第120話 何処から何処までが策なの。
明君と結ばれた日の翌日。
私達は修学旅行で古都へと向かった。
その道中では少々後悔する出来事が発生した。
(夫婦って言葉に反応しないでよね! ああ、CAさんの頬が引き攣ってる!)
もうね、嫉妬の獣……私が名付けた呼称は小咲……が表情筋と声帯の主導権を握ってしまって、色んな意味で私の立場が危うくなったのだ。
幸い、降機後に明君のキスで眠りについたから良かったけどね。
いつ目覚めて暴発するか不安になった私だった。
御せたと思った矢先にあっさり奪っていく。
白木の特性は謎が多すぎるね。
その所為でリムジンバスに乗った後、別件の質問攻めにあってしまった。
(結ばれた事が有耶無耶になったのはいいけどさ)
なんでMになったって思うかな?
(小咲の事は表沙汰に出来ないから仕方ないけど)
もう少し言葉を選んで欲しいと思った私だった。
すると瑠璃達の質問攻めの最中、
「碧のブレーカーオン」
明君が意味深な言葉で碧達に語っていた。
私の席から聞こえたのはブレーカーの部分だけ。
この単語を使う時は大概が獣関連だ。
(えっと、もしかして教えてる? いや、明君なら私に丸投げするね)
当事者しか知り得ない困った特性だからね、これ。
聞き耳を立てているとチラッと「延命」が聞こえたので当たりだった。
これは宿に着いた時にでも碧に教えようと思った私であった。
仮に教えるとすれば部屋が別だから、お風呂に入っている時が無難だろう。
(瑠璃に聞かれると面倒だしね)
なーんて思っていたら、
「凪倉君と白木咲さん。尼河君と白木碧さん。最後に凪倉瑠璃さん。五人の部屋は宿の御厚意により、最上階のスイートになるそうです。くれぐれも羽目を外しすぎないように!」
「「「「「は、はい」」」」」
爺の干渉により私達五人だけが最上階行きとなってしまった。
「五人だけいいなぁ」
「あとで遊びに行っていいよね?」
「「仕方ないなぁ」」
言葉では仕方ないと言っていたけど、私も瑠璃も表情筋が引き攣った。
いやいや、公立高校の修学旅行でそこまでの干渉する? 普通?
私達の立場は令嬢令息であっても、今は一介の学生に過ぎない。
寺院や城での異常な警備もそうだけど、やり過ぎだと思うよ?
一先ずの私達は別館に向かうクラスメイト達と別れ、
「い、今は悔やんでも仕方ないね」
「そうだな。ところで何号室だ?」
ラウンジにて担任から受け取ったカードキーをテーブルに置いて眺めた。
「えっと、カードキーは全部で三枚ですね」
「三部屋ってことは瑠璃だけ一人?」
「「一人って」」
学生の身で一人スイート。
最近まで貧乏母子家庭で過ごしていただけに、
「ひ、一人でスイートとか地獄なんだけど?」
室内の調度品を壊さないか不安そうな瑠璃だった。
すると明君がスマホ片手に瑠璃へと提案した。
「それなら呼んでみたらどうだ?」
「呼ぶ? 誰を呼ぶの?」
「アレクだよ。たまたまフィールドワークで近くに来ているんだと」
「!! うん、呼ぶ!」
提案を受けた瑠璃は嬉々としてメッセージを打った。
私はあまりの都合の良さに呆気にとられた。
「も、もしかして示し合わせていたの?」
「俺は知らん。有り得るとすれば爺さまだな」
「あ、あー。それで?」
「どうせ、爺と張り合ったんだろ? 孫達の宿にスイートを用意したって」
「それで瑠璃にも用意したと?」
「多分な。爺と『儂孫可愛い合戦』をしているとか、お義母さんから聞いていたし」
「母さん、私にも教えてくれたらいいのに」
いや、本当にそういう情報こそ与えてほしいよ。
そうすれば事前に予測が出来るのに。
私達が苦笑しつつ話し合っていると瑠璃が頬を緩ませ喜んだ。
「アレク君、来るって! これで二人きりだぁ」
「良かったね。瑠璃?」
「うん!」
すると今度は尼河君がきょとんとアレク君の名前に反応した。
「ん? アレクって誰だ?」
「俺の元チームメイトだよ」
「それって本場の?」
「そうなるな」
「へぇ〜。一度、対戦してみたいかも」
「文化祭で対戦したらいいだろ。アレクもフィールドワークで来ているから準備が出来ていないし。灯だって修学旅行が優先だろ?」
「そういえばそうだな。それまで待つか!」
バスケ好きだからかついついそちらに意識が向いたのね。
明君がチラッと碧を見たのでそれで気づいたっぽいけど。
私達は本館エレベーターに乗り込み最上階へと向かう。
すると瑠璃が不安気な表情で私に質問してきた。
「というか思ったんだけど、先生方の許可は要らないのかな?」
それを聞いた私は明君と碧に視線を向ける。
揃って首を横に振ったので私なりの考えを瑠璃に示した。
「要らないんじゃない? これが別館なら問題あるけど、私達は先生方の管理外に居るからね。最上階は先生方が望んでも簡単には入れないみたいだから」
実際にエレベーターを降りると屈強な警備員が立っていたし。
ここも白木の警備……否、会長の会社の従業員だった。
実家に嫁いだから白木の系列に組み込まれたのかもね、きっと。
『久しぶり』
『お久しぶりです』
明君は顔見知りだから挨拶しているけどね。
「ほらね?」
「そ、そうなのね。なら、美紀達はどうするの?」
「夕食後に連れて行くなら問題ないでしょ。私の部屋に集まればいいし」
「そうね。そうしようか」
それこそ一人で訪れたらお帰り下さいになるだろうしね。
私達が許可を出した者として連れてくれば問題はないはずだ。
そうして各自の部屋に入り、その広さに驚いた。
「「ここまでする?」」
そう言いたくなる一室だった。
私達は令嬢令息ではあるけど価値観は庶民だよ?
