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92:二人で乗り越えます


それから3ヶ月は怒涛だった。


私はまず、実家を出た。


家電家具付きのマンスリーマンションが職場の近くに運良くあったので、そこへ移ったのだ。

普通の一人暮らしより値段は高いが、敷金礼金を払って家電家具を一から揃えるよりは安上がりだと思った。

長くてもあと半年も日本にいない予定だし。

ホテル暮らしのような感覚である。


契約して必要な服やいろいろを運び込んでから親に言うという、まぁ正攻法ではないが父はつてを頼って私の計画を阻止しかねないからやむを得ない。


案の定、何を考えとるんだ!と怒られたが、耐性はついている。

仕事もちゃんとしてるし自分で自分のことをするんだからいいでしょ!?と人生で初めて父に言い返した。


それでも尚だめの一点張りだったので、だめなら仕事はやめますと言ってやった。

父の理論でいくと、仕事もしないのに家に置けないわけだから、じゃあ私は出るしかないよねというわけだ。

すると、世間知らずのくせにとか経験が足りないから安全な家にいて少しずつ出ていく準備をすればいいと説得してきた、それ結局家に置いておきたいんじゃん。なんなの?

そんなこと言ってる間に世間知らずのまま歳を取ってしまう。というかその間に()()()()()()()()を見つけて、私を結婚させるつもりなんだろう。

女は一生男の後ろを歩けってか。

現代なのにあの世界と同じ雰囲気を感じてしまうのはどういうことだ。


ほんと、あの世界の金髪至上主義と一緒だ。

父の望む、学歴、肩書き、家柄、収入、そういうのがよくたって、中身がダメじゃ意味ないじゃん。

お金は大事だけど。

大体ラファイルさんはちゃんと稼いでるし。


いや、まあ、分からなくはないんだよ。

子どもが心配だから導いてあげたくなる気持ちは、分かるんだよ、私だってどういうルートが子どもたちにとっていいか考えてた。

でも私、成人して就職もしている。実家も出て独り立ちしようとしてるのを潰そうというのは、守るどころか芽をつぶすことだと思う。学生だってやってる一人暮らしを、仕送りもいらない社会人がどうしてやったらいけないというのか。

経験が足りないなら経験を積まさないと、いつまでも経験不足のままでしょ。

私はそう思ってきたから、子どもの手助けをしたいのを、幼いなりに自分でできそうなところは手を出さずぐっと堪えて見守ってきた。


……ただ父の場合は、娘が心配という動機より、こうあるべき!なレールから外れたら価値がなくなる、くらいに思ってそうな感じがする、残念ながら。

あの世界のラファイルさんのお父様とやっぱり同様な気がする。


終いには誰が育ててやったと思ってるんだということを言い出したものだから。

いや産んだのそっちだし育てるの当たり前じゃね?と思ったがそこは大人ですからこらえて。


育ててくれたことに感謝はしている。

でも、親に従い夫に従うような人生は、私は望まない。

私は私がいいと思うものを選んで生きますと言って、今までありがとうございましたと頭を下げた。


もうそれで帰るつもりだったが、ずっと考えていたことを、言った。


子どもは、親の所有物ではない。


親とは別人格であり、思い通りになるものではない。


親がやらないといけないのは、子どもが自力で生きられるように育てることであって。


子どもをいつまでも閉じ込めて守ることではない。


子どものことを思うのなら、手放す時はいつか来るのだし、そのとき親が枷になってはいけない。



父も母も、私の言い方に驚いていた。


これは()()()()()()()()()()、ずっと思っていることだった。

他の家なら、貴族の価値観を叩き込まれて育つのだろうけど、私はそれをしたくなかった。

人前に出て恥ずかしくない礼儀や振る舞いは、当然身に付けさせるが、それは貴族だからというよりTPO、倫理道徳という感じだ。

生まれながらの貴族であるラファイルさんだが、価値観に活躍の場を奪われていたために、私のそういう方針がいいと言ってくれた。

というかブラック・コンダクターのメンバーはみんなそう思っていた。



でも父は、私の言葉に耳を傾けてくれるようではなかった。


親になったこともないくせに偉そうなことを言うな、とまたゴネるので、

多分、この人と理解し合うということは無理なんだろうな、と感じたというか、もう悟ってしまった。

改めて話をしに来ることももうないだろうと思ったから。


これから親になります、と言った。


父の顔色がものすごく変わって、相手は誰だ!と掴みかかってきた、

でも私には、あの世界のプローシャお姉様直伝の剣術と体術だってある、父を押さえ込んで動きを封じた。

なんだこれほんと漫画みたいだわ。

でもだから、あの世界のことは夢なんかじゃないのだ。


「まだ、妊娠はしてません。でも結婚はします。

彼がどうしても挨拶したいと言うから、近いうち連れてくるので、そのつもりでいてください」


父は完全に取り乱していた。

絶対に許さん、不幸になるだけだ、親不孝をするつもりか、と喚かれたが、私はラファイルさんを絶対に守ると決めているから、そんな揺さぶりにももうびくつくことはない。


「親不孝で結構、私は子どもに面倒をかける親にはなりません。子どもに恩を返してほしくなんかない。そんな余裕があるならもっと自分のため、さらに自分の子のために使えと言ってあげます。

