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寿綾乃という女 第2部  作者: トモサン


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寿綾乃という女 第2部 24

「…寿さん?…」


 冬馬が、驚きの声を上げた…


 私が、その声で、慌てて、冬馬の顔を見上げると、冬馬が、驚いていた…


 私は、なにか、言おうとしたが、それより、先に、


 「…冬馬!…」


 と、諏訪野マミが、冬馬の名前を呼んだ…


 冬馬の顔が、驚いた…


 「…マミさん? 来ていたの?…」


 諏訪野マミが、


 「…冬馬が、寿さんが、歩けると言っていたから、ぜひ、この目で見たくて…」


 と、言うと、菊池冬馬は、


 「…なるほど…」


 と、合点がいった様子だった…


 「…でも、予想以上に、大変みたい…冬馬、手伝ってあげて…」


 「…手伝う? …なにを?…」


 「…寿さんを、元の病室に戻す手伝い…私では、寿さんを支えられるかどうか、わからないから…」


 「…わかりました…」


 冬馬は言った…


 それから、


 「…寿さん…もう十分…寿さんが、歩けるのは、十分わかった…だから、部屋に戻りましょう…」


 諏訪野マミが、まるで、私に頼み込むような調子で、言った…


 私は、変に意固地になるのは、嫌だったので、


 「…わかりました…戻りましょう…」


 と、答えた…


 「…スイマセン…理事長…私が、倒れたりしたら、起こして下さい…」


 「…わかりました…」


 私は、その言葉にホッとした…


 正直、菊池冬馬は、嫌いだったが、今は、そんなことは言っていられない…


 それよりなにより、真逆に、菊池冬馬が、いて、安心した…


 長身の菊池冬馬が、身近にいれば、なにか、あったときに、私を支えられる…


 諏訪野マミでは、正直、安心できない…


 内心、そう思っていると、


 「…肩を貸しましょう…」


 いきなり、冬馬が言った…


 「…マミさん…寿さんの松葉杖を持って下さい…」


 と、諏訪野マミに言って、私から、松葉杖を取り上げた…


 「…安心してください…寿さんを支えるぐらいのことはできます…」


 そう断言すると、私の肩を組んだ…


 「…この方が、楽です…」


 冬馬が、断言する…


 「…ボクが、ゆっくりと、歩きます…寿さんは、ボクに歩調を合わせて下さい…また、早すぎるときは、言って下さい…」


 「…わかりました…」


 私は、菊池冬馬に肩を抱かれながら、廊下を歩いた…


 いやはや、我ながら、予想外の展開だった…


 まさか、菊池冬馬に肩を抱かれて、病室に戻ることになるとは、想像もできなかった…


 我ながら、想定外…


 完全な想定外だった…


 だが、拒否することはできなかった…


 なぜなら、思ったよりも、私は、疲労困憊していた…


 疲れ切っていた…


 だから、松葉杖をついて、自分の力で、病室に戻るよりも、冬馬の肩を借りて、戻る方が、楽だったからだ…


 菊池冬馬は、思いのほか、ゆっくりと、私に合わせて、歩いてくれた…


 これは、驚きだった…


 もっと、自分勝手に、自分のペースで、歩くと思っていたから、意外だったというか…


 諏訪野伸明から、冬馬の悪評? と、聞いていたから、実に、意外だった…


 私は、菊池冬馬に支えられながら、病室に戻った…


 そして、病室のベッドに座ったときに、心の底から、ホッとした…


 「…理事長…ありがとうございました…」


 その言葉が、心の底から出た…


 「…どういたしまして…」


 冬馬が、仏頂面で、言った…


 やはりというか、その顔は、冷ややかだった…


 これまで、わずかの時間だが、いっしょに、肩を組んで歩いてきたとも、思えないほど、他人行儀だった…


 …嫌な男だ…


 私は、あらためて、思った…


 本当は、ここに、座るまで、いっしょに、肩を組んで、ここまで、連れてきて、くれたので、感謝の気持ちで、一杯だった…


