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正規入隊

 メタンプシコーズ王国王都テール・プロミーズの中央部に位置する王国軍本部。王国軍を組織する4局が集まるそこには、本日入隊の新兵たちが今か今かと、入隊式の開始を待っていた。


 真新しい黒を基調とした隊服を着た同期たちを冷めた目で見つめる。訓練学校を出たばかりの彼らは随分幼いように見えた。事実精神年齢から考えてもかなり年下なのは事実だろう。だがこんな子供が戦争に駆り出されるのかと思うと、苦虫を噛むような気持になる。良い上官の下に配属されればいい。だがそうでない場合、位の低い兵や新兵は捨て駒、消耗品として扱われることも少なくはないだろう。


 いったいどんな経緯があって軍人になるのかなど知らない、だがこの大勢の新兵の中に命を賭す覚悟のある者達はいったいどれほどいるだろうか。ちらほらと姿を現し始めた上官に促され、隊列が整えられていく。見覚えのある男と目が合って黙礼すると微かに口元を緩めた。



 **********




 王国軍に集められた新兵は北、南、東、西へと向かう荷馬車に詰め込まれそれぞれ半年の実地訓練をすることになる。気候が厳しい北と南の旅団ははずれなどと揶揄されるが陸地の東西と違い陸地での訓練のほか海上での訓練も行われるため、軍事管理局海上部に配属されたい者からすればあたりである。一方で東西での訓練を行う者達は実践が行われる可能性が高い。もっとも、実践と言っても激しい戦闘になることはない。大抵の場合は盗賊で、1週間以内の鎮圧が目標とされる。よほどの場合でなければ援軍が送られることもない。よほどの事態と言えるのが、村民の一揆である。一般人である彼らを現場の兵士の判断で生死与奪するわけにはいかず、政治的なこともあるため上に行動を仰がねばならない。鎮静にも最新の注意を払わなければならないのだ。



 ガタガタと舗装されていない道を馬車が走る。すし詰めと言っても過言でない馬車の中酔ってもおかしくないのだろうが、皆興奮しながらお互いに何かささやきあっている。ひどく騒いでいるわけでもないので同乗している上官も何も言わない。きっとこれも毎年のことなのだろう。


 雑用上がりですでに実践も済ませているおれからすればなんてことない半年だが、今年訓練学校を卒業した新兵は違う。今までは訓練でしか力を振るうことはなく、剣できるのは木やわらの人型、銃で打ち抜くのは木でできた的。だが今日からは違う。盗賊が出たらきっと自分の実力で斬り伏せることができる。これまで訓練で発揮されなかった隠された才能が日の目を見るかもしれない、なんてことを思っているのだろう。訓練でできなかったことが、実戦でできるわけもないのに。


 草がこすれあって音を鳴らすように、ささやきが騒めきとなる。



 そしておれはカルムクールとの会話もむなしく、入隊式からこの馬車に揺られて数刻経った今も、誰一人とも言葉を交わしていなかった。時折珍しいものを見るような目で見られるがわざわざ話しかける者はいなかった。もちろん、おれから話しかける気は毛頭ない。話しかけられたからと言って盛り上がる自信もまたなかった。散々説教じみたものをされたが、おれには雑談することの大切さなど微塵もわからないし、そもそも雑談ができるほどのコミュニケーションも持ってはいない。結局は実戦で実績を上げればいいのだから。


 カルムクール部隊のメンバーに勧められるままに購入した太刀を抱きかかえ土臭い麻布にもたれた。東へと向かう馬車の通る道はしばらくすれば湿地に入るだろう。そうなれば十中八九馬車から降り、後ろから補助する仕事が新兵の誰かしらに任される。誰が選ばれるかわからない以上、大人しくして体力を温存するのが吉。


 そっと目を閉じてからしばらく隣からやたらと視線を向けられていることに気が付いた。無視したものの鬱陶しい視線は自重する気配が見られない。随分と不躾奴もいた者だ。仕方なく瞼を開くとおれの方を無遠慮に見る青年とかっちり目が合った。



「……何か用か。」

「いや、用ってわけじゃねぇが。流石に遠征の時に寝るのはどうかと思ってよ。」



 口ぶりや表情からそれがただのお節介でなく侮蔑を含んでいることに気が付き眉間に皺が寄る。随分気安い口調だが初対面だ。獅子のように逆立った金髪に黒のメッシュ。それから細身の銀縁眼鏡。新兵に知り合いはいるはずがないのに、なぜか少し見覚えがあるような気がした。



