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寿綾乃という女 第2部  作者: トモサン


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寿綾乃という女 第2部 21

「…リンちゃん…菊池さんの存在が、そんなに…」


 私は、諏訪野伸明に聞いた…


 諏訪野伸明は、


 「…」


 と、無言で、首を縦に振って、頷いた…


 「…彼女の存在は、五井家にとって、大きいです…」


 「…大きい…」


 私は、諏訪野伸明の言葉を聞きながら、以前、亡くなった伸明の父、建造が、


 「…リンちゃん…いい娘(コ)だろ? …あの娘(コ)は、一族のアイドルなんだよ…」


 と、言ったことを、思い出した…


 「…それは、彼女の性格でしょうか?…」


 私は、言った…


 「…性格? …それは、どういう?…」


 「…明るく、天真爛漫な性格で、誰からも好かれる…それで…」


 「…それもあります…でも、それだけでは、ありません…」


 「…」


 「…彼女は、五井本家と、五井東家を結ぶ象徴だったんです…」


 「…象徴?…」


 「…父の建造と、亡くなった建造の弟の義春は、五井本家の人間…そして、ボクの母と、叔母の和子は、五井東家の人間です…当然、五井東家は、分家です…ですが、五井家は、400年の歴史があります…それは、一族の抗争の歴史でもあります…とりわけ、五井本家と、五井東家は、仲が悪い…それゆえ、母と、叔母が、五井本家の父や義春と結婚したときは、東家が、本家を乗っ取るんじゃないかと、噂されたと、言います…」


 …だからか?…


 私は、思った…


 仲が悪い分家から、本家に嫁に来た…


 おそらく、本家の建造としては、本音では、嫌だったに違いない…


 半ば、強引に結婚を決められた…


 たしか、以前、そんなふうなことを、聞かされた…


 要するに、五井家を分断させないためだ…


 だから、泣く泣く、その結婚を承認するしか、なかったのだ…


 それゆえ、すでに昭子が、子供を身籠っているにも、かかわらず、自分の妻として、迎えた…


 建造としては、内心忸怩(じくじ)たる思いがあっただろう…


 しかし、一族の内紛を抑えるための、苦渋の決断だったに違いない…


 それが、今回、菊池リンが、誰と結婚するかで、また一波乱あるかもしれない…


 諏訪野伸明と結婚すれば、問題ないが、例えば、今、思いついたが、菊池冬馬と、結婚するとなれば、一波乱…


 いや、二波瀾どころではない騒動に発展するかもしれなかった…


 それを、昭子は、恐れたのかもしれない…


 私は、考えた…


 「…リンちゃんが、帰国した…寿さんも、ご存知のように、周囲は、彼女をボクと、結婚させたかった…」


 「…」


 「…でも、ボクとリンちゃんは、二十歳も歳が離れている…リンちゃんの幸せのためにも、彼女と結婚するわけには、いかなかった…」


 「…」


 「…母も、どちらかといえば、ボクと同じ意見…ボクの結婚は、ボク次第…好きにすればいいという意見だった…それは、リンちゃんの祖母の和子叔母さまも同じ…リンちゃんの好きにすればいいというスタンスだった…つまりは、ボクと結婚しようが、しまいが、リンちゃんが、自分で決めなさいというスタンスだった…」


 「…」


 「…だけど、今回、リンちゃんの相手に、冬馬が浮上した…」


 …やはり、そうか!…


 私は、思った…


 「…リンちゃんを、東家の冬馬と、結婚させて、叔父の重方(しげかた)は、五井家から、追放されまいと、画策した…ボクの母は、それを知って、激怒したんですが、和子叔母様が…」


 「…どうされたんですか?…」


 「…リンちゃん…彼女の決断にすべて任すと…それで、母の昭子と、叔母の和子の間に溝ができたというか…」


 「…」


 「…母は、重方(しげかた)叔父が、そんな画策したことが許せないし、そもそも、リンちゃんと冬馬の結婚にも否定的というか、…絶対認めない方針です…ですが、和子叔母様は、母とは、対照的に、どこまでも、リンちゃんの意思に任せると…」