 これまで、お世辞にも、菊池冬馬に、良い印象を持ってなかったので、なおさらだった…


 だが、そんな感謝の気持ちも、きれいに、吹っ飛んだというか…


 相変わらず、嫌なヤツだと、思った…


 すると、


 「…冬馬、感じ悪い…」


 と、近くで、声がした…


 当たり前だが、声の主は、諏訪野マミだった…


 「…なに、寿さんに、ケンカ売ってんの?…」


 諏訪野マミが、叱責する…


 「…冬馬、今、寿さんが、冬馬に、ありがとうございますと、お礼を言ったんだよ…」


 「…それは、わかってます…だから、ボクも、どういたしまして…と、返しました…」


 「…冬馬…アンタの言葉には、感情がこもってないの…まるで、ただセリフを棒読みするだけ…」


 「…」


 「…アンタは、寿さんを、好きじゃないかもしれないけど、それとこれとは、別…寿さんに、謝りなさい…」


 「…どうして、ボクが、謝るんですか? …ここへ、寿さんを、連れてきたのは、ボクですよ…」


 「…その感じ悪い態度よ…どうして、寿さんに、そんな態度を取るの…」


 諏訪野マミの質問に、


 「…」


 と、菊池冬馬は、答えなかった…


 が、


 諏訪野マミは、その原因に、気付いたようだった…


 「…原因は、昭子さんね…」


 が、


 またも、菊池冬馬は、


 「…」


 と、なにも、答えなかった…


 「…昭子さんが、重方(しげかた)さんを、追放しようとしているのに、寿さんが、関係していると、思ってるんでしょ?…」


 諏訪野マミが、意外なことを言った…


 「…重方(しげかた)さんが、今、追い込まれているのは、ある意味、自業自得…昭子さんに、自分の派閥を作るような真似はするな、と、さんざん釘を押されたでしょ? それを無視して…」


 「…」


 「…昭子さんは、重方(しげかた)さんの力量を見て、言ってるの…そもそも、昭子さんは、重方(しげかた)さんが、政治家になるのだって、反対したはず…」


 「…」


 「…とにかく、重方(しげかた)さんの今の状況は、自業自得…大場小太郎の実力を過小評価し過ぎた報いというか…」


 と、諏訪野マミが、さんざん、冬馬の父、重方(しげかた)をこき下ろした…


 冬馬は、最初、黙って、その言葉を聞いていたが、やはりというか、ついに堪忍袋の緒が切れたようだ…


 諏訪野マミが、言い終えると、


 「…マミさん…それは違う…」


 と、いきなり、言った…


 「…なにが、違うの?…」


 「…オヤジは、関係ない…」


 「…ウソッ!…」


 「…ウソじゃない!…」


 冬馬が、声を荒げた…


 「…オヤジが、追い込まれてるのは、マミさんが、言うように、自業自得…オヤジは、ボクから見ても、わきが甘いというか、自己認識が、甘すぎる…オヤジは、息子のボクから見ても、決して、人望がある人間じゃない…それが、周囲におだてられて、自分の派閥を立ち上げようとするなんて、愚の骨頂だ…バカげている…」


 冬馬が、あまりにも、意外なことを言った…


 「…オレが嫌いのは、アンタのせいだからだ…」


 いきなり、私を指さした…


 「…私のせい?…」


 「…リン…菊池リンちゃんも、アンタのせいで、自分から、伸明さんの前から、消えざるを得なかった…」


 「…どういう意味?…」


 「…菊池リンちゃんは、別に、伸明さんを嫌いでも、なんでもない…」


 「…」


 「…でも、昭子さんが、伸明さんの結婚相手として、寿さんを、推す以上、自分が、近くにいては、迷惑になるんじゃないかと、思って、海外に行ったんだ…」


 あまりにも、意外な事実だった…


 「…でも、それと、寿さんを嫌うのは、筋が違うでしょ?…」


 「…それは、わかっている…でも、寿さんが、現れなきゃ、リンちゃんも、海外に行くことは、なかったし、オヤジも、追放されるような事態には、ならなかったかも…」


 「…どういう意味?…」


 「…伸明さんが、当主になる上で、オヤジは、以前から、昭子さんの目の上のタンコブだった…オヤジは、軽いというか、息子である、ボクの目から見ても、軽挙妄動が過ぎるというか…」


