Buddenbrooks 5
ぶらりぶらりと街を散策する。ここは何だどんな場所だと聞かされながら、行く当てもなく彷徨い歩いていたときだった。
「ヨハン…大使」
呼び止める女性の声があった。路地から出てくるような格好の彼女、私はそちらに目をやる。それは、見覚えのある修道服だった。特別語る必要のない、くたびれているが大事にされているのだろうもの。それに身を包んだ女性に、何かしら違和感を覚えた。あの家を、先生に拾われる前に暮らしていたあの場所を思い出すから、だろうか。どうなのだろう。確信の持てる真実は得られなかった。ただ遠き日の、ずっと傍にいてくれた少女への望郷の念にも似たもので胸を焼いただけだ。
「ユーリア…」
ヨハンが呼んだその名は、現れた女性のもののようで、彼女はそれに反応してこちらへと近づいてくる。だがそれは、一種の迷いともとれる動きであった。
「市長」
沈黙が続いた。その間に修道服の女性へ目をやる。しばらくしてから、一つ頭をつくものがあった。おそらくではあるが、市庁舎でダージリンを入れてくれた女性ではないだろうか。そう思って見返してみると、背の高さといい体のラインといい、似通った点が多く見られた。その唇が開かれる。
「あの、市長」
「どうしたんだユーリア。市庁舎から出てきたのか?」
「ええ。その、用事があって」
「何だいそれは」
そう問われると、ユーリアは口をまごつかせる。そのあがり具合から、言いたいことはあるが言い出し辛いのだということは把握できた。そして彼女がどうするのかと思えば、ヨハンの服の裾をつかんで引くようにした。
「ちょっと、来てください」
「しかし今は」
そうしてヨハンはこちらに視線を向けた。傍目から見ても何やら重要そうな案件なのだろうと察せられる。
私は気遣いせずと言うように首を横に振った。決して食事時にこの顛末でヨハンをいじってみようなどとは考えていない。
「うちの者が気を使わせてしまって申し訳ないです」
「魔術士さん、すいません」
「いえ。長くなるなら適当に一人で散策してるので」
「場所、わかりますか?」
何だか馬鹿にされている気がしないでもない。
「一度通ったとこなら大丈夫です」
「そうですか。じゃあ、すみません」
「いいえ」
何と言ってやろうか。
「末長く行ってらっしゃい」
あ、間違えた。ピキリとヨハンの眉が動いた気がした。
「ええ行ってきます」
ヨハンは張り付いた笑みのまま、ユーリアはぺこりと腰を折り、二人は路地に消えていった。
これはいける。いじれる。二人の背中を見送りながら、私はそう確信した。
そしてそれは、この街自体も応援してるらしい。鐘楼の音が響き始めた。




