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時間の騎士様  作者: 灯
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第9章 学術都市 ケンフォンテ


グリスが飛ばされた先は薄暗く、辺りが、かろうじて判別できるレベルだった。

そして彼は床にうつぶせになっていた。

薄暗さと自分の現状もあって彼の心に少しだけ不安がよぎった。

ロッシュが言ったように失敗してみんな別の場所に飛ばされたのではないかとも感じた。

だがそれは杞憂に終わった。


「気がつきましたね、グリス」

「セレス姫、ここは……」

「学術都市のどこかの図書館みたいなの。明確な場所はロッシュが調べているわ」


彼は無事に到着したことに安堵したのもつかの間、この図書館に似つかわしくない足音を立てながらロッシュが帰ってきた。

彼は息が多少乱れていたが、グリスを見ると嬉しそうに笑った後に報告を始めた。


「ここはケンフォンテの東館第二図書館です」

「それで目的のミネルヴァ博士の居場所はどちらですか?」

「彼女のいる場所はここからすぐ近くです。休まずに行きますか?」

「僕はいいけどロッシュは大丈夫?」

「これぐらい、大丈夫、大丈夫」


事実、彼の顔には疲労の色はなかった。


「それじゃあ、参りましょうか」


彼女の言葉に従い、彼らが外に出ると町の風景は悲惨だった。

学問を学ぶのに最適であったはずの施設や景観は、ほとんど壊されており、つい先ほどまでいた図書館も気づかなかったが半壊しており、町はただの瓦礫の山と化していた。


「住人は? もしかして……」

「……抵抗した人や見つかった人は殺された、今ここにいるのは見つからなかった人たちだけだ」

「そんなの酷いよ……」

「これが現状なんだよ」


心優しいグリスはこの凄惨な現状に目をそらさずに、ただまっすぐ見つめてからある決意をした。


「僕、こんなことをした人を許せないよ、倒して平和を取り戻そう」

「……そうだな」


彼の顔には陰りがあった、それをグリスはこの町を壊されたことだと感じていた。

そう感じていたから、彼はかける言葉がみつからずにただ黙って歩いた。

しばらくするとロッシュは小さく声をもらした、そして先ほどの陰りが嘘のように笑顔で二人に話しかけた。


「見つかりましたよ、ミネルヴァ博士がいる避難場所が」


そう言って指差した先は何の変哲もないマンホールのふただった。彼はそれを三回叩いた。

するとマンホールのふたは静かに動き、入り口となった。彼はそれにためらいもなく飛び降りた。

二人もそれに続いた。


「ここが避難場所?」


グリスはこの場所に心底驚いていた。彼はここを避難場所と言ったが、中は地面の下だということを忘れるほど明るく、広さは外と対して変わらなかった。


「これは今から会う予定のミネルヴァ博士が見つけ、復活させた古代のドームらしいの、詳しいことは私にもわからないけどね」

「すごい人なんだね、ミネルヴァ先生は」


素直に彼は驚くとロッシュが小さく呟いた。


「性格に難ありだがな」


この言葉を呟いた時、ロッシュに向かって石が飛んできた。

彼はそれに気がついていたようだか避けずに当っていた。

それを見て怒りを覚えたのは本人ではなくグリスだった。

彼は飛んできた方向に視線を向けて睨んだ。

そこにいたのは歳端もいかない子供たちだった。グリスは近くにいた子供を捕まえて問い質した。


「なんで君のような小さい子が、石を投げるのさ、当たったら危ないでしょ」

「だってそいつが悪いのにミネルヴァ先生の悪口を言うんだもん」

「ロッシュの何が悪いの?」

「大人たちはみんな言うんだもん、そこにいるこいつが町をこんなことになった原因だって、それなのにこいつは自分のしたことを棚に上げて、ミネルヴァ先生の文句を言ったんだよ。そんなの許せないよ」

