↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
寿綾乃という女 第2部  作者: トモサン


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/99

寿綾乃という女 第2部 7

入院して、二か月が経って、目が覚めた…


 目が覚めた=意識が回復した…


 意識は、回復せずとも、体力は、時間が経てば、回復する…


 眠っている間にも、体力は、回復する…


 私、寿綾乃が、ジュン君の運転するクルマにはねられて、意識を失った…


 その間に、この五井記念病院に運ばれ、手術を受けた…


 交通事故に遭ったのだから、当然だ…


 手術は、成功…


 ただし、意識は回復しなかった…


 が、


 その間にも、カラダは、少しずつだが、回復した…


 交通事故でも、当たり方が、良かったのだ…


 なにより、頭を打たなかったのが、良かった…


 カラダも奇跡的に良かったのだろう…


 ただし、癌はダメだった…


 以前、指摘された末期がんではなかったが、完治には、ほど遠かったのだ…


 しかし、生きることはできた…


 生き延びることはできた…


 これは、大きい…


 あと、何年、生きれるか、わからないが、とりあえず、生きることはできた…


 そう、考えれば、喜ばしいことだ…


 が、


 現実に、目が覚めれば、目の前に、五井家のゴタゴタがあった…


 これでは、まるで、目が覚める前と、まったくいっしょ…


 同じ状況だった…


 なに一つ、変わっていない…


 目が覚める前も、私は、五井家のゴタゴタに巻き込まれた…


 諏訪野伸明と、諏訪野秀樹、兄弟の争い…


 その他、諏訪野伸明の叔父、諏訪野義春、そして、諏訪野マミ…


 彼らのゴタゴタに巻き込まれ、文字通り、疲弊した…


 疲労困憊した…


 ジュン君の運転するクルマにはねられたとき、


 …やっと、世間のゴタゴタから解放される…


 そんな気持ちが、私の脳裏をかすめた…


 ほとんど、一瞬だが、そんな気持ちになった…


 それほど、疲れていた…


 むしろ、死は、私にとって、喜ばしいことだった…


 死=安らぎに他ならなかった…


 しかし、私は、生きていた…


 目が覚めて、それが、わかった…


 そして、藤原ナオキや、諏訪野伸明と、話すことで、やっぱり生きていて、良かったと、思った…


 考えを、変えた…


 なにより、自分が生きていたことで、藤原ナオキも、諏訪野伸明も、心の底から、喜んでくれた…


 これは、嬉しい…


 自分が生きていることで、こんなにも、他人から、喜ばれるとは、思わなかった…


 誰もが、そうだが、家族以外の人間で、自分が生きていて、祝福されることは、あまりない…


 それは、ある意味、当たり前…


 家族は、身近な存在…


 代わりが、きかない存在だからだ…


 会社や友人は、変えられる…


 しかしながら、家族は変えられない…


 また、家族の関係は、会社の同僚や、友人とは、比べ物にならないくらい、人間関係が、濃密だからだ…


 それゆえ、祝福される…


 だから、祝福されるのは、ある意味、当たり前…


 友人、知人の間柄で、家族並みに、祝福されるから、嬉しいのだ…


 私は、思った…


 私自身は、ジュン君の運転するクルマで、はねられたことで、むしろ、ホッとした気持ちもあった…


 これで、今生とおさらばすることができる…


 そんな気持ちだった…


 だが、すでに言ったように、目が覚めて、藤原ナオキや、諏訪野伸明に、私が生きていたことを、喜ばれると、考えが、変わった…


 …やっぱり、生きていて、良かった…


 そう、思えるようになった…


 しかしながら、その代償というか、ジュン君の運転するクルマに轢かれる以前と、似たようなゴタゴタが、今も変わらず、続いていて、自分が、またも、そのゴタゴタに巻き込まれることになった…