 たしかに、それでは、昭子と和子の間が、微妙になるに違いない…


 伸明の母、昭子は、どこまでも、五井家のことを、念頭に置いて、行動している…


 なにより、昭子は、先代、当主、諏訪野建造の妻であり、現当主、伸明の母…


 どこまでも、五井家を守る立場の人間だ…


 それに比べ、妹の和子は、本家の次男、義春に嫁いできた人間…


 まして、義春もいなくなった今、しゃにむに、本家を守る立場でもない…


 だから、孫の菊池リンの結婚相手が、誰であれ、本人が納得すれば、いいとするのだろう…


 要するに、それぞれが、守る立場の違いが、如実に表れたということだ…


 私は、考える…


 「…母は、母の立場…叔母は、叔母の立場があるということです…」


 伸明が、力なく呟いた…


 私は、その意見に賛成した…


 誰もが、置かれた立場というものがある…


 ただ、私に言わせれば、私が、和子の立場ならば、やはり、菊池リンと、冬馬の結婚には、反対だった…


 冬馬は、険があり過ぎる…


 好きになれない…


 それが、原因だった…


 あの険のある顔では、なにか、騒動を起こすに違いない…


 あの険のある顔では、五井家に生まれなければ、就職できるかどうかも、怪しい…


 就職は、面接が、基本…


 ファーストインプレッションといえば、おおげさだが、最初、会ったとき、面接官が、どう思うかだ…


 おそらく、冬馬を最初に見た人間は、この男では、なにかトラブルを起こしかねないと、危惧するに違いない…


 つまりは、職場に配置して、職場の同僚と、トラブルを引き起こしかねないと、判断するに違いない…


 おそらく、冬馬自身は、考えもしないだろうが、その険のある目に性格が表れている…


 性格の悪さが、表れてる…


 ゆえに、会社が採用しない…


 仮に採用すれば、職場で、トラブルを起こしかねないと、会社側が、恐れるからだ…


 要するに、自分勝手で、性格が悪く、どんなときも、自分を押し通す…


 だから、周囲の人間とトラブルになる…


 それを恐れて、採用を見送るに違いない…


 冬馬が、金持ちのボンボンでもなんでもない場合は、それゆえ、就職に苦労するに違いない…


 だが、冬馬は、金持ちのボンボン…


 就職する必要もない…


 だから、おそらく、そんな自分の評価は、考えたこともないのかもしれない…


 どんなことでも、上から目線で考える人間は、他人がなにを考えてるかなど、考えない…


 すべては、自分中心で、回っているからだ…


 他人が、なにを考えようと、まったく気にしないに違いない…


 まあ、そんなふうに、これまで、生きてこれたことも、驚きというか…


 ただ、運がいいとしか、思えない…


 そして、そういう人間が、存在することで、つくづく、人間は、公平ではない…


 人間は、平等ではないと、実感させられる…


 私は、思った…


 そして、そこまで、考えて、ふと、思った…


 目の前の諏訪野伸明は、一体、あの菊池冬馬をどう思ってるんだろう?


