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寿綾乃という女 第2部  作者: トモサン


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25/99

寿綾乃という女 第2部 25

ただのお嬢様ではない…


 あらためて、この諏訪野マミという女を見た…


 身長、155㎝と、小柄な女…


 ただ、35歳という年齢にもかかわらず、ミニスカを穿き、それが、また似合っている…


 だから、年齢よりも、若く見える…


 そして、エネルギッシュ…


 誰よりも、精力的…


 小柄だが、エネルギーに満ち溢れている…


 現に、自分より、はるかに、身長の高い、菊池冬馬と、話していても、常に、この諏訪野マミが、会話をリードしていたというか…


 常に、上から目線というか(笑)…


 年齢が、菊池冬馬より、3歳上だから、当たり前なのかもしれないが、やはり、この小柄なカラダにも、かかわらず、リーダーシップに溢れていた…


 私が、そんなことを、考えていると、


 「…寿さん…」


 と、諏訪野マミが、声をかけた…


 「…なんですか?…」


 「…寿さんって、つくづく不思議なひとね…」


 「…不思議? どうしてですか?…」


 「…欲がない…」


 「…欲ですか?…」


 「…重方(しげかた)さんが、そうだけど、五井一族でありながら、より大きなお金…大きな権力を目指す…誰もが、羨む、生まれながらのお金持ちにもかかわらず、もっと上を目指す…」


 「…」


 「…でも、寿さんは、それがない…昔の言葉でいえば、足るを知るというのかな…必要以上に、背伸びしないというか…」


 「…生きてさえいければ、それで、満足です…」


 「…満足…」


 「…衣食住、事足りていれば、満足です…」


 「…」


 「…私は、凡人です…お金持ちの家に生まれたわけでも、ありません…人並みに働き、人並みの生活を送れれば、それで、十分です…」


 私の言葉に、諏訪野マミは、黙り込んだ…


 そして、しばし、考え込んだ…


 「…寿さんが、それを本気で、言っているのが、わかる…」


 「…本気…ですか?」


 「…ええ…ウソを付いていれば、誰でもわかる…寿さんは、本気で言っている…だから、伸明さんにも、昭子さんにも、そして、和子さんからも、信頼を得られる…」


 「…」


 「…誰もが、上昇志向の塊というわけじゃないけど、金持ちと知り会えば、結婚したくなるのが、人情…でも、寿さんには、それがない…いつも、平常心というか…」


 「…そんな買いかぶり過ぎです…私は、自分を知っているだけです…」


 「…そう…たしかに、自分を知らない人間が、世の中には、多すぎる…」


 意味深に笑う…


 「…重方(しげかた)さんが、その代表…」


 「…重方(しげかた)さんが?…」


 「…五井家に生まれたから、五井の関連の会社の社長になれたし、それを足掛かりにして、国会議員にもなれた…すべては、五井ありき…五井を土台にして、成り上がった…」


 「…」


 「…それで、十分…十分、人並み以上…いえ、なにもしなくても、五井に生まれた以上、十分、人並み以上の生活を送れる…にも、かかわらず、上を目指す…」


 「…」


 「…ホント、人間の欲望には、キリがない…重方(しげかた)さんは、五井がなければ、ただの凡人…とりたてて、優れてもなければ、劣っているわけでもない、まったくの凡人…普通のひと…」


 「…」


 「…でも、そんな凡人だからかな…上を目指す…あの冬馬だって、重方(しげかた)さんには、無理だって、わかってるのに…」


 私は、諏訪野マミの重方(しげかた)の評価に、言葉もなかった…


 辛辣といえば、あまりにも、辛辣…


 この上ない、辛辣な評価だったからだ…


 「…もしかしたら…」


 「…なんですか?…」


 「…もしかしたら、寿さんが、新鮮なのかもしれない…」


 「…どういう意味ですか?…」


 「…伸明さんも、昭子さんも、金目当ての人間や、上昇志向の強い人間に辟易(へきえき)している…そんなときに、寿さんに、会った…」


 「…」


 「…だから、言葉は悪いけど、伸明さんにとっても、昭子さんにとっても、寿さんのような人間は、会ったことがないんじゃないかな…それゆえ、新鮮に感じるし、興味深く、感じる…」


