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寿綾乃という女 第2部  作者: トモサン


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寿綾乃という女 第2部 58

…菊池冬馬…


 「…ここが、冬馬のいる病室…」


 ほどなく、諏訪野マミといっしょに、冬馬のいる病室を訪れた…


 感慨深いといえば、実に感慨深い…


 なにしろ、つい先日まで、自分が、入院していた病院に、今度は、病人の見舞いに行くのだ…


 いわば、立場が、真逆…


 180度、違う…


 ただし、本当は、感慨が、それほどなかった…


 なぜなら、建物が、違う…


 私が、諏訪野マミと、訪れたのは、別棟だった…


 以前、私が、入院していたのとは、別の建物だった…


 だから、実は、それほどの感慨はなかった…


 やはり、これは、ありえないが、自分が、入院していた部屋に、冬馬が、入院していれば、違うと、思う…


 つい先日まで、自分が、寝ていたベッドに、菊池冬馬が、寝ている…


 それを見れば、なんだか、不思議な気分になってくるに違いない…


 まるで、私と、冬馬が、入れ替わった気分にでも、なる…


 ホントは、私が、ここで、寝ていて、理事長の冬馬が、見舞いにやって来た…


 そんな、つい最近の出来事を思い出す…


 冬馬は、五井記念病院の理事長…


 そして、私は、五井家、当主、諏訪野伸明の婚約者…


 いや、


 婚約者ではないが、結婚に一番近い女…


 私は、あらためて、そんな自分自身の立ち位置を思い出した…


 そして、そんなことを、考えながら、トントンと、冬馬の入院する、部屋のドアを叩いた…


 「…失礼します…」


 私は、言った…


 だが、


 返事はない…


 私は、隣にいる、マミを見た…


 マミは、構わず、入れと、言わんばかりに、首を縦に振った…


 だから、私は、


 「…失礼します…」


 と、言って、病室のドアを開け、中に入った…


 部屋に、人影はなかった…


 いや、


 ベッドに寝ている、人影を除いて、なかったというべきか…


 私は、諏訪野マミと、病室の中に入り、ベッドに近付いた…


 そこには、スヤスヤと寝ている、菊池冬馬の姿があった…


 まるで、子供のように、無防備な姿で、寝ていた…


 いつもの険のある目が、閉じていることも、あって、一瞬、冬馬には、見えなかった…


 「…せっかく、お見舞いにやって来たのに…」


 傍らのマミが、不平を漏らした…


 「…まさか、寝ているとは、思わなかった…」


 マミが、小さな声で、言った…


 「…せっかく、寿さんまで、連れてきたのに…」


 「…マミさん…これで、いいんですよ…」


 私は、思わず、口に出した…


 「…マミさんが、冬馬さんの願いを叶えて、私を連れてきたことが、後で、わかれば、冬馬さんも、きっと、マミさんに感謝しますよ…」


 そう言いながら、ホントは、冬馬の目が覚めないことが、嬉しかった…


 諏訪野マミに頼まれ、嫌々、冬馬の見舞いにやって来た…


 ホントは、冬馬に会いたくなかった…


 が、


 マミに口説かれ、仕方なくやって来た…


 だから、冬馬と会ったとき、一体、なにを話したら、いいか、わからなかった…


 「…冬馬は、寿さんに、憧れていたから…」


 と、マミは、何度も、私に言ったが、まさか、それを、聞いて、冬馬が、どんな反応を示すか、わからない…


 それは、私にしても、同じ…


 好きでもない、男に、そう言われても、嬉しくも、なんともない…


 いや、


 好きでもないどころか、嫌い…


 ハッキリ言って、虫の好かない男に、好きだと言われても、迷惑なだけだ…


 だから、冬馬の目が覚めないのが、ラッキー…


 運が良かった…


 今日ここに、やって来たことだけで、マミの面子を立てたことになる…


 マミとの約束を守ったことになる…


 マミの面子を立てたと言うのは、もしかしたら、マミが、冬馬に、