 聞いてみたくなった…


 真剣な表情で、考え込む、諏訪野伸明に、


 「…ひとつ、お聞きして、いいでしょうか?…」


 と、聞いた…


 「…なんでしょうか?…」


 「…伸明さんは、一体、菊池冬馬さんを、どう思ってるんですか?…」


 私の質問に、諏訪野伸明は、それまで、以上に、難しい表情で、考え込んだ…


 そして、しばし、沈黙した後、


 「…それは、難しい質問ですね…」


 と、苦笑いを浮かべながら、答えた…


 「…ボクと、冬馬は、十歳、離れてます…」


 「…」


 「…だから、冬馬が、子供の頃は、よく遊んでやりました…だからというか、普通の人間が、冬馬を評価するのとは、また違った目で、冬馬を見てしまう…」


 「…」


 「…冬馬が、ボクをどう思っているか、わかりませんが、ボク自身は、冬馬を嫌じゃありません…」


 「…嫌じゃない?…」


 「…これは、すごく好きかと言われると、また返答に困る…」


 伸明が、苦笑する…


 「…つまり、そういうことです…」


 諏訪野伸明が、曖昧に、言葉を濁した…


 私は、その諏訪野伸明の言葉から、伸明が、決して、冬馬に、好意を持っていないな、と推測した…


 あくまで、冬馬が、子供の頃から知っているから、嫌いではないと、言っているに、等しい…


 二十歳を過ぎた成人ならば、ともかく、子供の頃、十歳、離れてるのは、大きい…


 たとえば、菊池冬馬が、5歳のとき、諏訪野伸明は、15歳…


 差があり過ぎる…


 この場合は、文字通り、遊んであげる…


 面倒を見て、あげる…


 という言葉が当てはまる…


 そして、なにより、15歳の少年が、5歳の子供の面倒を見てやって、アイツは、気に入らないとは、普通ならない…


 普通に考えれば、好きでもないし、嫌いでもないのが、本音だろう…


 もっといえば、好きも嫌いもない…


 親戚の子供が遊びに来たから、遊んでやったに過ぎないのではないか?


 そして、今、伸明が、わざわざ、嫌いじゃないと言ったのは、現在の冬馬の評判を知っているからではないか?


 ふと、思った…


 あの険のある目を持つ冬馬だ…


 お世辞にも、評判は良くないだろう…


 それを知って、わざと、嫌いじゃないと言ったのではないか?


 はっきりと、嫌いと言ったのでは、角が立つというか…


 あえて、波風が立たないように、したのではないか?


 そう、考えた…


 そして、そこまで考えると、今度は、冬馬と菊池リンのことを、考えた…


 さっき、伸明は、冬馬の父、重方(しげかた)が、五井家から追放されないようにするために、冬馬と、菊池リンの結婚を画策していると、言った…


 冬馬が、菊池リンと結婚することで、菊池リンの祖母、和子を自分の味方に引き入れることができると、目論んだのだ…


 和子は、伸明の母、昭子の一卵性姉妹の妹…


 そして、重方(しげかた)の歳の離れた姉…


 その和子を味方に引き入れれば、いかに、昭子が、自分を五井家から追放しようとしても、できないと、考えたに違いない…


 実に、したたかな男だ(苦笑)…


 昭子が、嫌うのは、わかる…


 血を分けた自分の弟とはいえ、嫌うのは、わかる…


 だから、その冬馬と、菊池リンが、結婚するかもしれないことを、伸明は、どう思ってるんだろう?


 聞いてみたくなった…


 「…伸明さん、お聞きして、いいですか?…」


 「…なんでしょうか?…」


 「…仮に、菊池リンさんと、冬馬さんが、結婚するとしたら、伸明さんは、どう思いますか?…」


 私の質問に、伸明は、


 「…」


 と、絶句した…


 それから、しばらくして、


 「…それは…」


 と、言葉を発し、


 「…それは、困ります…」


 と、はっきりと、断言した…


 「…それは、五井家にとって、ですか?…」


 「…その通りです…リンちゃんと冬馬が、結婚すれば、冬馬とその父の重方(しげかた)を、五井家から、追放できなくなるかもしれない…」


 「…」


 「…それに…」


 「…なんでしょう?…」


 「…リンちゃんには、冬馬以外の人間と結婚してもらいたい…」


 伸明の本音が出た…


 「…冬馬が決して、ダメとは、言わない…でも、冬馬以上に、魅力的な男は、この世の中に、ごまんといる…」


 この発言で、伸明が、冬馬を菊池リンの結婚相手として、認めていないことが、わかった…


 伸明にとって、冬馬は、昔から、知っている、親戚の子供…


 それ以上でも、それ以下でもないのだろう…


 だが、本音では、嫌っている…


 あるいは、そこまで、言わなくても、評価していないに違いない…


 評価していれば、五井家の騒動を別にすれば、結婚してもいいと、言うのではないか?