「だからって石を投げるなんて危ないよ」

「何を言ってるのお兄ちゃん? みんなわかっていてやっているよ?」


自分の親友がここではまるで敵のようになっていることに、そして歳端もいかない子供の言動にグリスはめまいを覚えた。

さらにグリスは彼がそれを当たり前のように受け入れていることにショックを覚えた。

彼は石をまた投げようとしている少年に背を向け、いつもの調子で目的地に足を向けた。


「さあ行こうぜ」


いつもと変わらない彼だったがグリスは心配になって叫んでいた。




「こんなのおかしいよ、どうしてロッシュがこんな目にあわなきゃいけないのさ」


その叫びに彼は表情を変えないまま、グリスの方に顔を向けた。


「人はさ、自分で解決できないことに直面したら誰かのせいにしたいんだよ」

「だからって、どうしてロッシュが……」

「それは俺がここを破壊した奴と友達だったからだよ、だから俺のせいにするのが一番早くて確実なことだったんだよ」

「それだけで……」

「それだけで十分さ、それにさ、俺はこれでいいと思ってる」

「いいわけない……」


彼の言葉はそこでセレスによってさえぎられた。彼女も辛そうな表情を浮かべている。


「グリス、彼が決めたことよ。納得がいかなくてもこれが彼の決意なの」

「でも……」

「グリス、心配ありがとうな。でも大丈夫だからさ」


彼はそう言ってグリスの頭に手を置く。

その時の表情は、ほとんど見えなかった。


「さあ、この話しは終わりだ。今度こそ行こう」


その言葉にただグリスは頷くだけしかできなかった。

 


彼らが辿りついたのは、この避難場所の奥地にあるこじんまりした病院だった。

そして彼らは扉を軽くノックした。 しかし反応がなかったので仕方なくそのまま扉を開けた。

この病院の中は診察室と思わしきところはかなり綺麗だったが、自室と思える場所は彼女が発明したであろう発明品が山のように積まれていて、足の踏み場もないぐらい散らかっていた。

セレスはそこに向かって住人の名前を呼んだ。


「ミネルヴァ博士、そこにいますか?」


辺りは何の音も返ってこなくて静まり返っている。

今は留守なのかと半ば諦めていた時、部屋の奥から小さなうめき声が聞こえた。


「もしかして、博士は埋まっているのかしら?」

「どうやらそうみたいだな」

「それなら、早く助けなきゃ」


そうして彼女を探すこと三十分、ようやく彼女を発見できた。

彼女は自分自身が発明した機械の下敷きになっていた。

下敷きになった機械自身はそこまで重くはないが、下敷きになった状態の彼女の力では持ち上げるのが困難な重さだった。

グリスとロッシュの二人で何とか持ち上げて彼女を救出することができた。


「よかった無事で……」

「いやぁ、助かったよ。心底死ぬかと思ったよ」


彼女はかけている丸眼鏡をしきりにいじりながらウェーブのかかった青髪についた埃を払いながらケラケラと笑っていた。

ひとしきり笑った後、彼女はすべて見透かすようにグリスたちの方を向いた。


「さて本題だけど何用かな?」

「以前、貴女にエテルノセノクについて聞いた、セレスと申すものです」

「ああ、リアンゲールの姫君か、だからロッシュが近くにいて、なおかつ隠れているのね」

「……悪いかよ」



隠れていたことを言われて、彼はばつが悪そうに診察室から顔を出した。

その彼の表情に苦笑いをした。


「いや悪くないけどさ、いい加減なれてくんない? 一応、君の先生の愛孫なんだからさ」

「そのテンションをどうにかしたら、なれてやるよ」


余程苦手なのだろう、彼はひたすら彼女の顔を見ようとしない。

それに対して彼女は気にした様子は特になく、グリスの方を向いた。


「まあ、別にいいけどさ、ところでそこのボーヤはロッシュの親友のグリス君?」

「は、はい。そうですけど、どうしてそれがわかるんですか?」

「いや、ロッシュから君は銀髪だって聞いていたからさ、もしかしてそうかなと思ってさ」

「それだけの情報で分かるもんなんですね」

「君にとっては当たり前かもしれないけど、君の髪色は目立つんだ」


ここで彼女はいったん話しを切り咳払いをした。


「さてと話しは戻して、何用で来たの?」

「実は……」



セレスは今までのことを簡潔に彼女に伝えた。

彼女はそれを聞くと小さくうなった後、考えがまとまったのか手を叩いた。


「なるほろ、リアンゲールにある、バリアを破るために必要な玉を探していて、エテルノセノクを見つけた僕に何か新しくわかったことがないか聞きに来たわけね」

「恐ろしく説明口調だな、おい」

「細かいことは、気にしない」

「それで何かわかったことはありますか?」

「新しい伝承は特に発見はできてないけど、その玉らしき存在の伝承なら昔に聞いたことがあるよ」

「本当ですか? ぜひ詳しく教えてください」

「えーっとね、今より昔、空より三つの玉が落ちてきた、一つは太陽色の玉、それは辺りを照らして人々を癒した。二つ目は銀色の玉、それは人々の願いを叶えた、最後は黒き玉、それは人々に真実をもたらした、とね。以上で伝承は終わりよ」

