第17話 ゴブ♪リン♪ジャン♪
夏も終わりに近づき、厚い積乱雲の上には薄い筋状の雲
が、秋の気配を伝えていた。
この世界で蝉の声は聞いていないから、イマイチ夏気分
は盛り上がりに欠ける。
やはりこの時期は、日暮の鳴き声が欲しくなる。
この感情は細胞に染み付いた、魂的なモノなのかもしれ
ない。
そんな過去の郷愁に捕らわれながら、俺はパパンが
仕留めた狸に似た獲物ラトヌルの解体を眺めていた。
「マクート、見ていて楽しいか?」
不意にパパンが問い掛ける、集中してないのバレた?
「お父さんの作業は凄いから、見ていて勉強に成るよ?
邪魔だったかな?」
「いや、気持ち悪くはならないか?」
「うん、いつかはお父さんと狩りに行きたいからね」
「そうか」
パパンはそれきり、話掛けて来なかったが余程嬉しかっ
たのか?ニヤニヤして気持ち悪い。
不意に湖から魚が跳ねた水音がした、その魚は鱒系の
魚なのかは解らないが、前世のシャケよりも大きく脂が
乗って旨そうに見えた。
「お父さんは魚は捕らないの?」
「魚か?う〜ん弓矢が当たらないし、矢が勿体ないから
捕ることはないな」
・・・・『何言ってんだ?このブロディ?』
俺は深く深〜く、深呼吸をして必死に自分を押し留めた
いや、パパン?魚に弓って聞いたこと無いよ?
馬鹿だね?アホだね?頭は弓で出来てるの?
得物は替えて挑めよ!せめて銛ぐらい使おう?
ダメだやはり『使えないブロディ』は健在だ。
パパンはその後、街へと出掛けた。
と、言う訳でママンに相談してみよう。
「お母さん、湖で魚を捕ってきても良い?」
「どうしたの?急に?」
ママンは目を丸くして驚いた顔をしていた。
「今日ね、湖でおっきな魚を見たから捕りたいんだ」
ママンは暫くは考えて、結論を伝える。
「解体場から遠くに行かない事、日後迄には必ず帰って
くること、守れる?」
もちろん!家族の夕御飯の為に釣果に関わらず帰る所存ですよ。
「うん!約束する!」
さて、竿は適当にその辺の「しなる」枝をチョイスして
針は解体場に落ちている骨で、丁度良いものを加工して
糸は今準備している。
「ウム、デッチの体毛は釣りに向いているな」
コイツに遠慮は要らない、ブチブチ引き抜いてやる。
釣具の準備も整い、解体場の良さげなポイントに糸を垂らす。
おぉ!ここの魚は擦れて無いのか、食い付きは凄まじい
始めて、すぐに一匹確保である。
「今日の晩御飯に出して見ようかな?」
今日の豊かな晩御飯の献立に俺は油断していた。
この世界には『魔物』がいることを俺は忘れていた。
不意に後ろで水音がしたので、デッチが追加の餌を持っ
て来たのだと思い込んでいた。
「デッチ〜追加の餌を・・・・」
振り向いた先にはデッチはいない、ソコにいるのは
子供の俺と大差無い身長、肌は茶系の入ったオリーブド
ラブ頭は俺より大きく、髪の無い頭皮に角が2本。
身長の割りにかなりの筋肉質である。
そして、右手には錆び付いたメイスが握られていた。
『ゴブリン』ファンタジーな世界が舞台なら悪役筆頭の
存在であり、また『モブ』として描かれているために
弱い存在と認識されているが、この世界も前世から
見たら充分ファンタジーであるが、決定的な違いは
『ゴブリンは弱く無い』のである。
『ゴブリン、ワンパン、ヨユー』等と抜かすアホは
素手でチンパンジーと戦ってこい!
自然の猛威に晒されながら生活すれば、余程の
サバイバー以外の人間は先ず衰弱していく。
しかし、野生動物はタフだ、生命力の強さが段違いだ。
その野生動物と同等の能力を有するゴブリンが雑魚?
人間と同じ様に道具を使う知能、集団での行動も出来る
コイツ等を雑魚と認識するお前の知能が雑魚だ。
等と明後日の方向に説教を噛まして現実逃避はやめよう
先ず必要なのは、『ホウ、レン、ソウ』なのだ。
(ターブラン聴こえるか?)
(どうしたのだマクート?慌てているな?)
(こっちにゴブリンが出た、そっちにもいるか?)
