73話 天使としての異質さ
「良い子っていうのは、天使にとって稀有な性質なのです」
「……?」
「素直で大人の言うことを聞くのを良い子って思うだろ? ケアニスはそれだ」
そうシガさんに説明されて、アイの方を向くとうなずかれた。
「そんなのアイだってそうだろ? 何が狙い目なんだ?」
自分で言うのかアイ、と思ったが、まったくそのとおりと思うから否定はしない。
「天使にありがちな、上から目線がないんだ。あえて悪く言うなら、自分が思っていること、感じていること、考えていることを絶対的と思っていないってところだな」
それで説明を終えたと思ったのか、黙られる。
俺もアイも、首をかしげた。
「自信がない、とも言えるな。キルケのような信念がない。さらに言うなら、天界の正義に不信を持っている節がある。で、いいんだよな?」
シガさんが振ったのは、サミュエル卿だった。
「はい。だから、魔境城塞で人間を守るように、亜人の侵略を防いだ。目の前で被害を受けている人間たち側についた」
「そんな理由だったのか」
「みたいだな。ある意味、非常に純粋な善意だ。故に、天界は困り、通商連合も少し痛かった。だからこそ、アイとイセなら味方に引き込めそうと踏んだ。それに話しやすい人物なんだよな?」
「そうですね。私からこう言うのもなんですが、『神器』の方々は基本的に俺様気質があるように思いますが、ケアニス様は違いました」
「なるほどなぁ。アイもそうだからわかるぞ。つまり騙しやすそうなんだな」
あ、そういう理解の仕方しちゃうのか、アイ。
「ってことで、まずは誘ってみてくれ。同盟結びませんかって」
「わかった。やってみよう」
「あっさりと引き受けるのか!?」
「いいじゃないか。元々交渉って話すらなく、大した目的もなく強制的に排除の可能性もあったわけだ。それに比べたらこの提案はありがたいぞ」
「うん、わかる」
アイは、時々こういう決断の速さがあるよな。
ちぐはぐだと思うけど、妙に頼りになる。
「で、ダメだったら捕まえよう。できるよな?」
「相手が鬼で何とかなるなら」
「ちょっと待った」
俺とアイの間で、シガさんたちが考えた作戦に乗ろうとしていた時に、待ったが入った。
「ダメだったら捕まえようって軽く言ってるけど、そんなことできるの?」
「ああ。詳細は省くが、イセの『力』なら余裕だ。なっ?」
「多分」
詳細を省いたのは、アイにしてはいい判断だ。
ここで、捕まえてレ○プする能力とか、恥ずかしくて言えない。
白い目で見られるし。
……あ、シガさんなら笑うかもな。
知っていたらの話だけど。
「天使を捕まえるほどの『力』? イセ殿はひょっとして魔法使いですか?」
「いえ……ハイエースを使えるだけです」
「イセのハイエースには、なんかついてるのか? 麻酔銃とか」
あぁ、そういう力が欲しかった。
魔法の銃とかあったら無双できたかもなぁ。
「秘密だ。また今度な」
アイが自慢げにそう言う。
「まあ、もしその時が来たら見せてもらうか。サミュエルくん、それでいいかい?」
サミュエル卿はわかりました、と引き下がってくれた。
ひとまず、ホッとした。
「では、ケアニス様の反応を待ちましょうか。早馬を出しているので4、5日もすれば反応がありましょう」
ということで、連絡があるまでアイと俺は、町を見て回ることを楽しんだ。
やはり物がある都会は違うなぁと思う。
アイも、久しぶりの都市生活を満喫している。
大きな図書館なんかもあって、アイに付き合って行った。
文字は読めないので、もっぱら書庫見学だが、面白かった。
文字、習おうかなぁ。
と、のんびりしていたのだが、事態は急変した。
サミュエル卿が俺たちが来て、ケアニスに早馬を出して、2日目の夜。
まだ寝静まる前の、アイとシガさんがよくわからない魔法についての談義をしていた部屋に連絡が入った。
「あの、天使様が参りました」
伝令のようにやってきた兵のひとことに、皆顔を見合わせて驚いた。
「参った? どこに」
「ええと、庭に……空から降りてきました」
サミュエル卿は、タブレットを持って足早に部屋を出るので、俺たちも続いた。
屋敷の中庭には、兵たちが集まり、遠巻きに警戒している相手がいた。
庭のほぼ中央あたりに立っているのは、子供の姿。
その子供は、背中に大きな羽根を生やしていた。
「……子供の天使だ」
「間違いない。ケアニスだ」
アイは少し緊張を孕んだ顔をして、決意するようにうなずき、歩いて近付いていくので続く。
武装した兵たちに囲まれても泰然としている子供の天使は、アイとウルシャと俺が近付いてくるのに気付いた。
「お騒がせして申し訳ない。私はコンウォル辺境伯のところでお世話になっているケアニスです」
礼儀正しく頭を下げるケアニス。
確かに終始威圧的だったキルケと違って終始穏やかそうな印象を持つ。
だが、俺は騙されない。
突然空から飛んでくるようなのが、まともなわけない。
俺の警戒心はビンビンだった。




