第110話 新学期は気を引き締めよう。
高校二年の夏季休暇がついに明けた。
「今日は午前中までだったよな?」
「そうだよ。弁当は要らない……こともないね」
「ないな。片付けは俺達の仕事だし」
「ですよね」
「じゃ、弁当作っておくから、先に風呂入ってこい」
「うん。行ってくる」
長かったようで短かった夏季休暇。
登校日の様相を呈していた夏季講習もあったが、大変有意義な長期休暇であった。
休暇中は多数の問題噴出と一網打尽があった。
予想外の場所に身内が隠れていた事もあった。
身内の一人は市河碧改め、白木碧。
もう一人は柏瑠璃改め、凪倉瑠璃。
兄と結婚した会長こと優木李依改め、白木李依。
私はこの三人の周りで更なる大騒動が起きそうな予感がしてならない。
始業式で呼び出される会長の名前とか。
書記の碧の件とかね。
瑠璃に関しては早々に関係を明かしたから騒ぎになりそうにないが、一部のクラスメイトには伝わっていないようなので、今から頭が痛い私であった。
「お風呂、あがったよ〜」
「弁当も出来ているから鞄に詰めとけよ」
「ありがとう、明君」
「さて、俺も風呂に行くか……飯食って、活動無しで、家帰る、か」
「なんで急に川柳なんて詠んでるの?」
「なんとなく」
一応、夏季講習中に別問題も噴出したが、
『言うだけならタダだから相手にするな』
そう、父さんから注意されたので無視する事になった。
彼の背後関係を洗っても庶民としか現れない涌田影。
彼を相手にビクビクするなんておかしな話だもんね。
地雷の真似で承認欲求を満たしたいだけみたいだし。
後は……この休暇中に私と明君の関係が以前よりも進展した。
未だに処女だが例の宣戦布告から昨日までの間にそれなりの関係に至っている。
あくまで裸で抱き合うだけね。
それは私の意思に反して嫉妬の獣が興奮しすぎてしまい、
(生理と被るとどうなるの?)
気づいたらドパッと鼻血が大量に出ていた。
生理でもないのに貧血になるってどうなんだろうって毎回思う。
しばらくすると明君がお風呂から出てきた。
「いい湯だった。このまま、休みたいな」
「休んだら出席日数が不味い事になるよ」
「分かってるよ。それくらい」
「それよりも、朝ご飯、食べようよ」
「そうだな」
すると明君は何を思ったのか私のスカートをジッと見つめた。
「どうかした?」
「パンツとスパッツは穿いたか」
「穿いてるよ。気になるなら見て!」
「スカート捲って確認させるなよ」
「それが手っ取り早いよね?」
「はぁ〜。妙に涼しくないか?」
「え? そういえば」
「脱衣所にパンツとスパッツがそのままだったんだが?」
「あっ! ごめん、穿いてくる!」
「そうしてくれ。前途多難だな」
考え事をしながら着替えると危うくって事態になるね。
明君に見られるだけならまだいい。
赤の他人に見られてしまうのは、正直嫌だね。
朝食を食べて後始末を済ませて玄関から出る。
玄関先には朝練で登校している三人を除いた三人の女子高生が立っていた。
「今日から大騒ぎね」
「一応、数人には教えていますよ」
「そうなの?」
「ノートを書き写す時に名字が違うと」
「ああ。注意されて、その時に?」
「そうなりますね。驚きを通り超して縁があれば的な雰囲気になりましたけど」
「は、反応に困るわね。私達と違って」
「そうですね。姉さん」
「会長と李香さんは令嬢ですから」
李香ちゃんの花嫁修業は昨日の時点で終わっている。
昨日の夕方に戻ってきて汚部屋を掃除したとかメッセージが飛んできたからね。
会長を一人にさせると途端に汚部屋に早変わり。
これには目も当てられないね。
私達が扉を閉めて鍵を施錠すると物音に三人が気づいた。
先ず、私達に挨拶してきたのは、
「「おはようございます」」
碧と李香ちゃんの二人だけだった。
会長こと義姉さんは私達が発するまで沈黙していたけどね。
「おはよう。碧、李香、それと会長」
「私も名前で呼びなさいよ」
「善処します」
「善処って」
ここで白木と呼ぶと私と碧が反応するからね。
それなら白木先輩と呼べばいいが、直ぐに言葉は出ないと思う。
白木先輩という呼称は退任後から呼び始める事になるとしても、呼び慣れた敬称を使う方が手っ取り早いからね。
「おはよう、二人共。あと、義姉さんも、おはようございます」
「はい、おはよう。李依義姉さんと呼んでもいいのよ」
「兄さんの居る場所でのみ呼びますね」
「が、頑固な」
頑固っていうか呼称だけは急には変えられないからね。
五人でエレベーターに乗り込んで降りていくと、
「おは、咲」
「おはよう、瑠璃」
「「おはようございます」」
「琥珀ちゃんと瑪瑙ちゃんも、おはよう」
「明も、おは」
「おう」
「「明兄さん、おはようございます」」
「おはよう、二人共」
夏季休暇中に九階へと引っ越してきた瑠璃達姉妹が乗り込んできた。
綺麗な黒髪の妹達と先日金髪に染め直した瑠璃がね。
「私との落差が酷くない?」
「気のせいだ」
実はこの姉妹の住んでいたアパート。
そこは老朽化が目立っていたためコンビニ毎解体される運びとなったのだ。
