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時間の騎士様  作者: 灯
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第11章 襲来


彼が戻れたことに気がついたのは彼のあとを追ってきていたグリスに身体を揺すられ起されたからだ。

どうやら彼は土の上に転がっていたようで体のいたるところに土がついていた。

起された後、頭がぼぉっとするなぁと思いながら、体についた土を払いながら立ち上がった。


「ロッシュ、大丈夫? こんところに倒れているなんて、やっぱり休んだ方がいいんじゃないの?」

「わりぃな、心配かけて、俺は大丈夫だからさ」

「でも……」

「大丈夫だって、それに実は玉の試練を突破したんだ」


その声は穏やかで表情はとても優しかった。


「えっ、本当に大丈夫だったの? というかどこもけがしてない?」


とても心配そうにグリスはロッシュの身体を頭からつま先まで見る。

そしてどこも怪我をしていないことに安心するとほっと溜息をついた。


「本当によかった」

「お前は心配ばっかだな、一応ここでは俺はお前よりも年上なんだが」

「だって僕にとってはロッシュはロッシュだから、どうしてもいつもの癖で心配しちゃうんだよね」

「そうか、まあそれならしょうがないな」


そう言って、二人は顔を見合わせて笑った。



「さてと、無事に試練も突破したし、姫さまを探しに戻ろうか」

「そうだね、セレス姫どこにいるんだろうか?」


とりあえず来た道を引き返し、最初に別れた場所にたどり着くと、そこには情報を交換するために戻っていたセレスとミネルヴァがいた。

彼らが戻ってきたことに気が付いて彼女は彼の表情と持ち物を見てすべて悟ったみたいでゆっくりと口を開く。


「その表情と持ち物、貴方が力を手に入れたのですね」

「はい、力を手に入れました。なかなかしんどかったですけど」

「お疲れ様です、これで一歩近づきましたね」

「ええ、そうですね。それで姫様たちも探し回って疲れているところ申しわけないのですが、すぐに町に戻りましょう。ここに長くいるとまたあいつが来るかもしれませんし」

「そうですね、それにここで休むよりは町で休んだほうが休まりそうですしね」


その言葉に誰も異論がなかったのでその場を離れた。






橙色の玉をリアンゲール城に持ち帰った彼女はこの城の薄暗い廊下を歩いていた。

彼女はしばらく歩き続けていたが一つの部屋の前で止まった。

どうやらここが目的地だったようで、彼女はその部屋の扉を軽くノックして中からの返事を確認してから、その部屋に入った。

この部屋の中にはロキがいた。その彼にノルンは橙色の玉を渡したが、それを受け取った彼は、顔をしかめてからその玉を放り投げた。その行動にノルンは驚きうろたえた。


「どうかしたのですか?」

「ノルン、しくじったな、これはただの水晶玉だ」

「そんな、それじゃあ。彼女は……」

「裏切ったな」


その声はとても低く恐ろしかった。


「そんなはずはないわ、彼女は何よりも利益を選ぶはずなのに……」

「どちらにせよ、彼女は契約を破った」


ロキは椅子から立ち上がり、外に向かおうとした、それを見てノルンは焦って彼の前に立ちはだかった。


「ま、待ってください。彼女にはまだ利用価値があります」


「まさか逆らい恩を仇で返す気か? ノルン。それともあの女の方が大事か?」

「そんなことはありませんでも、それでも……」


彼女はうつむいたが、彼はその行動にため息を吐いてから、彼女の頭上に聖剣エテルノセノクを振りかざした。その瞬間、彼女の体に力が入らなくなり、その場に崩れ落ちた。


「ま、まさかロキ様」

「ああ、恩を仇で返すような仲間はいらないよ。だから君の対価を返して、五年前の状態に戻したよ」


その言葉通りに彼女の頭の中には対価として奪われた記憶と気持ちが次々と蘇った。

そこで思い出した記憶は彼女が想像していたのとは違っていた。

思い出しくない過去を対価にしていたのだと彼女はずっと思っていた。

でもそんなものは対価になるはずはない。

なぜなら思い出しくないものなんて元から価値になんてないのだから。


「ああ、そんな、まさか」


彼女の脳裏によみがえったのは自分の部屋のベッドで横になっている自分と心配そう自分を見つめるロッシュの姿だった。



――なあ、ノルン、何か必要なもんあるか? あったら言ってくれ持ってくるからさ。

――大丈夫だ、お前がどんな状態でも俺はずっと傍にいるよ。

――俺は無力だ、ノルンが苦しんでいるのに、俺は医者なのに。

――明日にはきっと治してみせる、だから今日はもう寝ろ。

――明日、帰国する予定なんだ、できるだけ早く帰ってくるから。


「そうだ、彼が帰国するって聞いて、わたしは置き去りにされた気分になって、不安になって、わたしはい

つも傍にいてくれた彼に辛く当った、彼は悪くないのに」


――悪かったよ、動けないのにこんなこと言って。


そして彼は笑顔だったが辛そうだった。

彼女はすべてを思い出して、涙をこぼした。


「思い出した。わたしは寂しくて悲しくて、そして彼に負担をかけていることがどうしようもなく辛かった。でもある意味で一番幸せだった。だから、わたしは貴方に彼の記憶を対価に渡したのね。それが動けないわたしにとっての一番の対価だったから」