「ゆ、夕食までどうする?」
「室内の風呂に入るしかないな。大浴場に行くにしても距離があるし」
「そうだね。夕食は別館だけど」
「もしかするとルームサービスで届けられそうな気がする」
「その線も捨てがたいね」
クラスメイト達との思い出作りが一変。
クラスメイトから隔離された思い出作りになったのは正直、微妙な気分だよ。
「とりあえず、風呂、入るか」
「そうだね。一緒に入ろうか」
本来なら混浴すら出来ない旅行だけど、こうなった以上は混浴するよね。
私達は既に経験があるから当たり前に裸になって同じ湯に浸かるけども。
「個室に檜風呂ってなんぞって思ったが」
「これはこれで有りだね。温泉だってさ」
「ここは沸かし湯ではないと」
「そうみたい。美肌効果もあるって」
交代で身体を洗って湯に浸かる。
一応、空気を読んで物理的に繋がるのは控えておいた。
碧と瑠璃辺りは平然とやりそうな気がするけども。
お風呂からあがった後は浴衣に着替えて美紀達と連絡を取り合った。
「班長が美紀で良かったよね」
「そうだな。夕食の事とか言ってきたか?」
「私達も別館の〈楠の間〉に来て、だって」
「流石にルームサービスでは無かったか」
「そうみたい。人数分の料理を用意しているからだと思うけど」
「なるほどな。そうだった、俺も山田に連絡を……おぅ」
山田君に連絡を入れようとした明君がスマホ画面を注視したまま固まった。
一体、何が書かれていたのだろうか?
困惑しつつ首を傾げる明君。
「どうかした?」
「いや、これはどう言えばいいのやら?」
私は気になったまま画面を覗き込む。
そこにあったのは、
(勇気があるというかなんというか。混浴した手前、私からは何も言えないよ)
女湯を覗きに行こうとのやりとりが書かれていた。
それは男子グループの作戦で見なかった事にした。
私はスマホから視線を外し、窓の外を眺めた。
「伝えなくていいのか?」
「私が覗かれるなら止めるけど、明君と混浴した私に権利はないよ」
「俺も咲が覗かれるなら殴ってでも止めるが、止める権利はないな」
学校の生徒という立場で見た時、私達の行いは説教と反省文コースになる。
模範となるべき生徒会役員兼クラス委員の立場があるのにやらかしたから。
バレなければいいとは思うけど、こういう事は割と簡単にバレる。
明君との関係も根掘り葉掘りと聞かれたし。
「とりあえず、碧に聞いてみて」
「それがいいだろうな。次期生徒会長の判断で」
私は覗き行為をどうするか確認を取った。
当然『周知しますよ!』と返ってきたけどね。
(一先ず碧経由で伝わるならお任せかな?)
ここで誰が教えたのか伝わるものでもないし。
「碧が女子グループに投稿したね」
「まさか、大炎上?」
「うん。企画した男子の名前が伝わったから」
「またもD組だったもんな」
「自分のクラスから出てきたら周知するよね」
おそらくスイートに泊まっている碧が大浴場に現れると思って企画したものなのだろう。
だが、碧はこちらの内風呂で汗を流したようなので、大浴場に顔を出す事はなかった。
覗き云々もあるから行くわけがないよね?
企画を立てた男子は生徒指導の先生に捕まり説教と反省文を書くことになった。
それは企てに乗ろうとした男子達も含む。
相変わらず、下半身元気な猿人が多いよね。
(美紀には感謝だね。あとで個室の景色をプレゼントしようかな?)
私と明君は碧達と共に別館へと向かう。
「別館に繋がっている渡り廊下は五階以下からか……地味に遠いな」
「そうみたいだね。朝食に遅れないよう時間を計っておく?」
「それがいいですね。ルームサービスが使えるならそれが一番ですけど」
「流石にそこまでは用意していないと思うぞ?」
「そうなので?」
「私達は団体で泊まっているからね」
「団体……ですよねぇ」
「そうよね。団体様には甘くなかったかぁ」
希望があれば叶いそうだけど、私達は団体行動が基本だしね。
四階まで降りて渡り廊下を進んで目的の大広間へと向かう。
大広間前では既に何人かの学生が集まっていて……、
「「え?」」
「「「あっ!」」」
数日ぶりに女子校の面々と御対面したよ。
私は風呂上がりの浴衣が妙に似合っている友達へと声をかけた。
「貴女達もこの宿だったの? しかも同じ時期に」
「いえ、元々は海外でしたけど」
「例の件で職員が女性のみになりまして」
「急遽ですが旅先を国内に変更しましたの」
「変更」
だ、だから、あの時?
(警備員が居た理由はそれと?)
何処で出くわすのか分からないねぇ(´・ω・`)