(フム、少し待て!)
ーーーーnowろうでぃんぐーーーー
(どうやら其奴一匹だな、所謂ハグレであろうゴブリンの
集団は1番近くて対岸の奥におる)
よし!ママンとマーシャの安全は確保!
いや、ラスボスと一緒にいるけどさぁ、そのラスボスが
強すぎて、逆に役に立たないのは先日証明済み。
(マクート?お主、失礼な事を考えて無いか?)
(いいや〜、兎に角生きて帰る為に援軍を要請する)
(解った、デッチを向かわせよう気張れよマクート)
はい、緊急事態に遭遇したらこの様に行動しましょうね
それが生存率を上げますよ。
あぁ、気が重すぎる。
ヤツ(ゴブリン)は奇襲が失敗したのに俺に急襲はして
来なかった。
案外知恵が回るな、厄介だ。
急襲が無かったので、時間は稼げたがヤツが動かなかっ
たのにも理由がある。
先ず、ヤツは単独行動である、援護は無いだから奇襲が
失敗した時点で普通は逃げる、しかし目の前俺はさぞや
美味しい獲物なんだろう?棄てるには惜しい。
なら罠なのか?俺の周りを観察する、結論、俺もボッチ
「ЩМИУМФХ〜!」
何を言っているのか?さっぱり判らん叫びを上げながら
ヤツは距離を詰めてくる。
対する俺の足場は最悪、後ろは湖、うん!詰んでる。
俺は、手にしている釣竿を良くしならせ、釣り針を
ヤツの顔面に向けて放つ、空気を裂いて釣り針がヤツの
顔面に当たる直前、ヤツは「右手」に避けた。
コイツ、性格悪すぎる!俺は「左手」に避け安い様に
釣り針を放ったのに!
そう、ヤツは俺の退路の左手を塞ぐ為に「右手」に避け
たのである。
ヤツのメイスの射程に俺の身体が入る、振り上げられた
メイスは俺を仕留める為に降ろされる、ヤツの面は
勝ち誇った様に笑っていた。
「ううぅおぉぉぉっ!!!」俺は腹の底から吠えた。
恐怖にすくむ足と思考を強引に始動させる!
躊躇うな、迷うな、立ち止まるな。
俺はヤツのメイスの射程の内側、前に進んだ。
左手はヤツの右手首に添え、右手は腕の根元を掴む
ヤツの振り下ろす力を利用して一気に投げる。
そう一本背負いである。
ヤツを湖に頭から投げ落とし、ヤツのメイスを利用して
首を絞める、全力でメイスを掴みギロチンチョークの様
に絞めて行く、しかしこの技は俺の体重が軽すぎた。
ヤツの腕山が俺を吹き飛ばす。
ゴブリンは水が気管に入ったのか?激しく咳き込んでい
る。
ヤツのメイスを奪おうとしたが残念、しっかり右手に
確保してやがる。
兎に角、コレで退路が開けた。
湖からの小路を抜けて納屋が見えた!
(ターブラン聞こえるか?デッチは?)
(それが、芋探しを命じられて森の奥に入ったらしい)
(アノ野郎、そりゃ昨日の話だ!)
くそっ!!!デッチの援護は無いならば俺がケリを
着けるしか在るまい。
(アノ野郎は去勢してやる!)
ゴブリンが小路を上がって来る気配がする。
俺は納屋の脇に有る薪に使う木で1番「似てるモノ」を
掴んだ。
「来やがれオラァ!!」
再び腹の底から吠え、ゴブリンを自分に誘導する。
ヤツは相当御立腹の様だ、最初の頃の冷静さは失われ
ただ、目の前の憎い俺を始末してやる!
と、憎悪の目で俺を見ていた。
ふん!その程度の殺気は受け流してくれるわ!
「マクート!!」
突然、ママンの声が響く、そりゃ母屋は特等席見たいな
位置だもんなぁ、後でママンに怒られるなぁ(泣)。
平手打ちは覚悟する!だけど!
「お母さん!マーシャと一緒に家の中にいて、お父さん
が帰ってくる迄、絶対!出て来ないで!」
さあ、第2ラウンドだ!
ヤツはだらりと下げていたメイスを上段に構える。
ゴブリンのクセに堂にいってやがる。
対する俺は『警棒』に良く似た薪を右手斜め下に構える
『自衛隊警棒術 中段』最も基本的な1番始めに教わる
型でも有る。
ゴブリンが踏み込んで来る、擦り飛び込み!上級者の技
である。コイツ!トンでもねぇぞ!?