 「…」


 「…だから、伸明さんが、キチンと、結婚する前に、オヤジを、五井家から、正式に追放したかったんだと、思う…」


 「…」


 「…ハッキリ言って、オヤジは、五井家にとって、目の上のタンコブ…五井家にいてもらっては、困ると、昭子叔母様は、考えたんだと思う…だから、伸明さんの結婚を契機に、オヤジに引導を渡したというか…」


 「…だから、アンタは、寿さんを、嫌ったんだ…」


 諏訪野マミが言った…


 そして、その言葉で、どうして、この菊池冬馬が、私を嫌うのか、納得したというか…


 ようやく、私を嫌う理由がわかった…


 「…でも、冬馬…それは、寿さんに対する、逆恨みでしょ? 寿さんが、アンタや、重方(しげかた)さんに、なにかをしたわけじゃないでしょ?…」


 「…それは、そうだけど…」


 「…冬馬…アンタは、五井家に、残りたいの? それとも、出たいの?…」


 「…出たくはない…けど…」


 「…けど…なに?…」


 「…昭子叔母様が、ボクを五井家に残してくれるか、どうかは、わからない…」


 「…だから、アンタは、菊池リンを、海外から、帰国させたわけ…菊池リンが、自分と結婚して、リンちゃんの祖母の和子さんと、昭子さんの姉妹の仲を裂こうとしたでしょ?…」


 「…」


 「…アンタが、そうしようとした気持ちはわからないわけじゃない…でも、いちいち、やることなすこと…昭子さんの癇に障ることだって、わからないの?…」


 諏訪野マミの言葉に、冬馬は、


 「…」


 と、無言だった…


 言葉もなかった…


 「…昭子さんも、簡単に冬馬を追放しようとは、思ってないんじゃないかな…」


 「…どうして、そう思うんですか?…」


 「…重方(しげかた)さんは、追放しても、五井東家は、潰せない…だから、簡単に冬馬を追放するわけには、いかないと思う…」


 諏訪野マミの言葉に、


 「…」


 と、冬馬は、黙り込んだ…


 考え込んだ…


 「…なにより、五井東家は、昭子さんと、和子さんの実家…潰すことは、ないんじゃないかな…」


 「…」


 「…少なくとも、私は、そう思う…」


 諏訪野マミの言葉に、冬馬は、考え込んだ…


 が、


 しばしの沈黙の果てに、口を突いて、出た言葉は、


 「…甘い…」


 だった…


 「…昭子叔母様は、そんな甘い人間じゃない…」


 「…どうして、そう思うの?…」


 「…菊池リン…彼女の扱いです…」


 「…どういうこと?…」


 「…彼女に海外にでも出て、羽を伸ばして、少しは、世間の風を知ってみては、どうか?と、勧めたのは、昭子叔母様です…」


 「…昭子さんが…」


 「…要するに、寿さんとの結婚の邪魔になると、踏んで、伸明さんの前から、姿を消させたんです…」


 「…そんなこと…」


 「…昭子叔母様は、怖いです…」


 菊池冬馬が言った…


 「…五井家を守るためなら、どんなことも、いとわない…五井東家だって、なくしたって、構わないと思ってるんじゃないかな…」


 「…」


 「…たしかに、マミさんの言う通り、ボクが、寿さんを恨むのは、逆恨みかもしれない…でも、伸明さんの結婚を機に、一気に、五井家の体制を整えようと、昭子叔母様が、画策しているのは、事実…」


