第117話 隠してもいずれバレるよな。
俺が教頭と会長に報告した情報は役員の爺を経由して理事長へと伝わった。
理事長は俺と会長が話し合う会議室に足を運び、
「!? な、なんという事だ!」
プロジェクターに映るリアルタイム映像を眺めて絶句ののちに叫んだ。
「私も彼の普段の態度が真摯的だっただけに、今は裏切られた気分です」
関係者の気持ちは分かる。
信じていたのに裏切られたから。
それは会長も同じであり現実逃避の様相で窓の外を眺めていた。
俺に提案した時は冷静だったが、過去を思い返すと後悔だけと。
「入学したのが間違いに思えてきたわ」
「俺からは何も言えません」
「それは分かっているわよ」
もうな、普段は冷静な会長ですらこの状況だ。
これが咲達の耳に入ったらどうなってしまうのか?
流石の俺も未来までは見通せなかった。
しばらくすると警備の人員が集まってきた。
集まった警備は会議室が埋まる人数だった。
警備の人員は責任者と三人の補佐以外は女性で構成されていた。
今回は女性しか入れない場所に向かうから仕方ないよな。
俺はプロジェクターの映像を各階毎にスクショして警備責任者へと送信した。
あとはプロに任せればいいので静観するよな。
「A班からC班は寮の捜索、D班からF班は脱衣所と大浴場の捜索を命じる!」
「「「「「「了解!」」」」」」
「残りの人員は校内に残るブツの捜索を命じる!」
「「「了解!」」」
「私と補佐は山田教諭の私室に向かう。付いてこい!」
「「「了解!」」」
大勢の警備が一度に動く。
これだけでも騒ぎになりそうだ。
本来ならば文化祭以降に行う対応だが、被害者が増え続ける事を考慮すると早急な対応に出る方が得策だったのだ。
表向きは凪倉の御嬢様の私物捜索と銘打って動いているので、仮に問われたとしても違和感はないだろう。
「今回に限って言えば瑠璃には人柱になってもらうしかないですよね」
「そうね。瑠璃さんの大絶叫よりはマシよね。拡散が途轍もないから」
人柱となった瑠璃も被害者だ。
被害者だからこそ超音波な大絶叫を発する事が予測出来たよな。
校内に響き渡る「と、盗撮ですってぇ!」は不要な物議を醸し出す。
しばらくすると騒ぎを聞きつけた咲達が会議室へと顔を出した。
「明君、説明して!」
流石に警備が彷徨く大騒ぎになればな。
おそらく問いかけて俺達が何処に居るのか知ったのだろう。
「せ、説明するのはいいが」
「何か、あるの?」
「瑠璃の口元を塞いでくれ。呼吸だけさせてくれればいいから」
「わ、私の口?」
「う、うん。分かった」
咲はきょとんとしつつ、困惑する瑠璃の口元を塞ぐ。
瑠璃の大絶叫だけは要注意だからな。
「塞いだよ」
「ふんふん」
「唾液塗れになる覚悟だけはしておけよ」
「だ、唾液?」
「ふんふんふん!」
瑠璃は「なんでよ!」とか言っていそうな気がするが、
「とりあえず、この映像を見てくれ」
俺は説明よりも見せる事で理解させようとした。
「え? この赤い点。まさか、カメラ?」
「そのまさかだ」
「なんですか、この数は?」
「あ、でも少しずつ消えていってる?」
消えているのは回収して電源を落としているからだろう。
どういう仕組みで動いているのか不可解だが、全て片付けば安堵するよな。
目前の被害者達がどう反応するのか正直恐いが。
「次は校内図と重ねるぞ」
「「「「えっ?」」」」
これだけでそれが何処にあるか判明するよな。
咲は顔面蒼白になり、理解した。
「ま、待って? こ、これ……?」
瑠璃は口元を塞がれたまま叫んでいた。
「うー! うー! うー!」
咲に願っておいて正解だったな。
副会長は目を見開いて遠い目の会長に問う。
「嘘でしょ? 会長、嘘ですよね?」
「これは現実よ、遊」
「……」
副会長は絶句。
李香はポカーンと宇宙猫になっていた。
「……」
思考停止ともいうが仕方ないよな、これは。
唯一、他校生の碧は安堵の表情を浮かべていた。
ここで口に出すと不愉快な空気を作るので無言のままだったが。
俺は全員が落ち着くまで待ち、
「現状は該当物の回収で警備が駆け回っている」
「警備員に問いかけたように瑠璃さんを名目に使わせてもらったわ」
会長と共に事情を打ち明けた。
「ああ、それで。瑠璃の私物と聞いて何かあったかなとは思いましたが」
「うーうー!」
「はいはい。少し落ち着いてね」
「う、うん」
瑠璃も文句があるようだが今回は仕方ない。
それもあって爺に連絡を入れたあと爺さまにもお願いした事を伝えた。
「お詫びにアレクとツーリングデートが出来るよう手配しておいたから」
「うーうーう? うううううう?」
「そうそう。アレクが自動二輪の免許を取ったと言っていたから、爺さま経由でバイクを貸し出してもらう事になったんだ。明日の休みにでも出かけるといいぞ」
「! うん、ううううう!」
これだけで元気になるよな。
但し、取得したばかりだから二人乗りは出来ない。
そうなるとサイドカーに乗せるしかない訳で。
アレクの予定も聞いているので問題ないだろう。
「いいな。瑠璃だけ」
「それは分かるが、もう外していいぞ」
