は自分でいられなかった。

それからすぐに殺されてしまったが、ラパンは違う。幸か不幸か、会議の護衛に駆り出されなかった彼は生きている。生きてしまっている。


おれにはラパンのこの状態を他人事とは思えなかった。


前々から仲間に、ラパンによく似ていると言われてきた。何が似ているのか、今までわからなかったが、何が言いたかったのかわかった。誰か一人だけを異常なまでに盲信し、その手足になろうとする。


大切な自分ではない誰かが世界の中心、そんな世界におれとラパンは生きているのだ。



「……あんたはこれからどうするつもりだ。カルムさんはいないが、軍に残るか。」

「残るわけがねえ。あの人がいないならここに居る意味もない。……ここの片付けが終わったら、もう好きなように生きる。」



ギラギラと鋭い目でうっそりと笑うラパンを横目に手を動かす。何をしようとしているか、想像はつくが止めはしない。止める理由がない。何より、業腹なのは自分も同じなのだ。




そこまで考えて、再び思考の海に投げ出される。


喜ぶべきことなのに、なぜこんなにも心は暗澹たる雲に覆われているのだろうか。


華々しいメンテの門出を祝うべきなのに、なぜこんなにもたった一人の軍人の死に気を取られているのか。


気づいてしまった。もう自身は革命軍のアルマ・ベルネットでないということに。


以前から気づいていた、だがおれは意図的に考えないように思考に蓋をし続けていた。だがカルムクール・アムという存在の死によって、蓋は取り払われてしまった。


そもそもメンテのことをあれほど優先してきたのは、フェールポールを出てからずっと不遇の身であり、地獄のような底辺で生きてきた。しかしメンテに出会い、強引に掬い上げられた。一人で過ごしてきたのに、仲間ができ友人ができ、極小だった世界は大きく広がった。


メンテ・エスペランサは、アルマ・ベルネットにとっての救いの神だった。



ではカルムクール・アムはどうだろうか。


フェールポールを出てから軍に入るためラルムリューに向かい、予期せずカルムクールに拾われた。利用するために近づいたおれをまるで本物の家族のように扱い、部下としても非常に目を掛けた。子供らしさのかけらもないおれを気にすることもなくただよくできた奴だと笑った。



革命軍のアルマ・ベルネットにとって、メンテ・エスペランサこそが救いの神であり、知らず死んでいったとある中将は赤の他人だ。


王国軍のアルマ・ベルネットにとって、カルムクール・アムは恩人であり、上司だった。革命軍の総長は赤の他人で、仇だ。



もう自分は王国軍のアルマ・ベルネットだった。

同時に嫌でも気づかされることは、滑稽とも思える独り相撲。


いったい昔の自分は何を考えてきたのだろうか。

この二度目の世界に、おれの知っている総長、メンテ・エスペランサはいないのだ。

いるのは見ず知らずメンテ・エスペランサという人間。この世界に生きるメンテ・エスペランサは、アルマ・ベルネットにとっての恩人でも何でもない。


そんな人間を助けていったい何になるのだろうか。

助けたとして、自分はどんな顔をすればいいのだ。


そこに生きるのはおれの知らない人間だ。



カルムクール・アムの死によって自分の最大の望みがわからなくなってしまった。


喜ぶべきなのに腹の底にどろりとした憤りがある。


アルマ・ベルネットはカルムクール・アムがメンテ・エスペランサにより殺害されたことを怒っていた。



「お前はどうするつもりだ。軍に残るか?」

「……残るつもりだ。あの人がいなくても、おれはここですることがある。」

「カルムさんを殺した政府の狗であり続けたいと思うのか?」



どうするべきかわからない。


メンテに対して戸惑いを覚えている。

情報をリークし裏切ったソンジュに対し怒りを持っている。


メンテのために、革命軍のために動いていたつもりだったのに。ソンジュが裏切るのを止めようともしなかったのに。



指針を今一度、正さなければならない。



「ああ、革命軍の動きが最もわかる位置に、居たいんだ。」



もうすでに引き返せない位置の一歩手前に来ていた。




**********




「ヒムロ、この箱で良かったな?」

「はっ、こちらの電話で正しかったと!スピーカーから音がしてから送話器をフックから外すようです!」



私宅の一室、人払いのされた部屋で側近のヒムロを伴いリチュエル・オテルは一つの機械と向き合っていた。

あちらから秘密裏に送られてきた機械は以前難破船から回収したものと同じ型で、それを電話といった。送られてきて数週間、使ったことはないため、実際にそれが本物か、正しく作動するか、リチュエルにはわからなかった。



