新たな敵
アウレシアは小さく舌打ちした。
どうしてここがわかったのだろう。
主力は向こうではなかったのか――?
様子をよく見ると、男達はどこかしら薄汚れ、服はところどころ切られた跡がある。
一行を襲撃したはいいものの返り討ちにあって、仲間と合流しようと逃げてきた――というのが正しいのだろう。
こうなると、失敗だった。
アルライカを行かせるのではなかった。
「グレン、逃げるよ」
短く呟いて、アウレシアは剣と短刀を抜きざま、イルグレンの前に出る。
「レシア!!」
人数が多いので、殺すよりまず、足止めしなければならない。
瞬時に判断し、動いた。
体勢を低く走りより、アウレシアはすり抜けざまに素早く足を狙う。
人間と馬、両方の足を薙ぎ払うと、両方の悲鳴が上がった。
倒れこむ男と馬。
馬は倒れながら痛みにもがく。
そうして、今度は近くの馬と男達が手当たり次第に蹴られて、周囲は一気に恐慌状態になる。
倒れこむ馬を避けようと、男達がそれぞれの馬から離れる。
「グレン!!」
振り返って叫ぶと、イルグレンはちゃんと着いてきた。
そのまま男達の脇をすり抜け、馬で追ってこられないよう木々の間を抜ける。
馬を隠してあるところまで行かなければ。
それまで、なんとしても距離を稼がなくてはならない。
男達が追ってくる。
「グレン、馬に乗って、先に戻るんだ。街道を戻ればあとはわかるだろ。足止めするから、ライカ達のとこに行け!」
「――」
驚いてアウレシアを見つめるイルグレン。
少し木々が開けたところで、少し戻り、追手を迎え撃つ。
「先に行きな、早く!!」
「レシア!!」
自分の最優先事項は皇子を守ることだ。
当然のように、アウレシアは自分が逃げるなど考えなかった。
できるだけ時間を稼いで、イルグレンが無事に馬にたどり着き、仲間のところに戻らせなければ。
それだけが心を占めていた。
刺客達は今度こそ、それこそ死力を尽くしてくるだろう。
アウレシアは囲まれぬよう木々の間を抜け、器用に男達を翻弄しながら確実に斬り倒す。
が、近くでも剣がぶつかり合う音がする。
視線を向けると、逃げているはずの皇子がそこにいて、まだ刺客と斬り結んでいるではないか。
「グレン!?」
自分の背後に回り込んだ刺客を斬りざま、イルグレンと向き合っていた男の両腿の後ろを斬り払うと、怒鳴った。
「行けって言ってんだよ、この馬鹿が!!」
「お前をおいていけるか!!」
横から来た新たな刺客の脇腹を素早く突いて、イルグレンも怒鳴り返す。
自分一人が行くつもりなど、毛頭なかった。
殺すことを目的に雇われた人間達なのだ。
アウレシアは確かに強い。
だが、アルライカやソイエライアほどではない。
しかも、女だ。
そんな彼女を一人残して行くなど、できるはずがない。
ここで、最後まで戦う――それだけは譲れなかった。
次々と現れる刺客に囲まれぬよう、そしてアウレシアと離れぬよう、イルグレンは剣を揮った。
その時。
大きな影が、二人と刺客達の間に割り込んできた。
「!?」
同時に、別の黒い影達が八つ飛び出してきた。
あっという間にイルグレンとアウレシアは囲まれる。
「――!!」
だが、囲まれただけだ。
剣は抜いているが、自分達二人に向けているわけではない。
どういうことだ。
アウレシアは刺客達と向き合っている男を見た。
後姿はアルライカのように逞しい体つきの男だった。
だが、もっと細身で、しなやかさも持ち合わせていた。
背中に負った大剣があっても身軽に動く様は、その姿に馴染んでいた。
只者ではない。
アウレシアは直感した。
「手を引け」
低いけれどよく通る声がした。
刺客達は驚いたように動きを止めていたが、その内の年長者と思しき一人が口を開いた。
「手を引くのは、そっちの方だな。邪魔するなら、お前達も生きては帰さんぞ」
新手は少数だと判断したからに違いない。
強気な態度に、男の肩が軽く震えた。
どうやら笑ったようだ。
「これは俺の獲物なんだ。お前等には狩らせん」
男が手に持っているのは、短剣だけだった。
前に出ると、途端に刺客達は男を取り囲んだ。
体つきは逞しくても所詮一人、多勢に無勢とばかりの状況だ。
だが、大勢との接近戦なら、短剣のほうが分がある。
男が、先に動いた。
途端に、刺客達から悲鳴が上がった。
大きな男なのに、動きは恐ろしいほど素早かった。
相手の懐に入り、見事に急所をつく。
あっという間に三人の男達が首筋を掻き切られて倒れた。
「貴様っ!!」
横になぎ払われた剣を避けざまに、男は足を払って相手を倒し、胸を押さえつけ喉を切る。
悲鳴さえ上がらない。
絶命した男の剣を取り、近くの男に投げつけ、脇腹に突き刺さるのを待たずに、六人目の男の鳩尾に下から短剣で抉るように突き上げる。
アウレシアは、その戦いぶりを驚愕とともに見据えていた。
刺客は、決して弱くはない。
それどころか、訓練を受けた凶手だ。
それなのに、赤子の手を捻るより簡単に、瞬き一つの間に息の根を止められる。
まさに、鬼神のような戦いぶりだった。
嫌な汗が、背筋を伝った。
「まだやるか、それとも手を引くか」
男は息も乱さず言った。
そんな男と膝をついて倒れた仲間を交互に見ながら、残りの刺客達は恐怖に後ずさった。
「――」
「雇い主に戻って伝えろ。皇子の身柄は俺達がいただく。命が惜しくないなら来い」
低い声音は、震え上がるほど本気だった。
さらに後ずさりすると、残りの刺客達はあっという間に踵を返し、逃げていった。
短剣を鞘に戻すと、男は唖然としている二人に向き直った。
「さてと、大人しく剣をおくか」
それが自分達に向けられていると気づき、アウレシアは我に返る。
「誰が」
吐き捨てるように、アウレシアは一歩前に出て剣を払った。
「まずはあたしがお相手しよう」
長剣を構え直し、男に向き直る。
「時間稼ぎならやめておけ」
慣れた仕草で、男は背に負った大剣を抜いた。




