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このようにして、西の果ての国のお城には、カエルのお妃さまと本物のお妃さまの、二人のお妃さまがいらっしゃることとなりました。
もちろんそれは、三度月が満ち欠けするごく短いあいだに限っての話です。ですが、それまではどちらのお妃さまも、同じように扱われることが決まりました。
食事をとる時や、教師に勉強を教わる時も、お妃さまは二人一緒です。
もっともどちらのお妃さまも、相手に自分の部屋を使わせることだけは断固として反対したので、寝泊まりするのはお互い別々の客室でした。
お妃さまは、生来とても負けん気の強い方でした。そして同時に、とっても意地っ張りです。
お妃さまは確かに王さまの言葉に腹を立て、カエルのお妃さまを自分と同じように扱ってもいいと言いました。しかし本当は、それをたいそう腹立たしくも思っておりました。
なにしろ他の誰一人として見分けることができなくとも、本物がどちらであるかなんてお妃さま自身には分かり切ったことです。
どうしてみんな、自分が本物であると気付かないのかと、苛々は募るばかりでした。
お蔭で夜になってもなかなか寝付けず、昼が来て思わずこっくりと舟を漕いでしまいました。
「お妃さま」
戸惑ったように声に、お妃さまははっとして目を開けます。そして同時に青ざめました。今は、お勉強の時間だったのです。
「お疲れでしたら、日を改めますか?」
「少しぼんやりしてしまっただけじゃ。続けてたも」
気遣うようにそう言われますが、お妃さまは首を振ります。
しかし、ふと視線を巡らせた先で自分とそっくりな顔がくすりと笑みを浮かべたように見え、お妃さまの顔にさっと朱が差しました。
カエルなんぞに侮られてしまったと、お妃さまのお腹の中は苛立ちと悔しさでぐつぐつと煮え立たんばかりでした。
そもそも森のカエル如きが、勉強をして何になる。
カエルならカエルらしく、ぴょんぴょんとそこらで跳ねておれば良いものを。
お妃さまは宛がわれた部屋の、天蓋付の寝台に突っ伏して収まりの付かない気持ちを、持て余しておりました。
部屋付きの侍女がそんなお妃さまに心配そうに声を掛けますが、お妃さまは「下がりゃ」とすげなく追い払ってしまいます。
お妃さまが祖国から連れてきた侍女であれば、こんな時には黙ってお茶と甘味の一つでも出してくれました。
そんな気の利いた事一つもできないなんてと、お妃さまの不満は高まるばかりです。
これが東の果ての国にあった、自分の離宮であれば。
あるいはせめて、気心の知れた侍女の一人でもいればもう少し心安らかにいられたことでしょう。ですが、あいにくどちらも叶わぬ願いです。
気心の知れた侍女も召使いもおらず、夫である王さまも、お妃さまが二人いようと、それどころか片方がカエルであろうとさして興味もない有様。
いえ、きっと王さまだけではないのでしょう。
この国の人たちは、お妃さまがカエルであろうと東の果ての国の姫であろうと、どちらだって構わないのです。
自分はこの西の果ての国で本当に一人ぼっちなのだと、気の強く意地っ張りのお妃さまは、お嫁に来て初めて声を上げて泣き伏してしまったのでした。
翌朝、そのまま寝台で眠り込んでしまったお妃さまは、目元を赤く腫らしたまま、むくりと起き上がりました。
東の果ての国のからやってきた、一人ぼっちで寂しいお妃さまは、同時にとても負けん気の強いお妃さまでもありました。
お妃さまはひどく腹を立てておりました。
あんなカエルなんぞに、負けて堪るかと。
そして、自分とカエルの区別もつかない見る目のない西の果ての国の住人たちの、目に物を見せてやると、えいやと寝台から飛び降ります。
しかしお妃さまのその決意は、思うのは簡単でも実行に移すのはいささかも容易くありませんでした。
カエルのお妃さまも自分も同じお勉強を学び、同じ礼儀作法を教わり、同じダンスを習います。
しかし何度聞いてもなかなか頭に入って来ない自分よりも、カエルのお妃さまの方がずっと物覚えが良いように思えます。
また、自分は西の果ての国の人たちとちっとも仲良くなれないのに対し、カエルのお妃さまはいつの間にかすっかり周囲に馴染んでいるようにも見えました。
これはいけないと、楽しげに談笑しているように見える彼らを遠巻きにしながら、お妃さまは焦ります。
今はまだいいでしょう。
お城の人たちは、自分とカエルのお妃さまの区別がついていないのですから。
でも、やがて呪いが解けてお妃さまが一人に戻った時、カエルのお妃さまの方がずっと良かったなんて言われてしまったら、どうすれば良いのでしょう。
そんなこと、想像するだに耐えられません。
お妃さまはどうにかして人々の目を自分に向けさせようとしますが、お妃さまの努力は空回りするばかりでした。
教師の質問に意気揚々と答えれば間違えてしまいますし、礼儀作法の時間にはついうっかり祖国にいた頃の癖を出してしまいます。
ダンスにいたっては相手の足を思いっきり踏みつけてしまいました。
声を掛けてみようと思っても、人々の輪にちっとも溶け込めないため、なんだか周囲からつま弾きにされているようにすら思えてきます。
そんな失敗ばかりを繰り返しているせいで、お妃さまはすっかりしょげ返ってしまいました。
お妃さまは日に日に顔を覆って踞りたくなりますが、どうにかそれをぐっと堪えて、自身の紅梅色の唇を噛んで顔を上げます。
それでも、知らず知らずのうちにもう一人のお妃さまを恨みがましく睨みつけてしまうことだけは、止められないのでした。