復讐の手前で
三日と半日かけて、一行は砂漠を越え、森林地帯へと入っていた。
街道を離れた別の道を走り、待ち合わせた場所へと着くと、先に行かせていた見張りの男達が五人、一行を迎えた。
「統領!!」
男は馬を降り、女を降ろした。
走り寄ってくる男が二人、その内の一人は伝令として先日駆けつけてきたハラスだった。
「間に合ってよかった。こっちへ」
腕を引いて残りの三人のところへ促す。
広げられた地図のところでなにやら話し合う男達を、女は黙って見ていた。
追手はすでに皇子に追いついたのか。
いや、そうならばもっと慌てふためいているはずだ。
この三日で、女はさらにやつれていた。
馬を駄目にしないためだけの最低限の休息で、昼も夜も走り続けたのだ。
逸る気持ちから、旅食さえほとんど喉を通らず、水しか飲めなかった。
今も、疲れていて、倒れてしまいたかった。
それでも、女は強い意志で自分を奮い立たせていた。
皇子の首を――最後の復讐をやり遂げる時が来たのだ。
なんて長かったのだろう。
故国の皇宮の広場でたくさんの首のない死体を前に立っていた、あの時から。
これで、最後だ。
この復讐が終わったら、楽になれる。
怒りと憎しみを、女は再び甦らせた。
それが、最後の務めを果たす原動力になる。
座り込んで眠ってしまいたい衝動が霧散する。
物思いに囚われている女の前に、男の影が見えた。
顔を上げると、いつものすでに見慣れた顔がある。
「いよいよだ。心の準備をしておけ」
男の低い声に、女は黙って頷く。
不意に、男はじっと女を見つめた。
女は黙って男を見返した。
「最後にもう一度聞く。本当に、自分の手で殺すか? 俺が殺ってもいい。お前は――見ていろ。代わりに殺してやる」
女は首を横に振る。
「いいえ。これはあたしの復讐よ。ここまで来て、黙って皇子が死んでいくのを見るくらいなら、初めから砂漠など越えてこない。あたしが弟へできる、最後の務めよ。他の誰にも譲らない」
強い眼差しで、女は男を見据えた。
男は小さく息をついて、
「――わかった」
短く言った。
そして、腰につけていた短刀を鞘ごと引き抜く。
その短刀が、女に手渡される。
使い古された、短刀。
それだけ人を殺しているということなのか。
女は、その重みにわずかに息を飲む。
男は、そんな女に問う。
「どこを刺せば死ぬか、わかっているか?」
「――」
男は女の手を掴み、自分の胸に当てた。
ちょうど心臓の真上に。
「心臓を狙うつもりならやめておけ。お前の力では、骨にぶつかって止められる。心臓までたどりつかん。骨の間を狙って刺すなんてことはできないからな」
それから、身をかがめて首筋に触れさせる。
「首を狙え、鎖骨から指三本分上――ここが一番柔らかい。ここを刺せば、確実に殺れる。刺せないなら、切れ。できるだけ長く深く」
女は男の首筋を見つめた。
そして、もう一度頷いた。
「――今から皇子を捕らえに行く。迎えをやるからここで待っていろ」
二、三人の男衆を残して、男達は馬で駆け去っていった。




