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初陣 (1)

東のいくつかの支部をめぐり、新兵として王都を発ってから三か月ほどが過ぎた。盗賊が現れることも今話題となっている革命軍と遭うこともなく実に平和で安全な実地訓練が続いている。訓練学校を出ればすぐに力試しをするような機会があるかと思っていたのに、期待外れで毎日毎日似たような訓練を繰り返してばかりだった。


ヴェリテ・クロワールは聖地ドラコニアから王都に上った宗教貴族のクロワール家次男である。かつてドラゴン信仰が盛んであったときクロワール家もまた栄華を誇った。しかしその信仰が徐々に薄れるにつれて、家もまた落ちぶれ今ではもう何とか貴族としての体裁を保っているだけである。同期に没落貴族などと揶揄されるも、返す言葉のない。少なくともドラゴン信仰、星龍会の再興がない限りクロワール家が再び日の目を見ることはない。


次男であり家を継ぐのことのないヴェリテが軍人を志したのは、せめてもの矜持からであった。年の離れた兄が家に関する一切を取り仕切りヴェリテが口を挟む隙は無い。何よりヴェリテには領地経営や貴族間の腹芸ができるような器用さなどまったく持ち合わせていなかった。しかし何もないわけではなく、ヴェリテは恵まれた体格と武の才、そしてそれを扱いきれるだけの闘争心があった。頭を使うことはほとんど諦め、野蛮などと誹られようとも数少ない与えられた才能を伸ばすことに専念し、めきめきとその頭角を現した。たとえこのまま星龍会の、家の再興が難しくとも、軍人として実績を上げれば位を上げることは可能であると信じて。


信仰心を表すためにあえて人から嫌厭されるメイスを振るった。幼い時からの訓練も功を奏し、訓練学校に入ってからも他の同期とは一線を画し、苦しみながらも座学を必死で学び、先日首席で卒業し新兵としてこの実地訓練に臨んだ。今期の新兵において、自身は頭一つ分秀でていると自認して。


しかしそのヴェリテの認識は一人の同期によって崩されることとなった。


何もすべての同期の顔を知っているわけではない。だが東へと向かう馬車の中、一人明らかに見覚えのない新兵がいた。黒い髪はそう珍しくもなく体格もあまりよくはない。だが浮き足立つ新兵の中で明らかに違う空気を纏った奴がいた。


興味本位で声を掛ければ素っ気無い返事。もちろん、自分の話し方が悪いという自覚も多少あったが、一人でむっつりと黙り込んでいる奴に話を掛けてやったという思いもある。面倒くさそうにこちらを見る赤い目は一度見たら忘れない、しかしこのアルマ・ベルネットという新兵を訓練学校で見かけた覚えは全くなかった。新兵でありながら戦いを知ったような口を利くベルネットは異様に鼻についた。追求しようにも何かと絡んでは馬鹿にするような目で見てくるヒルマや、すぐに口を噤んだベルネット本人のせいで話を聞くことはほとんどできなかった。


ヴェリテ・クロワールが井の中の蛙、という言葉を実感するまでに、そう時間はかからなかった。


単純な体力トレーニングでも模擬戦闘でもアルマ・ベルネットは圧倒的な差を同期たちに見せた。訓練学校時代の訓練など比べ物にならないようなメニューをベルネットは顔色一つ変えずやってのけた。模擬戦闘では一撃たりとも受けることなくすべての相手を伸して見せた。唯一、射撃訓練だけは人並みかそれ以下の成績であったが、それを差し引いたとしても優秀と言わざるを得なかった。


主席としてのプライドはへし折れ、ヴェリテは一人歯噛みした。

才能があると思ってきた、誰よりも優れているという自負があった。だがそれは一戦交えるまでもなく差を認識してしまった。たとえ自身の使う武器がベルネットの武器よりも有利だとしても、その差は覆ることはないだろう。それぞれの獲物での戦闘は行ったことがないが、決して勝てないという確信があった。


ヴェリテを揶揄いに来るヒルマから得体の知れない新兵の情報は嫌でも耳に入ってきた。


彼女曰く、アルマ・ベルネットは訓練学校を卒業していないとのことだった。保護者であり後見人である上官の雑用として数年働き、その上官の推薦により正規入隊した俗にいう雑用上がりの新兵だった。雑用からの入隊は、ヴェリテも知識として知っていた。しかし雑用として働くためには佐官以上の兵士のコネが必要である。訓練学校に行かずとも力をつけることができ、それどころか許可さえ下りれば最前線で戦う権利も得られる。一歩間違えれば万年雑用で正規入隊すらできないこともあるが、たいていの場合は実践をつんだエリートとして昇格が容易くなる。