「それだけじゃあ、どこにあるかまではわからないね」

「見当をつけることは可能よ、ねぇロッシュ」

「……もしかしてあの泉か?」

「そう、その通りよ」


二人だけで話しを進められて、セレスとグリスにはよくわからず、彼らは頭に疑問符を浮かべた。

それに気がついたロッシュは口早に説明を始めた。


「あの泉っていうのはな、正式には女神の泉っていうんだ、場所はここから南の森にある。あそこには人々を癒す不思議な力があるんだ。だからあそこかと思ってな」

「そんな泉があるの? 知らなかった」

「まあ無理もないんじゃない? ここの人でも一握りの人しか知らないしね」


それを聞いた、グリスは嬉しそうにロッシュの顔を見た。


「そんなこと知っているなんて、やっぱりロッシュはすごいよ」


それを言われた彼は、何とも言えない表情をしたかと思うと露骨に話しをそらした。


「そんなことよりも目的地がわかったんです、さっそく向かいましょう」


そういって彼は扉のノブに手をかけ開こうとしたが、ミネルヴァに引き止められた。

それに苛立ちにじませて振り返るとそこにはいい笑顔のミネルヴァがいた。


「僕も行くよん、伝承が本当なら大発見だしね」

「えっ、でも危険なんじゃ?」

「うふふふん、僕はこう見えて戦う学者さんなのさ、だから自分の身は自分で守るよん」

「最近の学者さんってそんなこともするんだね」

「言っておくがこいつが特殊な例だからな! みんながみんな戦うわけじゃないから」

「しかし博士戦うといってもやはり外の魔物は一癖も二癖もありますし、貴方に何かあったらここの人たちは大丈夫なのですか?」

「大丈夫だよ、ここの人たちはね、それに僕がいなくてもみんなどうにかするさ」

「しかし……」

「そんな顔をしなさんな、本当に僕には秘策があるからさ」

「……わかりました、そこまでおっしゃるなら、同行をお願いします。ただしこちらはしっかりと貴女をお守りします」

「そんなに気にしなくてもいいのにねぇ」


あまりの能天気さにロッシュは頭を抱えそうになったがこれが彼女だったなということを思い出して諦めてため息をついた。




そして彼女の言う通りとなった。

彼女は魔物が出るたびにお手製の薬品を魔物にぶちまけていった。

それに当たった魔物は泥のように溶けた。

その行動ではどちらが被害者か、わかったものではなかった。


「すごいね、ミネルヴァ先生……」

「ああ、そうだな、だけど俺が一番驚いているよ……」


彼らはそんな魔物を憐れに思った。

しかしセレスだけは彼女の動きに見覚えがあり、考え込んでいた。


「ミネルヴァ博士、貴女、どこかで武術をたしなみましたか?」

「うーんとね……」


悩みながら彼女は懐にあった魔銃を素早く取出し、セレスに向けた。

一連の唐突な行動に動けずにいると、彼女は魔銃を撃った。

辺りに不気味な音が響き、肉片が飛び散った。


しかし撃たれたのはセレスではなく、彼女の後ろにいた魔物だった。

違和感のない動作のせいで、彼女たちは動けなかった。

唯一動けたのは魔銃を撃った彼女だけだった。

その彼女も気にすることもなく笑顔でみんなを見た。


「やだな、みんなして固まっちゃって、でもこれでわかったしょ? 僕は昔これを使えるリアンゲールの人に護身術として教えてもらっていたんだよん」

「あれ? 確か、リアンゲールの法律って魔銃はずいぶん前に使用禁止じゃなかった?」

「法律で使用禁止でもそのまま黙って持っている奴はいるだろう、それに一度、普及したもんはそんなに簡単には消えないんだからよ、それにリアンゲールでは使用禁止だが他の国では普通に使えていたぞ、ただし許可制だったが」