 「…」


 「…誰もが、そう…見たことのない人間は、驚くし、最初は、新鮮に感じる…」


 「…」


 「…でも、それは、最初だけ…すぐに、中身が問われる…」


 「…」


 「…寿さんには、その中身がある…」


 諏訪野マミが、断言した…


 私は、驚いた…


 これまで、32年、生きてきて、そんなふうに、言われたことは、一度もなかったからだ…


 私に対する評価と言えば、常にルックスに関するものだった…


 単純に、キレイとか、美しいとか、いうものだった…


 そう言われるのは、正直、嬉しいが、さりとて、そればかり、いつも言われても…


 お腹いっぱいだ(笑)…


 そして、今のように、歳を取れば、取るほど、容色が衰える不安に襲われる…


 キレイだ…


 美人だ…


 と、言われ続けるのは、嬉しいが、誰でも、二十歳のときの美しさを保てる人間は、いない…


 歳を取れば、容色が衰え、結局は、自分にあるものと、言えば、ルックスだけということを、思い知らされる…


 三十歳では、まだ、男に声をかけられるが、四十歳では、無理…


 至極、当たり前のことだ…


 そして、自分が、神様から与えられた、ただ一つの武器である、ルックスが、衰えたときは、どうすれば、いいのか、不安になる…


 自分には、美人という武器しか、与えられていないからだ…


 が、


 世の中の大半の人間は、なにも与えられていない…


 それを、思えば、自分は、十分過ぎるほど、恵まれている…


 ルックスという武器を、神様から、与えられた…


 ただし、そのルックスは、時間と共に、衰える…


 変な話、それは、魔法に似ている…


 若さという魔法が効いているときは、誰もが、憧れるが、若さが、なくなれば、魔法が解けるからだ…


 魔法が解ければ、美人もなにもない…


 ただのオバサンだ(涙)…


 同年代の女たちが、集まれば、私が、一番かもしれないが、それは、同年代の女たちの集まりだから…


 四十歳の女と、二十歳の女を見れば、誰もが、普通は二十歳の女を選ぶ…


 まあ、四十歳の、とんでもない美人と、二十歳のブスな女を比べれば、話は、変わるが、普通は、四十歳の女が、二十歳の女に勝てることは、まずない…


 これが、現実だ…


 が、


 欲を言えば、ルックスではなく、お金持ちの家に生まれたり、頭が良く、生まれたかった…


 なぜなら、ルックスは、若さがなくなれば、衰えるが、お金持ちの家に生まれたり、頭が良く生まれたりするのは、年齢に左右されないからだ…


 ルックスのように、若さがなくなれば、ダメということはなくなる…


 ただし、街を歩いていて、見ず知らずの人間から、


 「…キレイなひとね…」


 と、囁かれるような、優越感は、得られない…


 美人や、イケメンに生まれて、もっとも、嬉しいのは、見ず知らずの人間から、褒められることだ…


 羨ましがられることだ…


 頭の良さも、金持ちの家に生まれても、この優越感は得られない…


 頭の良さも、金持ちの家に生まれても、一目見るだけでは、誰にもわからないからだ…


 とりわけ、頭の良さは、わからない場合が多々ある…


 話していて、簡単にわかる場合も、多いが、わからない場合も、また多い(笑)…


 つまりは、東大や京大を卒業しても、街を歩いていて、背中に、東大卒や、京大卒の、大きなステッカーでも、貼っていなければ、誰にも、わからないということだ(笑)…


 私は、思った…


 そして、そんなことを、考えながら、諏訪野マミを見た…


 …中身がある…


 というのは、これまで、言われたことのない誉め言葉だった…


 が、


 どうして、そんなことを、言ったのか、諏訪野マミに聞きたかったが、止めた…


 聞いても、本当のことを言うのか、怪しいからだ…


 諏訪野マミは、私が、心を許した、伸明を除けば、唯一の人間だったが、やはりというか、心の底から、信用することができない…


 残念ながら、それが、真実だった…


 

 それから、いつのまにか、菊池重方(しげかた)の、菊池派の立ち上げの話題が、世間から消えた…


 一切、しなくなった…


 おそらく、菊池重方(しげかた)が、菊池派の立ち上げを断念したのか、あるいは、断念する寸前にまで、追い込まれたのだろうと、思った…


 推測した…


 先日の諏訪野マミや、諏訪野伸明、さらには、重方(しげかた)の息子の冬馬からの話を聞く限りは、失礼ながら、どうあがいても、菊池重方(しげかた)に、勝ち目はない様子だった…


