第119話 孫可愛いも度が過ぎるよな。
女子校での文化祭から数日後。
俺達は地元空港へと到着した。
「班毎に並んで待機してね! 調子の悪い人は椅子に座ってもいいわよ!」
本日から三日間、俺達は修学旅行の行事で古都へと向かう。
俺が修学旅行の場所を知ったのは今学期に入ってからだが。
本来ならば休むつもりだったので知らなくて当然だよな?
「楽しみだね。明君」
「そうだな。俺が古都に行ったのは数回の帰国以来だな」
「あー。私に教えてくれなかった、アレ?」
「お、おい。今更、怒るなよ?」
「怒ってないよ?」
なお、俺達が空港に居る理由は二つある。
一つは今年度から移動手段が電車と飛行機に分かれた。
一つは選んだコースが電車組と違う点。
電車組は降りて直ぐホテルに直行する。
飛行機組は時間の許す限り、古都を見てまわるコースになっている。
真面目に見てまわるか、翌日の自由行動で羽を伸ばすかの違いだ。
その分、事後のレポート枚数が電車組より多くなる。
中には飛行機に初めて乗る生徒もそれなりに存在していて、
「お、俺、もう帰りたい」
「飛行機を選ばず電車にすれば良かったのに」
「それは班の全員が飛行機を選んだからで……」
「それを私達の所為にしないでよね?」
「そもそもホテルで合流するのだし」
「うっ」
咲や瑠璃のような経験者の方が少ないようだ。
あの灯や碧も陸路でしか行き来していないとの話だし。
バスの間は修学旅行の空気の所為か、元気一杯だった者達も今は顔面蒼白で窓外を眺めている。
「何時間も乗る訳ではないのに」
「初めてだったら仕方ないよ?」
「それもそうか」
ちなみに、旅行中の格好は制服ではなく全員が私服だ。
咲は動きやすい服装を選択し、俺は普段通りのジャケット。
普段は寸胴の碧も本日だけは体型が分かる服装で現れた。
歩く度に揺れる大玉メロン。
男子達の視線が釘付けだったのは記憶に新しい。
隣を歩く灯が睨むと、サッと視線をそらしていたが。
保安検査ののち搭乗時間まで待機していると到着した飛行機が誘導されてきた。
「わぁ〜。あれに乗るの?」
「おそらくな」
歓喜の声をあげているのは碧。
笑顔で応じるのは彼氏の灯。
ピョンピョンと跳びはねるから大玉メロンも大いに弾んでいる。
違う班なのに一緒に居る二人。
教師達も生暖かい視線を向けるだけだった。
「降機する人達の視線も釘付けだね?」
「灯も興奮しているからか気づいていないな」
直後、咲が公共の場なのに暴走しかけた。
「そうなると碧って飛行機処j」
俺は咄嗟に咲の口を右手で塞いだ。
「それ以上は言うな」
「ふんふん!」
咲も理解したのか何度も頷いた。
ここで処女なんて発したら白い目で見られるぞ。
どうも普段から碧にマウントを取られていただけに、揶揄いたかっただけなんだろうな。
碧はきょとんと咲を見つめていたが。
「ぷはっ。濡れ」
「おい」
「ごめんなさい」
言ったそばから暴発する咲。
俺は唾液のついた右手をハンカチで拭いつつ大きな溜息を吐いた。
「これは着いたら、お仕置きだな」
「お、お仕置き!? そ、それって?」
「ホテルで禁句、あとは放置」
「禁句と放置!? そ、それだけは止めて!」
「嫌なら暴走しないよう気をつけような?」
「う、うん。私、頑張る!」
これも結局、昨晩の出来事が反映された結果だろう。
今までは痛みで落ちていた咲。
どうにか耐え抜いて今がある。
流石に獣と咲が交互に現れた時は驚いたが、
(咲なりの制御術なのかもしれないな、あれは)
スタミナお化けに耐えられるのは俺くらいだと実感した。
すると咲の周囲に目敏い者達が声をかけてきた。
「ところで咲?」
「瑠璃、何か用?」
「単刀直入に聞くわ。やっちゃった?」
咲は瑠璃に捕まり、
「ノ、ノーコメント」
「ほほう。この反応?」
「もしかすると、もしかする?」
「もしかしなくても、もしかするでしょ?」
「ノーコメント!」
樹と間仲に囲まれていた。
一方の俺は顔面蒼白の山田の背中を摩ってやった。
「女子は元気一杯なのに、お前ときたら」
「すまん。緊張して寝られなかったからな」
「緊張って。まさか、飛行機か? 旅行か?」
「両方」
「マジか。前者はともかく後者は子供かって言いたいが」
「子供で悪いか。俺はまだ成人前だ!」
「そういえば子供だったな。俺も……」
年齢的には子供、性別的には大人の男。
咲も瑠璃と同様に経験したからか雰囲気が今までと異なる。
だから気づける者達の目で見れば一瞬で気づかれる。
お義母さんとか、な?