「……僕、あんまり外のこと知らなかったんだなって改めて思ったよ」


そんな緊張感のない会話の近くでセレスは一人真面目に考えていた。

そしてある結論に辿りついた。

あの国で使用禁止になったのは彼女の兄であるラグナが死んでからだ、だがあの国ではそれ以前にもあまり普及していなかった。

あの国自体は魔法の能力はあまり強くなく、騎士の力が強い国である。

だからあの国で魔銃を扱えて、教えることができる人物は、一人しか思い浮かばなかった。


「まさか、あのヴァンが貴女に教えたの?」

「大正解!」


いたずらが成功した子供みたいな笑顔を輝かせた。

しかしセレスには腑に落ちないことがあった。

彼女が見た城の記録と自身の記憶と、どう考えても噛み合わないからである。

その疑問が顔に出ていたのか彼女はセレスの傍に寄り、話しかけてきた。


「あれれ、疑問がある?」

「城の記録では奴は島流しだったはずですが……」


彼女はそれを聞いて、とても懐かしそうに頷くと人差し指を立てながら言った。


「あれねぇ、城の人が彼を捕まえられなくて、それで捕まえなきゃ、王様に首をはねられるってことでそれが怖くて、ああ書いたみたいよ」

「じゃあ、十年前までここにいたのですか?」


彼女の声は震えていた、その声はそうであってほしいという思いと、そうであってほしくない。

そんな思いが渦巻いていた。


「うん、そだよ。ラグナ君と一緒にね」


彼女はその言葉に少しだけ救われた気がした。

それと同時に彼女にとって意味がわからない単語が含まれていた。

他の二人はそれに気がつかず、ミネルヴァにラグナについて聞いていた。



「あんた、ラグナって言ったよな? 死んだラグナ王子と同じ名前みたいだけど何か関係があるのか?」

「関係あるもあるよ、大ありだよ! その死んだ王子本人だもの」


三人はただ呆然としていた。一番酷かったのはセレスで空を見つめたまま固まっていた。

その異常さにミネルヴァは近くにいたロッシュの頭を勢いよく叩くと事情を聞き出した。

ロッシュは彼女に王子について簡潔に説明した。


「なるほどね、ラグナ君ったら、セレスちゃんに何も言ってなかったのね、だからあんな表情になったのね」

「申しわけありませんでした」


セレスは本当に申しわけなさそうにうつむいた。

それに対して彼女は特に気にした様子はなくにこやかに笑っていた。


「気にしないでいいよん。そのおかげでヴァン君の十年前の行動に納得ができたし」

「どういうことですか?」

「彼、十年前に村を襲ったでしょ? あれをしたのはラグナ君の戻る場所を作るためだったのね」


彼女は昔を懐かしむような表情で彼らを見た。


「意味がわからないんだが堂々と帰れば良かったんじゃないのか?」


彼女はロッシュの頭を勢いよく叩いた。

予想外の打撃にロッシュはその場にしゃがみ込んでしまった。


「馬鹿ねぇ、彼を死んだことにしたのはどう考えても王様よ。そんなところに帰ったら、彼は今度こそおだぶつよ」

「なんていうかそれが村の襲撃につながらないんだが」

「そうね、まず前提がわからないとわかりにくいかもしれないわね、簡単に説明するわ」


彼女はそういうと簡単に手帳に図を描きはじめた。


「まず、王子暗殺事件のあと彼らはこちらに来たの、自国には居場所がなかったから。それでラグナ君はそのままこの学術都市で色んなことを学んでいたの、そしてラグナ君が卒業をする少し前にヴァン君は彼の前から消えたの、その時のラグナ君の落ち込みぶりはひどかったわ。そして彼が村を襲ったことが伝わった。罪状は無期懲役だった、その時のラグナ君の落ち込みは彼がいなくなった時の何倍もひどかった。」


手帳を閉じて彼女はゆっくりと続きを言った。


「ここからは僕の推測だけど、さっきも話したように彼が村を襲ったのはラグナ君のためだとおもうのよ、元々、王子暗殺の主犯はアルド・エタロンってことになっているでしょう? あれ、あんまり証拠がなかったのにあの皇帝がゴリ押したせいで彼の罪状が確定してしまったのよ、だから彼はあれの判断は間違いだった、本当は自分が王子殺しだ。皇帝は間違えであの英雄を処刑してしまった、というシナリオをたてて、皇帝の失脚を目論んだんだろうね」