「……それにしても、こんなもので離れた人間と話ができるのでしょうか?」

「さあな。技術部の者は理論上できると言っていたが、私はそういうことには明るくない。……もし使えなければ革命軍に交渉の意思がないということだろう。」



すでに10通を超えた”涙を流す者”からの手紙。相変わらず人よりもはるか先を見通すような内容で、その指示に従い、こうして国の逆賊である革命軍と接触を図ることになった。


本来であれば信じるべきではない。だがリチュエルはこの”涙を流す者”は信頼に値すると感じていた。疑念に疑念を重ねてきた。”涙を流す者”の手紙は一方的で、こちらから連絡を取ることは叶わない。しかし手紙の差出人はまるでリチュエルの疑念をすべてわかったように一つ一つその疑いを晴らして見せた。


革命軍、政府、王国軍、すべての組織に精通している上にまるで未来を知っているかのようにぴたりと最良と思われる道を示して見せる。


何が目的でこうして王国政府の宰相である自身に接触を図っているのか、そのメリットはうかがい知れない。差出人は決して自身について話すことはない。だがもし革命軍から連絡が来るのであれば、少しはその姿も見えてくるだろう。


壁に掛けられた時計を見ながら、指定された時間になるのを待つ。リチュエルよりもその後ろに控えるヒムロの方が落ち着きなく時計とスピーカーの間に目線を彷徨わせていた。



「……閣下、」

「どうした。」

「妹が一人、情報局にいます。情報収集にたけ、私と違い使い勝手の良い奴です。よろしければ、革命軍への密偵にでも使ってやってください。」



珍しく歯切れの悪いヒムロ。やたらとそわそわとしていると思えば、王国軍の情報局にいるという妹の話であった。つい口の端で笑う。



「密偵、な。人質の間違いではないのか?」

「それでもかまいません。」


「素直に助けてやってくれと言えば、こちらで匿うのだが?」

「どうせなら都合よく使った方が良いでしょう。革命軍に入れることのできるちょうどいいわけもあることです。」



王国軍本部情報局に勤めるヒムロの妹、同じくこの国にらしくない名前をした彼女は今王国軍に情報をリークしたのではないかと実しやかに囁かれている。単純に助けを乞われれば、この青年の妹の一人や二人匿うことは造作もないことだが、妙なところで生真面目な彼はそれを許さないらしい。兄曰く、事実無根であるらしいが、御誂え向きと言ってしまえばそうなのだ。人質にしても、潜入員にしても、王国軍での不遇を理由にすれば革命軍に入るに十分な理由に成り得る。王国軍からの退役と革命軍との窓口、一石二鳥だ。何にせよ、彼女はもう王国軍にはいられない。そう立たないうちに処刑命令が出るだろう。



「どうであれ、この電話が鳴るか、それが問題だ。」



壁に掛けた時計の針が、真上を指す。ごくりと唾を飲み込んだとき、スピーカーから電子音が鳴った。

ごつごつとした送話器を手に取り、かたずをのんでスピーカーに目を向ける。



『こんばんは、そちらはメタンプシコーズ王国宰相リチュエル・オテル殿で間違いはないかい?』



ざりざりとした音の向こうから、若い男の声が聞こえた。


これが、異国の技術力、電話というものか。驚きのあまり言葉を失ったが、すぐに送話器に声を入れる。交渉の場において、不要な沈黙は相手への漬け込む的になってしまう。



「ああ、私はリチュエル・オテルだ。人払いはしてある。……それで君が”涙を流す者”か。」


「私が?いいや、私は”涙を流す者”ではないよ。私もまた彼に貴方との協力を提案された者。」



雑音混じりの声に偽りはない。



「改めて自己紹介しよう。初めまして、私は革命軍二代目総長、メンテ・エスペランサ。」



よろしく頼むよ、とつい先日政府の法改正会議を襲撃した逆賊の長は親し気にそう言った。

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