 単純に、評価していないから、菊池リンの結婚相手は、別にいるのではないか?


 そう言ったのだろう…


 また、諏訪野伸明自身が、菊池リンに、好意を寄せている現実があるのかもしれない…


 菊池リンは、看護師の佐藤ナナに似ている…


 一見して、頼りないが、誰でも好きになれる…


 そんな魅力がある…


 思えば、あの菊池冬馬と真逆…


 険があり、一目で、嫌いになる=好きになれない、菊池冬馬と、真逆だ…


 と、


 そこまで、考えて、気付いた…


 もし、


 もし、


 菊池リンと、菊池冬馬が、結ばれれば、それは、コメディだ…


 片や、険があり、好かれない男…


 片や、愛されキャラ…


 この二人が、いっしょになれば、似合わないこと、この上ない…


 そんなことを、考えると、不謹慎ながら、思わず、プッと吹き出した…


 「…どうしました?…」


 諏訪野伸明が、慌てた…


 「…いえ、菊池リンさんと、菊池冬馬さんのことを思って…」


 「…それが、なにか、吹き出すようなことでも?…」


 「…だって、似合わないじゃないですか?…」


 「…似合わない?…」


 伸明が、キョトンとした…


 「…失礼ですが、冬馬理事長の、あの険がある目と、菊池リンさんの愛くるしい顔とでは、似合わなすぎます…」


 私の言葉に、諏訪野伸明は、一瞬、唖然としたが、すぐに、


 「…それは、寿さんの言う通りかも…」


 と、爆笑した…


 「…たしかに、寿さんの言うことはわかる…ボクは、二人を子供の頃から知っているから、そうは思わなかった…」


 「…」


 「…大事なのは、他人の視点…第三者の視点なのかも…」


 諏訪野伸明が、意味深に言う…


 「…菊池リンちゃんと、冬馬の結婚のことも、ボクは、先入観なしでは、考えることができない…なまじ、二人を子供の頃から、知っているから、寿さんに言われて、初めて、冬馬と、リンちゃんが、似合わないことに、気付いた…」


 「…」


 「…これは、一事が万事、同じなのかもしれない…」


 「…どういうことですか?…」


 「…ボクは、今、五井家の当主です…だから、どんなことでも、五井家を中心に考える…五井家ありきで、考える…」


 「…」


 「…だから、今、寿さんに言われて、初めて、冬馬と菊池リンちゃんが、並べば、似合わないと、気付いた…つまり、別の言い方をすれば、そんなことも、気付かなかった…」


 「…」


 「…つくづく、自分は視野が狭い…」


 伸明が、苦笑した…


 テレビには、以前として、大場小太郎が、映っていた…


 政界のプリンスにして、次期総理総裁候補の筆頭として、長らく、挙げられてる…


 その割には、世間的な知名度は、今ひとつ…


 影が薄い人物だった…


 ただ、テレビは、つけっぱなしだったが、音は出さなかった…


 それゆえ、伸明との会話に、邪魔ではなかった…


 伸明が、やって来たときに、とっさに、切ろうとしたが、伸明は、大場小太郎に言及したので、切れなかったのだ…


 だから、音だけ消した…


 伸明との会話に邪魔だったからだ…


 画面だけ、流れている状態だった…


 「…大場先生は…」


 と、伸明が、テレビ画面を見て、言った…


 「…決して、甘い男ではない…」


 意外な言葉だった…


 「…世間では、ただのクリーンさを売りにする、ひ弱なエリートと思っているかもしれない…でも、本当に、大場先生が、そんな人間なら、生き馬の目を抜く政界で、あそこまで、上り詰めることができるはずがない…」


 「…」


 「…大場先生は、十分したたかです…」


 「…」


 「…重方(しげかた)叔父は、それをどこまで、わかっているのか?…」


 嘆息した…


 まさか、伸明が、そんなことを、言うとは、思わなかった…


 それでは、まるで、菊池重方(しげかた)に、肩入れしているようではないか?


