第129話 疲労困憊ではツッコミ不可。
修学旅行の日程も最終日の遊園地で全て終えた。
女子校との日程が丸かぶりして予定通りに進められなかった事案もあったが、
「遊園地、楽しかったね! 明君」
「そうだな。ただ、参加者はほぼ機内でおねんねだけど」
「それは仕方ないよ。退屈な寺院見学のあと、強行軍で長距離移動したわけだし」
「途中で大渋滞もあったしな。ま、はっちゃけるだけはっちゃけた結果がコレと」
それ以外は比較的楽しめた旅行だった。
地元へと向かう飛行機に乗り込み、糸が切れたように椅子で眠るクラスメイト。
眠っていないのは隣同士の椅子に座って暗い夜空を眺める俺と咲。
翌日の休み明けから本来の仕事に舞い戻るお疲れ気味の担任だけだった。
担任はノートパソコンを開いて修学旅行の報告書を記しているようだが。
「寝息の中でキーボードのカチャカチャが良く響くね」
「飛行機のエンジン音で薄らとしか聞こえないけどな」
夕食は飛び立った直後に機内食が出たのでそれを戴いた。
食後にお眠が増えて今に至るわけだ。
「流石の灯達も疲労困憊で寝ているか」
「碧もね。大玉メロンを常時抱えている分、疲れやすいのかも」
「誰が、大玉メロン、ですかぁ!」
「お? まさか、起きていたのか?」
「スヤスヤ」
「ううん。夢で大玉メロンと呼ばれたのかも」
「なんだ、寝言か」
複数の雑音と寝息を響かせた機内、俺達の乗る航空機は地元空港を目指す。
着陸して空港から出てバス移動でまた眠る者達が無駄に溢れると思うがな。
雲上から遙か遠方の景色を眺めつつ、俺は修学旅行の思い出を反芻したのだった。
「結局、あの二人も、交際を始めた、か」
「元々、互いの気持ちが寄っていたみたいだから、当然の帰結だったのかも」
主なきっかけは不明だが、山田と間仲が交際を始めた。
「流石に朝風呂露出がきっかけではないよな?」
「それがきっかけなら美紀にも可能性があったと思うよ?」
「だよな。晒していたのは間仲だけではなかったし」
「そうそう」
遊園地での買い物デート、集合時刻の時点で恋人繋ぎで戻ってきた。
二人の変化に気づいたクラスメイト達は黄色い声援をかけまくった。
樹だけは魂を口から吐き出した状態で瑠璃に慰められていたが、樹にもいずれ良い出会いがあるはずだ。
体型の良さだけが女子の個性ではないのだから。
「実の姉でさえ、男性経験があるとの話だしな」
「雲母先輩だね。意外と姉の紹介で異性と交際しそうな気がするよ」
「だな。ただ、特殊性癖を持つ者が相手だと考えものだが」
姉妹での経験差。
樹姉妹のこの違いは、何なのだろうか?
ともあれ、飛行機は無事に地元空港へと着陸した。
「おーい、灯。空港に到着したぞ。降りるぞ?」
「も、もう、食べられない。碧の大玉メロンは沢山だ」
「こいつ、どんな夢を見ているんだよ?」
「碧の大玉メロンを丸かじりしたのかな?」
「丸かじり? 碧の胸は無限に増える大玉メロンなのか?」
「多分?」
どうにか眠っているクラスメイトやバカップルを目覚めさせ、飛行機から降りた。
「いやー、よく寝た」
「私も今晩は寝られそうに無いくらい寝ましたね」
「それなら帰ってから……か?」
「そ、そうですね。ご無沙汰ですし」
バカップルは荷物を受け取るまで夜戦の相談をしていた。
「これってさ、ご無沙汰で碧の獣が活力を発揮するんじゃ?」
「ああ。もしかすると灯の見た夢は現実に起こり得るかもな」
それは暗示というか灯の未来を想定したような夢だ。
碧の大玉メロンに埋もれる的な夢なのかもしれない。
灯本人は無自覚だから夢に気づいてすらいないけど。
俺達は土産物の紙袋や手荷物をバスに載せかえ、学校まで戻った。
校庭には電車組のバスも停まっていて、俺達が最後だったようだ。
「とうちゃーく! ここから徒歩で家まで帰るのかぁ」
「夜も遅いから、今から迎えに来てもらうか?」
「そうだね。くたくただから家の送迎を呼ぶよ」
クラスメイトも三々五々と手荷物を持って家族の迎えの車に乗って帰っていった。
担任達は残りの仕事があるようで職員室へと入っていったけどな。
しばらくして咲が呼んだ送迎車が学校前へと到着した。
「おぅ……リムジンかよ」
「乗って帰るのは私達だけではないから、こちらを寄越したのかもね」
「そうかもな。おーい、灯、碧、瑠璃帰るぞ!」
「おぅ!」「「はーい!」」
結局、同じマンションに住まう者達を送り届けるために用意された乗り物だから。
そうして運転手に扉を開けもらい、大きな荷物片手に車内へと入った。
全員でマンションに向かう道中、
「皆さん、家に帰るまでが修学旅行ですよ!」
寝るだけ寝て元気を取り戻した碧のテンションがおかしかった。
「ん? 碧の台詞、何処かで聞いたな?」
「どちらかと言えばバスを降りる直前に担任が口走っていた気がするけど?」
「そんなことはどうでもいいわよ。早く家に帰って妹達にお土産渡して寝たい」
「あらら、瑠璃もお疲れね?」
「寝たいって? アレクのベッドに……なんでもない」
「今のセクハラは聞かなかった事にするわ」
「それは助かる」
「明君も配慮が出来ないくらい疲れているのね」
「そうかも。俺は咲と風呂に入ってから寝るが」
「ナチュラルに混浴を口走るなんて」
「明も疲れているんだな」
疲れ過ぎてツッコミの気力すら湧いていない状況で一人だけ元気一杯なんだよな。
例えるなら獣が顔を出したような雰囲気を醸し出していた。
「ふふふーん。家に帰ったら楽しみますよ!」
「な、なんか、今の碧、元気が良すぎね?」
「「あー、確かに」」
灯が戦慄する活力を疲労困憊の者が多い中、無駄に漲らせていた。
「な、なんか、急に命の危険を感じ取ったんだが? 悪寒というか何というか」
「悪寒……命の危険、か?」
それは獣の暴発を予期した灯の超感覚かもしれない。
(空港でご無沙汰の言葉が出たくらいだからな。お疲れの本人と入れ替わったか?)
