53話 『神器』会談 その1
拘束を外されたキルケと、向き合うアイ。
礼拝堂の奥を背にした天使の戦士たち。
その前に立つ天使の長キルケ。
キルケに向かい合って立つ、魔法使いアイ。
アイの後ろには、護衛のウルシャと、召喚された戦士である俺。
そして、その後ろには、まだ礼拝堂に入りっぱなしのハイエース。
まるで工事現場の建物の中に入った業務車両のように見える。
だが、実体はこの礼拝堂の一部を壊したハイエースだ。
この世界では、一騎当千の鬼たちを召喚する恐ろしい戦車だ。
召喚された頃は、膝をつくほどがっかりしたが、今回のことでこいつがいかに頼もしいか実感した。
俺も、心なしか胸を張ってふんぞり返れる。
「それで、何が聞きたい?」
話し合いが行われる場が整った途端、キルケはアイに問いただした。
「お前たちが、アイたちを襲ったのは何故だ?」
相変わらず、アイは腹芸をすることなく、一直線に切り込んでいった。
正直、ドキドキだが、頼もしくもある。
「『神器』同士は争いを禁じていただろう? あれは破棄する気なのか?」
今、この天使に向かって同じ立場で話せるのはアイだけだ。
だからこそ、話し合いはアイに任せるしかない。
「……場合によっては、それでもいい」
そう言いながら、キルケの視線は俺へと移り、睨む。
「アイ。おぬしが召喚したこいつは、カウフマンの性別を変えた。これがどういうことなのか、分かっているのか?」
「わかっている。人の技ではない。お前ら天界の天使たちか、もしくは『神』の領域に属するものだ」
「買いかぶるな。天界にそこまでの『力』はない。それは魔法使いのキミならばわかっているだろう?」
「そうだろうな」
「わかっているなら、こちらの行動の意味もわかるであろう? この『力』は認められん」
びしりと、キルケは礼拝堂内に響きそうな声を出した。
彼の怒りが、はっきりと伝わってくる。
「……元はと言えば、魔法だ」
怒りの視線は、俺からアイに切り替わる。
「魔法という世界の理から外れた技によって、異物が多く流入した。そのために、今この世界は危機に瀕している」
「だから魔法の法をねじ曲げたんだったな」
「曲げた? 正常に戻したんだ」
「それは天界の理屈だ。魔法は元々神が認めた人に与えられた『力』だ」
「そうだ。それがために世界は乱れた。だからこそ、我々天使が神に代わって修正せねばならない」
「おぬしらが崇める神が間違えるのか?」
「浅学な。この修正を含めた行為こそ、神が示した道だ。アイ、『神器』になった時、はっきりと耳にしただろう?」
「ああ、耳にした――」
アイとキルケは、同時に口を開く。
「「『神』は万能ではない」」
まるで呪文か祝詞のように、その言葉は唱えられた。
「それを聞いて、まだ過去の秩序を欲するのか、天使キルケ」
「これを聞いて、まだ魔法によって異物の侵入を許すのか、魔法使いアイ」
『神器』同士の、『神器』同士でなければ、争えない領域が、ふたりの会話の中にはあった。
――正直、俺たちは蚊帳の外だなとは思うが。
「おぬしが召喚したこの者の『力』は排除する。これは曲げられん」
「わかった」
えっ!? わかっちゃうのかっ!?
「キルケの理屈は理解した。だがそれだけか?」
背の低いアイは、一歩前に出て、キルケをしたから見上げ、睨みつける。
「天使の『力』を消し去ったイセの『力』……それを危険と見ているだろ?」
「…………」
押し黙るキルケだが、その無表情は明らかにさっきまでの怒りの表情と違う。
アイが言った言葉の中に、キルケの行動のウィークポイントがある。
どこだ? 天使の『力』とはなんだ?
「初、だったな」
「何がだ?」
「カウフタン……いやカウフマンだ」
「…………」
「天使の加護を受けた者が、天使の戦士にならなかったのは、初めてではないか?」
キルケはそのアイの問いに、無言で示した。
それは、肯定と見ていい、黙秘だった。




