なにがなんだか
お久しぶりの投稿です。
楽しんでいただけましたら幸いです。
「これより聖女として命ある限り、この国のため民のために奉仕せよ」
突然、威丈高に叫ぶ赤色のダルマティカに身を包んだでっぷりとしたおじさんは、鋭い眼光を私に向けてそう言った。
放心する私だったが、とりあえず現状を確認しようとゆっくりと周囲を見渡す。
おかしい。何もかもがおかし過ぎる。
先程まで私は従妹とその友達二人に暴行されていたのだ。
私の両親は八歳の時に亡くなった。
交通事故である。
私は母方の祖母に引き取られた。
父方の祖父母はすでに他界しており、母方の祖父も一年程前に他界していた。
祖母以外の親族は父の弟が一人いたが、父とは仲が良くなくて祖父母とも疎遠だったようだ。
両親の保険金や祖父の遺産で、お金には不自由しない暮らしを送っていたが、可愛がってくれていた祖母も私が十二歳になった年に病気で亡くなってしまった。
残された私は、叔父の元に引き取られた。
父や祖父母とは疎遠だったのに何故? と思ったが、引き取られてすぐに分かった。
私の両親と祖父母の遺産が目当てだったのだ。
叔父は私を引き取る事で全てを巻き上げようとしていた。
しかし祖母の友人に優秀な弁護士さんがいて、財産を他者に悪用されないように手配してくれていた。
祖母は死ぬ前に全ての財産をその弁護士さんに預けて、私の生活費だけを毎月手渡すようにしてくれたのだ。
そして私が無事に成人を迎えた暁には、全財産が私の手に戻るようにしてくれた。
とてもありがたかったが、それを不服に感じた叔父夫婦、そして従妹は私に弁護士さんから今すぐ全財産を返してもらえと恫喝してきた。
恐怖に怯えながらも首を縦に振らない私に苛立っていたが、それでも手放すには惜しい財産に叔父家族の取った行動は、暴力で屈服させる事だった。
学校はどうにか通わせてもらえたが、家から一番近い所で従妹が一緒で常に監視されていた。
そしてそんな私の体にある暴行痕が他者に見つからないように、前髪は顔全体を覆い隠す程の長さで常にマスクをかけさせた。
服装は夏でも長袖というように傷痕隠しを徹底した。
当然ながら私の生活費は全て巻き上げられて、家事を押し付けられる毎日。
四畳の納戸に荷物と共に押しやられ、学校以外の外出は禁止された。
唯一、月に一度の弁護士さんとの面会日だけは、生活費をもらうために外に出られた。
ただ、余計な事は一切言うなという命令付きで。
そして毎回、全財産を返すように言えと言われるが、それだけは絶対にしたくないのでいつも手ぶらで帰ると、その日の暴行はいつも以上に酷くなった。
そんな叔父家族からの暴力は弁護士さんに気付かれていて、児童養護施設に入る気はないかと尋ねられるが、その頃にはすっかり心が疲弊していて頷く勇気ももてなかった。
施設に入るなんて言ったら、叔父家族に何をされるか分からない。逃げても必ずどこまででも追いかける、と脅迫されていたからだ。
叔父の常軌を逸した瞳に、それが誇張ではない事を悟った。
恐怖心で、辛くなったら言いなさいと心配してくれる弁護士さんにも、助けてほしいとは言えなくなっていた。
そしてあの日、学校の帰り道。
従妹が友達二人を引き連れて、私に因縁をつけて来たのだ。
近くの公園に引きずり込まれ、従妹に手を差し出される。
「お父さんに渡していないお金があるでしょう。出しなさいよ」
「そん、なのはありません。全て、渡しました」
「嘘ついてんじゃないわよ。生活費がいつもより少ないってお父さんが言ってたわよ」
「それは……叔母さんが抜かれたから」
