第104話 騒がしい空気と夜中の空気。
ギックリ腰が辛い(´・ω・`)
痛そうに腰を押さえた会長が自身の家に帰ったあと、
「このアイス美味しいですね」
「これなら何杯でも食べられそうです」
「いつの間に用意していたの? このアイス」
「カキ氷を仕込む時にな。前々から灯に願われていたから」
「そうなんだ。というかこの風味、覚えがあるよ?」
「先日飲んだ補給食でもあるから知ってて当然だろ」
「あの時の美味しいやつ? ウチが製造している?」
「それな」
「灯君、あとでくわしく?」
「お、おう。あとでな」
褒美として用意していたアイスクリームを碧達にも振る舞った。
会長は満腹だったそうで名残惜しそうに帰ったが姉妹と兄弟は引き続き残った。
「それはともかく、過去に食べたどのアイスよりも美味しいですね」
「だろ? 明のアイスは絶品なんだよ」
「俺も先日の練習で兄貴から貰った時、はまったもんな」
本来であれば灯しか知らないアイスだった。
何故か光までも知っていて、
「騒動の前に作ったアイス。部活に持っていったのか?」
俺は訝しみながら灯に問うた。
これは灯から願われて渋々用意したアイスだ。
自分だけで楽しむからと一リットル分だけ作ったのだが持っていったようだ。
「もち! 保冷剤を大量にぶち込んで持っていったぞ」
「男バスのメンバーも美味い美味いって食べていましたよ」
「そうか。そのうち、親父さんから製品を紹介しろとか言われそうだな」
「! その手があった!」
「親父に紹介しても? 学食のメニューに加えてもいいかも」
「良くやった! これで気兼ねなく食える!」
これは俺好みのプロテインを複数合成したアイス原液で出来ている。
元々は練習後に飲んでいたプロテインを親父に飲まれてしまい、美味いと判明してから製造元である白木の工場へ持ち込まれ製品化してしまった代物だ。
後日、アンチドーピング認定を取得したと聞いた時は驚いた。
企業努力、恐るべし、だな。
それはともかく。
「「お買い上げ、ありがとう」」
「「「「お買い上げ?」」」」
「「なんでもない」」
それをバスケのイベントで提供してからというもの、灯から何度も請われて作る羽目になった。
無駄に火照った身体が冷える。
糖質で頭が冴える、食後に筋肉も付く。
三拍子揃っているからか定期的に摂取する灯であった。
夏季限定と思いきや冬場でも願ってくるからな。
最近では材料費だけ貰って作ることしばしば。
すると会話を聞いて沈黙していた和が光に物申す。
「何それ、聞いてない!」
「言ってないし」
「私もこんなに美味しいなら食べたかった!」
「そうは言うが、女バスは準決勝の最中だったろ?」
「うっ。あ、あの時なの? 男バスだけ先に帰った」
「敗退したからな。やっぱ、全国の壁は厚いわ」
「応援席で見ていても、そう思ったし」
インターハイは男バスがベスト八入りののち敗退した。
女バスは準決勝敗退となった。
それこそあと少しって感じだな。
それでも目を見張ったのは、個人技能の優れた点だった。
男バスなら灯が、女バスなら和が。
赤点さえなければ光も良いところまで行くだろう。
「で、でも、このアイスはズルいと思う!」
「まぁまぁ。和、落ち着いて」
「姉さん」
「凪倉君、あとでレシピを」
教えてくれだろ?
俺は仕方なしで席を立ち、
「どうせなら、今から作り置きを用意するから見て行くか?」
エプロンを身に着けてキッチンから碧に向かって手招きした。
「是非!」
碧は灯の食生活を管理しているしな。
§
俺は碧の見ている前で計量しつつアイスを仕込んでいく。
「最初は何かと思いましたが、プロテイン入り?」
「プロテイン入りの原液だ。攪拌用の乳製品が八割必要だが、容器に記された分量を入れるだけでいい」
「なるほど。これはどちらで購入されたので?」
「近所のスーパーマーケットだ。歩く街宣車が働いているが」
「歩く街宣車?」
俺が発した渾名にきょとんとする碧。
補足を入れたのは興味深げに覗き込んでいた咲だった。
「瑠璃だよ。柏瑠璃」
「えっと……あの超音波の声音で有名な?」
「「そうそう」」
割と有名だよな。
柏の声音。
なお、超が付かない声音は樹雲母先輩だ。
似ていると思ったが超音波になるのは柏だけだったな。
すると咲が遠い目をしながら呟いた。
「でも、あの瑠璃も普通に喋れば高音にならないけどね」
「「は?」」
これには俺も碧も目が点だ。
「じゃ、じゃあ、何か? あの声音は……自発的に?」
「ううん。興奮した時だけ高音になるかな。大人しい時は普通の声音になるよ」
興奮時だけ超音波。
普段は問題ない声音と。
「それを知ると柏は常に興奮状態ってなるような?」
「ですね。興奮状態が続くって凄まじいですが」
ある意味での特技にも思える。
寿命的にどうなんだとも思うが。
「一度だけでいいから、まともな声音を聞いてみたいな」
「それは私も思いました」
「機会があれば聞けると思うよ? ずっとあの高音だと妹達が常に耳を塞ぐしね」
「「あっ」」
なるほど、普段の地声は妹達の面倒を見ている時に出ると。
