第101話 轟音の中でも聞こえる高音。
臨時株主総会から数日が過ぎた。
総会後の俺達の生活は比較的平穏だった。
比較的としたのは校内での不可解な敵意と羨望の視線を味わう事があったから。
それ以外の私生活では平穏な生活が取り戻せたと思う。
「ところで碧は何処に行ったんだ?」
「咲の部屋で浴衣を着付けてもらっているぞ」
「なるほど。浴衣か……着られるのか?」
「大玉メロンを育てたお前が言うな」
「いや、こぼれるんじゃないかって心配でな?」
「その点は大丈夫だろ。最低限潰すみたいだし」
「あぁ、潰すのか……潰せるのか?」
「知らんがな」
碧達姉妹も総会の翌日に市河家に帰省し、本来の両親と礼を言ってきたらしい。
礼の後は養子縁組を解消し白木姓に戻った。
戻ったとしても将来は灯達の嫁になるので交友は継続していくそうだ。
これらの問題が解決したのも首謀者達の退陣と一網打尽が大きいと思う。
「あまり、胸の事ばかり言うと怒られるぞ」
「そ、そうだな。じゃ、次は大きな尻で」
「体型の話は終了だ。たまには碧の内面でも語ってみろよ」
「内面か、内面は可愛い以外に思いつかんな」
「急に惚気か、おい」
だが、逆恨み一族……某兄弟の母親だけはいつの間にか消え失せていた。
離婚届も捕まったその日に提出してな。
その逃げ足の速さだけは俺達も驚いた。
自分が腹を痛めて産んだ子供ですら恨みを晴らす道具にする。
あれが本物の毒家族の毒親なのかもしれないな。
今後、俺達の前に出没しない事を望むばかりだ。
それはともかく。
本日は俺達の住まう地域で大きな花火大会が催されるので、俺達は当初の予定通り、マンションのバルコニーに陣取って花火を眺める予定だ。
クラスメイト達は現地集合で眺めるそうだが。
「ほい、たこ焼きが出来たぞ」
「美味そうだな。一ついいか?」
「食うのはいいが、碧達の分も残しておけよ」
「当たり前だろ? って、光! 先に食うなよ」
「早い者勝ち! めっちゃウマ!」
一応、咲も誘われたが家で見ると言って穏便に断っていた。
その際に断られた柏から「実家から見えるの?」と問われたので実家を出てマンション暮らしをしている事を明かした。
あくまで一人暮らしの体裁で。
実家から見えない事を知っている者が居ると明かさない訳にはいかないよな。
お陰で近日中に訪れると言っていたので、その日は俺の留守が決定した。
「というか、明はなんでも出来るよな」
「そうか? 俺でも使い方に慣れるまで苦労したが」
「苦労しても使い熟すなんて真似は俺には無理だ」
「業務用のたこ焼き器もそうですが、鉄板なんて何処から仕入れたので?」
「そこは伝手を利用したからとしか言えないな」
「「伝手? あ、白木本家か」」
顔を見合わせて声を揃えるなよ。
俺は焼きそばの肉を焼きつつ応じた。
「そこ以外にはないだろ。爺さまとか優木だと、不動産と金、情報に強くとも物品を寄越す方は苦手だからな。企業の得意不得意はどうあっても出てくる」
「それを聞くと親父も関わっていそうだな。子会社だし」
「もしかすると、この手の品はウチの領分かも」
「表立って動いていないが関わっているかもな。花火大会の余興でたこ焼きと焼きそばを作ると言っただけで、これを寄越してきたし。家庭用と思ったら業務用だから」
「やりそうだ。親父なら絶対にやる」
「和達が絡むと本気出すから」
どれだけ将来の嫁達が好きなんだか?
こいつらは本当の意味で浮気が出来ないな。
浮気したら嫁達だけでなく、父親からも半殺しにされてしまうだろう。
しばらくすると胸を潰した碧と平面族の和が出てきた。
碧は群青色の浴衣を、和は緋色の浴衣を着ていた。
「とても美味しそうな匂いがしてますね」
「匂いを嗅ぐだけでお腹が鳴ってしまう」
どちらもすっぴんに近く、童顔が際立っていた。
一方、咲は桜色。
会長は艶やかな紫色の浴衣だった。
「何度見てもバルコニーの屋台は違和感しかないね」
「白木の本気を示された感があるわね」
両者はいつも通りの化粧で、胸元だけは少し潰していた。
副会長は実家の手伝いで花火大会の会場に出張っているそうだ。
俺は鉄板の火を落とし、後始末を開始する。
「人数分あるから取っていってくれ。お代わりはないがな」
「あ、味見した俺達の分はもうないと?」
「無いな。必要なら嫁達にもらってくれ。残れば、だが」
残るとは到底思えないよな。
燃費の悪い白木姉妹が相手だし。
「あ、兄貴、焼きそばだけ食べよう」
「そうだな。残らないもんな」
早々に味見して平らげた以上はどうしようもない。
夕食後の間食で用意したに過ぎないからな。
これらは雰囲気を味わうために用意した品だから。
「食後にカキ氷が欲しいなら用意するが……」
「「「「「カキ氷!」」」」」
「会長以外はカキ氷が欲しいと」
「私も欲しいのだけど?」
「全員分と。りょーかい。シロップはイチゴ、マンゴー、メロン、ブルーハワイ、宇治金時、練乳とあるがどれがいい? 咲はイチゴ練乳一択だから無視で」
「私だけ無視!?」
「他のシロップが良かったか?」
「イチゴ練乳でいいです」