その事実に気持に彼女は後悔の念に襲われた。


「ロッシュ、わたし、わたし、彼に謝らないと」


――貴方は本当の意味で独りだったわたしと共にいてくれた初めての人だったのに。

――それなのに、それなのに。


そこで彼女は意識を手放した。

その様子を見てロキはなぜか安心した笑みを浮かべ、彼女の身体を傍にあった魔法陣に置いた。


「……ノルン、元気でね」


それだけ言って彼は魔法陣を発動させた。

そして彼はその場を離れて、学術都市ケンフォンテに向かった。







彼らが町に戻った時、町は異様な雰囲気に覆われていた。

そのことに気がつき、慎重に進んだ。そしてその先に見えたのは、ただ静かな空間だった。


「何でこんなに静かなの? 誰かいないの」

「いやあっちに人影がある、行ってみよう」


ロッシュが指差した方向にみんな走り出した。

そこで見たのは石にされて苦しそうな表情を浮かべた人たちだった。


「どうしてこんなことになっているんだ?」

「それはね、ロッシュ、彼女が裏切ったからだよ」


ここにいる仲間の声ではない声が聞こえた。しかしロッシュとセレスにはこの声に聞き覚えがあった。

二人は確信を持って、声が聞こえた、空に目を向けた。


「お前はリグレトのボス!」


グリスはそう言われて初めて、戦っている組織のボスの姿を知った。

と言っても彼は狐の面で顔を隠しているので歳若い青年だということだけしかわからなかった。

しかし彼の心に怒りが沸き上がるのにはそれだけで十分だった。

グリスは彼に向かって吠えるように叫んだ。


「どうしてこんな酷いことをできるの」

「それをお前が言うのか皮肉だな」


彼は見下したような、呆れたようなニュアンスでため息をついた。


「まあ、いいさ。そんなことはお前にもそのうちわかるよ」

「どういう意味だ」


そのグリスの問いに彼は答えずに、まっすぐにミネルヴァの方を向いた。


「さて、僕がここに来た理由は分かっているな、ミネルヴァ

「何のことかしら?」


強がっているが彼女の顔には汗がたれている。


「博士、貴女もしかして……」


セレスは何かに気がついたようだったが口をつぐんだ。

それに対して彼は特に気にした様子はなく、淡々と話し始める。


「とぼけるな、お前は契約をかわしただろう? あの城の防壁を突破することのできる玉の情報を提供する代りにこの町の住民とお前の大切な人を傷つけないという契約を」

「そうね、かわしたわ。だからしっかりと情報を渡していたじゃない、なのにどうしてこうなったのかしら?」

「それは簡単さ、お前が偽物の情報をノルンに渡したからだ」

「あら、偽物の情報なんて渡してはないわ、私もあの子が持って行った玉が偽物だなんて知らなかったんだから」

「そうだな、訂正しようか、本物の玉と偽物の玉を入れ替え、ノルンに偽物の玉を手に入れさせたからな、だから契約破棄とみなしてこの町の生き残りを始末した」

「そちらの契約は情報を渡すだけだったはずだが、それがどうして契約破棄になるのかさっぱりわからないのだけれど」

「いつ、それだけだと言った? その条件は君が示したものだ、それを元にさらに条件を付けさせてもらった」

「……裏切りをしないってことも含むってことね」


その真実に確かに浅はかだったなと思いながら諦めてため息をつく。

それを見て、彼は少しだけ楽しそうに言葉を発した。


「それにお前さんが死ねばあの男も動揺するだろうしねぇ」

「そんなことはないと思うけどね、そうだったら嬉しいものね」


彼女はあくまで冷静だった逆にグリスは怒りをにじませながら、一歩前に出て、彼に切りかかった。


「どうしてお前はそんなことをできるの? どうして!」


彼の剣は届くことはなくロキは綺麗に剣を受け流す。


「いいかい、僕は別に彼女の案に乗る必要はなかったんだよ、だって僕にはここを残しておく必要なんて全くなかったんだもん、でも彼女はどうしてもここを残してほしかったみたいだったからね、そのための契約だよ、それに何かを得るために何かを失うのは当たり前だろう? 彼女の場合は街を守るために情報と忠誠を誓った、それを反故したんだから最初に行おうとしたことをするのは当たり前だろう?」