 それを、思えば、果たして、目が覚めて、良かったのか、悪かったのか、わからない…


 いや、


 やはり、これが、寿綾乃を名乗った宿命かもしれない…


 寿綾乃という女の宿命かもしれない…


 常に戦いに巻き込まれる…


 そこに、私の意思はない…


 にもかかわらず、騒動に巻き込まれる…


 だから、私は、戦わなければ、ならない…


 戦わなければ、私は、どん底…


 身ぐるみ剥がされて、路上に、放り出されるのが、オチだからだ…


 所詮、なにもない女…


 天涯孤独の身でもある…


 にも、かかわらず、藤原ナオキと、知り会ったことで、成功…


 誰もが羨む、藤原ナオキの秘書になり、人並み以上の給与をもらい、ジュン君といっしょに、億ションに住んだ…


 そんな夢のような、生活をした…


 その代償だろう…


金持ちの争いに巻き込まれた…


 それは、ある意味、皮肉だった…


 平凡な家庭の出身の私が、金持ちのようになり、本当なら、おそらく、知り会うことのない、お金持ちと、知り会う…


 その代償として、金持ちの争いに、いつも、巻き込まれるのだ…


 これ以上の皮肉はない…


 そう、考えると、やはり、世の中は、うまくできてると、思う…


 私のように、平凡人が、金持ちの仲間入りをする…


 が、


 当然、世の中、そんなうまい話はないというか…


 その代償というか、いつも、金持ちの争いに、巻き込まれる…


 人間関係のゴタゴタに巻き込まれる…


 ある意味、人間関係のゴタゴタほど、嫌なものは、ない…


 辛いものは、ない…


 逃げ出せるのならば、さっさと、逃げ出したい…


 誰もが、そう、思うに、違いない…


 私は、傍らの佐藤ナナを見ながら、そんなことを考えた…


 まだ、若い、佐藤ナナは、当然、金持ちを知らないだろう…


 それゆえ、私のように、そんな金持ち同士の争いに、巻き込まれたり、間近に、見たり、聞いたり、したことは、ないに、違いない…


 だからこそ、金持ちに憧れるのだ…


 私は、考える…


 そして、彼女を見ながら、ふと、思った…


 彼女は、この五井記念病院の理事長、菊池冬馬を知っているのだろうか?


 もちろん、自分の勤務する、病院の理事長なのだから、顔は知っているだろう…


 だが、菊池冬馬と面識があるか、どうかは、話が別だ…


 いくら大病院とはいえ、勤務する看護士や、医者は皆、理事長の菊池冬馬を知っているだろう…


 しかしながら、理事長の菊池冬馬が、自分の病院に勤務する、看護師や、医者を、全員、知っているかと、いえば、話は、別だ…


 普通に考えて、知らない可能性の方が、高い…


 だからこそ、この佐藤ナナに、理事長の菊池冬馬と、面識があるか、どうか、聞いて、みたくなった…


 「…佐藤さん…」


 「…ハイ…なんでしょうか?…」


 「…佐藤さんは、この病院の理事長の菊池冬馬さんを、知っているの?…」


 「…エッ?…」


 「…いえ、さっき、この病院の理事長と、諏訪野伸明さんが、まだ意識が回復しない、私を、見舞いに来たと言っていらしたから…」


 私の質問に、佐藤ナナは、当惑した…


 その肌は黒いが、愛くるしい顔を、悩ませた…


 「…ご挨拶は、何度かしました…」


 佐藤ナナが、考えながら、答えた…


 「…諏訪野さんと理事長が、連れ立って、やって来たときに、よろしくお願いしますと、頭を下げられました…ただ、理事長が、私を覚えていらっしゃるかといえば、難しいです…」


 「…どうして?…」


 「…やっぱり、雲の上のひとですから、たくさんのひとに会うでしょう…だから、一度や二度、私に会ったからって、私を覚えているか、どうかは、わからないです…現に、諏訪野伸明さんは、寿さんが、まだ意識を回復していないときに、一度、お会いしましたが、私のことは、覚えていませんでした…」