「それってとても杜撰なシナリオですね」

「そうだね、たぶんに彼も切羽詰まっていたんだとおもう、もしくは……いやこれはいいや」


ミネルヴァの推測にグリスたちは考えた末にぼそりと呟いた。


「……でも誰かのためといえ、あいつは俺たちの村を襲ったんだ、それは嘘じゃない」

「そうだよ、たとえ誰かのためでもダメだよ」


そうは口で言っている二人だが内心かなり複雑だった。

彼は意味もなく襲った訳ではない、だがそれでも村を襲ったという事実はとうてい許されるものではない。


「そういう意味じゃ、ヴァン君は馬鹿なことをしたよ。別の解決法があっただろうに」


彼女はとても悲しそうに目を伏せた。

そしてセレスも悲しそうに呟いた。


「……大切な人のために犠牲になろうとする人ばかりだよ、どうしてそんな人ばかりなのよ」


彼女はこのやるせない気持ちをどうすればいいかわからなかった。

彼女がうつむいているとグリスが言いにくそうに口を開いた。


「……大切な人だからこそだよ、セレス姫、だから自身を犠牲にできる」


その言葉にミネルヴァは自身を犠牲にできる人はそんなにいないと思っていたが、あえて言わなかった。

それは自身を犠牲にした人に対しても失礼でもあるし、助けられた人の傷もえぐると思ったからである。


「でも、残された人は辛いの、そんなことをするなら別の方法にしてほしかった……」


彼女はまたうつむいてしまった。

そんな彼女に向かってグリスは優しかった。


「そうだね、でもだからこそ自身を犠牲に助けてくれた人のためにも自分ができることをやるべきだよ」


その言葉に彼女は自分の師の姿を見た。

彼は自身を犠牲にして私の心を助けてくれた。

それに気がついた彼女は心中で呟いた。


――やっぱり彼は師匠の息子なのね。


「セレス姫?」

「ありがとうグリス、私はもう大丈夫だから」


彼女の笑顔は優しかった、それに安堵した二人だったが違う疑問が生まれていた。


「王子が生きているということなら彼はここにいるのか?」


それに対して彼女は力なく首を振った。


「彼はヴァン君が事件を起こしてから、しばらくして行方不明になったわ、彼にとってヴァン君は大事な人だったから、どうにかしたかったのね、だからこの国を出たみたい」

「……そうなんだ」

「残念でしたね、姫様」


彼女は力強く頭を振り微笑んだ。


「いえ、生きていてくれただけで十分です」


その微笑みは優しく、この言葉が本心だと彼らは感じた。

ミネルヴァも納得したのか優しく微笑んでからこう言った。


「そっか、それならいいよ、セレスちゃん」


それきり彼らはただ黙ったまま道を歩いた。

しばらくすると目的地である泉を見つけた。そしてその時、ロッシュは驚きの声をもらした。


「そんな、まさか……」


彼の目に入ったのは彼にとって馴染みのある女性だった。

女性は巨大な猫のロボットの上に座りながら自身のみつあみをいじっていた。


「……ノルン」


声に気が付いて彼女はロッシュの方を見たが特に反応を見せなかった。


「貴方は誰? どうしてわたしの名前を知っているの?」


彼は驚いて、彼女の顔を見つめていた。

しばらく彼が見つめていると彼女は何かを思いついたようで口を開いた。


「もしかして、貴方ロッシュって人?」


しかしこの問いかけにさらにロッシュは混乱したが、とりあえず頷いた。

それを見たミネルヴァが小さく舌打ちをしたが今の状況では誰も気がつかなった。


「ああ、それでわかったわ、今のこの状況のことが」

「何だって」

「貴方がわたしにとって悲しい思いしかなかった相手だってことがね」

「それはどういう意味……」

「詳しい話しはそこにいるミネルヴァ姉さんに聞きなよ、彼女にはすべて話してあるから」


ロッシュは彼女に問い質すために、詰め寄ろうとしたが彼女は手で彼を制止し、ため息をつきながら話し始めた。


「最初に二人にも貴方たちのこと詳しい話しをするわよ? いいわね」


それに対してロッシュは黙って首を縦に振った。


「まず、あそこにいる彼女はロッシュの親友で、学術都市ケンフォンテの魔法機械工学科の天才のノルン・クロイツよ。彼女の家はあの学術都市でも名門でお高くとまった家だった。そして彼女は天才だった」


