突然の再開
1
祭り当日。
祭りの提灯が風に揺れる夜を、直人は家の二階から眺めていた。
太鼓の音が遠くに響く。
子どもたちの笑い声。
焼きそばの匂いが、かすかに潮風に混ざっている。
胸の奥のざわめきは消えない。
この前、商店街で見たあの笑い顔。
気づかれたのかどうか分からない、あの一瞬。
心が落ち着かない。
そこには逃げ帰った自分がいた。
翌日。
祭りの喧騒が嘘のように、町は静かだった。
太陽が西に傾き出した頃、直人は浜辺へ向かった。
人の少ない時間を選んだつもりだった。
砂はまだ少し湿っている。
昨夜の潮が引いたあとだ。
波は穏やかだが、空は少し曇っている。
直人はサンダルを脱ぎ、裸足で波打ち際を歩く。
足の指先を水がさらう。
冷たい。
直人はその感覚に集中していた。
余計なことを考えなくて済む。
背後から足音が近づく。
砂を踏む音。
止まる。
背後、数メートル。
心臓の鼓動の速さを感じながら、直人はゆっくり振り返る。
沈黙。
波音だけが響く。
「⋯直人?」
その声の響きが、身体の奥に落ちてくる。
そこに立っているのはは、あの日見かた拓海だった。
2
拓海は、まっすぐこちらを見ている。
その目は笑っていない。
距離は五歩。
どちらも動かない。
時間が経っていく。
直人は何も言わない。
拓海の喉がわずかに動く。
「⋯悪かった」
小さな声。
言い訳も、理由もない。
ただ、それだけ。
風が強く吹く。
波が二人の足元を濡らす。
直人の胸が強く鼓動する。
怒鳴ることもできた。
だが、出た言葉は違った。
「覚えてるよ」
震えた声。
拓海の視線が揺れる。
「分かってる。今さらだって」
拳が握られている。
「でも、俺⋯このまま直人と一生会わずに、何も言わないままなのは無理だった」
直人は黙って海を見る。
あの頃、この街から逃げたかった。
東京へ行けば、過去は消えると思っていた。
でも、消えなかった。
ただ距離ができただけだ。
拓海が続ける。
「お前が東京に行ったのは知ってた。逃げたって思ってた。でも⋯逃げてたのは俺のほうだった」
声がかすれる。
直人はゆっくり息を吸う。
許せるわけではない。
簡単に「もういいよ」とも言えない。
だが、目の前にいるのは、
教室の中心で笑っていた少年ではなかった。
直人は海を見たまま言う。
「⋯海はあの頃と変わらないね」
拓海が戸惑う。
二人の影が、砂浜に長く伸びる。
波の音。
やがて拓海が、静かに言う。
「また⋯あの頃に戻れるかな?」
直人はすぐには答えない。
怖さはまだある。
だが絶望はない。
少しだけ、視線を横に向ける。
拓海の横顔。
後悔の色。
直人は小さく息を吐く。
「波が穏やかな日なら」
肯定ではないが拒絶でもない。
拓海がほんのわずかに頷く。
夕暮れが二人を包む。
許しは、まだ遠い。
だが、逃げ続ける時間は、終わったのかもしれない。
波が寄せて、返す。
その音だけが、静かに続いていた。