しかし構えは上段、攻撃の軌道を読み、肘を折り曲げ
小さく振りかぶり俺も前に出る!
振り下ろすタイミングを外されても強引にヤツは前に
出てくる、振り下ろすタイミングが外れたら変えれば
良い。
より低く構え、振り下ろしは、横凪に変わる。
しかし、俺は其よりも早く前に出てヤツの肘に一撃を入
れる、更に踏み込み膝にも返しを入れる。
ソコから素早く下がり、再び中段の構えを取る。
『自衛隊警棒術』常に相手の関節のみを狙い痛撃を
与える術である、基本2連撃で肘と膝を狙う。
いや、ソコしか狙わない。
兎に角、徹底的に身体の骨に染み込む迄やらされる。
それが今、活きている。
より速く、より鋭く、相手よりも速く。
現世の3歳児の身体に迄入ってるじゃねぇか!!
やっぱり、前世はやり過ぎだったんだよぉ。
おかしいなぁ?とは思ってたんだよ?
集団心理って怖いわぁ〜。
ゴブリンの左半面は攻撃力、機動力を大幅減で有る。
俺はお前が何をしようとも徹底的に同じ事を返して
やる。
より速く、より鋭く、其れを繰り返す其れだけだ。
しかし、同じ事の繰り返しはワンパターンと成り果て
読まれ、反撃も出てくる。
不味いな、基本皆でタコ殴りのやり方だから1人では
限界も直ぐに訪れてしまう。
警棒代わりの薪も良く持ったよ、ホントご苦労様。
最後の一発だけ耐えてね。
対するゴブリンは、徹底的に左の肘と膝をやられて
手足に力を入れられ無いのか?ダラリと下がる。
だが、目の闘志は消えていない。
アンタ厄介過ぎるぞ!
俺はヤツの膝を叩き折る勢いで振りかぶる。
ゴブリンは俺の動きを読み切っていた。
自分の膝を餌に俺を呼び込んだのだ。
此処でゴブリンは初めてメイスによる突きを出した。
俺が避けられない、最悪のタイミングでカウンターを
当てられてしまった。
「ううぅおぉぉぉっ!!!」
俺は再び腹の底から吠えた、顔面に迫るメイス
コレを食らったら脳ミソぶちまける自信がある。
怯えるな!恐怖に負けるな!動け!動け!動け!
メイスの点に警棒を当てて勢いを殺す。
鉄と木では強度に雲泥の差が有る。
警棒がめり込み、裂けて弾ける。
だが、メイスの勢いはかなり減殺出来たコレなら
出来る!
俺は警棒を手離し、メイスの先端を掴み思いっ切り
引き込んだ。
ゴブリンには踏ん張る力が残されてはいない。俺の予想外の行動にゴブリンの身体が泳ぎヤツの背中が俺の目の
前に現れた。もう、此処で決めるしかない。
俺はゴブリンの腰に手を回しインディアンクラッチで
つなぐ。
プロレスには、不死鳥の如く甦る技が有る。
過去には一撃必殺の技として、バックドロップが有名で
あるが何時の間にか、数え切れない選手が使い痛め技に
落とされても、新たな使い手が現れ輝く。
そして、バックドロップと同じく若手の基本技に迄
堕ちても新たな使い手が必殺技として輝きを与える。
それがジャーマンスープレックス。
批判も有った投げっぱなし、俺だってホールドしたいよ
でも、出来ないじゃん、3歳児だもん。
俺は泣きながら心を鬼として2発目も投げる。
そして、魂を悪魔に売って3発目を放つ。
それでも俺の心には東洋の大巨人が囁く。
「良いか、フィニッシュに向けた動きをしたら決して止まるなセン〇リも1度始めたら止めないだろ?」
その通りです兄貴!俺はまだ逝ってない。
俺はゴブリンの腕をチキンウィングに固めて放つ!
止めのタイガースープレックス!!
ゴブリンも2発目で時間の問題だった命も猛虎式で
力尽き、魔力の粒子へと還って逝った。
アンタ強すぎて困るんだけど!
後さぁ、この世界のゴブリンって皆フル〇ンなのか?
ブランブランして困るんだよ!!!
因みにママンには怒られ無かったけどめっちゃ泣かれた
そっちの方がキツイね。
ごめんねママン。
警棒の下りは体験談、横須賀でやらされました。