彼女は目を伏せながら言った。

その言葉にセレスは思い出すように呟いた。


「もしかしてあの病気にかかった?」

「あの病気って?」

「手足が麻痺していき、最終的に寝たきりになる病気です。確かに魔法機械工学の天才ならば、かなりショックを受けたのでしょう」


元々機械工学とは自ら設計を行い、機械を作り上げ運用などを行う工学である。

ただし、魔法機械工学は普通の工学と大きく違うところがある、魔法を機械に組み込んだり、魔法の適性がない人間にも簡単に魔法を使えるようにしたりとういったことができる、魔法を使う以上に高い適性が必要な工学なのだ。


「その通り、彼女はそこからみるみる元気がなくなった。しかも家の人は彼女の手足が動かせなくなって、しかも不治の病だとわかり彼女を捨てた、だから頼れるのは他人だけだったの。だけど彼女のまわりにいた人もみんないなくなった。彼女の周りにいた人は彼女の家の力を目当てに近づいていた。だけど、ロッシュだけはしっかりといた。彼女を助けるためにね。しかし最悪なことに特効薬は絶滅してしまったとある苔」

「あっ……」


そこでグリスは気がついた、彼がエテルノセノクに向かう前の哀しげな表情の意味を。

そしてまた彼の顔を見ると、どこか遠くを見ているようにも見えた。


「それでも彼はその苔じゃなくても治せる方法があるはずと、諦めずに研究をしていた。あのリグレトの侵攻がある前日までは」



グリスは固まった。

またリグレトの侵攻のことだと。


「その前日、研究が行き詰まった彼は、リアンゲールの帝都図書館にある有名な医学書を取ってくるためと、親友の見送りのためと、僕のおじいちゃんのつきそいのために一旦帰国をしたの。もちろん彼女にはしっかりと理由を伝えてね、だけどあの事件が起きて何日も帰れずにようやく帰った時には、何の跡形もなく、誰もいなかった。そして、ロッシュには死んだことだけが伝わったの。……これで前状況は話し終わったわ、ここからが本題よ」


 彼女はここで一回息を整えた。


「それは真実じゃなかった。彼女は病気を治すためにリグレトのボスと取引をしたのよ」

「……現代医学で治せない病気をどうやって治したんだよ」


ロッシュの顔はいつものように元気な顔ではなく、少し青ざめていた。

ミネルヴァは重い口を開いた。


「聖剣エテルノセノクの力よ」


辺りは静まり返った。

ただその中でグリスだけが口を静かに開いた。


「……聖剣にはそんな能力があるなんて」

「まあ普通の人が触れば、そこまでの能力はない、だけどある血筋……エテルノセノクの血が流れている人が触ると強大な力を持った、どんな願いも叶える聖剣……エテルノセノクになるのよ」

「それはわかった、だけどそれと取引にどんな意味があるんだよ」

「聖剣エテルノセノクは万能じゃない、その願いを叶えるためには対価が必要なの。それを払うことによって叶うの」


それから先、彼女は言いにくそうに口をつぐんだが意を決したのか口を開いた。


「彼女が対価に差し出したのはロッシュ、貴方への思いと記憶よ。そして彼女は救ってもらった対価として、彼に力を貸すためにリグレトの幹部となったのよ

「……それがどうして悲しみになるんだ、俺は……」


ロッシュは歯を食い縛り、彼女を見つめた。


「さあ、わからないわ」

「何だって?」


ロッシュは困惑した表情を浮かべた。

それとは対照的に彼女は涼しい顔していた。


「だって渡しちゃたんだもん、でもね、渡したってことは必要ない気持ちだったのよ」

「だから悲しみだと?」

「そういうこと、だって悲しみなんて、みんな必要ないでしょう?」


彼女はそう言って、懐から指揮棒を取り出した。


「やばい、みんな離れろ」


みんなはわけもわからずにその場から離れたが、その意味はすぐにわかった。

空から巨大な猫の人形が落ちてきたのだ、そしてその猫はダメージをまったく受けてないようで素早く立ち上がり、人形はかん高い声で鳴いた。


「何これ!」

「魔力で操ることのできる機械人形だ、ノルンはあの指揮棒を使って、様々な人形を操ることができるんだ。あれがノルンの魔法機械工学の作品だ。本当にあれのおかげで昔はひどい目にあった」


