ゆめ
私は抱いている本をそっと開いた。
すると年季の入った茶色い紙にじわっ…と黒字が浮き上がってきた。
そこには小学生が書くような歪な字でこう綴られていた。
『きょうはわたしのたんじょうびでした。みんながおいわいしてくれました。せんせいはあきっぽいわたしににっきちょうをくれました。なんでもいいからつづけてみなさい、といわれました。がんばってみようとおもいます』
日付は十一年前……………。
この文章は私が読み終えると溶けるように消えた。
私は日記というものを書く習慣を持っていたことがない。今の日記は誰が記したものなんだろう。なぜこの本に…?
様々な疑問が溢れ私は顔をしかめた。
「これで全部なんだけど」
「じゃあ手がかりも何もなしってことか」
「八方塞がりだな」
水戸倉くんから一年前のここの様子を聞き、胡月くんが案内人から聞いた情報を確認したあと私たちは街を彷徨っていた。
胡月くんから得た情報はハンプティダンプティが語らなかったことも含まれておりあの真ん丸紳士に腹がたった。
前を歩くのは男子三人。それと水戸倉くんのすぐ隣に彼の幼馴染だという湊いろりさん。社さんはおずおずと私の顔色を伺っている。小動物みたいで可愛い。
「な、なに?」
「あ、いえ、あの……何か本に書いてあったんですか…?」
「ええ。日記………かしら」
「梓音さんの?」
「ううん、見たことがない。ここを作った人のかな…?まだ判断出来ない」
そう言えばよくよくこの住宅街の一角を眺めてみると見覚えがある。確かおばあちゃんが通っていた病院までの道のりに似ている。
もう何年もあの道は通っていないので気のせいかも知れない。
「私たちはここを作った人のことを思い出さないといけないんですよね?」
「…?そうだけど…どうやって思い出すのか、何を思い出すのかさっぱりわからないし」
「私…あてがあるんです、思い出す、アテが」
「そうなの?それならみんなに言えば………」
「誰かいる」
ふいに湊さんが言った。
私たちの中に緊張が走る。なぜならこの世界に人間は私たち六人だけだから。
その矛盾が張り詰めた空気を生んだ。
立ち止まった私たちの前方に位置する十字路を横断しているのは確かに人だった。
「♪、♪♪」
いきなりノイズとともにやかましく鳴り響く『通りゃんせ』。音が割れ、音程がめちゃくちゃ、音量も爆音かといくらい大きい。
「うるさっ」「なにこれっ!?」
私は目を見開いた。血の気が引いていき、爆音は耳から遠のいた。ただ一点、横断歩道から外れていく人物を凝視した。
あれは案内人でもおもちゃでもない。
人だ。
しかも……………………。
杖をついてゆっくりとふらふらと歩く老人。
そんな……。
あれは…………………。
「おばあちゃん………………………!!」
乾いた喉から絞りでた声とともに私は駆け出した。
「椎谷!?」
誰かが私の名を呼ぶが構っていられなかった。
ここはおばあちゃんが車に轢かれた十字路。私が何度も花束を持って立ち尽くした十字路…………………!
またここで死ぬなんて可哀想だ。私が助けなくちゃ……………。
もともと足が不自由で、老化に伴い視力も落ちたおばあちゃん。
事故の日は度の低い眼鏡をかけていたという。
道路を横断していた歩行者はおばあちゃんだけで、横断歩道と平行に走る車は多くて、道路は雨が上がったばかりで滑りやすかったらしい。白線からずれていって、走っていた車と接触した。ブレーキ痕はあったけど滑る道路のせいで止まりきれなくて。運転していた人も亡くなった。
私があの日、遊びに行かなければ。
おばあちゃんも運転手も………。
そっちじゃない………そっちじゃないよ…………!
おばあちゃんにあと少しで届く、そう安堵したときに私の目の前を車が横切った。
ごっ、
鈍い音がして私は膝から崩れ落ちた。
十字路には何もなかった。
「い、いやあああぁぁああぁああッッッ」
そこで無情に六度目の鐘が鳴り、私の意識は沼に引きずり込まれるように落ちていった。
からんころんと鐘がなる
子猫は井戸の底
誰が子猫を投げ込んだ?
…………………………………………………。
愛おしい、誰かが歌っていた。
いつ、どこで、誰が、どんな声で、どんな表情で歌ってたのか思い出せない。歌詞の続きも、題名もわからない。
思い出そうと記憶を手繰り寄せれば手繰り寄せるほどそれは泡のように消えていった。
………あれは夢だったのかも知れない。




