87話 大きな波紋
話が終わった後、アイと共にウルシャたちのところへ行こうとしたら、サミュエル卿に呼び止められた。
「イセ殿、少しよろしいですか? 同盟の話ではなく、あくまで個人的な話ですが」
「あ、はい。なんでしょう?」
アイは、そっちで話してていいぞという態度だったので、俺だけ残った。
サミュエル卿が話したいのか、シガさんが話したいのか。
サミュエル卿は、俺が使っていた空になっているカップへ自ら茶を注いでくれた。
丁度いい量に入れた後、一滴だけ雫が落ちた。
「停滞したこの世界に、雫がひとつ落ちてきました」
「……?」
「その雫は、世界に比べたらずいぶんと小さい容量しかありません。が、そこを中心に大きな波紋が拡がっていっています」
茶を入れたカップを見つめながら、サミュエル卿は妙に詩人じみたことを言う。
「その波紋の中心には、イセ殿がいます」
「…………ガラじゃないですが」
「自覚はあったようで安心しました。しかし、まだあなたはこの波紋の意味に気付いてはいないでしょう」
「サミュエルくんは気付いているのかい?」
「流石に気付いていますよ。愚鈍と名高い商家の二代目でも、目の前に見せられて気付かないわけにはいきません」
「ふふ……愚鈍ねぇ。どんだけ見る目ない連中ばっかなんだろうな」
「どうですかね」
サミュエル卿とシガさんは、いい意味で友達同士なんだなと、今の会話でわかった。
「おっと失礼。それであなたが起こした波紋ですが……いずれ大きな波になりますよ」
「今回話していた、帝国を二分する争いの話ですか?」
「それもそうです。ですが私の見立てだと、もっと大きな……それこそこの世界全体を大きく揺るがすような大きな波です」
それは、おそらくもうすでに現実的に起きているのだろう。
『神器』たちの争いに加担し、天界に狙われ、反天界の『神器』同盟にとってのキーになっている。
「俺、というより俺の『力』の影響、でかすぎですね」
「……自覚はまだ先のようですね。いずれ大波は来ます。その時までに、あなた自身はどうするのか、どうしたいのか、どうするべきなのか考えておいてください」
今まで親しげにしていたサミュエル卿が、ふと突き放すように俺を睨む。
「場合によっては、私はイセ殿と敵対するかもしれません」
「そこまでか!?」
ここまでの態度を取るとは思っていなかったっぽいシガさんの反応に、俺は驚いた。
「シガース殿。今、この世界を次なる紀元へと導く『神器』の方々には実感はないのかもしれません。ですが、私にはイセ殿の『力』と『考え方』そのものに、異質さを強く覚えます」
「そこまで異質ですか」
「ええ。この世界を壊すかもしれないと思うほどですよ」
温厚で優秀で、愚鈍と言われるほどの振る舞いをあえてしているこの人をして、そこまで警戒される俺の『力』……確かにそこまでの自覚はなかった。
「『神器』がこの世界の神になるために選ばれたように、あなたもまた『神器』と同じような役割をもって選ばれたのかもしれませんね」
「……過大評価が過ぎますよ。キルケさんみたいです」
「それは失礼しました。私はあの方ほど、この世界を理解していませんから間違っているかもしれませんね。このことは杞憂であることを願っています」
ふっと力が抜けて、やわらかく微笑むサミュエル卿。
この人、本当に世間からは過小評価されているんだろうな、と思った。
「サミュエルくん、あんまり脅してやるなよ」
「申し訳ございません」
「まあ、イセくん気にせずに。彼は慎重でね。可能性の低い要素にも気張りすぎなんだ」
「その辺り、シガース殿には世話になりっぱなしですね」
「でもって、彼の悪い予感はよく外れる」
「ええ、外れてくれるに越したことないですから」
「だからまあ、大丈夫だよイセくん……今はね」
今は、と付けたシガさんの意図は何なのか。
結局、サミュエル卿と同じではないのか。
そんなことを思いながら、俺から言えるのことを伝えておこうと思った。
「サミュエル卿、シガさん。忠告感謝します。この『力』どうするといいのか、俺なりに考えてみます」
俺は、保留という選択をした。
今、大切なことはそれじゃないと思うので。