昨日、弁護士さんに生活費を渡されて帰ると叔父は出かけていた。
叔母はすぐに私からお金をひったくり、叔父がいないのをいい事にスッと何枚かを抜いたのだ。
ジッと見ていた私に叔母は「余計な事を言ったら許さない」と言い、素知らぬふりで帰って来た叔父に渡していた。
それを正直に話したのだが、従妹は「はあ?」と凄んできた。
「あんた舐めてんの? お母さんがそんな事する訳ないじゃん」
ドンと肩を強く押されて尻もちをつく。
すぐに従妹の友達がニヤニヤ笑って、私を押さえつけてくる。
「麗羅、やっちゃえ」
「教育、教育」
従妹は友達に「しっかり押さえててよ」と言うと、私のお腹を思いきり蹴りつけてきた。
何度も何度も蹴られ、胃液を吐く。
ゴホゴホと咳き込む私に、従妹は汚いと退いた。
「ちょっと、この靴、昨日買ったばかりなのよ。汚れたらどうしてくれるの」
従妹は怒鳴りつけながら、倒れ込んでいる私の制服でゴシゴシと拭く。
そして彼女は「もう、最悪」と言って私から離れていった。
すると今度は彼女の友達が私の髪を引っ張り、顔を殴りつけてきたのである。
「ちょっと、できるだけ顔はやめなよ。学校にバレる」
従妹がマスクが取れた私の顔を覗き込み、友達二人に注意した。
だが友達二人はケラケラと笑う。
「大丈夫だって、このボッサボサの髪で顔なんて隠れて見えないんだから。それにどうせ誰もこいつの顔なんてじっくりとは見ないよ」
「確かにそうね。日和すぎたわ」
「そうそう」
キャハハと笑って勢いよく髪を振り回された瞬間、髪がブチブチと抜けて私の体は地面に倒れ込む。
そこには運悪く石があったようだ。
頭を強く打った私はクラクラする意識の中、誰かに呼ばれているような気がした。
とうとうあの世から迎えが来たのかもしれない。
こんな地獄のような世界で、いつまでも生きてなんていたくない。
ああ、でも私が死んだら遺産はどうなるんだろう?
叔父家族に渡す事になったら、それは……死んでも嫌だな。
『じゃあ、生き返らせてやろうか?』
意識を完全に手放す瞬間、どこからか少し高い男の人の声が聞こえてきた。
どこか尊大な感じの声に、目を開くのが怖くなった。
まさか従妹の男友達まで来たのだろうか?
そうなったら意識があろうとなかろうと、それこそ死んでいても今以上に酷い目に合わされる。
震える体を抱きしめたいが、体は動かない。
恐怖にギュッと目を瞑ると、男の声が先程より近くで聞こえた。
『無視する気? 抵抗もしないで虐められていた人間にしては、いい根性してるじゃないか』
揶揄うような声音が耳元で聞こえたと思ったら、額に強烈な痛みが走った。
ビシッ!
「いたっ!」
思わず目を開いて額を両手で押さえると、目の前には美しい男性が親指だけが曲がった状態で四本の指を私に向けていた。
どうやら私はこの男性に、デコピンをされたようだ。
しかしこの男性は、とても不思議な容姿をしていた。
腰まである綺麗な銀髪に透き通るような青い瞳。肌は傷一つない滑らかな白さで、柳眉に切れ長の瞳。そして整った鼻に薄い唇と、この世のものとは思えないほど美しい顔をしていたのだ。
中世的な顔立ちだが、女性と見間違わなかったのは、その平らな胸がしっかりと見える薄い白の衣装、ギリシャ神話に出てくる一枚布を体に巻き付けたような男性の衣装に身を包んでいたからだ。
あまりの美しさに見惚れてしまいそうになるが、産まれてこの方、露出の多い男性の姿など近くで見た事がない。
額の痛みと戦いながらも、目のやり場に困り目をキョロキョロさせてしまう。
そしてその男神は歌うようにこう言った。
『生きたい? 死にたい? さあ、どっち?』




