Episode 12 :【物陰に潜み、覗く影】
――巨大蜂との戦いの一部始終を記録した俺は、次なる目的地である〈狭間交信局〉へと向かう。
マトモな交通網など期待できない〈アフターエリア〉。
だから徒歩で行くしかないのは分かっていたし、リュックには、最低限の食料と野営道具も入っている。
「……じーっ……」
《ヒューマネスト》が、いつどこで現れるかも、分からない。
ここは焦らず、先人達の教えに従い、〝急がば回れ〟で、着実に進んでいこう。
「じーっ…………っ、ごほっ、ごほっ」
……ところで、物陰にいるあいつは、いったい何がしたいのだろうか。
思いっきり咳をして、音を出してしまっているし……。
吹き抜け状態の廃ビルから、半身を思いっきり覗かせた状態で、こちらを睨み付けているのは……俺と同年代ぐらいの女の子だ。
この地獄には似つかわしくない、ファッション誌に出てくるような、やけに小綺麗でお洒落な服を身に纏う彼女。
ただ一つ……あの猫耳付きの帽子だけは、子供っぽさを感じるが。
ともあれ、覗き見が下手くそなことを除いても、かなり目立つ存在だ。
……このまま見られているのは嫌なので、アクションを起こすとしよう。
「……おい」
「っっっっっ!!?」
声をかけた瞬間、彼女は慌てて物陰に隠れた。
……驚きの声を、隠し切れていなかったけど。
「やっ、やべー! どうしよう、みんな! バレちまったかも!」
「ね、ネコ姉、大きな声出すなよ! よけーにバレるだろ!」
……〝ネコ姉〟?
確かに彼女は、猫耳の帽子をかぶっていたな。あだ名か?
その騒ぎ様からして、物陰にいるのは、彼女1人ではなさそうだ。
声の感じからして、もう1人は、さらに年下の男の子。
「みんな」と言っていたことから、2人を含めた、3人以上のグループか。
――しばらく待ってみると、先程の騒々しさが嘘みたいな静寂が訪れた。
小声で作戦会議でもしているのか。
それとも、息を潜めて隠れていれば、俺が立ち去るとでも思っているのか。
「……はあ……」
視線を感じたまま背中を預けるのは、気分が悪い。
今後も後を付けられたり、遠巻きに監視されるのも、正直言って鬱陶しい。
今この段階で、ある程度方を付けておくべきか……。
そう判断した俺は、廃ビルの物陰へと近づき――。
「俺にいったい、何の用――」
「喰らえ! 必殺、何とかスプ――」
――ヒュオッ……。
「…………あれ?」
物陰から勢いよく飛び出したネコ姉は、催涙スプレーを噴射しようとするが……不発。
というより、その隙だらけの動きでは、噴射される前に取り上げるのは、容易なことだった。
「あっ、おい! なにすんだよドロボー! 返してよ!」
「……いきなり催涙スプレーはないだろう。というか、これ、熊用じゃないか」
「う、うるせー! ゴホッ、アンタがいきなりこっち来るからだろ!?」
スプレーには、〝クマもイチコロ!〟という宣伝文句と、デフォルメされたクマに罰点印が付けられた絵が刷られている。
返すとまた面倒そうなので、俺はそのスプレーを、ジャケットに仕舞う。
「いやっ、だから返してってば!」
「返したところで、すぐにまた吹きかけてくるつもりだろ」
「うぐっ……そ、そうだよ、悪いかよ!」
……まるで威嚇する猫のように、今にも引っ掻いてきそうな勢いの彼女。
その背後には、怯えた表情の小さな子供達が、3人ほど隠れているのが見えた。
「……ね、ネコ姉……」
「だ、大丈夫だ! 姉ちゃんが、みんなをこいつから、守ってやるからな!」
……やけに俺のこと、警戒しすぎじゃないか?
そこまで警戒されるのは、いささか心外――。
「……あ……」
ようやく俺は、警戒される(であろう)理由に、気が付いた。
ホルスターに納めた|《HERO》《ヒーロー》のグリップを、無意識の内に、握り締めていたのだ。
これでは、「今すぐにでも攻撃する」と言っているようなもの。
見ず知らずの男が、このような動作のまま立ち尽くしていたら、確かにこれ以上ない恐怖だろう。
『非常事態に対応できるよう、反射的に《HERO》を取り出せるようにする』……。
これまでの訓練の成果が、まさかこんな形で、仇となるとはな……。
「……心配しなくても、俺は君達に、何も危害は加えない。
ただ、なぜずっと俺のことを覗いていたのか……それが気になっただけだ」
わざとらしいまでに両手を上げ、静かに問いかける。
すると、ようやくネコ姉が、その口を開いた。
「……アンタだろ? B6地区に出た《ヒューマネスト》を、倒したの……。
まだニュースにもなってないけど、アラタが言ってた。似たような人影が映っていたって……」
視線の先――俺のことを、人一倍怯えた視線で見つめている、黒縁メガネをかけた幼い少年が、ピクリと反応した。
おそらく、その子が〝アラタ〟なのだろう。
「……どうやって分かったんだ?」
「ひっ……! あ、あの……ボ、ボクの、ドローンカメラ……それに、お兄さんの姿が……」
視線は泳いでいるし、しどろもどろな様子だが、要点はちゃんと伝わってくる。
成程。彼が作ったドローンカメラに、俺の姿が映っていたというわけか。
「アラタ……だったか。
その歳で、ドローンを作る上に、操縦もできるなんて、凄い才能だな」
「えっ……あっ、うん……へへ、どうも……」
「あっコラ! ウチのアラタ口説いてんじゃねーよ!」
……いや別に、口説いているわけではないんだが……
「まあ……確かに、その地区に出現した《ヒューマネスト》を倒したのは、俺だが――」
「!!」
俺の言葉を遮るように、ネコ姉がガバッと前に出る。
いきなり両手を握られ、驚いて顔を見ると……宝物を見つけた幼子のように、真っ直ぐな瞳が、こっちを見ていた。
「な、なあ! ゴホッ……アンタ、アタシらのチームに入らないか!?」
「……はっ?」
至近距離すぎる顔。握られた手。突然の勧誘話。
俺は思わず、ポケットに仕舞ったばかりの催涙スプレーに、無意識に触れていた。
……なんだか、変な連中に出会ってしまった気がする。
《次回予告》
「アタシの名前は、猫宮音葉。
アンタも聞いた通り、ゴホッ……他の子達からは、〝ネコ姉〟って呼ばれてる」
「えっ、16!? アタシも16! へぇ~、奇遇だね~!」
「ふーん、〝ナツミ〟か。いい名前じゃん。
とりあえず、よろしくな、夏神」
次回――Episode 13 :【〝猫宮音葉〟と名乗る少女】