咲も覚えがあるのか思案気に碧の大玉メロンを注視した。
「そうなると、あれをするしかないかな?」
「「「あれ?」」」
すると咲が何を思ったのか、
「ひゃうん!」
碧の正面に移動して大玉メロンを両手で鷲づかみした。
運転手の目がある中、突然の暴挙に出た咲。
咲の両手からはみ出す大玉メロンは実に圧巻だった。
「あー、この弾力。疲れが癒やされるぅ」
「いいなぁ。私も揉んでいい?」
次いで羨望の眼差しを碧に向ける瑠璃が、呆ける灯へと問いかける。
「揉んでもいい? 彼氏に確認!」
「?」
「おい、灯? 呼ばれてる」
「あ、ああ? 俺か。いいぞ、好きなだけ揉んでくれ」
「サンキュー!」
ツッコミ不在の中、碧の大玉メロンだけが歪に変化する。
「「おー!」」
「……んふっ」
俺はそんな惨状を横目に灯へと問いかけた。
「二人に揉ませていいのか?」
「本来なら許せない話なんだが、今日は怒る気力が湧かないっていうか」
「でも、空港で言っていただろ?」
「空港? あー、あれか。帰ってからワンオンワンでもするかって話だったんだが」
「は? バスケの話かよ!?」
「それしかないだろ? 旅行中は一切運動していないし。少しは動きたいし」
それが本来の目的だが、碧の獣は別の意味に解釈したと。
結果的に灯を戦慄させて、悪寒で命の危険を察知させた。
「それでか。でも、ベッドの方は?」
「旅行中はしてないぞ。羽目を外すなって話だから」
「あー、額面通り護ったんだな?」
「当たり前だろ? 明だって」
「まぁな……夜戦は帰ってからって決めていたし。咲もそれでいいって」
「限度無しになるからな……獣持ちが相手だと」
「だな。それは納得だ」
その後も息を殺したように嬌声をあげる碧。
「んあ! くふぅ」
「凄まじい弾力ね」
「ね? 会長達が好き好んで揉む理由も分かるよ」
「……」
到着する直前まで感じていた碧は咲達を睨んだ。
するとリムジンが緩やかに止まり、マンション前に着いた事を知った。
瑠璃は颯爽と荷物を持って自身の部屋の階まで上っていった。
「あっという間に帰っていったな?」
「それだけ眠気が勝ったって事だろう」
「揉むだけ揉んだのに?」
「それとこれとは別って事なのかもな」
「そうなのか。女子の挙動は分からん」
「灯にとっては碧以外の女子の挙動だろ?」
「そうともいう」
すると帰り支度を始めていた咲の前に碧が立ち塞がった。
「咲さん! お話があります!」
「私は無いよ?」
「で、ですが、揉みましたよね? 私のおっぱい」
「そうだね」
「盛大に何度も何度も、私が止めてって言っても無視して!」
「そうだね」
「何故、あんなになるまで揉んだのですか! お陰でパンツが……」
「単純に碧の獣が顔を出していたから、引っ込めただけ、だよ」
「ふぁ? け、獣?」
あれは咲なりの獣の対処法かもしれない。
おそらくだが、灯が揉めば限度無しに襲いかかると思ったのだろう。
しかし、揉んだのは同性かつ血縁者の咲だった。
灯ではないと気づいて引っ込んで本来の碧と交代した。
瑠璃はついでだが、異性が揉むよりも効果的に目が覚めると分かっただけ儲けものかもな? それが咲の獣に対しても有効かどうかは不明だが。
(これが旬さんだった場合、どうやって対処すればいいのやら?)
咲が碧に行った獣の対処法は女性在りきなのかもな。
男性の場合は不可解な点が多すぎるから最悪……気絶させるしかないだろう。
全ての荷物を降ろし、出発したリムジンに手を振った俺と灯、
「け、獣が出ていたのですか?」
「今までの獣より大人しいけどね」
「大人しい?」
エレベーター前で不穏な会話を行う彼女達を一瞥した。
「これで碧も自覚すれば多少なりに制御が出来るかもな」
「自覚? 自覚したら可能になるのか?」
「咲が言うには、獣が出ている時、意識があるかどうかが鍵らしいぞ」
それが自分の意思で判別出来ると意思疎通が可能になるという。
「そういえば途中から、文句を言いたいと、思った瞬間」
「自分の声が聞こえたの?」
「外から聞いた時の私の声音ですが『いいよ』と」
「なら、可能になるかもね」
「制御が、ですか?」
「うん」
そんな意味深な会話がエレベーター前で木霊した。
修学旅行編はこれにて終了、次話から文化祭準備へと突入します……多分。