(映像電話のやりとりだけで『初孫まであと一年と半年!』なんて言ったもんな)
その証拠に担任までも気づいて俺に声をかけてきた。
「凪倉君、避妊はきちんとしなさいね」
「うっす」
「ひ、避妊? お、お前、まさか?」
「ノーコメント」
「おいおい。夫婦揃ってノーコメントとか」
「おい、夫婦は止め」
「うふふ」
「「あっ!」」
後はこの一件で「夫婦」の言葉は咲を残念にする禁句と成り果てた。
試しに事後、早朝に発したら復帰するまで三時間を要した。
一時間が三時間に延長したら禁句となっても仕方ないよな。
「これは到着してから、目覚めさせるしかないな」
「す、すまん。も、もしかして、目覚めないのか?」
「俺との結婚が現実味を帯びてきて幸せ気分が延長したらしい」
「「「「おぅ」」」」
「ふふふふふ」
こうして俺は咲を介助するように飛行機まで連れていった。
微妙な残念感は漂っていても、手荷物の片付けとシートベルトの着用を自発的に行うのは、咲の意識が肉体を動かしているとしか思えないな。
緩んだ表情だけは嫉妬の獣が前面に出ているのだろう。
「トイレは一人で行けよ」
「ふふふふふ」
「頷いたからいいか」
§
出発して二時間後、古都の最寄り空港に到着した。
到着して直ぐ、俺は咲を目覚めさせた。
手荷物を受け取る際に、死角で濃厚なキスをした。
それだけで獣が奥に逃げ、本人の意識が浮上した。
咲曰く、獣が表に出ている時。
意識はハッキリしているようで部分的な肉体の主導権を奪われるそうだ。
案の定、表情筋と声帯を奪われているだけだった。
「瑠璃からの追求を回避出来たから良かったものの、あの単語はないよ」
「まぁ仕方ないだろ。今回は知らなかったんだし」
「それはそうだけど! お陰で機内での貴重な時間が無くなったじゃん」
「そこは自由行動で埋め合わせしような」
「う、うん」
それはまるで二重人格。
一種の特殊体質に思えてならない。
これは旬さんと碧、和も持ちうる性質だけに、白木家の特性として記録が必要に思えた俺だった。
ただな、浮上後は荒れた荒れた。
「絶対、あの単語は言わないでね?」
「お、おう。気をつける」
山田相手に繰り返し叱責したもんな。
緩みに緩んだ表情を乗員達にまで見られてしまったから。
咲の羞恥が相当なものだった事が分かる。
リムジンバスに乗り込んで古都に向かう間も騒がしかった。
「一瞬、咲がMに目覚めたかと思ったわ」
「無い無い、それは無い。私はノーマルだから!」
「「ノーマルねぇ?」」
「何よ?」
話題が斜め上に変化しただけマシか。
(獣云々は関係者しか知らない事だし、言っても信じられるものではないしな)
バスの中では咲達が最後尾の席に座って騒いでいる。
一方の俺は最後尾の手前で眠った山田と隣同士で座っている。
すると右側の席に座る碧が問いかけてきた。
「咲さんは何かあったので?」
「あー。碧にもいずれ分かる時が来るかもな」
「碧にも分かる時が来る?」
今度は窓際の灯までも反応した。
(そういえば、こいつらは関係者だし、いいか)
俺はこの際だからと教えておく事にした。
「碧のブレーカーオン」
「「うっ」」
「咲の場合は意識があるらしい」
「「え?」」
ま、そういう反応だよな。
信じられないっていうか。
俺も詳しく知らないので残りは咲に委ねる事にした。
「制御方法は咲が知っているから聞けばいいぞ」
「ま、まさか獣を制御したのか?」
「そのまさか、らしい」
「えっと、あとで聞いてみます。それと和にも教えないと」
「そうしてくれ。灯と光の延命のためにも、な?」
「そ、そうだな。絶対に聞いてくれ!」
「分かりました」
その制御法が咲だけのものなのか?
誰でも可能なものなのか検証が必要だけどな。
和はともかく、碧が暴走すると特に危険だ。
バスは緩りと速度を落とし高速道路を降りていく。
「「おー!」」
「「きれー!」」
全員が全員、窓の外に夢中になる。
俺の隣で大いびきをかく山田は除く。
「山田、起きろ。着いたぞ」
「ん……も、もう、おっぱいは、沢山だ」
「こいつ、なんて夢を見ているんだよ?」
一体、なんの夢を見ているのか?
すると灯が碧の一部を注視しつつ問いかけてきた。
「これは碧の胸を見過ぎたか?」
「多分な」
灯も盛大に揺れている事には気づいていたと。
碧は視線を感じつつきょとんとした。
「私の胸?」
灯の視線だから嫌悪はないみたいだが。
「盛大に揺れていたからな!」
「そうなの?」
「ああ。空港でも上へ下へと、な」
「それならそれって教えてよぉ!」
無自覚で揺らしまくる碧。
もしかすると獣と共存しているのかも?
バスは市街地に入り、添乗員の指示で現地に向かう。
「綺麗だね。明君」
「そうだな。き、綺麗だが……」
「あ、うん」
いや、なんていうか、見つけてしまったんだよな。
俺達の背後に控える警備員。
旅行先まで白木の警備が勢揃いってなんぞ?
景観よりも並ぶ警備員に意識が向かって楽しむどころではないな。
「心配なのは分かるが、少しは空気を読んでほしい」
「誰の指示? 爺?」
「爺だろうな。お義父さんだと碧達まで意識が向かないし」
「困った爺だよ」
バス移動して向かった先にも居たからな。
そのうえ、
「凪倉君と白木咲さん。尼河君と白木碧さん。最後に凪倉瑠璃さん。五人の部屋は宿の御厚意により、最上階のスイートになるそうです。くれぐれも羽目を外しすぎないように!」
どういう訳か俺達の部屋だけ別室になっていた。
「「「「「は、はい」」」」」
こうなると素直に応じるしかないな。
「五人だけいいなぁ」
「あとで遊びに行っていいよね?」
「「仕方ないなぁ」」
普通にあり得ないでしょ(´・ω・`)?