Episode 9 :【背中越しの別れ】
――斎賀先生から《HERO》を託されて以来、俺は相棒を使い熟すために、これまで以上に過酷な訓練を積み重ねてきた。
動体視力、瞬間判断力、射撃精度を、鍛えるために。
特に問題だったのは、狙撃時に生じる、強烈な反動。
それを克服するため、眠気も痛みも押し殺して、光線銃を撃ち続けた。
腕が捻じれて、変な方向に曲がったことも、一度や二度じゃない。
それでも俺は、引き金を引くのをやめなかった。
俺はその激痛すらも、乗り越えるしかなかった。
この足を、一度でも止めてしまったら……今まで積み上げてきたものが、全て崩れてしまう気がしたから。
そんな俺の努力は、少しずつ実を結んでいく。
最初は、撃つだけで吹き飛ばされていたが、次第に安定して照射できるようになった。
やがて、最終目標だった〝移動しながらの射撃〟と〝片手だけの射撃〟も、習得した。
まるで暴れ馬のようだった光の猛獣を、ようやく手懐けることができたのだ。
――そうして時は流れ、《HERO》との出会いから、気付けば1年の歳月が経っていた。
それはつまり――ついに〝運命の日〟が訪れたことを意味していた。
2055年、3月13日。
あの《大災厄の日》の後に改められた年号で言えば、黎明5年、3月13日。
時刻は、午前7時ちょうど。
生憎、空はどんよりと曇り、予報では一日中大雨が続くとされていた。
だけど、今の俺の心は、晴れ渡る蒼穹のように、澄み切っている。
なぜなら今日は、俺にとって、望みを叶えるために地獄から這い上がる、記念すべき日となるからだ――。
――〈アフターエリア〉に在住する有志が作成・運営している、〝ネスト速報〟というニュースアプリ。
それをインストールしている俺の〝Future-Phone〟に、そのアプリから、一つの通知が入った。
――『AE-A-B6地区で、《ヒューマネスト》の活動反応を確認』。
現在地から、そう遠くない場所。
とはいえ、今から全力で向かったとしても、被害を完全に防ぐことはできない。
それでも、今すぐ向かえば――これ以上の犠牲は、減らせるはずだ。
だとしたら、迷っている暇はない。
前日に用意しておいたリュックを背負い、〝Future-Phone〟もストラップで、しっかりと固定した。
お気に入りのスニーカーも、自動靴紐調整機能のおかげで、最適の履き心地だ。
これで、準備は万端。
あとは――もう一つの我が家から、旅立つだけだ。
「……行くのか?」
地上へ向かうエレベーターへ向かおうと、立ち上がった瞬間――背後から、声が飛んできた。
振り返ると、淹れたてのコーヒーの香り漂う、白いシンプルなマグカップを手にした斎賀先生が、そこにはいた。
その声は、いつもの厳格さを欠き、どこか弱々しくて……心に引っかかるものだった。
俺は軽い会釈をし、マグカップを受け取る。
コーヒー豆の配合だとか、挽き方だとか、特にそういったこだわりがあるわけではない。
だが、突き刺すような雑味や酸味がなく、ブラックなのに、不思議とほんのり甘い。
斎賀先生が、俺のためだけに淹れてくれた、コーヒー。
厳格な先生が、時折ふっと見せてくれる、優しさの味。
(……この一杯が、今日で最後になるのかもしれない)
だからこそ俺は、先生の顔を、見なかった。
今、目を合わせてしまったら、旅立つ決心ができなくなると思ったから。
だからこそ、空になったマグカップをそっと返し、胸にある言葉は呑み込んだまま、静かに一歩を踏み出す――。
「この周辺の〝フレンド〟は、私が追い払っておいた。腰に《HERO》をぶら下げたお前が、捕獲されんようにな。
まったく……これでお前は、二度と私に足を向けて寝られんぞ」
後ろから飛んできた、少し嫌味混じりの言葉。
その言葉に、俺は思わず、小さく笑う。
だけど、俺には分かっていた。
その言葉の裏には――溢れんばかりの愛が、込められていたことを。
そしてそれが、斎賀先生なりの、愛情表現だってことも。
「……行ってきます、先生」
「おう。気が済んだら、手土産に鯛焼きでも買って、戻ってこい」
背中越しに受け取った、先生の見送り。
その重みをしっかりと感じながら、俺は旅立ちに相応しい軽やかな足取りで、エレベーターに乗り込んだ。
そして、ドアが閉まる直前、振り返り、深く頭を下げる。
それが俺なりの、精一杯の感謝を伝える方法だった――。
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《斎賀 天寿郎》
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《次回予告》
《数年ぶりに、直接この目で見渡す、外の世界――。》
【ギジジジジジジ……ッ!!】
《――だとすれば、話は早い。先手必勝だ。》
次回――Episode 10 :【黎明告げる銃声】




