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魔女と出会った日  作者: 鮫島 陸
Buddenbrooks ブッデンブローク家の人々
21/25

Buddenbrooks 6

「結構近かったね」

「そうね」

そう言って私達二人は、赤煉瓦に翠色をした尖塔の、大きな建築物の前に立った。その門戸は閉じられていない。

「なんか。ヴェーラと一緒にいたら、発作治っちゃったかも」

私がそう隣を見ると、彼女は視線を逸らして言った。それも、少し慌てて。

「っ、じゃあ、ここに来た意味ないじゃないの」

「そんなことないよ」

ヴェーラが振り向く。

「私達が一緒にいることに、意味があるんだよ」

するとヴェーラは、素早い動きでまた視線を逸らしてしまった。

「分かったから。行きましょう」

その声は、少し震えてる気がした。

「うん」

ヴェーラが先導して、彼女達は聖マリエン教会へと足を踏み入れた。

人は少なく、がらんとしていた。その分教会自体の存在が強調されていて、その豪奢さが目立った。見上げなければ上が見えない程高い屋根の下、礼拝用の無数のベンチが二列に並べられていて、その間を真っ直ぐ行くと十字架が掲げられている。その真後ろがステンドガラスになっており、そこから差し込む陽光のためそれはシルエットになっていた。

これが旧教の遺産。帝国自由都市の威厳。

ちょうどその時、重厚な音が響いた。ここの鐘楼の音であることは、その響き様からすぐにわかった。

ただ、何故だろう。こんなにも荘厳で麗美な音色なのに、何故私は、燃え盛る焔を想起してしまうのだろう。

「ねえ、ヴェーラ」

私の声は、鐘楼の音に掻き消されていただろう。でも、それだけじゃない。隣の少女もまた、私の焔のように、何かに囚われているようだった。

「ヴェーラ、ヴェーラ」

何度も呼びかける。やがて鐘楼が止む。呼びかける。肩を揺すった。

「ヴェーラ。その、大丈夫?」

彼女は、静かに首を横に振った。その目から、一条の涙が尾を引く。ぽつり。ヴェーラは呟いた。

「嫌だ」

「…何が?」

「嫌だ、嫌だよ」

「どうしたの?」

ぱしり。差し伸べた手のひらが叩かれる。

「離れ離れなんて、嫌ぁ!」

ヴェーラ。そう呼びかける暇すらなかった。私の身体は、何か硬いものに振り払われ地に倒れていた。

ぐにゃりと視界が曲がった。でもヴェーラの姿はしっかりと見えている。そうだ、視界が曲がったわけじゃない。私は彼女の姿をはっきりと捉えていた。ただ、異様な二つの帯が彼女の背中から生えていることを除けば。

「嫌だぁ!」

それはまるで、子どもの駄々だった。ただそれだけで二本の帯はしなり、めちゃくちゃに振られ、木材を粉砕し地面を砕いた。

「ヴェーラ、どうしちゃったの?」

私は膝を腕で支えるように立ち上がって、彼女を正面から見据えようとした。無理だった。ああ、なんと禍々しい。二本の帯は無色透明にも関わらず視認でき、ヴェーラの肩甲骨付近から、それぞれが生きてるような動きで、それはまるで悪魔の翼だった。果たして彼女は、自分と同じ人間なのだろうか。いや、この際そんなことは問題ではない。私は、彼女とどう接するべきなのか。そもそも、今の彼女とコミュニケーションがとれるのだろうか。いいや第一に、私は今のヴェーラを人間だと思えるのだろうか。

「ヴェーラっ」

ダメだった。どうにも脚が竦んだ。

彼だったら、スバルだったらこの状況にどう対応するだろう。彼は、不思議な人だ。どんな想定外のことが起こったって、どんな未知の領域のものに触れたって、まるで知っていたかのようにそれを受け止められる。そんな。

「そっか、そうだよね」

ヴェーラの翼は無限に空を切り、それが音を為す。これ以上進んではいけない、そんな警告にも聞こえた。でも。

彼ならばきっと、受け止めてしまうのだろう。

だから。いいや違う。もはやヴェーラが人間かどうかなんて関係ない。昔会っていたかどうかなんて関係ない。まだ数日だけど、私達は友達になったはずだ。

「ごめんね、ヴェーラ」

それを勝手に怯えて、バカみたいだ。右手を振る。広い教会の中で、パチンという破裂音が反響した。続いて自分の腰に、剣の柄に手を添える。

「今、助けるから」

だって私達、もう友達だもんね。そう口を動かして。恐怖に、負けるな。勇気を持て。

「やだ、来ないで、来ないでよ…」

ヴェーラは向けられた剣の切っ先にか、恐怖に支配された表情でじりじりと後退した。

「大丈夫。私は、ヴェーラを傷付けたりしないから」

あの翼の詳細が判明していない以上、魔道具をもってやり過ごすしかないだろう。盾としての運用だ。もちろん、これをヴェーラに当てるつもりはない。

短く息を吐く。近い人の真似だったけれども、幾分かは落ち着いた。

「行くよ」

そして、踏み出す。切っ先は前に。身体も前方へ預ける形で。スバルが来るのを待った方がよかったかな。彼ならきっと、駆けつけてくれそうだ。いいやそれでも。

次の一歩に、より一層の力を込めた。

「これは、私がどうにかしなくちゃ」

「あ、ぁ…」

風切り音が、間近に迫っていた。ヴェーラ、待っててね。

「来ないでぇぇぇ!」

泣き喚いた。翼が振るわれた。

一閃。

迫り来る翼を切り裂く。切られた翼は先端の方から消失して、切断面のところでその現象は止まる。こうなったらもう、大丈夫。剣を投げ捨てる。

「ヴェーラっ!」

訪れた感触は、しかし硬かった。お腹が痛い。また、地面に伏す。途切れる意識の中で、私はようやくヴェーラの表情をしっかりと確認できた。泣いていた。その姿はまるで、いや小さな子どもそのものだった。

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