 私は、思った…


 「…伸明さんは、重方(しげかた)さんを、嫌いではないのですか?…」


 私の質問に、


 「…」


 と、伸明は、固まった…


 文字通り、カラダが固まった感じだった…


 それから、躊躇(ためら)いながら、


 「…ここだけの話、別に、嫌いでも、なんでも、ありません…」


 と、小さく、言った…


 「…嫌いじゃない?…」


 実に、意外な言葉だった…


 てっきり、伸明は、重方(しげかた)を、毛嫌いしていると、思った…


 私の反応に、伸明は、


 「…意外ですか?…」


 と、苦笑した…


 「…ハイ…」


 「…ですが、事実です…やはり、これも、冬馬同様、子供の頃から、知っているからかもしれない…」


 「…」


 「…どうしても、子供の頃から、知っていると、甘くなるというか、純粋に、評価できない…なにしろ、ボクにとっては、叔父さん…母の弟です…」


 「…」


 「…それに、重方(しげかた)叔父が、子供の頃、ボクに、なにか、いやがらせをしたとか、そんなことも、まったく、ありません…ただの叔父と甥の関係です…好きになる要素もなければ、嫌いになる要素もありません…」


 私は、諏訪野伸明の言葉に、考え込んだ…


 たしかに、伸明の言葉はわかる…


 普通に考えて、叔父が、甥に、なにかすることは、ありえない…


 叔父に、とっては、兄弟の子供…


 甥にとっては、両親の兄弟…


 という関係に過ぎない…


 だから、そもそも、好きも、嫌いもないのだろう…


 しかも、子供の頃から知っている…


 だから、大場小太郎に比べて、重方(しげかた)の方に、愛着があるのかもしれない…


 「…大場小太郎…自民党大場派の領袖にして、次期総理総裁候補の筆頭…クリーンさを売りにする人物です…」


 「…」


 「…だが、その一方で、ヤクザとの関係も、水面下で、囁かれてる…」


 「…ヤクザ?…」


 思いもかけない言葉だった…


 あのクリーンなイメージの大場小太郎が、ヤクザと繋がっている?


 あまりにも、意外な言葉だった…


 私が、ビックリしているので、


 「…驚いたようですね…」


 と、伸明が、私を見て、笑った…


 「…ちょっと、あまりにも、意外なので…」


 「…生き残ることに大変なのは、どの世界でも、同じです…」


 伸明が、断言した…


 「…少なくとも、あの大場先生は、テレビで見る姿と、実際の姿は、違う…」


 「…どう違うんですか?…」


 「…変な話…例えば、テレビでは、首から上の姿しか、見せない…」


 「…」


 「…でも、人間は、誰でも、首から下…足の先まで、存在する…その部分を決して、見せない…」


 「…」


 「…ボクが、心配なのは、重方(しげかた)叔父が、ボンボンだということです…」


 「…どういう意味ですか?…」


 「変な話、重方(しげかた)叔父を見ていると、自分を見ているようで、心配なんです…」


 「…」


 「…ボクも、重方(しげかた)叔父、同様、五井一族…金持ちのボンボンです…この年齢ですから、自分でも、そんなことは、十分にわかっているつもりです…それでも、認識が甘いところがあるというか…」