 「…」


 「…おそらく、それは、昭子叔母様の夫だった、建造叔父様の意思でも、あるんじゃないかな…」


 「…父の?…」


 「…建造叔父様も、五井家のさまざまな矛盾というか、欠陥に気付いていたが、直すことはできなかった…でも、今は、オヤジが、自民党で、菊池派を作るなんて、バカなことを言いだしたから、ちょうどいいチャンスだと思ったんじゃないかな…」


 「…そんなことが…」


 諏訪野マミが、絶句する…


 「…ボクも、自分の立ち位置は、わかってるつもりだし、変にオタオタしたくはない…」


 「…」


 「…変に気張ることなく、この五井記念病院の理事長としての職務は、全うするつもりです…」


 そう言うと、冬馬は、あっけなく、病室を出て行ってしまった…


 私も、諏訪野マミも、声をかけることができなかった…


 声をかける間もなく、病室を出て行って、しまったからだ…


 私と、諏訪野マミは、お互いに、黙ったまま、顔を見合わすだけだった…


 それから、しばらくして、諏訪野マミが、


 「…行っちゃった…」


 と、呟いて、苦笑した…


 「…もう、ちょっと、ここへ、いてもらいたかったのに…」


 諏訪野マミが続ける…


 「…なにか、理事長に、話したいことでも、あったんですか?…」


 「…寿さん…勘がいい…」


 「…」


 「…大場小太郎よ…」


 「…大場小太郎…ですか?…」


 「…大場小太郎が、菊池重方(しげかた)のネガティブキャンペーンの黒幕であることは、寿さんも、気付いているでしょ?…」


 「…それは…」


 私は、曖昧に、言葉を濁した…


 「…その、大場小太郎には、当然、昭子さんも付いている…」


 …やはり、そうか?…


 私は、思った…


 菊池重方(しげかた)を潰すのに、やはり、昭子は、大場小太郎と、タッグを組んでいるということか…


 「…昭子さんは、菊池重方(しげかた)を、本気で、五井家から追放しようと、している…このまま、重方(しげかた)さんが、五井家にいては、いずれ、伸明さんの邪魔になると、考えてるから…」


 「…」


 「…でも、大場先生は、そこまで、しない…」


 「…どういうことですか?…」


 「…重方(しげかた)さんが、独立を諦めて、矛を収めれば、菊池派に戻っても、構わないと、考えてる…」


 「…マミさん…どうして、それを…マミさんは、大場小太郎を知ってるんですか?…」


 「…ええ、知ってる…これは、伸明さんも、いっしょ…」


 「…伸明さんも…」


 驚いた…


 いや、


 驚くのは、間違い…


 先日、伸明と会ったとき、大場小太郎の話題になった…


 そのとき、伸明は、


 「…大場先生…」


 と、何度も呼んだ…


 普通に考えて、


 「…大場先生…」


 と、呼ぶのは、面識がある証拠…


 どのくらい親しい関係か、わからないが、まったく面識のない人間に向かって、


 「…大場先生…」


 と、普通は、言わない(笑)…


 「…寿さん…私が社長だったってこと、忘れてるでしょ?…」


 …そうだ…


 …忘れていた…


 この諏訪野マミも会社を経営していた…


 父の建造の援助で、五井家の関連会社の一つを、経営していた…


 すっかり、忘れていた(苦笑)…


 「…私も、伸明さんも、昔から、大場先生と、面識がある…当然、昭子さんも…」


 「…」


 「…だから、今回の重方(しげかた)さんへのバッシングは、当たり前だけれども、二人が、結託していると思って間違いない…ただ…」


 「…ただ…なんでしょうか?…」


 「…大場先生と昭子さんには、温度差がある…」


 「…どういうことですか?…」


 「…さっきも言ったように、昭子さんは、重方(しげかた)さんを、追放しようとしているけれども、大場先生は、そこまでしない…」


 「…どうして、しないんですか?…」


 「…五井家の金に決まってるでしょ?…」


 「…」


 「…今回、重方(しげかた)さんが、菊池派の立ち上げを断念すれば、大場派に出戻りという形になるから、この後、大場先生に頭が上がらなくなる…積極的に、金を出して、大場派の議員のために、これまで以上、バックアップしなければ、ならなくなる…」