 「…寿さんを、連れてきて、やる…」


 と、約束したからかもしれないからだ…


 ふと、そう思った…


 冬馬が、何度も、何度も、私を好きだと言えば、


 「…だったら、今度、連れてきてあげる…」


 と、言っても、おかしくはない…


 ふと、気付いた…


 そして、そんなことを、考えながら、冬馬の寝顔を見た…


 当然のことながら、寝ているのだから、目をつぶっている…


 だから、いつもの険のある目では、ない…


 私とマミは、しばらくの間、無言で、冬馬の寝顔を見ていた…


 やはり、寝ている冬馬の近くで、おしゃべりに、興じることはできない…


 寝ている冬馬が、起きてしまうからだ…


 さすがに、それはできない…


 私と、マミは、しばらく、冬馬の寝顔を見ていたが、それ以外にすることがなかった…


 だから、しばらくすると、マミが、


 「…ちょっと、寿さん…ここにいて…」


 と、私に声をかけた…


 「…私は、この病院の関係者…五井家の人間に挨拶に行ってくる…」


 「…五井家の人間?…」


 意外な言葉だった…


 「…ほら、冬馬が、この病院の理事長を解任されたでしょ? …後任は、まだ決まってないけど、五井家の人間も、理事の中にいて、今日もたぶん、この病院にいると思う…」


 「…病院にいる?…」


 「…寿さん…五井をなんだと思っているの?…」


 「…どういう意味ですか?…」


 「…五井の歴史は、400年…どれほどの子孫がいるか、わからない…」


 「…」


 「…ほら…五井家でも、主要なメンバーは、五井本家と東家だけども、それ以外の五井のメンバーでも、この五井記念病院の理事はいる…」


 考えてみれば、当たり前のことだった…


 この五井記念病院という名前の五井家の名前を冠する大病院に、五井家の人間が、理事長だった菊池冬馬ただひとりということは、ありえない…


 当たり前だが、あと何人いても、おかしくはない…


 「…だから、その人間に、これから、挨拶に行く…寿さん…戻ってくるまで、ここにいて…」


 そう断言するなり、まるで、風のように、諏訪野マミは、この病室から出て行った…


 声をかける暇もなかった…


 いつもながら、行動が素早い…


 私は、呆気に取られて、彼女が出て行った後ろ姿の幻影を追った…


 彼女が、バタンと扉を閉める…


 私は、ひとりぼっちで、この病室に残された…


 正直、どうしていいか、わからなかった…


 正確にいえば、近くに、冬馬がいるのだから、一人きりではない…


 が、


 実際は、一人きり…


 冬馬は、寝ている…


 私はポツンとひとり、病室に残され、どうしていいか、わからなかった…


 いつまでも、立ったままなのは、疲れるので、病室の隅にある、パイプ椅子を見つけて、座ろうとした…


 と、


 そのときだった…


 「…なんだ、来ていたのか?…」


 突然、声がした…


 私は、驚いた…


 まさか、冬馬の目が覚めるとは、思わなかったからだ…


 私は、なんと言っていいか、わからなかったので、とっさに、


 「…ご無沙汰しています…」


 と、言って、冬馬に頭を下げた…


 が、


 冬馬は、なにも、言わなかった…


 「…」


 と、無言だった…


 と、同時に、気付いた…


 冬馬が、私に憧れていたという話…


 アレは、ウソだということに、だ…


 もし、冬馬が、本当に、私に憧れていたのなら、動揺するに違いないからだ…


 自分が、好きだった女が、目が覚めたら、目の前にいる…


 そうなれば、誰だって、嬉しいし、動揺する…


 いきなり、目が覚めて、好きな女が、目の前にいれば、ドキマキする…


 が、


 冬馬には、それがない…


 ビックリするほど、落ち着いている…


 だから、ウソだと、わかった…


 そして、どうして、マミが、そんなウソを言ったのか、考えた…


 当然、マミが、ウソを言った理由がある…


 そして、それは、普通に考えれば、私をこの病室にやって来させるため…


 菊池冬馬の見舞いにやって来させるために、他ならない…


