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砂浜の上の僕ら  作者: 蜜樹


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20/28

動揺

地元に戻って三週間が過ぎた。

最初の数日は、時間の流れに身体が追いつかなかった。

夜になると妙に目が冴え、朝は理由もなく胸がざわついた。

だが今は、波の音で目が覚める。

二階の窓を開けると、潮の匂いが流れ込む。


台所に降りると、母が味噌汁をよそっている。

「おはよう」

「おはよう。顔色、だいぶ良くなったね」

父は新聞を広げたまま、視線だけを上げる。

食卓に並ぶ湯気。

焼き魚の匂い。

妹の他愛ない話。

直人はゆっくり箸を動かす。

東京では、朝は戦闘開始の合図だった。

電車の混雑、上司の視線、数字の圧力。

ここには、競争がない。

ただ、ゆったりとした時間がある。


母が何気なく言った。

「この前ね、拓海くん見かけたよ」

直人は手を止めない。

だが、心拍は速くなる。

「そうなんだ」

それだけ返す。

妹が続ける。

「なんか、ちょっと疲れてる感じだったよ」

会話はそれで終わる。

誰も深追いしない。

会いたくない。

その感情は、はっきりしている。

再会して何かが解決するとは思っていない。

謝罪を聞きたいわけでもない。

拓海との過去は封じておきたい。

東京へ出た理由の一つが、彼だったのだから。


朝食後、海岸まで歩く。

潮風が頬を撫でる。

防波堤の先に立ち、水平線を眺める。

海は変わらない。

高校時代、この海を見ながら

「早くここから消えたい」と願った。

その願いは叶った。

しかし、東京で成し遂げることはできなかった。


寄せて、返す波を見ながら砂浜の上を裸足で歩く。

足裏に伝わる冷たさが心地よい。

遠くに人影が見える。

背丈。歩き方。

一瞬、胸が強く打つ。

視線を逸らす。

確かめない。

もし彼なら。

もし目が合ったら。


あの頃の空気が蘇る。

教室のざわめき。

笑い声。

逃げ場のなさ。


直人は歩く方向を変える。

再会を望んでいない自分を否定したくない。

許せないわけではない。

ただ、関わらなくていいのならそうしたい。

それが今の正直な気持ちだ。


太陽の光が海に反射して眩しい。

直人は目を閉じて深呼吸する。


遠くの人影は、やがて見えなくなった。

過去は振り返らない。

振り返らずに前に進めると思えているから。

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