 「…」


 「…一方、やはり、大場先生は、昭子さんにも、恩を売ったことになる…いっしょになって、重方(しげかた)さんの力を削ぐことに、協力した…つまりは、大場先生に、この先、力を貸さざるを得なくなる…この場合の力というのは、当たり前だけど、五井の金…」


 「…」


 「…つまり、大場先生は、重方(しげかた)さんにも、昭子さんにも、いい顔をしようとしている…まさに狸(たぬき)ね…」


 諏訪野マミが、笑った…


 私は、諏訪野マミの言葉を聞いて、諏訪野伸明が、


 「…大場先生は、そんな甘い人間じゃない…」


 と、何度も言っていたことを、思い出していた…


 そして、今、諏訪野マミの説明を聞いて、


 「…なるほど、そういうことか?…」


 と、納得した…


 大場小太郎は、父が、国家公安委員長だった縁で、情報に精通している…


 だから、重方(しげかた)が、大場派の幹部であるにもかかわらず、大場派から、独立して、あらたに菊池派を立ち上げるか、それとも、大場小太郎を追放して、大場派を乗っ取って、菊池派に衣替えするか、狙っていたのを、随分前から知っていたに違いない…


 そして、保険をかけたというか…


 昭子か、大場小太郎か、どっちが先に、相手に声をかけたか、わからないが、菊池重方(しげかた)の追い落としに、二人で、手を組んだに違いない…


 そして、伸明もまた、その動きを知っていたに違いない…


 だから、何度も、


 「…大場先生は、甘い人間じゃない…」


 と、繰り返したに違いない…


 「…どっちが先に、言いだしたんですか?…」


 「…どういう意味?…」


 「…大場先生が、先に、昭子さんに、相談したか、それとも、昭子さんが、先に、大場先生に、相談したか?…」


 「…それは、わからない…」


 「…」


 「…でも、普通に考えれば、大場先生が、先の方と、考えた方がいいかも…」


 「…どうして、ですか?…」


 「…大場先生は、今も言ったように、情報通…いろんな情報を持っている…だから、大場先生が、昭子さんに、相談するのも、タイミングを見計らって…」


 「…タイミング?…」


 「…五井家で、昭子さんが、重方(しげかた)さんを、持て余している…そんな情報を手に入れてから、昭子さんに、近付いた可能性が、高い…」


 「…ちょっと、待ってください…」


 「…なに?…」


 「…だったら、重方(しげかた)さんを、五井家から、追放させようとしたのも、大場先生の入れ知恵ですか?…」


 私の言葉に、


 「…」


 と、諏訪野マミは、黙った…


 それから、しばらくして、沈黙したまま、考えた…


 「…その可能性もなくはない…」


 ゆっくりと、口を開いた…


 「…その可能性もゼロではない…」


 「…」


 「…その可能性は、否定できない…」


 私は、唖然とした…


 その可能性を排除しないとは?


 私がテレビや新聞、ネット等で、知っている大場小太郎という政治家と、今、この諏訪野マミが、語った、大場小太郎の姿が、違い過ぎる…


 落差があり過ぎる…


 私は、ふと、諏訪野伸明の言葉を思い出した…


 「…テレビで見る、大場先生の顔は、例えば、上半身だけ…首から上だけ、映ります…でも、人間は、当たり前ですが、首から下から、足の先まであります…でも、それは、テレビで映さない…それと同じで、テレビで映る、大場先生の顔以外の顔も、当然あります…」