 なにより、もっとも、身近な親族である、自分の息子に、勝ち目がないと見られているのは、最悪だった…


 普通ならば、親族ならば、どうしても、評価が甘くなる…


 にもかかわらず、勝ち目がないと、酷評されたのだ…


 重方(しげかた)の評価は、推して知るべしだった…


 一方、私はと言えば、だいぶ、体調が回復してきた…


 あの日、諏訪野マミがやって来て、


 「…寿さん…歩いてみて…」


 と、言われて、歩いたときは、最悪だった…


 が、


 あの日以降は、目に見えて、体調が回復した…


 今では、自分一人でも、なんとか、ベッドから降りで、松葉杖をついて、リハビリルームに行くぐらいなら、頑張れば、できるようになった…


 といっても、現実には、いつも、看護師の佐藤ナナが、私の隣にいた…


 だから、安心したというか…


 やはり、歩けるようになったといっても、一人では、不安…


 心細い…


 佐藤ナナの顔を見ると、安心した…


 それに、気付いたのだろう…


 私が、佐藤ナナの顔を見ると、


 「…寿さん…私のことを好きみたいですね…」


 と、いたずらっぽく、笑った…


 まだ二十二歳の佐藤ナナは、肌は浅黒いが、華やかな印象の東南アジア系のハーフ…


 なにより、笑顔が、チャーミングだ…


 純粋の日本人では、彼女のように、魅力的にはなれない…


 これは、まるで、ハワイか、どこかで、ビキニ姿の彼女と、出会えば、一気に、恋に落ちる…


 そんな感じだった…


 なにしろ、純粋な日本人にはない、華やかさがある…


 本人が、自分をどう思っているのか、さっぱりわからないが、この華やかさ、こそ、彼女の武器だった…


 佐藤ナナの圧倒的な武器だった…


 「…ええ…好き…」


 私は、彼女の質問に、答えた…


 「…きっと、私が、男のひとで、若ければ、佐藤さんを一目見て、恋に落ちたに違いないわ…」


 私の言葉に、佐藤ナナは、


 「…そんな…おおげさな…」


 と、顔を赤らめた…


 「…寿さん…私のことを、買いかぶり過ぎです…」


 「…そんなことはない…佐藤さんは、魅力的過ぎる…」


 私の言葉に、


 「…寿さん…私をからかってるんでしょ?…」


 と、佐藤ナナが、怒った…


 「…からかう? …とんでもない…」


 「…だったら、バカにしている…」


 佐藤ナナが、私を睨んだ…


 私と彼女は、病院の廊下で、リハビリルームに向かう途中だった…


 その廊下で、ふと、立ち止まって、会話していた…


 私は、彼女を褒めたつもりだったが、彼女は、バカにされたと、思ったらしい…


 それは、彼女の肌の色が、浅黒いから、それが、コンプレックスになり、素直に、私の言葉を、受け取れないのだ…


 たしかに、東南アジア系と日本人との間のハーフなので、日本人の中にいれば、肌が、浅黒いので、目立つ…


 しかしながら、黒人のように、黒くはないし、純粋な日本人としても、彼女のように、肌の黒い人間は、稀にいる…


 なにより、若さ…


 まだ二十二歳の佐藤ナナは、三十二歳の私の目からしても、十分、輝いていた…


 おそらくは、人生のピークの輝きに違いない…


 若さが、その浅黒い肌を、むしろ、魅力的に見せていた…


 これが、十年後の、私と、同じ年齢では、その魅力は、半減する…


 「…佐藤さん…」


 「…なんですか?…」


 「…外へ行きましょう…」


 いきなり、私は、言った…


 「…外へ?…」


 「…リハビリもいいけど、たまには、外へ出たい…この病院の外へ出て、新鮮な空気を吸ってみたい…」


 「…」


 「…お願いできる?…」


 「…わかりました…」


 彼女は、私の提案を了承した…


 私としては、逃げるつもりは、なかったが、ここで、佐藤ナナと、口論になるのは、嫌だった…


 なんといっても、今、私と佐藤ナナがいるのは、五井記念病院の廊下…