 私は、気付いた…


 「…アンタ…どうして、ここへ?…」


 冬馬が、口を開いた…


 実に、不思議そうだった…


 私は、冬馬さんが、私に憧れていたと聞いたものだから、と言おうとしたが、さすがに、それは、口にできない…


 だから、ただ、


 「…マミさんに誘われて…」


 と、言った…


 「…マミさんに?…」


 「…ハイ…」


 「…で、マミさんは、どこ?…」


 「…今、この病院に勤める五井家の人間に会いに行くと…」


 私の言葉に、冬馬は、


 「…」


 と、なにも、言わなかった…


 しばらく、無言で、ベッドに寝たまま、天井を見上げていた…


 私は、冬馬のその姿を見て、あらためて、自分自身を、思い出した…


 私が、この五井記念病院に、入院していたときが、そうだった…


 ひとりぼっちで、ただ、ベッドに寝たまま、ボンヤリと、天井を見上げていた…


 それを思い出した…


 それから、ポツリと、冬馬が、


 「…アンタ…騙されたな…」


 と、口を開いた…


 「…騙された?…」


 私は、驚いた…


 まさか、騙されるなんて…


 菊池冬馬の私を、見る反応から、冬馬が、私に憧れていることは、ないと、思ったが、騙されたなんて、冬馬に言われるとは、思わなかった…


 「…アンタ…マミさんに、なんて、言われて、ここに、見舞いに来たんだ?…」


 私は、冬馬の直球の質問に、たじろいだというか…


 冬馬が、私に憧れているから、見舞いに、行ってやってと、言うべきか、どうか、迷った…


 「…大方…冬馬は、アンタに憧れてるから、会ってやって欲しいとか、なんとか、いわれたんじゃないか? …アンタ、美人だから…」


 私は、唖然とした…


 見抜いている…


 まさに、その通りの言葉で、マミに誘われた…


 「…マミさんも、性格は、悪くないが、ときどき、余計なことをする…」


 「…余計なこと?…」


 「…ここに、アンタを見舞いに来させたことだ…」


 「…」


 「…アンタ…使われてるよ…」


 「…使われてる…」


 「…マミさんにも、伸明さんにも…」


 仰天の言葉だった…


 驚いた…


 「…どういうことですか?…どうして、私が、使われてるんですか?…」


 「…寿さん…アンタ…癌だよね…」


 いきなり、言った…


 「…はっきり、言って、後何年生きれるか、わからないよね…」


 「…」


 「…そんな女と、結婚したい男が、どこの世界にいるの?…それは、昔から、アンタを知っていて、恋人とか、夫婦だとすれば、いい…でも、途中から知り合って、いくら、アンタが美人でも、それはないんじゃないかな…」


 言われてみれば、当たり前のことだった…


 ひどく、当たり前のことだった…


 「…オレも男だ…美人と知り合って、一晩過ごしたいとか、エッチしたいとかいう感情はある…これは、男女とも同じだろう…でも、結婚は、違う…」


 「…どう違うんですか?…」


 「…男女ともに、相手の人生に寄り添うことになる…」


 「…寄り添う…」


 「…男も女も、相手の面倒を見たり、見られたりすることになる…」


 「…」


 「…それが、伸明さんが、アンタに対して、そこまでするのか、オレは、甚だ疑問だ…」


 冬馬が、激白する…


 たしかに、冬馬の言う通り…


 冬馬の言う通りだ…


 が、


 しかし、今の冬馬の言葉からは、決定的な言葉は、出ない…


 あくまで、


 「…甚だ疑問だ…」


 と、言っているくらい…


 それ以上の言葉を言っていない…


 だから、これは、おそらく冬馬の憶測…

 

 決定的な証拠を掴んでないからかもしれない…


 が、


 だとすれば、どうして、今、諏訪野マミは、私をここへ連れてきた?…


 入院中の冬馬に会わせた…


 謎がある…


 私が、冬馬と、話せば、なにか、自分たちに不利なことを、冬馬が言い出すかもしれない…


 そんなことに気付かない、マミではないはずだ…


 マミは、バカではない…


 あの若さで、五井関連の会社の社長でもある…


 それが、一体なぜ?


