第113話 幸運が粛々と舞い降りるね。
小テストの後、明君へと午後の予定を話そうとしていたら、
「白木さん。そんなバカは放っといて俺と一緒に勉強しませんか?」
とっても臭い空気が声をかけてきた。
その名は涌田影。
明君の席の反対側でボロクソ文句を言っていた女子達の仲間だった。
こんな奴の声かけに応じる事が無駄に思え、
「死ね」
有無を言わせず返した私だった。
正直、聞きたくない一言だよね。
私の愛する人を平然とバカと呼ぶ。
この一言は私の逆鱗に触れたよね。
だが、何を思ったのか追撃するように問うてきた。
「し、死ねって……それは俺ではなく、そのバカに対してで?」
「消えろ」
鬱陶しい気分になりながら応じた私だった。
午後の時間が出来たから放課後デートの提案をしようとしたのに邪魔されたから。
お陰で放課後デートも気分が乗らなくなったから他の案を考えないとね。
しかし、私の返答を受けた涌田は有り得ない言葉を口走る。
「お、おい! 消えろとか言われているぞ! さっさと教室から居なくなれよ!」
その言葉は私が涌田に発した一言だ。
それを涌田は明君に対して発したと思い込んだ。
(ここまで自分本位なのは地雷以来だね)
地雷の真似をしているから似てしまうのか?
それか、元々が同類なのかもしれない。
明君は無視したまま帰り支度を始めた。
(こいつが邪魔で席に帰りたくても帰れないよ)
私の苛立ちが最高潮になってしまったからか、途中から自分が何を言っているのか分からなくなった。
(えっと、これって?)
否、口が勝手に動いている。
頭は冷静なのに自然と罵詈雑言を吐いてしまったのだ。
つまり、今の私は嫉妬の獣が顔を出している状態だと把握した。
(こういう事ってあるんだね。意思疎通が出来たらいいのだけど)
もし、それが叶うなら鼻血を出す前に交代が可能になるからだ。
私が望んでいるのに、幾度となく鼻血で寸止めだもの。
明君に生殺しを与える事も本意ではないし。
(私だって生殺しだからいい加減、重なりたいって思うもん)
周囲を見ればいつの間にかシーンと静まり返っていた。
(えっと、とりあえず身体、返してね?)
そう、願うと『分かった』と返答がきた。
(会話が可能なんだね)
ある意味で自問自答の様相になるが明君が取り巻きとのやりとりを行う間、私は嫉妬の獣と会話した。
可能なら行為の際は粘ってほしいと思いつつね。
(不味いと思ったら私と交代してよ?)
その返答は『仕方ない』渋々という感じだった。
今のままだと繋がれないし生殺しも限界だったし。
(最初だけは仕方ないけど、以降は交互でいい?)
私だけが楽しむのではなく彼女も楽しむと『商談成立』なんて返答は驚きだけど。
聞けば嫉妬の獣は制御不能の性質で、私が初めて御せたと思うしかないのかな。
まだ本番で試していないのでどうなるか分からないけど。
もし可能なら、碧にも伝授しようと思った。
会話の後、意識を外に向けると涌田が問題一家の関係者だったと周囲が驚いていた事に気がついた。
「こいつも犯罪者の手下だったの?」
「そんな感じだな。そこの四人も、もしかすると」
「あぁ……そういう」
こいつらは我起の親戚筋。
凪倉が庶民と言いくるめられていた者達だと理解出来た。
我起にとって、凪倉家とは憎い相手そのものだから。
それで碧を見に行った事も合点がいった。
存在を知っていて名字を明かすようであれば何かしろと命じられていたのだろう。
何をするかは不明だが命じた主達は捕まっているので何も出来ない。
すると涌田が何を思ったのかスマホで電話をかけ始める。
「クソッ、出ない。あ、もしも……警察?」
相手は我起のハゲデブかな?
証拠品として保管していたスマホが鳴ったので袋から出して電話に出たと。
画面には涌田の名前が出ている事から逃げられなくなった。
「い、いえ、間違えました」
顔面蒼白で間違えたって。
「こんな所に地雷の舎弟が居たし」
第三者の居る場所で電話したら言い逃れは出来ない。
すると明君が涌田の胸ポケットから落ちた紙切れを拾った。
ハンカチ越しに拾った紙切れは、
「これは紙マッチか?」
珍しい柄の紙マッチだった。
拾われた事に気づいた涌田は明君めがけて襲いかかる。
「!! か、返せ!」
明君は咄嗟に私を抱き寄せて向きを変え、
「よっと」
ハンカチ毎、紙マッチを私に手渡し、襲いかかる涌田を避けた。
「ぐわっ」
大きな音を立ててロッカー下に突っ伏す涌田。
そんな勢いよく襲いかからなくても。
「スナック・ワダ?」
「夜のお仕事かな?」
「多分な」
涌田の家は庶民ではあるが自営業でもあったのね。
明君は紙マッチを開いて中身を見る。
「これは……数本だけ使っているのか?」
「使っているみたいだね。あとさ、微かに匂わない?」
「ん? この匂いは……灯油か?」
「灯油?」
「風呂の湯を沸かしたり、冬場のストーブにも使うが……あとは洗浄か?」
「洗浄?」
「主に機械部品の油汚れを落とす時に使われているな」
「そうなんだ」
私達が中身を検めていると目覚めた涌田が声を荒げた。
「や、やめ、やめろ!」
「なんで怯える必要がある。これはただの紙マッチだ」
明君がそう言うとまたも立ち上がって腕を伸ばしてくる。
明君は私にハンカチ毎、手渡して電話を始めた。
「やめろ!」
私はハンカチを受け取ったままひょいひょいと涌田の腕を避ける。
ここまで必死になる理由が理解出来ないね。
私は思いつくまま言葉に出して問いかける。
「ただの紙マッチでここまで怯える? 灯油? 警察? 白木碧? アパート火災? 放火?」
「「「「「ビクッ」」」」」
自白してるじゃん。
取り巻き達も同じくビクついている。
え? あの子達も協力者なの?