 諏訪野伸明は、たしか、そんなようなことを言った…


 つまりは、大場小太郎は、十分にしたたかな政治家であるということだ…


 テレビで見る、清廉潔白なクリーンなイメージだけの政治家ではないということだ…


 当たり前だが、クリーンなイメージだけの政治家ならば、派閥の領袖にはなれない…


 大場派を率いることはできない…


 そういうことだ…


 「…大場先生は、したたか…」


 私の考えを見抜くように、諏訪野マミが、言った…


 「…重方(しげかた)さんが、勝てる相手じゃない…」


 「…」


 「…でも、重方(しげかた)さんも、このままじゃ、終わらないと、思う…」


 「…どういう意味ですか?…」


 「…さっき、冬馬が、口にしたように、重方(しげかた)さんを、そそのかした人間が、いる…」


 「…そそのかした?…」


 「…要するに、重方(しげかた)さんに、自分の派閥を作れと、そそのかした人物…」


 「…誰なんですか? それは…」


 私の質問に、諏訪野マミは、


 「…」


 と、黙った…


 答えなかった…


 「…いずれ、わかる…」


 口にしてから、


 「…いえ、わからないかもしれない…」


 と、訂正した…


 「…どういう意味ですか?…」


 「…水面下で、動いてる場合は、テレビでも、ネットでも、報じられないことは、多々ある…」


 「…」


 「…いずれにしろ、寿さんが、退院するまでに、決着がつけば、いいけど…」


 「…決着?…」


 「…寿さんは、退院して、伸明さんと、結婚して欲しい…それが、昭子さんの願いでもある…」


 「…」


 「…そして、その日に向けて、動き出している…」


 「…」


 「…五井は、重方(しげかた)さんを追放して、新しい体制に入る…そのための準備…」


 「…」


 「…寿さんは、ただ、それを待てばいい…」


 意味深な、諏訪野マミの言葉だった…


 私は、考え込んだ…


 そして、気付いた…


 菊池リン…


 彼女の処遇を、だ…


 いや、


 問題なのは、菊池リンではない…


 菊池リンの祖母、和子の動向だ…


 菊池冬馬は、菊池リンとの結婚を、目論んでいる…


 菊池リンと結婚することで、伸明の母、昭子と、妹の和子の仲を裂こうとしている…


 これは、一体、どうなるのだろう?


 聞いてみたくなった…


 「…菊池リン…彼女は、一体?…」


 私の質問に、諏訪野マミが、笑った…


 「…リンちゃんは、バカじゃない…和子さんもね…」


 「…それは、冬馬さんと、結婚しないということですか?…」


 「…当たり前じゃない…」


 「…当たり前?…」


 「…そんな…冬馬たちが、五井家から、追放されないようにするために、リンちゃんと結婚したいなんて、突然言われても、迷惑なだけ…」


 「…」


 「…そんなミエミエのことを、仕掛ける方が、どうかしている…」


 諏訪野マミが、笑った…


 言われてみれば、その通り…


 まさに、その通りだった…


 「…そんなミエミエのことを提案するぐらいだから、重方(しげかた)さんは、甘いの…」


 「…甘い?…」


 「…和子さんだって、きっと呆れてる…」


 「…」


 「…これで、きっと、重方(しげかた)さんを、躊躇なく、五井家から、追放できる…」


 「…ちょっと、待って下さい…伸明さんは、和子さんは、菊池リンさんが、誰と結婚しようと、構わないと、言っていたと…それで、伸明さんは、悩んで…」


 「…バカね…悩む必要なんて、なにもない…誰も、冬馬と結婚なんて、しないよ…」


 「…しない?…」


 「…あれは、すべて、冬馬の独り相撲…いや、重方(しげかた)さんと、二人なら、二人相撲かな…」


 諏訪野マミが、笑った…


 「…バカな父子…これで、和子さんの信頼も失った…」


 「…」


 「…重方(しげかた)さんにとって、昭子さんの信頼がない以上、和子さんとの関係が、頼みの綱だった…それを、リンちゃんと、冬馬を結婚させようとしたことで、和子さんの信頼も無くした…」


 「…」


 「…あとは、五井家から追放されるだけ…」


 諏訪野マミが、笑った…


 その諏訪野マミは、これまで、私が見たことのない冷酷な顔だった…


 やはり、五井一族…


 ただ者ではない…


 ただのお嬢様ではない…


 それが、私が、実感したことだった…


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