 やはり、この娘は、頭の回転が、速い…


 あらためて、思った…


 言っていることが、理路整然としている…


 聞いていて、誰もが、納得することを言う…


 これが、頭の悪い人間は、ひとが、納得できないことを、平然と言う…


 例えば、容姿が人並みでも、この菊池冬馬と知り会えば、自分に夢中にさせてみせると、うそぶく…


 誰もが、唖然とすることを、平気で言う…


 できないことを、自分なら、できると、平然と言う…


 冗談ではなく、本気で言う…


 そのような人間が、稀にいる…


 当たり前だが、佐藤ナナは、そのような人間ではない…


 むしろ、その愛くるしい容姿を、武器にして、


 「…知り会えば、私に夢中にさせて見せる…」


 と、言ってもいい…


 それぐらい、容姿が優れている…


 にもかかわらず、それを口にしないのは、肌の色が浅黒いのが、コンプレックスだから…


 傍から、思うよりも、彼女にとっては、コンプレッククスなのだろう…


 東南アジア系のハーフ美女…


 純粋な日本人にはない、華やかさがある…


 それが、彼女の抜きん出た武器でもある…


 「…だから、なにも気にすることはないよ…」


 と、言ってやりたかったが、それは、余計なお世話だろう…


 そんなことを言えば、かえって、彼女のコンプレックスを刺激する危険の方が強い…


 だから、なにも言わなかった…


 が、やはりというか、彼女は、気付いていた…


 「…私は、この通り、肌の色が、黒い…だから、一度会えば、覚えていてくれると思っていたけど…」


 と、悔しげに言った…


 私は、なぜ、悔しげな口調なのだろうと、訝った…


 自分を、覚えていてくれないことが、そんなに悔しいことなのかと、思った…


 が、


 それは、彼女が、


 「…要するに、軽く見られているからです…」


 と、いう言葉で、わかった…


 「…たかが、看護師ぐらいにしか、見てくれないんです…」


 と、嘆いた…


 たしかに、そう言われれば、わかる…


 本当に大切な人間ならば、覚えていてくれる…


 これが、著名な芸能人や、有名な経営者や、政治家ならば、覚えていてくれる…


 これは、間違いない…


 佐藤ナナは、ただの美人ではない…


 肌の色が浅黒い、東南アジア系のハーフ美女…


 一目で、目立つ…


 にもかかわらず、一度会った相手が、佐藤ナナを覚えていてくれないのは、彼女が、たいした人間ではないと思われたから…


 彼女の言う通りに、他ならない…


 そう考えれば、彼女の悔しさもわかる…


 そして、彼女の悔しさの原因がわかったと同時に、


 「…今度、諏訪野さんや藤原さんが、見舞いに来たら、佐藤さんを覚えてなかったことを、きつく叱っておきますから、許してくださいね…」


 と、いう言葉が、自然と口から出た…


 私の言葉に、彼女は、心底、驚いたようだ…


 「…叱る?…」


 目をまん丸くして、驚いた…


 「…諏訪野さんや、藤原さんを叱るなんて…」


 と、驚いた表情で、私を見た…


 私は、


 「…しまった…」


 と、思った…


 これでは、まるで、いかに、私が、藤原ナオキや諏訪野伸明と親しいと言わんばかり…


 見方によっては、まるで、私が、いかに、この二人と、親しい間柄だと自慢しているようだ…


 私は、今さらながら、自分の愚かさに気付いた…


 自分の能力のなさに気付いたと言っていい…


 が、


 かといって、今さら、撤回することはできない…


 言葉を変えることはできない…


 だから、佐藤ナナが、この後、なにを言ってくるか、戦々恐々とした…


 なにを言ってくるか、文字通り、怯えた…


 しかし、意外なことに、佐藤ナナは、なにも言わなかった…


 ただ、


 「…理事長に、覚えていて、もらわれなかったのは、悔しいです…やっぱり、私は、この病院に勤める看護師なので…」


 当たり障りのないことを言った…


 私は、その言葉を訝った…


 果たして、それは、本心から、だろうか? 