「放火? あ、灯の住んでいたアパート!」
「狙いが碧達にあったのも関係あるかな?」
「「「「「……」」」」」
「碧達姉妹は命を狙われていたもんね」
「「「「「……」」」」」
「沈黙は同意と捉えるよ?」
すると明君が自身のスマホを差し出し、
「だ、そうですけど、どうします?」
スピーカーに切り替えて問いかけた。
電話の相手は小鳥とあり、それが副会長のお母さんだと気がついた。
『そうね。減刑を望むなら自首を勧めるわよ。逃げるなら、その限りではないけど』
「!!?」
その一言を聞いた涌田は逃げられないと悟り、床へとへたり込んだ。
支援に回っていた取り巻き達も顔面蒼白なので、やはり手助けをしたのだろう。
明君は様子を見つつサイレン無しの覆面で来てもらうようお願いしていた。
ここでまたも報道陣による騒ぎが起きると来年の一年生が減ってしまうからね。
「とりあえず、男子の委員長? 担任を呼びに……」
「明君、ごめん。委員長はこいつだよ」
「おぅ。マジか」
私も思い出したけど、男子の委員長は涌田だった。
存在感が薄すぎて私も忘れてしまっていたけども。
つまり、一時的に男子の委員長が空席になってしまった。
一先ず、山田君が私に代わって職員室に向かっていった。
すると生徒指導と担任が途方に暮れた表情で訪れた。
「次から次へと。今度は殺人未遂とか悩ましい限りだな」
「私も山路先生の事は言えないわね。油断したわ」
D組の山路先生は仕方ないとしても、担当するクラスから本物の問題児が現れればどうすることも出来ないだろう。
何せ、今回は人数が人数だ。
「あの四人も何か知っているみたいなので」
「なるほど。彼女達も連行されるのね」
「今年は平然と犯行に及ぶ者が多すぎるな」
「困った事にこれが現実ですよ」
生徒指導と担任は五人を連れて生徒指導室に向かった。
その際に担任が驚く一言を発した。
「凪倉君、男子の委員長、お願いね」
「はぁ?」
明君はあまりの出来事に目が点だ。
私もまさか任命されるとは思いも寄らなかったよ。
「俺、生徒会役員だが」
「私も生徒会役員だよ」
「あ、そうだったな?」
「そうそう。一緒に頑張ろう?」
「そうだな」
当面は苦労する事になるだろうが、私がサポートするから大丈夫だと思う。
委員長の経験だけは明君よりも多いからね。
「夫婦で委員長か。やるな」
「山田、すまん。校内で夫婦は言うな」
「は? どういう?」
「咲が飛ぶ」
「飛ぶ?」
えっと、うん。
気づいたら飛んでいたよ。
夫婦という単語は私の獣を目覚めさせる一言でもあるのね。
(なんか、濡れているんですけどぉ!)
ちょっと、今日のパンツはお気に入りなのに!
私の意思に反して『ウフフ』と笑う嫉妬の獣。
山田君は呆然となり明君は深い溜息を吐いた。
「これが飛ぶ……委員長のとんでもない一面だな。これは」
「こうなったら使い物にならないから、間違っても言うなよ?」
「わ、分かった。いいな、皆!」
「「「うっす!」」」
「「「はーい!」」」
ちょっと待って!
私、衆人環視下で見せられない顔になっているの?
それってすっごい恥ずかしいのだけど!
(ちょ、返して、身体の主導権、返して!)
なんか『ヤダッ』って返ってきた。
我が儘を言わないでよ!
なんとかして身体の主導権を返してもらったが、
「ま、あれも咲よね」
「そうそう。咲の一面ってことで」
「猫の皮を剥いだら残念美少女が顔を出したと」
「凪倉は委員長のコレも知っていたと」
「「勿論!」」
「そういえば、二人居たな。今後は名前で呼ぶわ」
「それでいいわ」
「ああ」
私の教室内での猫が無意味になっている事に気がついた。
「ぐすん。暴走した結果がこれとか、つらい」
「ま、元気出せ。誰にでも地雷はあるし逆鱗だってある」
「そうそう。私の逆鱗は」
「アレクだろ?」
「分かっているならいいわ」
「地雷は私と同じだけどね」
「分かっているならいいわ」
私と瑠璃の地雷だけは共通だもんね。
何はともあれ、教室内の人数もいつの間にやら四十一人。
修学旅行の班分けでは男子が多くなるが致し方ないね。
男子二十二人、女子十九人、五人一組が七班分。
六人一組が一班だけになるが仕方ないね。
(上位の一班だけ男子二人、女子四人か?)
涌田が抜けた穴に明君が入る事になり、
(これは怪我の功名と捉えるか? 棚からぼた餅と捉えるか?)
結果はどうであれ私達にとって良い結果が迷い込んだ。
校内の問題児はこれにて全退場か?(フラグ)