イチゴ練乳が好きだもんな。
好きな品物を確保するのは彼氏として当然だろう。
「私はブルーハワイでいいです」
碧は名前の通り、青色が好きだよな。
「私はマンゴー!」
和も風味に関係なく暖色系が好みなんだよな。
「私は宇治金時を貰えるかしら」
会長は渋い品を欲するよな。
性格が表に出すぎだろうに。
「俺は全部載せ!」
「同じく!」
この野郎共は。
願われた以上は用意するけどな。
俺の好みも会長と似たり寄ったりなので全員分を用意したあとに作った。
花火大会が始まり、
「たまやー!」
どこからともなく超音波が響いてきた。
「い、今の?」
「瑠璃の声? 何処から?」
俺と咲は聞き覚えのある甲高い声音が響いてきたため、カキ氷をベンチに置いて周囲を見回した。
「柏は会場に居るんだよな?」
「うん。そう聞いているけど……」
「花火の轟音を切り裂くように聞こえるってなんぞ?」
「たまやー!」
「また聞こえたし。何処に居るんだ? あの歩く街宣車?」
すると咲がフェンス越しに下に向かって指をさす。
「あ、下見て、下!」
「あんなところで見てやがる」
超音波の発生源はマンション下の歩道だった。
「よく見ると妹達が居るよ。転けた妹を慰めてる?」
「なるほど。何気に妹思いの姉だよな。声音はともかく」
「多分、泣き付かれて行くに行けなかっただけかもね」
俺達は下から気づかれる前にフェンスから離れ、溶けかけのカキ氷を両手に持って残りを食べた。
甲高い声は無駄に響くが、これも風物詩ってことで。
ちなみに、花火大会の前日にアレクも呼んだが、一時帰国していた事が判明した。
詳しい理由を問えば帰化するかどうかで家族と揉めたそうだ。
アレクは本気で柏と結婚するつもりらしい。
「そうなると花火大会に参加しているメンバーはどうなるんだろうな」
纏め役は不在。
数名の女子と野郎共だけが夜空を眺める……か?
咲は俺の呟きに応じるようにスマホを取り出した。
「ちょっと待ってね。あ、荒れてる」
「荒れてる?」
「瑠璃は妹が我が儘を言ったから行けないって返しているけど」
「けど?」
「それが嘘だとか言ってる男子が居て、信じてしまった女子が沢山だよ」
「はぁ?」
なんかその手口を見た瞬間、既視感がしたぞ。
「陽希が出所でもしたのか?」
灯も俺と同じ事を思ったようだ。
「出所はしていないと思うよ。一度出てきて悪さして戻ったし」
「だよな。似たような手口だから、真っ先にそれが浮かんだが」
俺はどうするべきか思案しつつ、
「とりあえず、嘘ではない証拠だけでもあげとくか」
「そうだね。それが手っ取り早いね」
自分のスマホをフェンス上に置いてズームで撮影した。
咲は柏に上を見てと送りつけた。
どうせ、いつかはバラすのだ。
遅いか、早いかの違いだけだ。
「あー! 家ってそこぉ!? 私の近所! お隣さん!」
「上まで響く柏の声音、すげぇな」
「そ、そうだね。花火大会の轟音がかき消えたよ」
そのまま妹達の面倒を見ながら甲高い声を発する姉の姿の撮影を続けた。
「これを見て嘘だと発したバカは詰むけどいいよな」
「いいんじゃない。瑠璃が嘘を吐いているならともかく、こちらの方が真実だしね。なんか、上がってきていいかとか言ってるけど?」
「近所迷惑だから後日にしろって返してくれ。あと声がうるさいともな」
「わ、分かった」
俺は咲の同意が得られたのでクラスのグループに投稿した。
俺達に向かって指をさしている柏。
嘘ではないと示すための擁護映像だからな。
咲からの返信以降は静かになった柏。
近所迷惑になる自覚があったのか。
「無事に火消しが出来たみたい。こんなの誰が見ても面倒を見る姉だよね」
「妹ちゃんが可愛いとか言っている変態共も湧いたが」
「クラス内にも居たのね、そちらに趣味がある男子達」
その後の俺達は花火が止まった瞬間に、
「誰が発したか……涌田君だった」
メッセージのやりとりを遡って見てみた。
発端は影の薄い野郎だった件。
「ジェネリック陽希がクラス内に居たのか」
「それって汎用って意味で?」
「直訳すればな。しかしまぁ、目立つためとはいえ模倣相手を間違えているぞ」
「案の定、嘘つき呼ばわりをされ始めたね」
「奴は柏に恨みでもあったのか?」
「さぁ? 教室内では存在するだけだしね」
ここでは言えないが旬兄さんのような影の薄さだもんな。
ここで言えない理由は隣に嫁が居るからだが。
その嫁が思案気になりつつ問いかけてきた。
「その、涌田って子、生徒会室の外に居た男子よね?」
「そういえば?」
「そうだったかも」
「どうでもいい事にして忘れていたのね」
「害意があれば覚えていますが」
「害意がないので忘れてました」
聞き耳と覗き見されていても、だからなんだって感じだしな。
「害意があれば二人は動くと?」
「私達の平穏を守るためなら動きますね」
「俺も咲が願えば動きますけど」
「そう。害意があれば動くのね」
「「何かありました?」」
「そうね……未確定だから後日ね」
「「はぁ?」」
何があったんだか?
最上階まで響く声音か。
歩く街宣車、言い得て妙(´・ω・`)