 と、訝った…


 やはり、どうしても、素直に受け取れない…


 今、佐藤ナナが言ったことは、真実であることは、わかる…


 ウソではないだろう…


 しかしながら、私と、藤原ナオキ、そして、諏訪野伸明の関係に、気付いたのかもしれないというのも、事実…


 藤原ナオキとは、ただの秘書と、社長という関係ではないというのも、事実…


 そして、諏訪野伸明とは、恋人同士とも、思っているのだろうか?


 要するに、三角関係…


 男女の肉体関係を持った、関係だと、気付いているだろう…


 しかし、あえて、それに触れない…


 そのことで、真逆に、佐藤ナナの頭の良さを感じる…


 そして、私はといえば、あえて触れないことで、佐藤ナナが、


…一体、本当は、どう思っているのだろう? …


と、邪推した…


かえって、佐藤ナナが、触れないことで、深読みする…


ある意味、これ以上、バカバカしいことはない…


私は、考える…


ちょうど、そのときだった…


検診に、私の担当の、長谷川センセイが、突然、やって来た…


これには、私も、驚いた…


いや、


私だけではない…


佐藤ナナも目を丸くして、驚いた…


佐藤ナナの愛くるしい瞳が、驚きに大きく、見開かれた…


「…センセイ…今日、この時間に、いらっしゃるとは?…」


佐藤ナナの言葉に、長谷川センセイは、


「…いや、病室の前を通ったから…つい…」


と、言い訳した…


今日のこの時間は、長谷川センセイが、やってくる時間ではない…


どうした、風の吹き回しか、わからないが、とにかく、長谷川センセイが、やって来た…


これには、驚いた…


が、


これは、私以上に、佐藤ナナが、驚いた…


通常、担当医が、決められた時刻以外に、病室にやって来ることはありえないからだ…


患者が、自分から、呼ばない限り、やって来ないだろう…


しかも、ここは、五井記念病院…


日本中に名の知れた大病院だ…


そんな大病院で、ある意味、ルールを無視した行為に、佐藤ナナは、驚いたに違いない…


そして、それは、長谷川センセイも、わかっているのだろう…


「…ホント、つい、偶然…この病室の前を通って…」


と、繰り返した…


そして、繰り返すことで、より一層、その言い訳が、ウソ臭くなった…


あるいは、本当のことかもしれないが、より、繰り返すことで、余計に、言い訳臭く感じた…


ちょうど、この佐藤ナナと、真逆…


この佐藤ナナが、私、寿綾乃と、藤原ナオキ、諏訪野伸明の関係に、なんとなく気付きながらも、一切、そのことに、言及しないのとは、真逆だ…


かえって、言い訳することで、余計に、その言い訳が、ウソ臭くなる…


たとえ、その言い訳が、ホントだとしても、ウソ臭くなる…


この言動で、この長谷川センセイの子供っぽい言動が、剝き出しになった…


子供っぽい嗜好が、剥き出しになった…


が、そのことで、案外、この長谷川センセイは、信用できるかも、とも、思った…


子供っぽい言動を、目の当たりにすることで、ウソがつけない、正直な人間であるかもと、考えた…


そして、それをからかうように、


「…寿さんは、美人ですからね…」


と、佐藤ナナが、長谷川センセイに、言った…


長谷川センセイは、


「…それは…」


と、言ったきり、顔を赤くして、俯いた…


それでは、佐藤ナナの指摘が、まる当たり…


私もこの指摘で、どうして、いいか、わからなくなった…