所詮は訓練学校内でだけの主席、実際の戦闘を重ねてきたアルマ・ベルネットの足元にも及ばないのだ。それは卑屈になっているわけでも自重しているわけでもない、客観的事実だった。


実践の差があるのであれば、自身もまた場数を踏みたい。だが革命軍の噂が出るものの未だ平和な時勢、そうそう新兵を駆り出すような出来事は起こらない。どれだけ強くなりたいと望み、訓練をしたとしてそれは飽く迄もお遊びに過ぎないのだ。命を懸けるような本気の戦いを経験することはない。


結局、戦闘の機会を与えられない限り、馬鹿みたいに反復訓練をするしかできることなどないのだ。

ヴェリテ・クロワールの中にあった自負や自信は一瞬にして崩れ去った。




「おい、ベルネット。」

「……なんだ。」



1時間の武装走。倒れこむ新兵の間を悠々と歩き宿舎へ向かうアルマをヴェリテは汗をぬぐい呼び止めた。心底面倒そうに振り向く男は汗をかいているもののもう呼吸の荒れはない。支部の訓練など彼にとってはなんでもないことなのだと、言葉もなく教えられる。いまだ激しい脈拍を整えるように息を吐いた。



「模擬戦闘、相手しろ。」



唸るようにそういえば怪訝そうな顔をする。



「……武装走直後だろ。休め。」

「一遍やるくれぇの体力はあんだろうが。やるぞ。」

「断る。一遍やるぐらいの体力がないのはお前の方だ。倒れるぞ。」



当然のことのように平然とそう言うアルマに舌打ちする。倒れこんでいた新兵たちの一部が好奇の視線をこちらに向けていることに気づいたが、チャンスがあるなら逃す手はない。経験の差があるのなら、せめて付き合わせたい。足元に及ばないとしても盗めるものがあるのなら、何度でも挑む価値はあるはずだ。



「問題ねえ。付き合え。」

「断る。面倒くさい。」



ほぼ無表情で眉と目だけが読み取れる表情だが、ここ数カ月で面倒、不機嫌くらいはわかるようになった。今は、この上なく面倒臭がっている。わずかでもと経験を乞うヴェリテと、それすらも面倒臭いというアルマ。さっさと背を向けたアルマにぐらりと腸が煮立つのを感じた。

地面を強く蹴り、その背中に肉薄する。勢いを殺さずに自身より低い位置にある頭をブーツで蹴りぬいた。否、蹴りぬこうとした。



「っ!」



振り上げた足を掴まれ、軸足を軽く刈られる。あっさりとバランスを崩し、ヴェリテは無様に地面に転がった。応戦されたわけでも反撃されたわけでもない。受け止められて、あしらわれただけだった。アルマは一瞬だけ呆れたようにヴェリテを見下ろして、何事もなかったかのように宿舎へと姿を消した。

歯牙にもかけない、この言葉通りの関係性だった。




**********




「聞けっ!このテナン支部から北東に位置する村に商団に扮した盗賊団が現れた!これより盗賊団鎮圧及び捕縛に向かう!各自装備を整え、5分後に門前に集合!」



平坦であった訓練生活は上官の一声によってひっくり返された。考える間もなく各自慌ただしく武装を始めた。静かだった支部は蜂の巣をつついたような騒ぎになる。指揮官の上官曰く、支部の先鋒隊はすでに発っており、村人たちの避難保護を行っている。つまり今回現れた盗賊の鎮圧を実践演習とする腹積もりなのだろう。おそらく鎮圧に支部兵は参加せず新兵だけで行うはずだ。準備を終え門前に集る新兵たちは皆一様に興奮を抑えられない面持ちをしていた。


そしてヴェリテもまたその一員であった。初めての実戦、自身の実力を試すことができる数少ない機会だ。ヴェリテ・クロワールは自身が他の同期と同じだとは思いたくなかった。誰よりも努力し誰よりも強くなったはずだった。しかしあのアルマ・ベルネットから見れば他の同期も、訓練学校で主席であった自分もさしたる差はないのだ。アルマには勝てないとしても、自身の努力は実戦で役に立つはずだ。認めたくないヴェリテはただ自らの力を示すため不届き者の存在に縋っていた。


ボルテージが上がる新兵構成の即席歩兵部隊の中で、細身の刀を背負った奴は眉一つ動かさず飄々とし足を動かしていた。



前方に村の関所である門が遠目に見えた。上官の一人が遠眼鏡で伺いながら指示を出す。



「村民の避難完了!門前に見張りと思しき者が7名。おそらく裏門にも7名前後見張りが置かれている。今より部隊を前門部隊、裏門部隊の二つに分ける。部隊長にそれぞれ少佐を一人ずつ。裏門部隊は準備が整い次第発煙筒を上げろ。前門部隊は発煙筒の煙を確認し、裏門部隊と同時に突入するように。以後部隊長の指示に従い制圧に当たれ!」