「だからって、だからって」


グリスはさらに、切りかかった。

しかし彼自身には当たらなかった、だがこの衝撃で彼の顔を隠していた狐の面が外れて床に転がった。

そして隠れていた彼の素顔が見えた。その顔を見てグリスは驚きのあまり剣を落とした。


「ど、どうして……どうして」


彼はロキの顔から目を離したかったが離せなかった。

そこにあった顔は……。


「どうして僕と同じ顔なんだよ、こっちの僕は死んだはずじゃ」


そうロキの顔はグリスの顔だったのだ。

自分が剣を向けている相手は自分自身だったのだ。


「簡単なことさ、嘘つかれたんだよ。君は、事実、僕はこのように生きている」


その事実にグリスは今までの彼らの言動の微妙なおかしさの意味がわかった。

これを隠していたのだ、それを知った時、彼は乾いた笑いしか出なかった。

彼はそのまま床に膝をつき、うなだれた。

ロッシュはうなだれた彼を揺さぶったが反応はまるでなかった。


「グリス、しっかりしろ」


この言葉に今まで感情を表していなかったロキは怒りをにじませて言葉を発した。


「どの口で、そんなことを言えるのさ。ロッシュ? 君だって今も昔も隠していただろう?」

「そ、それは……」


その言葉に彼は閉口してしまった。

それを見て彼は乾いた笑いを浮かべ、当たり前のように言った。


「ほら、そうだろう」


そして笑みが消えて、冷たく凍りついているような表情を浮かべた。

そしてそのままの表情でミネルヴァの方を向いた。


「さて、ミネルヴァ、何が言いたいかわかるか?」

「契約破棄のこと?」

「そういうことだ、こちらが破棄をしないかぎり契約は続く、だがお前は破った、それにはかなりの代償が発生する」

「どうする気?」

「私は何もしないさ、するのはこの剣さ」


彼がそう言って掲げた剣は……あのエテルノセノクだった。

この剣は黒いもやに包まれていて鈍く光っていた。

その光を見た瞬間、ミネルヴァの身体が足から石化し始めた。


「僕もここまでか……まあ、いいか、僕は僕がしたいことをしただけだしね、でも、平和な世界で僕が見つけたエテルノセノクの研究はしたかったなぁ……」


そこで彼女はロッシュの方を向いて、笑顔でこう言った。


「ロッシュ、僕の机の上の甘いケーキ片づけておいてね」


それだけ言うと彼女は完全に石になってしまった。


「ミネルヴァ博士……」

「ああ、彼女は愚かだよね、契約を破棄しないように生きていれば自身もこうならなかったし、みんなも無事だったのに、本当に愚かだよ」


そう悲しそうに呟いてから楽しそうに高笑いをしたのであった。

その他人事のような様子にロッシュはロキに怒りをぶつけた。


「お前がやったんだろうが」

「契約を破るのが悪いのさ」


そして先ほどと打って変わり、険しい顔をしたが、すぐに優しい顔になってグリスの方に向かい彼に手を差し伸べる。


「真実を知って嫌気が差しただろう? 一緒に来ないか? 一緒に来れば何も嫌な思いもしない、自分の思うように世界を変えることもできるさ」


そう問われたグリスの目は生気がまるで感じられなかった。


「世界を変える……」

「そうだよ、君の世界は変わるさ、君を裏切った人たちを殺したりしてもいいしね」


それを見て二人は彼を守るように動きたかったが、なぜか身体が動かなかった。


「グリス、行くんじゃない」

「グリス……」


二人はグリスに呼びかけるが彼は反応しなかった。

彼はロキの手をさらに強く握った。そして呟いた。


「……裏切った人に復讐するなんて、そんなお前と同じことなんて僕にはできない!


そうして彼は握っていた手を振りほどいた。


「そうかい、ならこちら側に来ることを待っているさ、君なら来るさ。こちら側にね」


そう言いながら高笑いをして消えた。

そしてそこに残されたのは、気落ちしているグリスと何も言えない二人だけだった。






どのくらい時が経ったのだろうか、グリスは口を開き、力なく呟いた。


「……まさかさ、未来の僕がリグレトのボスだったなんて、でも納得がいったよ。だから二人は僕を最初に置き去りにしたんだ、そしてこの未来の僕のことを聞くと嘘をついた。すべては僕のためだったんだね。わかっているさ、でも……」


彼は何かを押し殺したように喋る。

その言葉に彼らは何も言えなかった。


「でもさ、今ならあいつを倒すなんて簡単だよね、だって僕を……」


そう吐き捨てると、彼は自身の剣を抜き、自分に突き刺そうとしたが二人が止めた。


「お前、何してんだよ、こんなの何の解決にもなってねぇよ」

「わかっているよ、わかっているけど、やっぱり僕がいなければ、こうならなかったかもしれないって思っちゃうんだよ、だから過去である僕を殺せば未来の僕がいなくなると思ったんだよ」


彼は頭を抱えながら、うめいた。


「それに何もかもがわからない、わからないんだ、どうして僕がこうなったのか、僕はどうしてここにいるかも」

「わからないなら、それでもいい、知るために俺たちを頼れ、もう俺は……俺たちはお前に嘘はつかない、信じてくれなんて言えないけどな」


その言葉にセレスも力強く頷く。

その声と表情にグリスはうつむきながら小声で、呟いた。


――ありがとう、ごめんね。


そしてその場で倒れた。




読んでいただきありがとうございました。

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