……体に気をつけて、お母さん……お父さん」


それでも両親が私をここまで育ててくれたことは、事実だ。

感謝のような、親を超えたような、親から本当に離れるんだという実感のような、

いろんな感情がないまぜになって、涙が落ちた。


父を離して、私は実家を後にした。


…………

…………


自分の部屋に帰って、ラファイルさんに親に話したことを報告した。


『一人で、頑張ったな。

一緒にいられずにごめん』


ラファイルさんはそう言ってくれたけど、一人で頑張ったんじゃない。

ラファイルさんがいるから頑張れただけ。

ラファイルさんの存在を知られないままでいるのが、何だかラファイルさんに申し訳なかったからだ。

私はやっぱり一人では生きられない。頼る先を親元からラファイルさんに移しただけだ。


『別に一人で生きなきゃいけないわけじゃないだろ。いいじゃん、俺だってもうあんたに頼りきりだしさ』


それもそうか。


『あんたいないとやっぱり安眠できないんだよ』

「えぇーなんでよ?ヘタレじゃん」

『ひでぇな』


ヘタレでも、好きだけど。

この世界のラファイルさんは、前のような過呼吸症状持ちではなく、私がついていないと心配ということもなかった。前にしても、結婚後は症状も出ず寛解状態ではあったが。

でもやっぱり私を抱き枕にしたいらしい。

私も、抱き枕にされていないと、物足りない。


今日もラファイルさんと撮った『マルーセニカ』を聴きながら、私は眠りに落ちるのだ。


***


ラファイルさんは仕事が早く、私の結婚に必要な書類を調べてくれ、段取りも整えてくれていた。

私はパスポートの準備から始め、仕事を退職することを上司に申し出た。

まだ二年目だったし私の仕事の評価はなかなかによかったようで、引き止められたが、そもそも日本を出るので続けようがない、外国に行くことを言ったら、仕方ないな、と受けてくれた。


そしてしばらくは友達からの連絡とかネット上のことが忙しかった。

ラファイルさんとの動画を上げたら結構な反響で、特にロシア勢からは夫婦だったの!みたいな反応も多く、動画を見てくれた友達からびっくりしたと連絡が相次いだのだ。

そりゃあいきなり男と出演したらみんな驚くよねぇ。しかも外国人と。

去年の今頃は確か、それこそあの元カレと微妙になってきたあたりだったから。


結婚後、動画に毎回その彼からのコメントがあるものだから、この男誰?とラファイルさんに問い詰められてちょっと面倒だったのはまた別の話……


…………

…………


通勤時間が結構短縮できているので、思い切って中古のキーボードを買って練習も続けている。

自炊をメインに、家事にもほぼ初めて取り組んでいるところだ。

あの世界は全部使用人さんがやってくれたからなぁ……仕事に集中できてよかったなぁ……


……とか思ってしまう辺り、私はきっと専業主婦は向いていない。

ラファイルさんに、家事これから練習するからと伝えたところ、俺も練習中だから気にするなと言ってくれて驚いた。

専業主婦の母を見てきた私は、ラファイルさんがメインで稼ぐようにはなるんだし、私が家のことは頑張らないと、と当たり前のように思っていたのだが、ラファイルさんにあんた音楽バカだしそんなに家事ばっか無理じゃね?と言われた。


……無理ですね。はい。ほんとは家事より練習したい。


「家のことは二人でやろう、俺たちが頑張るのは音楽であって、他は気を抜いてやればいいだろ。人を雇ったっていいんだし」


ラファイルさんの優しさが嬉しすぎて、涙してしまったほどだった。

私はラファイルさんに出会えて本当によかった。ラファイルさんが私の何よりのチートだ。

大袈裟だな?と画面の向こうでラファイルさんは苦笑していたが、私は家のことを全て母に押し付けている父を見てきたから、二人でやろうという言葉が信じられないほどに特別に思えたのだ。


しかも部屋の家賃だって、私たち二人のことだからと、折半してくれている。

私は家賃の話なんて何もしなかったし、大丈夫だからと断ったのに。


この人は、この世界でも一体どれだけ私を救ってくれるんだろう。


この世界で、私はラファイルさんのために何ができるだろう、どうやって返せるだろう。


「俺はここでは、帰れる実家がある。

でもあんたはそうじゃないんだから、俺があんたの一番の居場所になるよ。

それに俺だってあんたに一番の居場所になってもらってるんだから、何も返してもらう必要なんかない」


そういえばあの世界でも、私は至れり尽くせりだから何か返したいといつだったか言ったとき、

ラファイルさんは同じように言ってたっけ、

私が、俺が安心して帰れる場所を作ってくれてるから、何も返す必要なんてない、と。


そういう貸し借りみたいなのはもう、何も気にしないことにしよう、ということに二人で決めた。

してほしいことがあればそう言って、してもらったことは受け取ろう、と。


マーニャが来てくれるんだから全身全霊かけて最高の居心地作れよと、ヴァシリーさんノンナさん、プローシャさんにも言われているそうだ……

あの世界ほどラファイルさん不器用じゃないと思うんだけど。



ラファイルさんはもちろん、みんなにも早く会いたい、と連休が待ち遠しかったが、

仕事に家事に練習にと結構忙しくて、割とあっという間に連休に突入。

私は有給を利用して、合計9連休をゲットした。


そして予定通り、初のロシア旅行へと出発したのだ。


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