 私は、疑問に、思った…


 「…だったら、マミさんは、一体どうして、ここへ、私を来させたんですか?…」


 私は、言った…


 おそらく、冬馬が、答えるとは、思わなかったが、言わずには、いられなかった…


 が、


 冬馬は、答えた…


 「…おそらく、罪悪感からだろう?…」


 「…罪悪感? …どういう意味ですか?…」


 「…マミさんは、アンタが好きだ…でも、アンタを利用している自分が、許せなかったんだろう…」


 「…どういうことですか?…」


 「…諏訪野マミは、五井家の人間…アンタと、五井家のどっちを選べと言われれば、五井家を取る…」


 当たり前のことだった…


 「…だから、マミさんは、オレと、アンタを二人きりにさせたかった…オレが、少しでも、アンタに、この騒動の内訳を話すと期待したんだろう…」


 「…」


 「…それが、マミさんにできる最大限のことだ…マミさんは、五井の前当主の建造氏が、外に作った子供…いわば、半分だけ一族だ…だから、周囲の目もある…それに…」


 「…それに、なんですか?…」


 「…五井東家…」


 「…東家が、どうかしたんですか?…」


 「…もしも、菊池リンが、伸明さんと結婚すれば、マミさんが、東家の当主に就任する可能性が高い…」


 仰天の言葉だった…


 私は、驚いた…


 同時に、その可能性を考えた…


 たしかに、マミは、前当主、建造が、愛人に産ませた子供…


 だが、それを含めて、諏訪野マミは、本家側の人間であることに、間違いはない…


 つまり、現在の五井を支える、五井本家と五井東家の側の一人であることに、間違いはない…


 そして、本家と東家の人間は、わずか…


 もし、東家を、菊池リンが、継がないとすれば、マミにお鉢が回ってきても、おかしくはない…


 普通に考えれば、十分にあり得る話だ…


 私は、考えた…


 「…マミさんも、また五井家から逃れることはできない…」


 冬馬が、うんざりした表情で、語った…


 「…そして、それは、オレも同じ…伸明さんも、リンちゃんも、皆、同じ…」


 「…」


 「…つくづく、因果な一族だ…」


 吐き出すように言った…


 「…伸明さんが、五井情報を、米倉に売った…これは、五井に対する腹いせの部分もある…」


 「…腹いせ?…」


 「…要するに、五井が憎いのさ…五井一族が…」


 「…憎い?…」


 「…だから、わざと、他の一族が、カンカンに、怒るようなことをする…案外、アンタと結婚したいと、周囲に見せているのは、伸明さんの五井に対する復讐かもな…」


 「…復讐?…」


 「…伸明さんは、前当主、建造さんの子供じゃない…だから、当主にはなったが、一族の風当たりが強い…それで、ジキルとハイドではないけれど、伸明さんの表の部分は、必死になって、五井家をまとめようとする…その一方で、五井の足を引っ張ろうとする…将来有望な五井情報を米倉に売るなんて、愚の骨頂だ…」


 冬馬が、吐き出した…


 「…でも、それは、佐藤ナナさんを、五井本家に迎えるためじゃ…」


 「…それにしても、割が合わない…」


 冬馬が、断言する…


 「…いくらなんでも、佐藤ナナを養女にするために、五井情報を売るなんて、どう秤にかけても、割にあわない…」


 「…」


 「…伸明さんの五井に対する負の感情のせいとしか、思えない…」


 冬馬が、激白する…


 私は、そんな冬馬を見ながら、考えた…


 おそらく、これこそが、真相…


 真相に近いのではないか?


 すべて、事実とは、思えないが、まったくのウソとも思えない…


 私は、目の前の冬馬を見ながら、考える…


 そして、聞いていいものか、どうか、悩んだが、ずばりと、


 「…冬馬さんは、どうして?…」


 と、聞いた…


 「…どうして、自殺未遂なんて、起こしたんですか?…」


 直球で、聞きたかった、さすがに、できなかった…


 が、


 私が、口にするまでもなく、


 「…どうして、自殺未遂を起こしたのかって、聞きたいんだろ?…」


 と、冬馬が、勝手に口を開いた…


 私は、冬馬の質問に、


 「…」


 と、なにも、言えなかった…


 たしかに、その通りだが、なにも、答えることができなかった…


 「…原因は、伸明さんの変心だ…」


 意外な言葉だった…


 「…変心?…」


 「…そうだ…さっきも言ったように、伸明さんは、五井家に恨みがある…だから、二律背反というか…矛盾することをする…あれほど、リンちゃんとの結婚を拒否しながら、最近は、一転して、結婚してもいいようなそぶりを見せるようになった…」


 「…」


 「…それまで、リンちゃんとの結婚を断固拒否してきたのが、ウソのように、態度が変わった…」


 「…どうして、態度が変わったんですか?…」


 「…たぶん、それは、昭子叔母様を困らせるためだと思う…」


 「…昭子さんを?…」


 「…伸明さんの感情は、複雑だ…たぶん、寿さんを選んだのも、昭子叔母様を困らせるため…」


 「…どうして、困らせたいんですか?…」


 「…自分が、五井家の当主になったのが、本心では、嫌で、嫌で、堪らなかったんだと思う…」


 「…嫌で、堪らなかった…」


 「…五井家、前当主の血を引かない伸明さんは、当主となっても、なにかと、他の分家から風当たりが強い…だから、自分を当主にしてくれた、建造氏に感謝する反面、恨みの感情もある…でも、それを、建造氏にぶつけることはできない…だから、生みの母の昭子叔母さまに、ぶつける…」


 「…」


 「…つまり、わざと、昭子叔母様が、嫌がることをする…昭子叔母様は、伸明さんに、一族の娘との結婚を望めば、真逆に、一族以外のアンタを選ぶと言い、昭子叔母様が、折れて、アンタとの結婚を了承すれば、今度は、菊池リンと結婚してもいいと、態度を豹変させる…昭子叔母様への当てつけ以外の何物でもない…」


 仰天した…


 そんな背景があるとは、思わなかった…


 いや、


 諏訪野伸明が、そんな人間だとは、夢にも、思わなかった…


 私は、ただただ唖然とした…


 それ以外の言葉が、なかった…


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