最低限銃を獲物をする新兵の数だけ調整し大雑把に二つに分けられる。ヴェリテは前門部隊で発煙筒が上がるのを待つ。幸か不幸かわからないが、アルマは裏門部隊として少佐の後を着いていった。複雑な気持ちで裏門部隊を見送る。奴がいた方が良いのかいない方が良いのかは判断しがたい。もしこの制圧作戦で自分の力をあのいけ好かない奴に示すことができれば、相手にされることなく適当にあしらわれる現状から脱することができるかもしれない。


しかし逆にヴェリテは恐れてもいた。同期の中で最も優れている自負があった。武の才があるという自負があった。だがそれは自分よりも小柄な同期によって覆った。その差は経験の差。井の中の蛙と思い知らされ、実戦経験の重要さについて知り、そして恐れを抱かせた。誰よりも優れていたはずだった。だが実戦経験を積んだ雑用上がりの足元にも及ばず、もしかしたらこの制圧作戦で自分は役に立たないかもしれない。折られてなお何とか持ちこたえてきた誇りは実践に対する恐怖を生んだ。


ヴェリテは落ち着かせるように深く息を吸い込みメイスを強く握った。


たとえ弱かったとしても逃げるわけにはいかない。逃げようにも没落貴族の自分には、逃げ場などあってないようなものなのだから。歯が立たないなら、せめて生き残ろう。生きて、再び戦い身を投じよう。場を踏んで、戦いを知り、食らいついていく。馬鹿でメイスを振るうことしかできない自分にできるのは、それだけだ。



「のう、大丈夫か?もっと力ぁ抜いてもええぞ。」

「っは、はい!」



バシッと背中を叩かれびくりと身体を跳ねさせた。至近距離に人がいることに気づかないなど、とへこむが振り向いてすぐに姿勢を正した。ヴェリテの背中を叩き叱咤した上官は前門部隊長のフスティシア・マルトー少佐だった。

ツンツンとした赤い短髪、独特な口調、いくつも胸章のついた軍服、そして背に担いだ巨大な槌。現在の大将、ラルジュ・マルト―の息子であり、みるみる武勲を上げ異例のスピードで昇格している兵士だった。まだ少佐というくらいでありながら、その存在を知らない者は軍に居ない。それは新兵であるヴェリテも同じで思わず背筋をピンと伸ばす。ごくりと唾を飲み込んだ。噂で聞いただけで姿を見たのは初めてだった。

まだ20前半だというのにその身のこなしや槌の扱いは歴戦の戦士のようで未来の大将有力候補という話だった。



「あ、あの……?」



激励されそのままどこかへ行くと思っていたのにヴェリテの予想を覆し何故かフスティシアはまじまじと顔を見てくる。あまりの座りの悪さについ声を掛けると、おお、と短く返事をされる。眠たげな眼がメイスに注がれる。



「メイスとは珍しいのお。扱い辛かぁないか。」

「……いえ、ずっとこれ、使ってるんで。」



一瞬だけ揺らいだ。本当にこれを使い続けていいのか。誰に何を言われようとも、メイスを使い続ける心づもりであったが、こうして実際に力のある者に言われるとやはり一般的なものの方が良いのかと思えてしまう。現に今王国軍の将校にメイスを使っているものは見ない。もしかすればヴェリテが知らぬだけかもしれないが、少なくとも名を上げているメイス使いはいない。



「これからもメイスを使っていくって、決めてるんで。」

「……ほうか。それでええ。」



相好を崩しフスティシアが笑い、なんだか脱力するような心地だった。そして同時に一瞬でも手放そうという考えが過ったことを恥じた。



「新兵のうちぁあれこれと武器を変えるやつがおるがのお、そういう奴ぁちぃと伸びが悪いんじゃ。いっそお前さんみたいに決めてしまった方がええ。」



そう何でもないようにヴェリテの頭を掻きまわした。茫然としているうちに笑いを引っ込め村の方を見た。



「……そろそろじゃあ。しっかり向こうん空見とくんじゃぞ。指示はちゃんとわしが出す。それ聞いて動きゃあええ。訓練通りにすりゃあすぐ終わるからのお。」

「はっ!」



またばしりと背中を叩き部隊長は指示位置へと戻っていった。

新兵の中で声を掛けられるほど緊張していたのかと思うと少々複雑だが、余計なことが代わりに追い出された気がする。じんじんとする背中が温かい。メイスを握りなおし、じっと村の奥の空に目を凝らした。


数分としないうちに緑色の煙が空高く上がった。同時に怒声が吹き上がる。


東方新兵遠征組、初陣の開戦である。


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