まさか、私目当てにやって来たとは、思えないが、佐藤ナナに指摘されて、顔を真っ赤にするとは、思わなかったからだ…


そして、長谷川センセイは、


「…理事長に頼まれたから…」


と、ポツリと、漏らした…


「…理事長に?…」


私と、佐藤ナナが、同時に、声を上げた…


まったく、同時に、同じ言葉を言ったので、驚いて、互いの顔を見た…


顔を見合わせた…


が、


次に声を出したのは、私だった…


「…一体、どういうことでしょうか?…」


「…理事長に、寿さんのことを、くれぐれもよろしくと、頼まれていて…」


言いにくそうに、長谷川センセイが、口を開いた…


「…それは、諏訪野伸明さんから、頼まれて…」


私の質問に、


「…」


と、無言だった…


しかしながら、それ以外に、理事長に依頼する相手は、思い至らない…


「…いや、ボクも、この病院に勤務する勤務医だから…」


と、言い訳がましく言った…


上の命令には、逆らえないと言いたいのだろう…


上=理事長の命令には、逆らえないと言いたいのだろう…


しかし、それを口にすることで、興ざめしたというか…


私目当てに、やって来たわけではないと、知って、落胆した…


女心は、複雑…


私目当てにやって来ては、困ると言いながら、実は、そうではないと知って、落胆する…


我ながら、複雑…


女心は、複雑…


だったら、どうすれば、いいのか、と、相手は、言いたくなるに、違いない(笑)…


「…それで、寿さん、具合は?…」


担当医らしく、テキパキした口調で、聞いた…


それまでとは、一転して、優秀な医師に戻った…


本来、この長谷川センセイは、この病院でも、指折りの優秀な医師に違いない…


なぜなら、五井家当主の諏訪野伸明と、この病院の理事長が、見舞いに来るような、患者だ…


いい加減な医師を担当にする、わけがない…


もっとも、優秀な医師の一人を、担当にするに決まっている…


そんなことを、考えながら、


「…だいぶ、いいです…」


と、答えた…


私の返答に、長谷川センセイは、自信を持った様子だった…


「…寿さんは、運がいい…」


「…運ですか?…」


「…クルマにはねられても、重体には、ならなかった…意識は、回復しなかったが、頭は打たなかった…これが、良かった…」


長谷川センセイが、説明する…


「…クルマにはねられるのは、ある意味、ビルの屋上から、卵を落とすのと、いっしょだ…」


思いがけない例え話を、言いだした…


「…どういうことですか?…」


「…たとえば、六階建てのビルの屋上から、生卵を落とすとします…」


「…」


「…仮に、100個、落とすとします…普通は、全部、割れると、思うでしょう?…」


「…ハイ…」


「…さにあらず…割れない卵もあります…」


「…それは、どうして?…」


「…要するに、地上に、落ちたときに、卵のどの部分が、ぶつかるかです…硬い部分なら、割れない…そういうことです…」


「…」


「…つまり、交通事故も、それと同じです…交通事故だから、同じように、クルマにはねられたと思うかもしれませんが、皆、内容は違います…クルマの大きさも違うし、どのようにはねられたかも、違う…要するに、千差万別です…だから、今、言った、卵のように、無傷とは言えませんが、卵が割れないように、ケガが、軽いこともある…寿さんは、それに当てはまります…」