「寝てない。目を閉じていただけだ。」

「傍から見たら寝てんのと同じだろ。」

「他の奴からどう見えても構わん。余計な世話だ放っておいてくれ。」



 面倒な奴に捕まったと顔を顰めた。わざわざ話しかけてきたというのになぜか喧嘩を売るような発言をする青年に舌打ちをすれば、当の本人まで青筋を立てている。喧嘩を売っておいて買われてもキレるなど、何がしたいのかわからない。



「ねえ、その人のこと無視した方が良いよ。何言っても面倒だから。」

「ああ?何だと?」



 逆隣りから隊服を小さくひかれる。少し低い位置に顔がある。軍には珍しい女新兵だった。どうやら知り合いらしいが、青年と同じく異様に好戦的だった。おれに忠告するのはともかくとして、それを本人の目の前で言うだろうか。カルムクールの前でラパンを揶揄う自分のようだと一人思った。人を挟んで柔らかに喧嘩を売る。



「君初めて見る顔だね。私ヒルマって言うの。名前教えてくれる?」



 喧嘩を売るだけ売って売りっぱなし。相手にもされない獅子頭の青年は何やら吠えているが、聞く耳も持たれない。



「アルマ・ベルネット。……そっちの獅子頭と知り合いか。」

「うはっ獅子頭とか。髪型は獅子だけど頭の中は鳥頭。お貴族様出身のヴェリテ・クロワールくんだよ。」



 おちょくるように笑うヒルマの口元は三日月のように口角が持ち上がっている。にやにや、と形容するような笑い方。笑われる鳥頭ことヴェリテ・クロワールはまた怒鳴るがうははは、と笑うだけで相手にされない。



「ヴェリテ・クロワール……?」

「おっ、もしかしてクロワール家知ってる感じ、アルマくん?」



 思い出した。ヴェリテ・クロワール。貴族としての名は知らない。だが記憶には確かにあった。自身とはとにかく相性の悪い王国軍中将ヴェリテ・クロワール。刀を獲物とするおれと巨大なメイスを手にする中将は相性が最悪で極力戦いを避けたいとまで思わされた相手。そして革命軍のアルマ・ベルネットが殺されたあの日、自分はこの青年に左腕を見事に砕かれ、そして彼の右手の指を数本切り落としその切っ先を手首に突き刺した。


 ほぼ無意識のまま、目の前の青年の右手と背に背負った特殊な武器に視線を注いでいた。もちろん、彼の右手に指は五本ともついている。



「……いや、知らん。思い違いだった。」

「思い違いって、クロワール家は没落貴族だよ。」

「ヒルマてめぇ……!」



 一瞬だけ、ほんの一瞬だけこの青年新兵を殺してしまおうかと思った。いずれこの男は自分にとって不利な相手になる。それこそおそらく互角と言えるほどの強敵になる。だがこの若いうちに不安の目を摘んでおけば、10年後自身の邪魔をする敵が一人減る。


 微かに刀が音を立てて我に返る。今はまだ、早い。少なくともここで殺すわけにはいかない。ここで殺してしまえば今まで王国軍に居たことがぱあになる。むしろ殺してしまうよりも完全に仲間だと思わせている方が得策だ。いずれ中将となりそれに見合った実力をつける。少しでも信じさせていられれば、メンテを連れて逃亡する際、隙を突けるだろう。



「……宗教貴族か。」

「あれ、やっぱ知ってる?」

「知らん。……だが背中に背負ってるのはメイスだろ。わざわざメイスを使うなら信徒だと思った。」

「ふん、わかってんじゃねぇか。神の作ったこの大地に無駄に血を吸わせるわけにはいかねぇからな。」



 メイスは星龍会信徒が古くから好んで使う武器だ。打撃に特化した武器でその最大の特徴は血が激しく噴出さずに相手を殺せるという点だ。重量も長さもあるため使い辛く信徒の中でも使う者は限られているが、龍の涙で栄えた土地に、汚い敵の血を吸わせるわけにはいかないという考え方らしい。では神龍の作った人間を殺すのは良いのかと思うが、そこまでくわしく調べたことはない。



「今時星龍会だなんて古臭い宗教信仰してるなんて、馬鹿馬鹿しい。神なんていないよ。」

「んだとてめぇっ!今日という今日は許さねぇ、神を冒涜するなんざ万死に値する……!」



 右手にヴェリテ左手にヒルマ犬猿の仲らしい二人に挟まれ辟易とする。だが未来面倒な相手となる男を見つけられたのは良かったかもしれない。面倒だが下手に仲裁に入ると余計拗れるのは目に見えていた。宗教に関する揉め事は首を突っ込んだ方が大抵損をするのだ。少なくとも現在進行形でやり直しという不思議な体験をしていることを踏まえても、もともと無神論者のおれに神は語れない。