 「…どういうことですか?…」


 「…いわゆる、お坊ちゃま育ちで、生活の苦労をしたことがない…だから、なんでも、甘く考えるというか…」


 「…」


 「…重方(しげかた)叔父を見ていると、そんな甘さがある…だから、まるで、自分のことを見ているような…」


 「…誰かに、騙される?…」


 思わず、言った…


 つい、口走ったといおうか…


 が、その言葉を伸明は、否定しなかった…


 「…それも、もちろん、あるかもしれない…」


 「…」


 「…五井家は、決して、ヤクザと関わらない…これは、五井の掟です…」


 あまりにも、意外な言葉だった…


 そもそも、金持ちとヤクザは、釣り合わないというか…


 まったく関係がなかった…


 「…金持ちはヤクザと関わることで、ヤクザから、金を搾り取られる危険がある…だからです…」


 ひどく、単純な理由だった…


 だが、だとしたら、どうだ?


 大場小太郎は、どうだ?


 大場小太郎も長らく、自民党のプリンスと呼ばれた男…


 たしか、戦前から続く、政界の名門出身の人間のはずだ…


 菊池重方(しげかた)同様、政界の名門のお坊ちゃまのはずだ…


 一体、菊池重方(しげかた)と、大場小太郎は、なにが、違うんだろう?


 思った…


 だから、聞いた…


 「…でも、大場小太郎氏も、政界の名門のお坊ちゃまでは?…」


 「…重方(しげかた)叔父と、大場先生の最大の違いは、若くして、政界に入ったか、どうかです…」


 「…大場先生は、学生時代から、やはり、国会議員だった父親の秘書をして、政治を目の当たりにしてきました…いわば、若いときから、政治の裏表を見てきた…」


 「…」


 「…それに比べ、重方(しげかた)叔父が、政界に入ったのは、四十代後半です…だから、どうしても、甘いというか…しかも、それまで、五井グループで、会社の要職についてました…だから、国会議員になっても、決して、下積みではない…その違いが大きい…」


 「…」


 「…要するに、五井の一族で、社長だった男に、汚れ仕事はさせない…でも、大場先生は、たとえ、自分がやらずとも、若いときから、それを見てきたに違いない…その違いです…」


 「…」


 「…だから、不安が大きい…」


 伸明が、苦笑する…


 「…それに…」


 と、ここで、伸明が言い淀んだ…


 それから、意を決した感じで、


 「…それに、もしも、この五井家の騒動を利用して、五井家の内部をゴタゴタにしようとする輩(やから)がいても、不思議ではない…」


 と、断言した…


 そう言った伸明の表情は、なにかに、怯えた感じだった…


 「…一族が、バラバラになると、それを見て、ちょっかいを出してくる輩(やから)がいる…五井の歴史がそれを教えてくれます…」


 私は、伸明の言葉に、案外、それが一番、伸明が恐れることかもしれないと、思った…


 これを機に、一気に五井家に手を伸ばす輩(やから)があるかもしれない…


 五井家の混乱は、そういった連中にとっては、チャンスに他ならないからだ…


 それゆえ、この伸明は、五井家の当主として、その事態を恐れているに違いない…


 風が吹けば桶屋が儲かるという言葉にあるように、物事は、どう転ぶか、わからないからだ…


 意外なところで、思いもしない影響がある場合がある…


 諏訪野伸明にとって、あらゆる事態を想定しなければ、ならない中で、思いもかけない事態に陥る可能性が高いからだ…


 菊池重方(しげかた)が、自民党で、菊池派を作ろうとする…


 その余波が、思わぬところに、出るかもしれないと、思っているのだろう…


 警戒しているのだろう…


 それに、なにより、今の諏訪野伸明の言葉からは、重方(しげかた)が、大場小太郎に勝てないと、思っているようだった…


 自分の叔父であり、もっとも、身近に見ているひとりである、伸明の目から見ても、重方(しげかた)では、大場小太郎に太刀打ちできないと、考えている様子だった…


 身内ですら、歯が立たないと、感じるにもかかわらず、菊池派を作ろうとする、菊池重方(しげかた)という男…


 一体、どういう人物だろう?


 俄然、興味が湧いてきた…


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