うまいことを言う…


私は、思った…


そう言われれば、わかる…


そう言われれば、納得する…


卵のたとえが、納得する…


そう思ったときだった…


「…プッ!…」


と、誰かが、吹き出す声がした…


私と、長谷川センセイは、その音のする方を見た…


声の主は、当然のことながら、佐藤ナナだった…


なにしろ、この病室には、三人しかいないのだ…


私でも、長谷川センセイでも、なければ、佐藤ナナしか、いなかった…


「…センセイ、それ、この前も、別の患者さんに言ってましたよ…」


私は、その言葉で、佐藤ナナから、視線を、長谷川センセイに戻した…


「…センセイ…そんな言葉じゃ、寿さんを口説けませんよ…」


その言葉に、


「…」


と、長谷川センセイは、絶句した…


文字通り、言葉が出なかった…


「…いや、ボクは、そんなつもりじゃ…」


と、顔を、真っ赤にして、俯いてしまった…


私は、どうして、いいか、わからなかった…


こうした場合、長谷川センセイに、なにか、言うことはできない…


だから、佐藤ナナに向かって、


「…患者さんを、励ますときは、医者は、どうしても似たような言葉を口にするものなんじゃ…」


と、うまく、言った…


これが、一番だと思ったのだ…


しかしながら、佐藤ナナは容赦なかった…


「…好きな女を口説くのに、他の患者さんと同じ説明をしていたんじゃダメです…」


と、ダメ出しした…


長谷川センセイは、


「…」


と、なにも言わなかった…


いや、


言えなかったのかもしれない…


が、私はというと、この佐藤ナナを見て、彼女が、長谷川センセイを好きなんだと、気付いた…


それゆえ、わざと、長谷川センセイをからかっていることに、気付いた…


ちょうど、小学生の子供が、好きな女のコに、わざと、ちょっかいを出して、いじめたりするのと、同じだ…


しかしながら、それは、男のコが、女のコにすること…


今、目の前で、起こっているのは、それとは、真逆…


女が、男をいじめてる(笑)…


女が、男にちょっかいを出している(笑)…


しかも、男は、女より、10歳は、年上…


にもかかわらず、からかわれてる…


そう、考えると、複雑というか、面白かった…


それは、佐藤ナナが、意地の悪い人間では、ないからだ…


おそらく、佐藤ナナから、長谷川センセイに、ちょっかいを出している…


にもかかわらず、長谷川センセイは、全然、佐藤ナナの気持ちに気付いていない…


そう考えると、実に、面白かった…


自分より、若い十歳も年下の美女に、誘われてる…


にもかかわらず、誘われた当事者は、まったく、相手の意図に気付いていない…


そう考えると、実に、面白かった…


痛快だった…


この光景を見て、つくづく、自分は、女なんだ、と、思った…


どういうことかというと、女は、いつも、恋愛が好き…


自分が、男に恋することも、そうだが、他の男女が、恋をするのを見るのも、好き…


女はいくつになっても、変わらない…


学校でも、会社でも、誰が、誰を好きとか、誰と誰が、付き合っているという噂は、まるで、人生の最重要事項のような扱いになる…


それほど、女にとっては、大切なことなのだ…


私自身も、それは、同じ…


変わらない…


やはりというか、つい、気になってしまう…


誰が、誰を、好きなのか、つい、気になってしまう…


自分とは、なんの関係もないと、思いつつ、つい、気にしてしまう…


私は、目の前の、長谷川センセイと、佐藤ナナのやりとりを見て、そう思った…


そして、この二人がうまくいけばと、思った…


結ばれれば、と、思った…


佐藤ナナは、悪いコではない…


ルックスも良く、華やか…


なにより、性格がいい…


これは、長谷川センセイも、また同じ…


この病院に入院して、意識が回復してから、まだ何度も会っていないが、いいひとか、悪いひとか、聞かれれば、間違いなく、いいひとと、答えるからだ…


性格の良い人間同士のやりとりは、傍から見ていても、微笑ましい…


見ていて、気持ちのいいものだ…


私自身は、なにも関係がないが、つい、佐藤ナナに、


「…頑張って…」


と、応援したくなる…


私は、ベッドに、横になりながら、そんなことを、考えた…


同時に、つくづく、ベッドに横たわる病人が、考えることじゃないな、と、思った…


自分の担当の医者のセンセイと、担当の看護師の女性が、うまくいけばいい、と、願う患者が、どこの世界にいるのだろうか?


病人は、自分の病気のことだけを、考えれば、いい…


誰もが、そう思うはずだ…


そう考えると、実に、面白かった(笑)…


なにが、面白いかといえば、自分自身が、面白いのだ…


これが、寿綾乃という女…


自分自身を客観的に見て、そう感じた…


第三者の視点で、見て、思った…


寿綾乃は、タフで、どんなときも、音を上げない…


そんな周囲の評価通りの思考形態だった…


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。