 病院の廊下で、言い争う愚は避けたい(苦笑)…


 私は、とっさに、外へ出ましょう、と、提案したが、これは、我ながら、妙案だった…


 というのは、私は、まだ、この病院に入院して以来、外へ出たことが、一度もなかったからだ…


 病室の窓から、ぼんやりと、外を眺めることは、あったが、外へ出たことは、一度もなかった…


 私は、元々アウトドア派でも、なんでもなかったが、やはり、この病院の中だけに、閉じこもっているのは、嫌だった…


 だから、外へ出ると言ったのは、正解だった…


 私と、佐藤ナナは、お互い、黙ったまま、外へ向かった…


 黙っていたのは、私が、松部杖をついて歩いているときは、佐藤ナナに話しかける余裕がなかったからだ…


 そして、佐藤ナナもまたプロの看護師…


 私が、一生懸命、松葉杖をついて、歩いている最中に、私に話しかけるのは、遠慮したのだ…


 一生懸命、松葉杖をついて、歩く、私に話しかけても、答える余裕は私にはない…


 それが、わかっていたからだ…


 エレベーターに乗り、二人とも、黙ったまま、外へ向かった…


 外、外と、言っても、ただ、病院の建物から、一歩、外へ出ただけだ…


 が、


 その一歩を、まだ、この病院に入院して以来、踏み出したことがなかった…


 私は、病院の外へ、一歩踏み出しただけで、開放感というと、おおげさだが、なんだか、別世界へと、飛び出した気分というか、一気に視界が開けたというか…


 思えば、ここまで、回復したという気持ちだった…


 そう考えると、自然と、頬を涙が伝わった…


 自分でも、自分が、泣いていることが、意外だった…


 自分が、涙を流していることが、意外だった…


 私の波を見て、


 「…鬼の目にも、涙ってやつですね…」


 と、佐藤ナナが茶化した…


 が、


 佐藤ナナは、別に、私をからかっているわけでも、なんでもなかった…


 これまで、ベッドの上で、寝ているだけの毎日だった私が、やっと、歩けるようになり、ようやく、今、外へ出れることができた…


 その喜びを、誰よりも、わかっていた…


 また、もし、わからなければ、看護師は、できないだろう…


 患者の痛みを共有することが出来なければ、看護師は、務まらない…


 なにより、患者の痛みに寄り添えなければ、それは、看護師の態度に出て、病院に、苦情がいくだろう…


 私は、思った…


 「…やっぱり、外はいいわ…」


 私は、外の景色を眺めながら、呟いた…


 とりたてて、なんの変哲もない光景だったが、今の私を十分、満足させるものだった…


 ただ、病院の外に、整備された庭がある…


 それだけだった…


 だが、それが、私には、嬉しかった…


 思えば、こうして、外へ出たのは、何か月ぶりだろうか?


 考えた…


 最後に、外へ出たのは、あのジュン君の運転するクルマで、轢かれたとき…


 あの日以来だ…


 三か月は、優に経つ…


 三か月は、時間にしては、決して長くはないが、その三か月の間に、色々あり過ぎた(苦笑)…


 冷静に考えてみれば、私がこれまで、三十二年間、生きてきた中で、もっとも、変化にとんだ三か月ということになる(苦笑)…


 私は、佐藤ナナと、いっしょに、ゆっくりと、病院の庭を歩いた…


 その庭は、当たり前だが、豪華…


 豪華絢爛だった…


 まさに、五井の名前にふさわしい…


 日本中に名の知れた五井家の名前を冠した、五井記念病院にふさわしい庭園だった…


 今さらながら、五井の実力を思った…


 そして、諏訪野伸明…


 五井家当主…


 私は、本当に、諏訪野伸明と結婚できるのだろうか?


 こんな凄い病院を、系列に持つ、大金持ちの、五井家当主と結婚できるのだろうか?


 ふと、疑問になる…


 シンデレラではないが、本当に、王子様と、結婚できるのか?