「近所だし、何かのきっかけで聞く事も出来るか」
「そうですね」
もしかするとアレクなら聞いていそうな気もするな。
柏の事は置いといて話題は本題へと戻った。
「あとは冷凍庫で三時間置きに攪拌して半日置けば完成だ」
「意外と簡単なんですね」
「定期的に攪拌する時間が必要だけどな。これが業務用なら冷やしながら混ぜるから直ぐに出来るだろうが」
なお、完全に凍らせる前に容器に移せば飲むジェラートとして持ち出しも可能だ。
補給食とした時もそうやって持ち出したからな。
「ところでこの作り置きって?」
「咲のデザート」
「私の! 嬉しい!」
「お、俺のは?」
なんで灯が欲するよ。
俺は溜息を吐きつつ嫁に指さした。
「碧に作ってもらえ」
「帰ったら私が愛情込めて作りますね」
「よっしゃー!」
「な、和さん?」
「私に謝ったら作る」
「ごめんなさい!」
「良し、作ってあげる」
普段は夫婦漫才な二人だが家では和が強いのかもな、きっと。
何はともあれ、作り置きを冷凍庫に片付けた俺は不意に会長の言葉を思い出す。
「未確定……? あれはなんだったんだろうな」
「どうかしたの? 明君」
「いや、ジェネリック陽希の件で会長が何か言ってただろ」
「ああ、あれかぁ」
咲も思い出したのかスマホを取り出してメッセージ欄を見た。
メッセージ欄では相変わらず炎上していて、涌田に対する女子の罵詈雑言が数えきれないほど書き込まれていた。
男子達は静観していて関わっていないが。
「柏に対して行う理由が不可解だろ」
「うん。もしかしてこれが私達の平穏を壊す害意かな?」
「会長が未確定と言っていたからな。何かしらの行動を起こしていたのか?」
すると俺達の会話を聞いていた碧が思い出したように語りだす。
「それって、臨時株主総会のあった日が関係するかも?」
「あの日に何かあったのか?」
「私はクラス違いなので正確な事は分かりませんけど」
何でも、俺達が休んだその日にA組の教室と生徒会室で騒ぎが起きたという。
「分かるのは生徒会室だけですけど、その日も覗き見がありましてね」
「「覗き見?」」
「会長が気づいて問いかけたんですよ。反対側の扉を開けて背後から近づいて」
問いかけて何をしているかと問えば、
「咲さんが居ないから気になって訪れたと言っていましたね」
不可解な答えを返したという。
「咲が居ないから?」
「わ、私が? 教室に居ないからって生徒会室には居ないでしょ。休んでいたし」
「会長も欠席理由を知っていたので問いには応じなかったそうです。作業中に覗き見するような男子生徒に本当の事を教える理由がありませんからね」
その時の会長の判断は正しいと思う。
咲には陽希というストーカーが実際に居たからな。
同じように追いかけ回すなら出る所に出てもらうが。
「そうなると、生徒会室でそれがあったなら、教室では?」
「もしかすると、瑠璃が何か言ったのかも」
「俺達の予定は明かしていないよな?」
「何処から情報が漏れ出るか分からないから急用とだけ伝えたけどね」
急用で俺と共に休んだ。
柏だけがそれを知っていた。
そこから何かしらの騒ぎが起きた?
他クラスにまで聞こえるような騒ぎ。
花火大会までの間に沈静化したが涌田は受け入れる事が出来ず一方的に柏を陥れようとした。
悪手も悪手……陽希の真似をして。
「これって本人に何があったか聞けないか?」
「聞こうと思えば聞けると思うよ?」
咲はそう言いつつ暗くなった窓の外を見つめた。
つまり、夜分遅くに失礼しますって事か。
§
碧達が自分達の家に帰ったあと、
「柏の家ってマジで近いな」
俺と咲は玄関を施錠して階下に降りる。
コンビニへの買い物も兼ねて柏家の目前を素通りした。
「コンビニに併設されたアパートだからね」
コンビニの二階にあるアパート。
そこから可愛らしい声音が響いている。
柏っぽい声音だが、超音波ではないな。
「このコンビニが大家か?」
「どちらかといえば瑠璃のお母さんが店長かな」
「は? 店長? だ、だが、あいつがバイト三昧なのは?」
「人通りの関係かな? そこまで利益が出ていないから」
「まさかと思うが、赤字店舗か?」
「そうなるね。マンションが建った事で利益が出れば恩の字って感じみたい」
「恩の字ね。全戸が埋まった訳ではないから、直ぐに盛り返すか微妙だな」
マンションは最上階が埋まっただけだ。
一階から三階は少しずつ入居者が入ってきている。
三階以上は分譲なので状況は読めていないがな。
俺と咲はコンビニへと入店し、商品を物色する。
「俺としては困った時に購入が可能になるから助かるが」
「それって……アレのこと?」
「アレだな。まだ使ってすらいないが」
「そ、そうだね」
後の事を考えて篭に入れておいた。
咲の頬は引き攣っていたが不用意に子供を作らないための代物なので持っておいても損はないだろう。
「アイスは食ったから、飲み物と菓子を何点か買うか」
「もしかして、買い占める気?」
「そこまではしないぞ」
「それって何用で?」
「来客用だな」
「瑠璃対策って事ね」
「分かっているなら聞くなよ」