「……喧嘩するなら他所でやれ。喧しい。それとヒルマ、宗教関連で喧嘩を売るな。面倒くさい。」

「はああ!?てめえも神を信じてねぇのか!この国に、神の作った国に住んでいて!」



 今まで戦いの面以外で興味を持ったことのなかったヴェリテ・クロワールという男はどうやらとてつもなく面倒な男であったらしかった。どう答えればもっとも波風立たないかと逡巡し、荷物の中のお守りの存在を思い出した。背嚢に手を突っ込み指先でそれを見つけヴェリテの前に突き出した。



「ん……、」

「星龍会の!」



 カルムクールから渡されたお守り、星龍会のモチーフのピアスがこんな形で役に立つとは思わなかった。見せた途端、仲間だと認識したのか何なのか機嫌が急上昇するのを見て存外こいつちょろいな、という感想を抱く。



「……アルマくん信者だったの。」

「いや、おれは無神論者だ。……保護者に今朝、渡された。」



 保護者、おそらくその言葉が一番ふさわしいのだろう。ヴェリテには聞こえないように耳打ちし手のひらで龍のピアスを弄ぶ。



「そういやあお前はメイスじゃねぇのか。剣でもねえみてぇだし。」

「ああ。これは刀だ。東の方で生産されてる。」



 両側から抱えている刀を凝視されこの地域では刀をもつ軍人が少ないことを思い出す。


 この刀はカルムクール部隊にいるころ遠征で東へ行ったときに買ったものだった。東の方の支部では比較的よく使われているようだが、本部から離れている上に生産数も少ないために王都あたりではほとんど見ることがない。革命軍にいるときは全国各地から同士が集まっていたため多種多様な武器が使われていたため刀があまり一般的でないことに気が付かなかった。



「へえ、随分細いんだね。潰すの?突くの?」

「突く、斬るが中心だ。」

「ふうん。簡単に折れちまいそうだな。」

「ああ。打撃系とは相性が悪い。横から打たれると、折れる。」



 淡々と事実を述べると途端に優位に立ったとでもいうような顔をするヴェリテにヒルマがうげぇと声を零した。

 武器の相性上メイスは有利だ。だが彼は未来、刀に敗北を喫することをしらない。



「なんでそんな弱点だらけのもん使ってんだ……。もし実戦で危なくなったらおれが助けてやろうか?」

「知ってる?そういうこと言う人が真っ先に死ぬんだよ。犬死に。」

「てめぇは黙ってろ!」



 目聡く噛みつき煽るヒルマに飽きることなく応戦するヴェリテを横目にため息を吐いた。



「助けなんぞいらん。」

「ああ?」

「新兵だろうと歴戦の軍人であろうと、自分の身が危うくなったとき他人に助けられるような奴は、戦場にいらん。そのまま死んだ方が軍のためだ。」



 自身の身も守れないような奴は戦場に身をおく資格はない。力不足で身が危うくなるのは自業自得、戦ううえで命を落とすのは仕方がないこと。他人に助けられるなどあってはならない。



「……助けあう方がいいだろ。普通に考えて。死人は少ない方が軍のためじゃねえのか。」

「ああ、死人は少ない方が良い。だから助けない方が良い。圧倒的な実力差があったなら下手に助けに入って死体を一つ増やすより、撤退を選ぶか確実に倒せるように作戦を考えるべきだ。」

「……それって暗にアルマくんが危なくなるような相手はヴェリテくんにも絶対かなわないってことだよね。」



 そうとも言う、という言葉は流石に飲み込んだ。これ以上ヴェリテを怒らせても得はない。無駄に体力を使うだけだろう。



「てめぇ絶対助けてやんねえからなっ!あとで俺の助けを得られないことを後悔しろっ!」

「そろそろ黙れ。無駄に体力を使うな。」

「体力使うも何も支部に着くまで荷馬車に乗りっぱなしだろうが、軟弱が!」



 軟弱がおれの持つ刀を揶揄しているのか人より小柄なことを揶揄しているのかはわからないが、これ以上喋ることはないと口を閉じ布にもたれた。荷馬車に乗りっぱなしなんて楽なことはないということはわざわざ教えずともすぐにわかることだ。地面の緩い湿地までもうそう遠くない。


 それから数分後、車輪が地面にはまり新兵全員が荷馬車から降りて湿地帯を抜けるまで馬車を押すことになる。

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