「そうだった。うっ、唾液塗れになってる……」
「あ、咲、ごめん」
「ちょっと、手を洗ってくるね」
咲はそう言って外に出ていった。
手を洗う場所は近場のトイレ。
そこは赤い点がないな。
だが、
「明君! 洗面所の下にこんなの見つけた!」
戻ってきた咲がハンカチ越しに小さい箱を持ってきて俺に示した。
受け取った俺はハンカチ越しに箱の正面を覗き込む。
「げっ。これもカメラかよ」
「「「「えー!?」」」」
「真ん中に小さい穴がある。中身は」
小さい箱の中身は小型カメラ。
しかも電波を発していない代物だった。
流石に映像を読み取るには端子に接続する必要があり、証拠品として提出するしかなかった。
この場で余計な映像を見るよりはいいか。
「この手の小箱も捜索する必要があるな」
「何て代物を校内にばら撒いているのよ」
瑠璃は天井を見上げ溜息を吐く。
持ってきた咲は俺がテーブルに置いたブツを困り顔で眺める。
「本当に許せないよね。私達は過去の事だからどうしようもないけど」
過去の事、受け流すしかないって事かもな。
咲の場合は別件でも写されている。
過去と新聞部で慣れが出てしまったのかも。
「そうね。過去は過去、今は今だし。後輩達が被害に遭っているものね」
「ここで悔やんでいても、仕方ないですよね」
「今以上の被害が出る前に片付きますもんね」
元在校生達も水に流す事にしたようだ。
この中での部外者は俺と碧だけだから必要以上に問う事はないが。
しばらくすると問題教師が会議室に連行されてきた。
「何故、私が、こんな対応を取られないといけない!」
「何故もなにも、目の前にある映像を見れば一発ですよ」
「目の前の? !? な、なんだこれは!!」
この反応は何故バレた的な驚きだな。
隠せるとでも思ったのか?
すると咲と瑠璃が正面に立ち、
「「お久しぶりです。山田先生」」
揃って目が笑っていない笑顔で挨拶した。
「し、白木さん? そちらは……柏か?」
どうも瑠璃は風紀委員室での面会が出来なかったようだ。
問題教師が校内を巡って撮影行脚していれば会えないわな。
呼称の時点でもどんな扱いをしていたか判明したし。
瑠璃は首を横に振り間違いを正す。
「いえ、先生。訂正が御座います」
「て、訂正?」
「私の名字は柏ではなく凪倉です。母が離婚して実家に戻りましたので、今の名前は凪倉瑠璃です」
「ふぁ?」
名前を聞いて思考停止。
瑠璃は完全に理解させるためにホワイトボードへと名字を記していく。
「凪倉ですので、覚えておいて下さいね?」
「そ、そ、その、その名字は!?」
捕まった状態で愕然とする教師。
勢いでジャンピング土下座しそうな雰囲気だな。
俺は周囲の空気と教師の反応を見て疑問に思い、
「ところでウチの名字ってそんなに効果があるのか?」
李香に問いかけると代わりに会長が答えた。
「あると言えばあるね。この学校の創立者が凪倉だから」
おいおい。創立者がウチだと?
そうなると誰もが過剰反応する理由はそこにあると?
「全然知りませんでした」
「それは仕方ないわよ。これは全盛期の話だからね?」
「全盛期ですか? なるほど」
流石の瑠璃もこれは知らなかったのか、
「私、母さんが離婚していたら、侮られなかったの?」
きょとんとしたまま問いかけてきた。
「そうかもしれないな」
「マジでぇ。これに、この変態に、何度も、お尻を触られていたの? 私?」
「ち、違っ」
「何が違うのよ。咲の代わりに揉ませろって言って触れてきたじゃない!」
「うっ」
瑠璃の暴露に俺と咲は目が点。
会長達は汚物を見る目に変化した。
「「「最低ッ!」」」
「教師の風上にも置けないクズですね。死ねばいいのに」
他校の生徒からも侮蔑の言葉をいただいた問題教師。
咲も汚物を見る目に変わり、
「私が外部受験する時に猛反対した理由は私の身体目当てだったと? 最低ですね」
俺がカチンとくる一言を告げてきた。
「猛反対? 外部を受けようが受けまいが関係ないよな? 生徒の自由だろ、それ」
「自由なんだけどね。何故か猛反対してきてさ? 無視して受験して正解だったよ」
隠しカメラで寮生活を盗撮されていたらな。
大浴場にトイレ、更衣室のやりとり等。
瑠璃への痴漢といい、女子校向きの教師ではないな。
授業は真摯的でも裏の顔が悪人では地雷と同じと思えてならない。
「こいつの所為で他の男性教師が不遇の扱いを受けそうな気がする」
「全員同じと思う子達が溢れるかもね。百合に走る子が多いのも、もしかすると?」
「被害者かもしれないな」
かつてのマンションで大騒ぎした男嫌いと同じように。
(いつの世も、真面目な男性を困らせるのは、こういった下半身元気な猿人共、か)
問題教師は警備員達に連れられて、裏門に現れた警察車両に乗せられていった。
安堵した俺は会議室の椅子に座ってひと息いれる。
「これで安心して回れるか?」
「どうだろう? 話を聞きつけた元クラスメイトが会議室の外に居るから」
困り顔の咲の視線の先には驚くべき人数が控えていた。
「マジか」
創立者の子孫が大掃除しただけか(´・ω・`)