住人の大学生達も滅多に帰宅しない人達だったので、新居を紹介したのち引っ越してもらった。
新居の半年分の家賃と引っ越し費用は凪倉家が出した。
「咲の旦那が冷たい」
「冷たいって」
「いや、瑠璃の甲高い声が無いから戸惑っているだけだと思う」
「そうそう。戸惑っている」
「こ、声? ああ、それは止めたからね」
「「「「「止めた?」」」」」
「会長達まで驚きます?」
「三年のクラスにまで響いていたからね」
「それは……ご迷惑をおかけしました」
「ところで止めた理由は何なの?」
「のどの維持が大変だったのよ。のど飴代とかね」
「「「「「あー」」」」」
「カラオケで高音を出す時しか発する事はないわ」
解体後の敷地は凪倉が買い取ってマンションの駐車場になるらしい。
瑠璃の母親こと翡翠さんはコンビニ店長から本社勤務になり、実家の家業の修行を行う羽目になったそうだ。
ようは現場を知る相談役だね。
「ところで翡翠さんは?」
「数日前から本社に入り浸りね。経営会議に出突っ張りだから」
「「おぅ」」
最近までは売上が伸びていなかったコンビニ。
瑠璃の進学前まで客入りがかなりあったとの話なので、
「商才だけは無駄にあるもんな。店長と大家とその他諸々」
「それらの経験値が活きているってことだね」
「そうかもね。私は継げとも言われていないし」
「「右に同じく!」」
奴等による何かしらの妨害行為で売上低迷になったと思えてならなかった。
前例は沢山あるしね。
それは碧の両親が巻き込まれたとんでも事案にほかならないが。
エレベーターを降りていくと三階で副会長の姉妹が乗ってきた。
「「おはようございます」」
「「「「「おはようございます」」」」」
「おはよう。小鳥遊、それと鳴」
「「おはようございます!」」
エレベーターでの挨拶運動は気分を華やかにするよね。
やっぱり挨拶っていいね。
一階に降りると明君が操作盤の前に立ち、全員が降りるまで待った。
レディーファーストを地で行う明君。
私が降りると明君も降りてきた。
「今思ったんだが、女性率が高いよな」
「確かにそうだね」
明君以外は全員女子。
一人は童女だけど女子には違いないね。
中学の夏服を着た琥珀ちゃん。
私服にランドセルの瑪瑙ちゃんは反対に向かって歩いているが。
「二人共、気をつけなさいね」
「「はーい」」
瑠璃もこういう面では立派なお姉さんだよね。
すると明君が何かに気づいて呟いた。
「爺さまの警備も一緒に移動を開始と」
私は呟きを聞いてチラッと振り返る。
そこには数人の警備員が歩いていて、
(こ、ここまでする? 孫は孫でも外孫だよね?)
見守るように連絡を取り合っていた。
一歩間違えば通報されそうにも見えるけど。
同じ警備員は私達の背後からも付いてきていた。
「明君、あれ?」
「気にするな。あれは白木と優木の警備だ」
「ふぁ?」
えっと、ウチも出していたの?
ああ、そうか。
ある程度の問題が解決したとしても言祝だけは逃げているもんね。
白木、凪倉、優木を潰したいとする勢力の筆頭だけに警備人員が居たとしても不思議ではないと。
「白木は爺の手の者。優木は李香一人に対しての人員だ」
「じ、爺は何となく分かるけど、李香ちゃん一人に?」
「末娘が可愛いから」
「ああ、それで」
白木の警備は凪倉と同じ警備服。
優木の警備は何故か黒服だった件……SPかな?
学校までの道中は比較的平穏だった。
並び順は会長と副会長を先頭に李香ちゃんと鳴ちゃんが並んで歩く。
次いで瑠璃と碧。
最後尾に私と明君が歩いていた。
「女子の集団に男が一人。周囲の視線が痛いな」
「気にしない気にしない。ほぼ身内だし」
「副会長姉妹と碧以外はな」
「そうそう」
将来、私と明君が結婚すれば副会長の姉妹だけになるけどね。
それはともかく、明君の言う通り視線が痛いのは確かだね。
夏季講習の時は三年生と二年生だけが登校していたが、本日からは一年生も加わる事になるのだ。
その内、帰宅部に属する生徒からの視線が突き刺さるよね、本当に。
「な、なんだ? あのハーレム?」
「俺、あの先輩がめっちゃ羨ましい!」
「リア充なんて爆ぜてしまえ!」
ハーレムって。
一人は既婚、三人は彼氏持ち。
一人はフリーで一人は監視付き。
私と明君は交際中。
どこにハーレムなんて要素があるのか?
「彼等はまだ夏季休暇のつもりで居るのね」
「今日から新学期だけど付いていけるのかしら?」
「彼等は自滅するだけですよ。小テストで詰むのは必定ですし」
「「小テストなんてあったので?」」
「一年生は知らないもんね。瑠璃」
「あるのよ。休暇中でも学力の維持が出来ているか調べるテストがね」
瑠璃が李香ちゃん達に言った通り、碧の発した自滅フラグが立っているのは確かだった。
「抜き打ちで午前中に行われるぞ」
「「!!?」」
明君の言う通り、始業式後に全教科の小テストが行われるのだ。
本日、地獄を見るのは休みをエンジョイした勢のみになるね。
「今のうちに意識を切り替えておく方がいいよ」
「「が、頑張ります!」」