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砂浜の上の僕ら  作者: 蜜樹


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14/28

逃げたくないけれど

復職して三週間が過ぎた。

朝は部署の誰よりも早く出社する。

頼まれた仕事は即座に返す。

ミスはしない。


健一に言われた言葉が頭のなかで反芻する。

だが、どれだけ慎重に動いても、空気は変わらなかった。


ある日、及川からメールが届く。

件名:経費精算の確認

内容は簡潔だった。

「佐藤直人さん

先日の交通費精算の入力に誤字がありました。

小さなことですが、正確性は重要です。

修正のうえ再提出をお願いします。

及川」

現在、部署内の社員が出張した際の交通費の入力を業務の一部として担当している。

駅名の記載で一箇所誤字があった。

再提出しようとすると、健一が背後から覗き込む。

「何?ミス?」

声は軽い。

「漢字の打ち間違えをしてしまいました」

直人は小さく答える。

健一は肩をすくめた。

「小さいことだとしても積み重なると信用なくすからな」

周囲の社員は聞こえないふりをしている。


ある日、健一に呼び止められる。

「ちょっといい?」

会議室。

ドアが閉まる音がやけに重い。

「正直に言うけどさ」

健一は腕を組む。

「佐藤君さ、周りに気を遣わせてるよ」

直人はごくりと唾を飲み込む。

「無理させちゃいけないって空気になる。チームとして、それはマイナスなんだよね」

言葉は淡々としている。

「俺は全員が同じ土俵で戦うべきだと思ってる。特別扱いは嫌なんだよね」

直人に対する嫌悪。

健一はそれを正義で包んでぶつけてくる。

「お前が悪いって言ってるわけじゃない。ただ、覚悟は持てよ」

「⋯はい。申し訳ございません」

覚悟。

その言葉が、重く落ちる。


帰り道、直人は足を止めた。

新宿の雑踏。

ネオン。

人の波。

胸が締めつけられる。

自分はもう、会社の戦力ではないのだろう。

いや、最初から期待されていなかったのかもしれない。


夜、アパートに戻る。

スマホに母からのメッセージ。

「今日、海が綺麗だったよ。

風が強かったけど、波が光ってた。」

写真も添付されている。

雲一つない青空の下、波は白く光っている。

直人の目から涙がこぼれる。


翌朝、体が動かなかった。

目は覚めているのに、起き上がれない。

頭の中で、健一の声が反響する。

呼吸が浅い。

時計の針は進むんでいく。

遅刻してしまう。

連絡しなければ。

指が震える。

課長にメッセージを送る。

「体調が優れず、本日お休みをいただけますでしょうか」

既読はすぐについた。

「承知しました。ゆっくり休んでください」


布団の中で、直人は目を閉じる。

「まだ、逃げない」

そう思っていた。

けれど。

「もう無理だよ⋯」

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