第三十話 白百合の咲く丘の向こう
最終話です。
王都には穏やかな日々が戻りつつあった。
大公派の貴族たちは粛清され、王宮の中枢人事も一新された。
次の治世を見据え、新たな若手の登用も始まっている。
フォンデラ侯爵家もまた、新たな一歩を踏み出していた。
お父様は外政大臣として職務に復帰され、各国との関係修復に力を尽くしている。
「ルイが守り抜いた国だ」
そう口にするお父様の背中は、以前よりどっしりと見えた。
私も王宮へ通う日々を再び始めていた。
王妃様から直接、外交や福祉について学ぶ時間を頂いている。
ある日の午後。
王宮の庭園では、初夏の花々が咲き始めていた。
噴水のそばで本を読んでいた私の前に、殿下が現れた。
「探したぞ」
「あ、殿下」
「まだ、その呼び方か」
「……」
「二人きりの時くらいは、昔のように名前で呼んでくれないか」
私は少し困って笑った。
「では……ジュール様」
「様もいらないだろう」
「……それは難しいのです」
「なぜだ」
「なぜって……」
殿下が不意に私の頬に触れた。
「っ」
私は思わず殿下を睨んだけれど、殿下はどこ吹く風で笑ってらした。
噴水の水音だけがシャララと流れる。
「ソフィー」
「はい」
「私は王になる」
迷いのない声だった。
「ルイが命を懸けて守ったこの国を、もっと良い国にしたい」
殿下を見上げると、凛とした表情で私を見つめていた。
「きっと、お兄様もそう願っています」
「だから、これからは私一人ではなく、君と一緒に歩いていきたい」
お兄様を失ってから、復讐だけを支えに生きてきた。
その私に、新しい未来を受け入れる日が来るとは思っていなかった。
「……ジュール」
「これからも、お兄様のことを話してもいいですか」
「ああ。何度でも」
「お兄様を忘れないでいてくれますか」
「もちろんだ。ルイは私の親友だから」
涙が一筋、頬を伝った。
「では、私も一緒に歩きます。この国のために。そして……あなたの側で生きていきます」
ジュールは何も言わず、そっと私の額に口づけた。
遠くで鐘の音が響いた。
◇
数日後。
空はどこまでも澄み渡り、柔らかな風が丘を吹き抜けていた。
王都を見下ろすフォンデラ家の霊廟。
私は、お兄様が好きだったラベンダーを胸に抱えて石段を上った。
隣にはジュール。
少し後ろを、お父様が静かに歩いている。
お兄様のお墓は、お母様のお墓の隣に建てられていた。
墓石には、新しく文字が刻まれている。
ヴェレース王国忠臣 ルイ・フォンデラ
ここに眠る
私は、その文字を何度も見つめた。
「お兄様……」
墓前へラベンダーを供える。
「やっと、お兄様のお名前を返すことができました」
風がそっとラベンダーを揺らした。
お父様は墓前へ跪き、小さく頭を下げる。
「ルイ。父は、お前を誇りに思う」
その一言だけだった。
お父様の頬を、一筋の涙が流れ落ちた。
ジュールも墓石の前に立った。
「すまなかった。友として、王太子として、お前を救えなかった」
しばらく墓石を見つめたあと、静かに続ける。
「だが約束する。お前が命を懸けて守ったこの国は、私が守る」
私は懐から、お兄様の最後の手紙を取り出した。
何度も読み返し、角が少し擦り切れている。
最初の遺言『生きてくれ』
最後のお手紙『笑って生きてほしい』
「……お兄様、私はずっと勘違いしていました。お兄様のために復讐することが、お兄様を想うことだと思っていました」
幼い頃、一緒に庭を走った日。
剣の稽古のあと、額の汗を拭いながら笑っていた姿。
思い出すのは、そんなお兄様ばかりだった。
「今日で終わりにします。憎しみも、後悔も。全部、お兄様にお渡しします」
風が吹き抜ける。
ラベンダーが静かに揺れた。
「ルイなら、今の言葉を聞いて安心している」
ジュールが言った。
私は少し笑った。
「そうでしょうか」
「ああ。きっと笑っている」
私は墓石へ向かって深く一礼した。
復讐のために歩いてきた道は、ここで終わる。
これからは、お兄様が願った未来を、自分の足で歩いていこう。
〜fin〜
拙い作品を最後までお読みいただき、ありがとうござました。
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