その言葉通り、四方八方から動物の人形が襲いかかってきた。

しかしみんなは臆する暇もなく、それぞれの武器を取り出し、人形を確実に潰していった。

だがあちらの人形の数が多く次第に押されてきた。


「くっ、キリがない」

「一回でもっとたくさん倒さないと……」

「一回で……たくさん」


ミネルヴァは少し考えて、相手に聞こえないようにこう伝えた。


「できるだけ、人形を一ヶ所に追い詰めて」


その指示通りに彼らは人形をできるだけ一ヶ所に追い詰めた。

すると彼女は素早く詠唱を唱えた。

その詠唱を唱え終わると、辺り一面にグリスたちも飲み込まれそうな大量の水が出現して、人形たちをたちまち飲み込んだ。その状況にグリスたちは口々に、驚き呟いた。


「ひぇえ、恐ろしい……」

「こんな上級魔法をたやすく使えるなんて……」


しかしミネルヴァ本人はそれに対しては特に反応を示さず、辺りを見渡して怪訝な表情をしていた。


「ノルンがいない」

「も、もしかして一緒に流されちゃたのか」


ロッシュの顔は焦りが見えていたがミネルヴァは否定をした。


「それはないわ、ターゲットにしたのは人形だけだもの、まさか……」


そう呟いた彼女は空を見た。そして予想通りノルンは最初にいた猫と共に空にいた。

しかもその手にグリスたちが探し求めている橙色の玉も持っていた。

それに気づいたロッシュは声を張り上げた。


「ノルン、それを返してくれ」


しかし彼女は嘲りながら彼を見つめ言葉を発した。


「返すわけがないでしょ? あの城の結界を解くための玉なのだから」


彼女はそれだけ言うとその場から一瞬で消えた。

どうやら彼女は移動魔法を使ったようだった。


「くそ、どうしてこんなことに」


ロッシュは玉を持ち出された悔しさと彼女に対する後悔の念を地面に叩きつけた。

その様子はとても痛々しくて見ていられなかった。

しかしセレスだけは黒い棍を見つめながら腑に落ちないといった表情を浮かべていた。


「ミネルヴァ博士、あれは本当に本物だったのですか?」

「……どうしてそう思うのかしら?」

「この棍が怒っている気がしたので」

「何とも言えない理由ね」

「申し訳ございません、でもこの棍は元はあの玉です、なので教えてくれているのかもしれません、あれは偽物だと」

「……なるほど、確かに一理あるね、古代の遺物は同じものに関しては共鳴していることも多いし」

「それなら少し探してみましょう、もしかした本当にあれは偽物かもしれないし」

「そうですね、では僕は泉の周りを探してみます。ロッシュはどうする?」


さすがに先程の光景を見てしまった彼はそのまま手伝ってほしいとは言いづらかった。

しかし事態は一刻を争うことでもあるともわかっている、でもロッシュの気持ちを考えると強くは言えなかった。


「俺も探す」

「大丈夫?」

「気をつかわなくていい……俺は奥の方を探してくる」


彼はそういって、一人で奥の方に向かっていった。

さすがに今の状態の彼を一人で行かすのは心配だったグリスは彼のあと追った。






彼は考えながら森の奥に進んでいった。

玉を探しながら奥に進んではいるが、心ここにあらずと言った感じだった。


――どうして、いやどうしてもないな、真実はあいつが言った通りなんだろう

――生きていてよかったという気持ちもある

――いろんな気持ちがごちゃごちゃだ


それもで歩き続けていると、足にコツンと何か当たった。

さすがにそれには気がついた彼は当たったものを見てみるとそこにあったのは、ほのかに光る太陽のような玉だった。


「まさか、これがあの玉の一つか!」


これを持って帰らないければ、そう思い玉を持ち上げる。

ふと玉の中を見てみると見たことがある人物の顔が映りこんでいた。


「母さん!?」


それは写真でしか見たことのなかった母親の姿だった。


「どうして、母さんの姿がここに映っているんだ?」


そんな疑問を口にした瞬間、玉は光り輝き、辺りを照らした。

そして辺りから光が消えるとそこには、ほのかにひかる玉しか落ちていなかった。



読んでいただきありがとうございます。

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