 不安になった…


 私が、そんなことを、考えていると、


 「…本当…凄い病院ですね…」


 と、佐藤ナナが、言った…


 私は、黙って、頷いた…


 私が、なにか、言うよりも、佐藤ナナが、なにを言うのかの方が、興味があったからだ…


 「…長谷川センセイは、こんな凄い病院の理事長と、仲良しなんですね…」


 「…」


 「…そして、寿さんは、その理事長の親族である、五井家当主と結婚する…」


 「…」


 「…凄いですね…」


 「…なにが、言いたいの?…」


 「…別に…」


 佐藤ナナは、黙った…


「…座りましょう…」


 と、私は言って、近くのベンチに座った…


 佐藤ナナも、隣に座った…


 それから、少しして、


 「…羨ましい…」


 と、佐藤ナナが、本音を吐いた…


 私は、どう言っていいか、わからないから、


 「…」


 と、黙った…


 「…寿さんが、羨ましい…こんな美人に生まれて、こんな凄い病院の一族のひとと、結婚する…」


 「…」


 「…まるで、シンデレラ…」


 私は、どう答えていいのか、わからないから、


 「…」


 と、黙っていた…


 私は、二人が座るベンチの周囲を見た…


 近くで、中年の紳士が、立っていた…


 「…寿さんは、一体、自分をどう思ってるんですか?…」


 「…どうって?…」


 「…こんな凄い、お金持ちの一族と結婚することを…」


 私は、彼女の言葉に、しばし、考え込んだ…


 そして、口を開いて、出た言葉は、


 「…わからない…」


 だった…


 「…わからないって? …どうして、わからないんですか?…」


 「…ひとの運命って、わからないものよ…」


 「…そんな言い方って…逃げないで下さい…」


 「…別に逃げてない…」


 私は、言った…


 「…佐藤さんは、まだ若すぎる?…」


 「…どういう意味ですか?…」


 「…自分で、努力をすれば、運命を切り拓けると、思っている…」


 「…」


 「…でも、そう思うのは、若いときだけ…」


 「…どういう意味ですか?…」


 「…例えば、佐藤さんが、私の代わりに、諏訪野伸明さんと、結婚したとする…」


 「…私が…ですか?…」


 「…でも、伸明さんとうまくいかなくなったりして、離婚したり…あるいは、五井が、潰れるとまでは、いかなくても、縮小して、これまでのような贅沢は、できなくなるかもしれない…」


 「…そんなこと?…」


 「…誰もないとは、断言できない…佐藤さん…東大って、知ってる?…」


 「…東大? 大学ですか?…」


 「…そう…東京大学…日本で、一番、入るのが、難しい大学…その大学の出身者で、評論家の森永卓郎さんという方が、いる…その方が、おっしゃるには、ボクと、同年代で、東大を卒業して、うまくいった人間は、二割ぐらいだと…」


 「…二割?…」


 「…そう…20%…びっくりするほど、少ないでしょ?…」


 「…」


 「…森永さんは、60歳ぐらい…日本で、一番の大学を卒業しても、二割の人間しか、成功しない…びっくりでしょ?…」


 「…」


 「…誰だって、東大を卒業したときは、有頂天…自分は、社会で、成功すると、大半の人間が、思ってると思う…まして、森永さんが、卒業したのは、40年も前だもの…でも、今、成功したと、いえるのは、わずか、20%…5人に1人だけ…」


 「…」


 「…どうしてだか、わかる?…」


 「…わかりません…」


 「…一番は、たぶん、職場…いくら東大を出ても、どんな会社でも受かるわけでもない…いざ、入ってみて、仕事や職場が、自分になじめない場合は、多々ある…そうすれば、東大卒の肩書は、通用しない…仮に東大を出ても、佐藤さんよりも、使えない人間は、いっぱいいる…」


 「…そんなこと…」


 「…つまり、それが運命…会社に就職しても、それが、自分に合うかどうかは、誰にもわからない…職場の雰囲気や仕事が合えば、いいけど、合わなければ、悲惨…」


 「…」


 「…結婚も同じ…」


 「…同じ?…」


 「…この後、私は、諏訪野伸明さんと結婚しても、うまくいくか、どうかは、私にも、わからない…」


 「…」


 「…たぶん、それは、伸明さんも、伸明さんのお母様の昭子さんも、わかってる…」


 「…」


 「…人生は、誰も思うようには、いかない…予定された人生なんて、どこにもない…大半のひとの人生は、若いときに夢見たほど、うまくいかない…稀に、自分が、想像もしてなかったほど、うまくいくひとがいる…たぶん、それが私…」


 「…寿さん…」


 「…でも、病気は治らない…諏訪野伸明さんと結婚しても、あと何年生きれるか、わからない…それを思えば、プラマイゼロ…」


 「…プラマイゼロ?…」


 「…お金持ちと結婚できるのが、プラスだとしたら、病気は、マイナス…それを合わせて、計算すれば、ゼロ…良くも悪くもない…」


 「…」


 「…佐藤さんが、誰の指金で、動いているのかは、なんとなくわかる…」


 私の指摘に、佐藤ナナの顔色が変わった…


 「…だから、私も、佐藤さんに、外へ出ましょう、と、誘ったの…」


 「…」


 「…この方が、お互い、都合がいいでしょ?…」


 私は、笑った…


 「…病院の中にいるよりも、目立たない…いえ、目立つかもしれないけど、こうして、ベンチに腰掛けて、話していれば、わからない…ねえ…そこのひと…」


 私は、私と佐藤ナナが、腰掛けるベンチの近くに立った、すらりとした紳士に、話しかけた…


 当たり前だが、その紳士は、反応しなかった…


 私は、


 「…菊池重方(しげかた)さんと、お呼びすれば、いいんでしょうか?…」


 と、わざと、言った…


 紳士が、私の方を見た…


 その紳士の顔は、明らかに驚いていた…


 私が、菊池重方(しげかた)と、呼んだのが、図星だと、証明していた…


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